2904話
川の水によって血抜きをされた双頭のサイは、取り合えず再びミスティリングに収納される。
リーダー格の個体はかなり身体が大きかったのだが、その個体の血抜きをしても未だにニールセンが目覚める様子はない。
最初、もしかして寝たふりをしてるのでは? と若干疑ったのだが、木陰で眠らせているニールセンの姿を確認したところ、まだ普通に眠っていた。
昨日はレイと同じくらいの時間に眠ったと思っていたのだが……もしかしたら、自分が寝た後も眠れずに起きていて、寝不足になったのでは?
ふとそんな風に思ったものの、今の状況を考えればそんなに間違いではないと思える。
ましてや、昨日のレイは村長の家で寝ていて、いつ討伐依頼のあったモンスターが姿を現すか分からなかった以上、もしニールセンが眠れないからといって部屋の中を飛び回っていたり、あるいは部屋から……それどころか家から出て悪戯をするなどといったようなことがあれば、レイもすぐに気が付いた筈だった。
そのようなことがなかったということは、ニールセンはそのような真似をすることはなく、眠れなくてもじっとしていたということを意味している。
勿論、それはあくまでも現在の状況証拠からのものでしかない。
もしかしたらニールセンは昨夜普通に寝て、それでもまだ睡眠時間が足りずにこうして眠っているだけ……という可能性も否定は出来なかった。
「眠っていてくれるのなら、俺にとっては悪い話じゃないけどな」
そう告げ、まずは一匹目の双頭のサイを解体する。
いつものように木の枝にぶら下げて解体……といった真似をしたいのだが、通常の個体ですらセトと同じくらいの大きさを持っているのだ。
そんな重量を持つ個体をぶら下げるとなれば、当然ながらその重量でも支えることが出来る枝の太さが必要となる。
そのような枝はあまりなく……それでも数分川の回りを見て回ると、結構な太さの枝を持つ木を見つける。
(とはいえ、これで本当に平気かどうかは実際に試してみないと分からないし、通常種の個体が大丈夫でもリーダー格の個体は難しいだろうな、まぁ、ぶら下げれば解体する時は楽だけど、別にぶら下げなくても解体は出来るんだけど)
その場合は解体がしにくく、肉に内臓の汚れが付着したりといったようなこともあるので、面倒ではあるのだが。
それでも解体している時に枝が折れるよりはいいだろうと考えつつ、双頭のサイを木の枝にぶら下げる。
「さて……戦ってみた感じでは、外見の凶暴さとは裏腹にそこまで強いって訳じゃなかたし、刃が通らないといったことはないと思うけど」
頭部はサイに似た形をしているものの、その身体は普通に猪に近く、体毛が生えている。
この体毛が具体的にどれくらいの硬さなのかはレイにも分からないものの、そこまで高ランクのモンスターではないので、問題はないだろうと判断して解体用のナイフの切っ先を入れるが……
「よし」
レイが予想したように、特に抵抗もなく刃は皮膚を斬り裂いていく。
そのことに安堵しながら、まずは腹部を斬り裂いて内臓を取り出す。
「内臓は……どうなんだろうな」
モンスターの内臓は素材として使える部位を持つ個体も多い。
そういう意味では、双頭のサイの内臓もそれなりに使えるのかもしれないと思ったものの、どの部位が使えるのかといったことが分からない以上、捨てることにする。
デスサイズを取り出し、地形操作のスキルを使って一m程の穴を一つ作る。
そこに心臓以外の内臓を捨てて……最後に心臓から魔石を取り出す。
「これは……そうだな。セトには後でやるとして、まずはデスサイズの分で試してみるか」
地形操作のスキルを使う為にデスサイズを出していたこともあり、何よりもニールセンは未だに眠っている。
そのような状況である以上、後で魔石を使うよりも今ここで使ってしまった方がいい。
そう判断し、魔石を放り投げ……デスサイズで切断する。
【デスサイズは『多連斬 Lv.六』のスキルを習得した】
頭の中に響くアナウンスメッセージ。
「グルルルルゥ!」
レイが解体している間、余計な邪魔が入らないように周囲の警戒をしていたセトの鳴き声が聞こえてくる。
魔獣術で生み出されたセトには、当然のようにアナウンスメッセージが聞こえたのだろう。
「多連斬のレベルが上がったのは嬉しい。嬉しいけど……何で多連斬?」
多連斬というのは、デスサイズで一度に斬撃を放てれば、その斬撃以外にも多数の斬撃が放たれるという、非常に強力なスキルだ。
そのレベルが上がったのは、レイにとっても素直に嬉しいことなのは間違いないのだが……何故多連斬のレベルが上がったのかが、レイには分からなかった。
「考えられる可能性としては、頭部が二つあってそれが同時に攻撃するから……とか?」
呟いたレイも根拠が弱いような気がするものの、それでも恐らくそれが正しいのだろうと予想する。
基本的に魔獣術によって習得するスキルは、その魔石を持っていたモンスターの特徴を反映したものとなっている。
そうである以上、頭部が二つあるから同時に攻撃するということで多連斬を習得したのだろうと、半ば無理矢理レイは自分を納得させる。
理由が若干無理のあるものであっても、それで多連斬という強力なスキルのレベルが上がったことは間違いないのだから、疑問はあっても不満はない。
その後、レイはそれなりに慣れた様子で双頭のサイを解体していく。
幸いなことに、双頭のサイの身体そのものは普通の猪とそう違いはなく――大きさだけで十分な違いではあるが――楽に解体が出来る。
唯一の難点は双頭のサイとレイが呼称している通り、二つある頭部だろう。
しかしその頭部も二つの首の付け根の解体がそれなりに大変ではあるものの、単純に頭部が二つあると考えればそれで問題はない。
「よし、これで大体完了か。……こうして見ると、俺もモンスターの解体には慣れてきたよな」
レイがエルジィンにやってきた頃は、モンスターの解体は殆ど出来なかった。
やったことがあるのは、家で闘鶏用に飼っていた鶏を絞めた時、その解体を手伝ったくらいだ。
猪は猟をやっている人から肉を譲って貰って焼き肉をすることはあったが、当然ながらその時の猪はもう解体されており、ブロック状の肉となっている。
だからこそ、レイは最初解体が苦手だったのだが……長年冒険者をやっている相手から教えて貰ったり、何よりも数をこなしたことで解体技術も自然と上がっていった。
勿論、今のレイの解体技術が最高峰などということはなく、解体の技量としては平均的……あるいは、どんなに甘く見ても平均より若干上といったところだろう。
解体された双頭のサイも、レイはそれなりに上手くいったと思っているものの、それはあくまでもレイの目から見た場合の話だ。
もっと高い解体技術を持つ者にしてみれば、まだまだレイの解体技術は甘いと判断するだろう。
「取りあえず、この肉はそれなりに美味そうだし……角とかは素材として売れそうではあるな。モンスター図鑑の方に、もっと多くの情報が載ってればいいんだけど。……今更か。取りあえず次だな」
解体していらない部位は地形操作で生み出した穴に捨て、もう一匹の双頭のサイを取り出す。
こちらはセトの一撃によって頭部が破壊されている個体で、そういう意味では頭部の解体をする必要がない以上、最初の個体よりは解体するのが楽だった。
そうして素早く解体を行っていき……
「セト!」
「グルルゥ」
レイの呼び掛けに、セトが近付いて来る。
ニールセンがまだ眠っているのを確認し、その魔石をセトに与える。
【セトは『パワーアタック Lv.二』のスキルを習得した】
レイの脳裏にそんなアナウンスメッセージが流れる。
こちらに関しては、レイにも納得出来るスキルの習得だった。
パワーアタックというのは、簡単に言えば体当たりだ。
セトと同じくらいの大きさを持つ双頭のサイの魔石だということを考えれば、ある意味で納得出来る。
(個人的には、パワークラッシュのレベルが上がって欲しかったんだけどな)
セトのパワークラッシュは現在レベル六で、かなり強化されている。
そうである以上、どうせならパワークラッシュがレベル七になり、その一撃の威力をより上げることが出来れば、頼もしいスキルになるのは間違いなかった。
とはいえ、魔獣術で習得出来るスキルというのは傾向こそあるものの、究極的にはランダムだ。
何も習得出来ないよりは、まだスキルを習得出来た今の方がまだマシだったのだろう。
「グルルルルゥ」
レイの側で嬉しそうに喉を鳴らすセト。
そんなセトを撫でながら、レイは次に双頭のサイのリーダー格を解体する。
ただし、体長五m近い大きさだけに、近くにはその体重を支えられるだけの木の枝はない。
川で血抜きをしてそれなりに軽くなっているとはいえ、それでも今まで使っていた木の枝を使おうとすれば、間違いなく折れるだろう。
であれば、無理に木の枝を使わずに地面に寝転がらせたまま解体した方がいい。
……とはいえ、その分だけ解体しにくくなるのだが。
それでもレイは何とか頑張り、通常種の二匹を解体している時は周囲の警戒をしていたセトにも手伝って貰い、取りあえず心臓から魔石を取り出すことには成功する。
そんな作業であっても解体する対象が重かったので、結構な苦労をしたが。
「しまったな」
「グルゥ?
後悔したかのようなレイの呟きに、セトはどうしたの? と喉を鳴らす。
レイはそんなセトに斬り裂いた双頭のサイの肉を食べさせながら、言葉を続ける。
「いや、ロジャーに頼んだゴーレムは防御用のゴーレムだったけど、どうせなら解体用のゴーレムを作って貰えばよかったなと思ったんだよ」
レイは個人としての戦闘力に特化している存在なので、そういう意味では決して護衛が得意ではない。
だからこそ護衛用のゴーレムをロジャーに頼んだのだが、今にして思えば防御用よりも解体用のゴーレムを作って貰った方がよかったと、そう思う。
とはいえ、防御用のゴーレムは結界なり障壁なりを生み出すという能力だけでいいのだが、解体用のゴーレムとなるとかなり高い判断能力が必要となってくる。
何しろモンスターの種類や形、大きさ……それらは全て千差万別なのだから。
それどころか、同じ種類のモンスターであっても体内の様子は微妙に違っていたりする。
心臓の大きさが若干違うというものや、胃の形が若干違っていたり……といったように。
その辺の状況を考えた場合、解体用のゴーレムというのはかなり難しいのは間違いない。
(だとすれば、解体を全て任せるんじゃなくて、解体の補助とかか? 勿論実際に解体を全て任せられるゴーレムの方がいいけど、そっちは難しそうだし)
ゴーレムについて考えていたレイだったが、手にしたリーダー格の双頭のサイの魔石をセトに渡す。
セトはこのモンスターと戦っている訳ではないが、レイが倒した相手だ。
魔獣術によって魔力的に繋がっているセトは、この魔石を使うことが出来る筈だった。
「グルゥ?」
いいの? とセトが喉を鳴らす。
セトがこの魔石を使えるのは間違いないが、それでも倒したのはレイなのだ。
であれば、レイが……正確にはデスサイズが使った方がいいのでは? と、そう言いたいのだろう。
「セトの気持ちも分かるけど、このリーダー格の個体は炎と氷のブレスを使ってきたからな。そういう意味では、セトが使った方がブレスの……あるいは炎か氷系のスキルのレベルを上げられるから、そっちの方がいい」
「グルルゥ」
レイの言葉に、セトは分かったと頷くいて魔石を呑み込む。
【セトは『ファイアブレス Lv.五』のスキルを習得した】
三度脳裏に響くアナウンスメッセージ。
狙い通りにファイアブレスのレベルが上がったことに、レイは笑みを浮かべる。
それを確認すると、レイはまずリーダー格の双頭のサイを収納する。
希少種か上位種だけに、もしかしたら内臓も何かに使えるかもしれないと思ったのだ。
「さて、取りあえずニールセンが起きる前に魔石を使うことが出来たな。後は……実際にスキルを使うか。まずは、やっぱり俺からだろ」
呟き、デスサイズを握る手に力を入れ、スキルを発動する。
「多連斬」
その言葉と共にスキルが発動され、デスサイズの一撃が振るわれる。
試しなので、威力はそこまで強くはない。
あくまでも、幾つの斬撃が出るのかを確認してのものだ。
そして、出た斬撃は……二十。
レベル五で十の斬撃が放たれたものの、レベル六になるとその倍の二十の斬撃が放たれたのだった。
【セト】
『水球 Lv.五』『ファイアブレス Lv.五』new『ウィンドアロー Lv.四』『王の威圧 Lv.四』『毒の爪 Lv.六』『サイズ変更 Lv.二』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.五』『光学迷彩 Lv.六』『衝撃の魔眼 Lv.三』『パワークラッシュ Lv.六』『嗅覚上昇 Lv.五』『バブルブレス Lv.三』『クリスタルブレス Lv.二』『アースアロー Lv.二』『パワーアタック Lv.二』new『魔法反射 Lv.一』『アシッドブレス Lv.二』『翼刃 Lv.二』『地中潜行 Lv.一』『サンダーブレス Lv.一』『霧 Lv.一』
【デスサイズ】
『腐食 Lv.六』『飛斬 Lv.五』『マジックシールド Lv.二』『パワースラッシュ Lv.五』『風の手 Lv.四』『地形操作 Lv.六』『ペインバースト Lv.四』『ペネトレイト Lv.五』『多連斬 Lv.六』new『氷雪斬 Lv.四』『飛針 Lv.一』『地中転移斬 Lv.一』
多連斬:一度の攻撃で複数の攻撃が可能となる。レベル二では本来の攻撃の他に二つの斬撃が追加される。レベル三では他に三つ、レベル四では他に四つ、レベル五では他に十、レベル六では二十の斬撃が放たれる。