2900話
好きラノ2021年上期が始まりました。
レジェンドは16巻が対象になっていますので、投票の方よろしくお願いします。
URLは以下となります。
https://lightnovel.jp/best/2021_01-06/
締め切りは今日ですので、よろしくお願いします。
村長に用意された家は、他の家よりは立派ではあったが、それだけだった。
街に行けば、村長の家よりも立派な家はそれこそ幾らでもあるだろう。
そんな家だけに、当然だがセト用の厩舎といったものはない。
「申し訳ありませんが、そちらのモンスターには家の外にいて貰うことになりますが……構わないでしょうか?」
セトを見ながら申し訳なさそうに言ってくる村長のニレットに、レイは問題はないと頷く。
「双頭の猪が姿を現したら、すぐにそっちに向かう必要があるんだ。それを考えれば、何かあったらすぐに出られるというのは悪い話じゃない。ただ、食料は渡してやってくれ。セトも腹が減っていたら本気は出せないだろうし」
「グルルゥ」
レイの言葉に同意するように、セトは喉を鳴らす。
村長はそんなセトの様子を見て、すぐに頷く。
「分かりました。ただ、ランクA冒険者のレイさん達が普段食べているようなものではなく、粗末な食べ物になりますが……」
「俺の料理も含めて、そこまで無理は言わない」
どん、と。
レイが言い終わるかどうかといったところで、ドラゴンローブの中にいたニールセンがレイの身体を叩く。
村長にはそんなニールセンの行動は分からなかったようだが、レイはニールセンに急かされるように口を開く。
「そう言えば、この村には何か他にはない独特の食材とか料理とか、そういうのはあるか?」
「……え? いえ、特にそういうのはないと思いますけど」
一瞬、何故そのようなことを聞かれたのか分からないといった様子の村長だったが、すぐにそう答える。
そんな村長の言葉が聞こえたのだろう。ドラゴンローブの中にいたニールセンは、明らかに残念そうな様子で再度レイの身体を叩く。
ニールセンも予想はしていたものの、それでも期待はしていたのだろう。
「そうか。いや、気にしないで欲しい。色々と珍しい料理……いや、美味い料理とかを食うのが趣味なんでな。もしこの村に何か美味い料理や食材があったらいいと思っただけだ」
「そうですか。残念ですが、そのような物はありません。……さ、中にどうぞ。すぐに部屋の用意をさせます。あまり立派な部屋ではありませんが」
村長の言葉にレイは頷き、セトに出来るだけ気配を消す……とまではいかずとも、出さないように言ってから、家の中に入る。
双頭の猪が具体的にどのくらい強いモンスターなのかは、生憎とレイには分からない。
しかし、それでもセトと同等といったことはないと思える。
だからこそ、場合によっては双頭の猪がセトの気配を察して村に近付いてこないとも限らない。
……村の安全だけを考えれば、セトがいるのを気配で見せつけるような真似をするのが一番手っ取り早いのだろう。
しかし、そうなってしまえばそもそも双頭の猪を倒すことが出来なくなってしまう。
いつまでもセトがこの村にいるのなら、あるいはそれでも構わないのかもしれない。
だがそうでない以上は、しっかりと双頭の猪を見つけて倒す必要があった。
それ以外にも、単純に双頭の猪を探す為に森に行くのが面倒だという理由もあったが。
セトに言い聞かせると、レイは村長に促されて家の中に入る。
家の中には村長の妻が一人いるだけで、他には誰の姿もない。
(子供はいないのか? いや、村長の年齢を考えると、子供はもう成人していて村を出たのかもしれないな)
その場合は誰が村長の後を継ぐのか疑問に思ったレイだったが、別にレイはこの村に移住する訳でもないし、あるいは長期間滞在する訳でもない。
スモッグパンサーの一件で気紛れに――あるいはニールセンの強烈な主張で――立ち寄っただけでしかない。
そうである以上、村長の後継者云々について心配するような必要はどこにもなかった。
「では、こちらにどうぞ」
村長の妻に案内され、客室に通される。
客室というだけあって、それなりに立派な部屋ではあった。
あくまでも村長の家にある部屋としてはの話だが。
その部屋に入ると、すぐに村長の妻は部屋から出てレイだけになる。
村長の妻が十分に離れたのを確認すると、レイはドラゴンローブの中にいるニールセンに声を掛けた。
「出て来てもいいぞ」
「そう? ……ふぅ、ドラゴンローブの中の方が涼しいんだけど、やっぱりこうやって自由に飛べる方がいいわよね」
ドラゴンローブの中から出たニールセンは、気持ちよさそうに部屋の中を飛び回る。
妖精のニールセンにとって、涼しいとはいえ、ドラゴンローブの中というのは自由に動けないのが辛かったのだろう。
それでも簡易エアコンの効果があるドラゴンローブの中なので、寝る時にはかなり便利だと思っているらしいのだが。
「妖精のお前が見つかる訳にはいかないんだから、仕方がないだろ。それよりも、双頭の猪については何も知らなかったのか?」
「知ってる訳がないでしょ。話を聞いた限りだと、スモッグパンサーによって縄張りから追い出されたって感じだと思うけど」
「だろうな。俺もそんな風に思っていた。スモッグパンサーと戦う時に邪魔にならないように、双頭の猪は前もって倒しておかないとな。戦いに乱入されても面白くないし」
「……何だか、随分と嬉しそうね」
呆れの表情でそう言ってくるニールセンだったが、実際にレイは双頭の猪の件を嬉しいと思っているのだから、反論は出来ない。
スモッグパンサーという未知のモンスターの魔石を入手出来るのかと思っていたら、そこにまた新たな未知のモンスターが姿を現したのだから、喜ぶなという方が無理だろう。
ましてや、レイが村長に聞いた話によると森の奥にはスモッグパンサー以外にも多数のモンスターが棲息をしているというのだから。
それらのモンスターは恐らく辺境からやってきたモンスターだけに、そういう意味でもレイにとっては嬉しい話だった。
「そうだな。嬉しいか嬉しくないかと言われれば、間違いなく嬉しい。それに猪だけあって、肉の美味さは保証されてるしな。大きさはセトくらいもあるってことだったから、解体するのは大変そうだが」
双頭の猪が一匹なら、解体をするのもそこまで大変ではないだろう。
だが、五匹……最低でも五匹で、場合によってはそれ以上の数になる可能性も否定は出来ないのだ。
であれば、それだけ解体に手間が掛かるということを意味している。
(いつもならギルドに頼むんだけど、今はちょっとな)
現在のギルムのギルドは、ただでさえ増築工事で忙しい。
そんな中から解体の得意な者達を選び、クリスタルドラゴンの解体を行って貰っているのだ。
そんな場所に双頭の猪を大量に持ち込むなどといった真似をすれば、処理するのは無理だろう。
(だとすれば、解体屋か……あるいはいっそギルムじゃない別の村や街に行って、そこで解体を頼むというのも悪い話じゃないと思うけど)
ギルムだからこそ忙しいのであって、それなら別の場所にあるギルドに行けばいいというのは、そんなに悪い話ではないようにレイには思えた。
「何だか悪い顔をしてるようだけど、何か企んでいたりはしないでしょうね?」
「あのな、別にそんなことは特に何も考えてはいないぞ。俺が考えていたのは……っと、隠れろ」
部屋に近付いてくる気配を察したレイの言葉に、ニールセンはドラゴンローブの中ではなく、部屋の隅に移動する。
これが普通の人間ならそんな真似をしても隠れるといった事は出来ないだろう。
しかし、ニールセンは妖精で人間とは比べものにならないくらいに小さい。
そんなニールセンが家具の裏や上、あるいは天井の隅といった場所にいれば、一般人にそれに気が付けという方が無理だろう。
「失礼します、レイさん。食事の用意が出来ましたが……こちらで食べますか?」
村長の妻が扉の向こう側からそんな風に尋ねてくる。
ここで食べるのかどうかと聞いたのは、高ランク冒険者が自分達のような一般人と一緒に食べるのかと思ったからだろう。
その言葉に、レイはどう返事をするのか迷う。
ここで食べる場合は、ニールセンも一緒に食べることが出来るだろう。
もっとも、先程聞いた話によればこの村の食事はそこまで特別なものではないらしいので、そういう意味ではニールセンが食べたがる料理と同じかと言われれば、微妙に違うのだが。
「そっちで一緒に食べさせて貰う。森について色々と聞きたいこともあるしな」
「ちょっ……」
レイの言葉を聞いたニールセンは、それはないだろうと言葉を発しようとした。
それでもこの状況で自分が声を出すのは不味いという自覚はあったのか、何とか口を押さえることに成功して声を出さずにすむ。
幸いにも、扉の外にいる村長の妻にはそんな小さなニールセンの言葉は聞こえなかったのか、特に訝しむ様子もなく口を開く。
「分かりました、ではもう少ししたら居間に来て下さい」
そう言い、扉の前から去っていく。
そうして十分に村長の妻が離れたところで、ニールセンは天井近くから跳び蹴り……いや、飛び蹴りを放ってくる。
空を飛べる妖精だからこその蹴りだったが、だからといってレイがそれに命中してやる必要はない。
顔を動かすことであっさりと攻撃を回避し、素早く手でニールセンの身体を掴む。
「ちょっ……何するのよ! いいから離しなさいよね!」
レイの手の中で暴れるニールセンに、手を離す。
別にレイも本気でニールセンを捕まえてどうこうしようと思っていた訳ではないのだから。
「さっき村長も言ってただろ。この村は別に何か特別な料理や食材がある訳じゃないって。だとすれば、ニールセンが興味を持つような食べ物も、多分ないぞ」
「それは……そうかもしれないけど。でも、だからって私が何も食べないのなら、それこそお腹が減るじゃない」
「何か適当に出していくから、お前はそれを食べてろ」
こういう時、ミスティリングに保存されている料理の数々は便利だった。
もっとも、どうせならレイもまたこういう料理を食べたいと思わないでもなかったが。
「え? レイの料理? 何々? どういうの?」
レイの提案に、一瞬前までの不満は一瞬にして消えたのかようなニールセン。
そんなニールセンの様子に、レイは何かを言おうかと思ったが……結局のところ、それは止めておいた方がいいだろうと判断する。
もしここで何かを言ってニールセンと言い争いになったりしたら、無駄に時間を使ってしまうようなことになりかねない。
なら適当な料理を置いていって、ニールセンはそれに満足して貰えばいいだろうと判断する。
「肉と魚、どっちがいい?」
「え? うーん、肉はそれなりに食べる機会があるから、魚がいいわね」
「分かった。なら、これでも食べてろ」
そう言ってレイがミスティリングから取り出したのは、焼いた川魚の解し身を酸味のある果実と塩で味付けした具を新鮮な野菜と一緒にパンで挟んだサンドイッチだ。
特徴的なのは、パンも焼かれている……いわゆるホットサンドに近い形となっていることだろう。
「へぇ……美味しそうね」
サンドイッチは普通の人間が食べるくらいの大きさだ。
それはつまり、ニールセンにしてみれば明らかに大きなサンドイッチなのだが……レイはニールセンの食欲を知ってるので、この程度なら何の問題もなく食べることが出来るだろうと判断する。
「じゃあ、行ってくる。ニールセンは迂闊に外に出たりするなよ」
そう言葉を残して部屋を出たレイは、居間に向かう。
すると居間では、既に食事の準備が整っており、村長とその妻がレイの到着を待っていた。
「悪いな、少し遅れたか?」
「いえ、まだ料理も出来てからそれ程時間は経っていませんし、何の問題もないですよ」
村長に促され、レイは空いている椅子に座る。
料理は白パンと野菜のスープ、肉と野菜を炒めたものとチーズといったような簡単なものだったが、それでも自分を精一杯持てなそうとしているのはレイにも分かった。
「粗末な料理ですが、どうぞ」
村長に勧められ、まずは野菜のスープを口に運ぶ。
「うん、美味い」
ほっ、と。
レイの感想を聞いた村長の妻は安堵した様子を見せる。
夫からレイが双頭の猪を倒す為に雇った冒険者であるというのは聞いていたのだろう。
だからこそ、こうして精一杯のもてなしをしたのだ。
そうした料理を食べながら、レイは早速村長に尋ねる。
「双頭の猪だが、村の近くまでやって来たってことは、餌か何かを探してか?」
「どうでしょう? 今はまだ村の中には入られてないですし、襲われたという話もありません。もっとも、それは双頭の猪が姿を現したら誰も村の外に出ないようにしているから、というのが大きいのですが」
そんな風に会話を交わしながら、レイは情報を集めるのだった。