2898話
好きラノ2021年上期が始まりました。
レジェンドは16巻が対象になっていますので、投票の方よろしくお願いします。
URLは以下となります。
https://lightnovel.jp/best/2021_01-06/
締め切りは7月24日となっています。
投稿した話が1話飛んでいました。
現在は修正済みです。
申し訳ありませんでした。
「あ、ちょっとレイ。ほら、あそこ見てあそこ。あれって村じゃない? ちょっと寄って行ってもいいと思うんだけど!」
セトの背中に乗っているレイの肩の上に立っているニールセンが、視線の先にある村を見つけてそんな風に騒ぐ。
そんなニールセンの言葉に、レイはどうするべきかと迷う。
妖精の長からの依頼……スモッグパンサーの魔石を確保するという意味では、別に村に寄る必要はない。
寧ろ村に寄れば間違いなくニールセンがそちらに好奇心を向け、あるいは悪戯をすることで村に騒動を巻き起こす可能性があった。
そのような真似をするのは、レイとしては出来るだけ避けたい。
そう考えれば、やはりここは村に寄らずに真っ直ぐ進んだ方がいいのは間違いないのだが……
「スモッグパンサーのいる場所は、ここからそう離れていない筈よ。だとすれば、あの村でスモッグパンサーについての情報を聞いてもいいんじゃない?」
「スモッグパンサーの情報については、ニールセンが知ってるんじゃないか?」
「勿論知ってるかと言われれば、知ってるわ。けど、私が知ってる情報よりも、スモッグパンサーの近くにいる人達から話を聞いた方がいいと思わない?」
「それは……」
ニールセンのその言葉は、レイにとっても納得出来る部分があるのは間違いない。
情報というのは、新しければ新しい程にいいのだから。
……勿論、情報が新しくてもデマであれば意味はないのだが。
「それに、レイもあの村で食べるお菓子は気になるでしょ?」
「やっぱりそっちが狙いか」
自分の欲望を隠しもしないニールセンに、レイはどうするべきかと改めて迷う。
とはいえ、ニールセンの言うようにスモッグパンサーの近くにある村で話を聞くのは大きな意味を持つ。
「グルルルゥ?」
レイとニールセンを背中に乗せているセトが、どうするの? と喉を鳴らす。
どうするべきかと考えたレイは、結局少しでも情報を得る必要があるだろうと判断してセトに頼む。
「セト、あの村に向かってくれ」
「グルゥ」
レイの言葉にセトは喉を鳴らし、地上に見える村に向かって降下していく。
そんなレイの横では嬉しそうな様子を見せているニールセンだったが、レイはそんなニールセンに向かって声を掛ける。
「言っておくけど、ああいう村でお菓子というのはあまり期待出来ないと思うぞ?」
「え……?」
レイの言葉にニールセンは動きを止める。
そうして動きの止まったニールセンに向けて、レイは言葉を続ける。
「村というのは基本的にそこまで裕福じゃないしな。当然ながらお菓子を好きに食べたりとか、裕福な生活をするのは難しいと思う」
村についての説明をしたレイに対し、ニールセンは迷った様子を見せ……それでもやはり村の様子が気になったのか、そちらに向かうのを主張する。
「それでもちょっと見てみたいし、さっきも言ったけど私の知らない情報があるかもしれないでしょ。だから行きましょうよ。向こうにはきっと何かあるから」
当然だが、ニールセンは本当に村に何かがあるというのを知っている訳ではない。
そうであって欲しいと、そう希望しているだけだ。
レイもそれは分かっていたが、実際にここで村に寄れば何らかの取引材料を入手出来る可能性が高い以上、ニールセンの言葉を受け入れる。
「だから、セトがもう村に向かってるだろ? さっき俺がセトに村に向かってくれって声を掛けたのが聞こえなかったのか? ……それだけ村に夢中になっていただけなのかもしれないが」
「え? あ、あははは。でも、その……ほら、やっぱり村には色々と興味があったからっていうか……うん。まぁ、その……ね?」
「ね? とか言われてもな。言うまでもないことだが、ギルムの時と同じくニールセンが表立って人前に姿を現すようなことは出来ないぞ?」
「分かってるわよ。でも、レイのローブの中に隠れて話を聞くとか、そういうのはいいんでしょ?」
「それくらいならな」
そんな風に会話を交わしていると、やがてセトは村から少し離れた場所に着地する。
「……お?」
セトの背から降りたレイは、村の様子を見てそんな声を上げた。
村人がセトの姿を見て警戒するというのは、理解出来る。
セトのことを……そしてレイのことも知らないのなら、それこそモンスターが襲ってきたと勘違いしてもおかしくはないのだから。
しかし、それでも武器を持った村人が既に二十人近くも集まっているのを見れば、集まるのが早すぎると思う。
「グルルルゥ?」
セトもレイと同様に疑問を持ったのだろう。
不思議そうな様子で村の方を見ている。
「ちょっと、レイ。どうしたの?」
地上に降りる途中にレイのドラゴンローブの中に入り込んだニールセンは、事情が分からず不思議そうに尋ねる。
なお、ニールセンが持っていた串焼きは既に全て食べられ、串も捨てている。
串焼きのタレや塩で多少汚れていたが、それも布で拭いて綺麗にしてあるので、ドラゴンローブが汚れることはない。
「何だか村の様子が妙だな。セトを見て恐慌状態になるのならまだ分かるが、即座に戦闘が出来るようにかなりの数が集まってきている。かなり戦い慣れているみたいだな」
「……人間の村なら、それも当然なんじゃないの?」
ニールセンは好奇心は旺盛だが、人の村というのは殆ど見たことがない。
だからこそ、今こうして近くにある村が普通なのではないかと思ったのだろう。
しかし、今まで色々な村に行ったことのあるレイにしてみれば、あの村は明らかに異常だ。
(もしかして、盗賊の村とか?)
誰から聞いたのかは忘れたが、村の中には一見して普通の村であるように見えるのだが、実際には村にいる者が全て盗賊で、村に寄った相手を襲う……といったようなことを聞いたことがあった。
それが実際にあったことなのか、それとも噂話でしかないのかは分からないが、レイは恐らく前者だろうと思っている。
何故なら、レイが趣味の盗賊狩りを行い、それ以外にもギルドには盗賊の討伐依頼があることも多い。
幾ら盗賊を討伐しても焼け石に水といった状態なのだ。
そうである以上、村そのものが全て盗賊であるといったようなことがあっても、おかしくもなんともないと思えてしまう。
「多分大丈夫だとは思うけど、何かあったら即座に戦いになってもおかしくはない。その時は、出来るだけしっかりと掴まってろよ」
ニールセンがドラゴンローブの中にいる以上、いつものように好き勝手に動くような真似は出来ない。
そのような動きをすれば、ニールセンが潰れてしまってもおかしくはないのだから。
そんな状況にならないようにする為には、レイもニールセンについて相応に気を遣う必要がある。
「分かってるわ。というか、戦いになるのなら私はここから出てようか? そうすれば、レイも好きに動けるでしょう?」
「それは……いや、やっぱり止めておいた方がいい。もし連中がニールセンを人質にしたりすれば、面倒だしな」
「むー。あのねぇ、レイは私を何だと思ってるの? 妖精なのよ? その辺の人にそう簡単に捕まると、本当に思ってるの?」
その言葉にレイは無言で返す。
ニールセンは妖精である以上は空を飛べる。
最悪、空に逃げれば捕まるようなことはないだろう。
だが同時に、ニールセンの性格を考えると、なんらかのミスをしてあっさりと人質にされそうな気がしないでもない。
「さて、取りあえず向こうがどういうつもりかは分からないが、話してみるか。……セト、向こうから手を出してくるまで、こっちからの攻撃はしないようにな」
「グルゥ」
「ちょっと、私を何だと思ってるのって聞いてるでしょ!」
ドラゴンローブの中で騒いでいるニールセンを上から軽く押さえ、それで静かになったところでレイはセトと共に村に近付いていく。
すると不思議なことに、村人達はレイとセトが近付くに従って、警戒心が解けていく。
普通見知らぬ相手……それも戦闘準備をしている相手がこうしてやって来たら、すぐにでも攻撃をしてもおかしくはない。
だというのに、村人達はレイとセトが近付くに従って安心した様子を見せているのだ。
(これは……どうなっている? 取りあえず、盗賊の村って訳じゃないのははっきりとしたな)
そんな風に考えつつ、レイとセトは村に近付いていき……すると村の方からも代表としてか何人かがやってきた。
「すいませんが、貴方は冒険者ですかな?」
やってきた者達の中でも五十代ほどの、恐らくは村長と思われる男がレイに向かってそう尋ねる。
とはいえ、話し掛けているのはレイに対してだが、その視線は何度もセトの方に向けられていた。
だが、セトを見るのが初めてである以上、それは仕方がないだろうとレイも思う。
「ああ、冒険者だ。ちょっと村に寄ろうと思ったんだけど……こうして見ると、寄らない方がいいのか?」
「いえいえ、小さい村ですがお客さんなら大歓迎ですよ。村長として歓迎します」
レイの予想通り村長だった人物は、レイの言葉を聞いてそう返してくる。
戦闘態勢を解いていたので、恐らくは大丈夫なのだろうと思ってはいたものの、それでもあっさりと言ってくるのはレイにとって少し驚きだった。
「そうなのか? 空から見た感じだと、村人達がいつ戦闘になってもいいように準備をしていたみたいだけど。……ああ、別に俺に敵意を持ってるって訳じゃないのは分かってるから、安心してくれ。今はもうそのつもりはないようだし」
「ははは。見抜かれていましたか。実は最近村の側にモンスターが姿を見せるようになっていまして、神経質になっているのですよ」
「モンスターが? セトを見てああいう状況になったってことは、そうなのかもしれないとは思っていたけど」
レイにしてみれば、自分を相手にしたものではないと知って安堵する。
……何故かドラゴンローブの中でニールセンが不満そうな様子を見せていたのが気になったが。
「ええ。それもゴブリンを始めとした弱いモンスターではなく、かなり高ランクのモンスターと思しき存在です」
「可能性は……あるだろうな」
基本的に高ランクモンスターが出るのは、辺境となる。
しかしそれは、あくまでも基本的にの話だ。
場合によっては、辺境以外の場所に高ランクモンスターが姿を現すということもあるのだ。
(ましてや……ここはスモッグパンサーの棲息している場所から近い筈だ。……って、あれ? ちょっと待った。もしかして、村の周辺に姿を現したモンスターってスモッグパンサーだったりしないよな?)
スモッグパンサーの棲息している場所の近くでモンスターが姿を現したと言われれば、レイとしてもその可能性を考えるには十分だった。
「ちなみにだが、村の周囲にモンスターが出没するようになったって話だったが、それが具体的にどんなモンスターなのかというのは分かるか? そう、例えばスモッグパンサーというモンスターだったりは……」
「いえ、違います。出没するようになったモンスターは、巨大な猪のモンスターです。それこそ……貴方の連れているモンスターと同じくらいの大きさを持つ猪で、頭部が二つある、そんなモンスターですね。そのようなモンスターが五匹程……」
「うわ、それは……」
村長の言葉に、レイはセトを見る。
体長三mを超える大きさを持つセトは、レイから見れば愛らしい存在だが、初めて見る者にしてみれば決してそのようには思えないだろう。
そんな大きさの猪……それもただの猪ではなく、頭部が二つある猪が五匹も姿を現しているとなれば、村が警戒するのも理解出来た。
(頭部が二つある犬はオルトロス……いや、ケルベロス? 違うな。ケルベロスの頭部は三つだったと思うから、やっぱりオルトロスか。そうなると、頭部が二つある猪は何て名前なんだろうな?)
そんな疑問を抱きつつも、同時に疑問も抱く。
「そんな凶悪なモンスターが複数出没するのなら、討伐依頼を出したりはしなかったのか?」
「この村にはギルドがありません。もしギルドに頼むとなれば、ギルドのある村や街まで行くしかないんですが……このような小さな村ですから、報酬が……」
「ああ、なるほど」
レイが上から見たところでは、寒村といった様子ではないものの、決して裕福そうな村という訳でもなかった。
そこそこの大きさはあるので、ギルドくらいはあるのかと思ったが、そのギルドもないらしい。
だとすれば、村長が何故こんなに自分に丁寧に接しているのかも理解出来る。
セトのような従魔を従えた冒険者。
深紅の異名を知らなくても、レイが腕利きの冒険者であるというのは容易に予想出来たからこその行動だったのだろう。