2901話
レイは村長や村長の妻との食事で、それなりに色々な情報を入手することが出来た。
とはいえ、スモッグパンサーや双頭の猪以外のモンスターについてはあまり重要な情報を入手出来なかったが。
この村には優れた冒険者もおらず、狩人もそれなりの腕でしかない。
そうである以上、肉を得る為に森に入るにしても、浅いところでしか行動しないらしい。
モンスターのいる場所に行かないのだから、森にどんなモンスターがいるのかを知らないのは当然だろう。
それでも多少なりとも情報があるのは、森の中で迷ってしまって奥に入ったり、あるいは獲物が獲れずに森の奥に行ったり、度胸試しと称して森の奥に行ったり……といったような者が多少なりともいるためだった。
当然だがそのような真似をした者の大半はモンスターに殺されてしまうが、運や実力によって何とか戻ってきた者が森の奥にいるモンスターについての情報を村にもたらしていた。
レイが双頭の猪の討伐依頼を引き受ける報酬として貰ったのは、その情報だった。
「巨大な蜘蛛のモンスターに、角の鋭い鹿のモンスターに、巨大なトカゲのモンスターか。……ちなみに、本当にちなみにの話だけど、最後の巨大なトカゲのモンスター……実はドラゴンでしたとか、そんなことはないよな?」
トカゲのモンスターと聞いてレイが真っ先に思い浮かべるのは、やはりと言うべきかドラゴンだ。
エレーナの使い魔として生み出されたイエロを知ってるからこそ、そんな風に思うのかもしれない。
イエロは小さいだけに、外見だけを見た者の中にはトカゲと判断してもおかしくはない。
勿論、イエロは歴としたドラゴンだ。
黒竜やブラックドラゴンと呼ばれる種類の、由緒あるドラゴン。
……実際にはエレーナが竜言語魔術によって生み出した存在なので、正真正銘のドラゴンという訳ではないのだが。
本物のドラゴンがイエロを見たらどのような反応をするのか。
以前から少し気になっていたが、幸か不幸か今のところそれが実現する可能性は高くない。
「とんでもない。ドラゴンなどということはまずありません。聞いた話によれば、トカゲのモンスターは報告した者……平均的な体格の男の腰くらいまではあるくらいのトカゲだったらしいですが、群れで行動していたそうですから」
「ああ、なるほど。ならドラゴンということはないかもしれないな。……ドラゴンではないにしろ、腰の高さまである大きさのトカゲのモンスターが群れてるってのは、ちょっと厄介だけど」
腰の高さまでとなると、体長三mオーバーのセトには及ばないにしても、かなりの大きさなのは間違いない。
そんなトカゲのモンスターの群れがいるとなれば、かなり凶悪だろう。
「そうですな。それを報告に持ってきた者も、一緒に度胸試しをしていた仲間を全員喰い殺されたとかで、完全に恐慌状態になっていました」
「……そうか」
村長のその言葉を聞きながら、村長の妻が食後のお茶として出してくれたものを一口飲む。
レイが好む紅茶ではなく、どちらかと言えば玄米茶に近い風味を持つそのお茶の味を楽しみながら、レイは言葉を続ける。
「報酬としての情報は十分だ。話に聞いたモンスターと遭遇出来るかどうかは分からないが、双頭の猪を倒したらそっちに行ってみるよ」
「お気を付けて。森のモンスターは強いと言われています。恐らく辺境から流れてきているモンスターなのでしょうから」
村長の忠告に頷き、レイは座っていた椅子から立ち上がる。
そうして軽く挨拶をすると部屋に戻る。
村長やその妻も、部屋に戻るレイに向かって特に何かを言う様子もなく見送るのだった。
「ん? あ、レイ。もう戻ってきたの? それでどうだった? 何か情報は聞けた?」
レイが借りた客室に戻ると、即座にニールセンが飛んでくる。
比喩的な意味ではなく、文字通りの意味で。
飛んできたニールセンの相手をしつつ、レイは置いていったサンドイッチはと視線を向けるが……当然のように、ニールセンの身体よりも大きなサンドイッチは全てが綺麗さっぱりなくなっていた。
自分の身体よりも大きなサンドイッチを食い切ったのか? と思ったレイだったが、ニールセンのことだからと考えれば不思議と納得出来たのも事実。
その辺については特に気にしないようにして口を開く。
「ああ、それなりに興味深い情報は聞けたぞ。村長が知ってる限りでは、森の奥には三種類……いや、スモッグパンサーも入れれば四種類のモンスターがいるらしい。それも最低でも」
村長の知っているモンスターの他にも、当然ながら別のモンスターはいると思った方がいい。
具体的にどんなモンスターがいるのかというのは、それこそ実際にレイが森の奥に行って確認してみる必要があるのだろうが。
「ふーん。四種類ね。……それと双頭の猪か。ねぇ、レイ。何でそんなにモンスターを倒したいの? やっぱり魔石を集めてるから?」
「ん? その件について言ったか? まぁ、そうだな。俺は魔石を集める趣味があるからな。だからこそ、まだ魔石を持っていないモンスターとの遭遇は大歓迎だ。それに……蜘蛛のモンスターはともかく、鹿とトカゲ、それに双頭の猪の肉は味に期待出来るし」
「蜘蛛は食べないの?」
不思議そうに尋ねるニールセン。
レイやセトがモンスターの肉を好んで食べるのは知っているので、それなら蜘蛛のモンスターも食べてもいいのでは? と素直にそう思っての疑問なのだろう。
だが、レイはそんなニールセンの言葉に対し、首を横に振る。
「蜘蛛はちょっと好んで食べたいとは思わないな。その辺を全く気にしない奴もいるけど、俺は気にする。実際には蜘蛛もかなり美味いというのを聞いたことがあるけど」
それはレイが日本にいた時に見たTV番組や漫画の知識だ。
TVでは掌程の大きさの蜘蛛を素揚げにして普通に売っているというのを見たこともあれば、料理漫画で主人公が漂流してサバイバル生活をする時に、蜘蛛を生で食べてチョコレートの味がするといったようなシーンもあった。
そういうのを見る限り、蜘蛛というのは種類によっては不味くはないのかもしれないが……生憎と、レイの趣味には合わない。
「そんなものなの? レイが食べないって言ってるんだから、あまり美味しくないのかもしれないわね」
「いや、俺の話を聞いてたか?」
自分の話を全く聞いた様子のないニールセンに突っ込みながらも、それ以上は話をしない。
下手にこれ以上蜘蛛を食べるといった話をして、その結果としてニールセンが蜘蛛を食べる事に興味を持ち、レイにも蜘蛛を食べるように言ってこられては困るからだ。
「蜘蛛の件はその辺にして……少し早いけど、ちょっと寝るか。いつ双頭の猪が姿を現すか分からない以上、眠れる時に眠っておかないとな。睡眠不足で戦闘をするのは出来れば避けたいし」
「もう寝るの? もうちょっと話をしてもいいんじゃない?」
「暇な時ならそれでもいいんだけどな。だが、今回の一件について考えれば、出来るだけ体力的に余裕は持っておきたい」
そう言いながら、レイは眠る準備をする。
村長から聞いた話では、双頭の猪は日中に活動していて夜行性という訳ではない。
しかし、それはあくまでも村長が知ってる限りの情報でしかない以上、もしかしたら夜に村の近くまでやって来る可能性は否定出来ない。
あるいは、夜だからこそ村を囲んでいる木の塀を破壊して村の中に侵入するという可能性も十分にあるのだ。
そうなった時、寝不足で戦えない……とまではいかなくても、全力が発揮出来ないというのは、出来れば避けたい。
日中なら村にいる誰かが村に双頭の猪が入ってきたというのを知らせてくれるだろうが。
「ぶーぶー」
不満そうな声を上げるニールセンだったが、ここでレイに悪戯するようなことがあれば、それこそ後でスモッグパンサーの生き餌にされかねないと思っているのか、レイと共に大人しく眠りに就くのだった。
翌朝、身支度や食事を終えたレイは、セトと共に村の中を見回っていた。
当然のように、レイのドラゴンローブの中にはニールセンが入っている。
レイとしては別に無理をして自分と一緒に来なくてもいいと言ったのだが、ニールセンにしてみればこのまま村長の家に置いていかれるといったことは避けたかったのだろう。
妖精のニールセンは、そう簡単に人前に出るといったような真似は出来ない。
もし見つかれば、間違いなく騒動になってしまう。
それを理解しているからこそ、村長の家に残るのではなくレイのドラゴンローブに入るというのを決めたのだろう。
ドラゴンローブの中にいれば、自由に飛び回るといったような真似は出来ないものの、それでも一つの部屋の中でじっとしているよりは気楽だったらしい。
とはいえ……
「何か気になるようなものとかは、特にないんだよな。村長が言ってたように、やっぱりこの村は特に特徴らしい特徴がある訳でもない普通の村か。特徴がないのが特徴って何かであったな」
セトと共に村の中を歩きつつ、レイはそんな風に呟く。
実際、村の中に広がっているのはレイにとっても十分に見飽きた感じがする光景であり、見ていて面白いといったものはない。
正確には同じような村の中ではあっても、地域差とでも呼ぶべきものがあるのか、微妙に違っていたりするのだが、そういう研究をしている訳ではないレイにしてみれば、同じとしか思えない。
その上で、更にレイがつまらないと思うのは、村人がレイの隣を歩くセトを見ると怖がることだ。
セトと同じくらいの大きさの双頭の猪が数匹村の周囲に現れているのだから、このような反応になるのも理解は出来るので、そのことに不満はない。
もう少しセトと触れ合う時間があれば、セトの存在にも慣れて多くの者がセトを怖がるような真似はせず、素直に可愛がるようになっただろう。
だが、レイは今日か明日か……それは分からないが、双頭の猪を倒せばこの村から出る。
そのように時間がないので、今はセトを村の住人に慣れさせるといったような真似をするつもりもなかった。
「屋台の類も……普通の村なら、それなりにあったりするんだが、この村だとそういう屋台の類がないのも残念だな」
「いっそ森の中の方が、珍しい果実とかあるんじゃない?」
ドラゴンローブの中からニールセンがそんな風に言ってくる。
何か面白いものがあると思っていたこの村だが、実際には何もそれらしいものはない。
これでレイがおらず、ニールセンだけなら村人に悪戯をしたりといったような真似をして楽しむことも出来るのだが、レイがいる以上はそんな真似も出来ない。
もしそんな真似をしたのが、妖精郷に戻った時に長に知られたらどうなるか。
悪戯は、妖精の本能に刻まれた行為だ。
それが出来るのに、今はやってはいけないという状況は、ニールセンにしてみればかなり苦しいものがあるのは事実。
特にこのような村でなら、一体どんな悪戯をしようかと考え、それに期待してしまう。
だが……それは出来ないのだ。
だからこそ、いっそもうこの村にいないで森の中に行った方が、自由に行動出来る分だけ楽なのではないかとレイに尋ねたのだが……
「双頭の猪の討伐を受けている以上、この村からそう簡単に出る訳にはいかないだろ。俺達が村にいない間に、双頭の猪が襲ってきたらどうする? この村の様子を見る限りだと、とてもじゃないけど対抗出来るとは思えないぞ」
「それは……でも、今までは無事だったんでしょ? なら……」
「今までが無事だったからって、これからも無事とは限らないだろ。だからこそ、村長は俺を雇ったんだし」
村長が自分を雇ったのは、当然だが双頭の猪の討伐というのもあるが、それと同じくらいにこの村を守って欲しいという思惑があったのだと、レイは理解している。
本当に双頭の猪を倒すだけなら、それこそニールセンが言ってるように森に行って探せばいいのだから。
初めての森である以上、双頭の猪を見つけるのは難しいかもしれないが、セトの嗅覚があれば見つけることも可能な筈なのだが。
それでも今こうしてここにいるのは、村の近くに姿を現した双頭の猪を倒して、それを村人達に見せることにより、もうこの村は安全だというのを示す為でもある。
……実際には双頭の猪が現在知らされている五匹以上いた場合、もしレイが五匹を倒しただけでいなくなってしまえば、村にとって致命的になるのだが。
ニールセンは冒険者に詳しくないので、その辺に思いも寄らない様子だったが、レイはそれについて特に突っ込むつもりはない。
その後も暫く村の中を見ていると……
「モンスターだ、モンスターが出たぞ!」
不意にそんな声が村の中に響くのだった。