2897話
好きラノ2021年上期が始まりました。
レジェンドは16巻が対象になっていますので、投票の方よろしくお願いします。
URLは以下となります。
https://lightnovel.jp/best/2021_01-06/
締め切りは7月24日となっています。
セトが空を飛んでいる中、何度かニールセンは進む方向を変えるように言う。
そんなニールセンの指示に従い、セトは進行方向を変えながら飛ぶ。
辺境から出る方向に向かって飛んでいるのは間違いなく、それがレイには少し意外だった。
妖精達が以前いた場所なのだから、てっきり辺境なのではないかと思っていたのだ。
だが、街道とは全く別の方向に進んでいるものの、場所的にはそう遠くないうちセトは辺境を出るだろう。
「んー……この串焼き美味しいわね。あ、レイが食べてるのもちょっとちょうだい。そっちはちょっと味が違うんでしょ?」
ニールセンはレイの持っている串焼きを見て、それも欲しいと言ってくる。
串焼きは街中で普通に売ってるものなので、その大きさはニールセンにとっても大きい。
しかし、それでもニールセンにしてみれば美味い料理は別腹とでも言いたいように既に三本の串焼きを食べ終わっており、現在持っているのは四本目の串焼きだ。
その四本目の串焼きを食べながら、それでもレイの食べている串焼きを自分も食べたいと言ってくる辺り、一体ニールセンの身体の中はどうなるのかといった疑問をレイが抱いてしまうのはおかしくはないだろう。
「腹一杯になって昼寝をして道に迷うなんて真似はするなよ? 俺はスモッグパンサーがどこに棲息しているのか、全く知らないんだからな。それを知ってるのはニールセンだけなんだぞ」
長から正確な場所を聞くなり、あるいは地図を貰うなりすればよかったのかもしれないが、妖精には地図というのは存在せず、以前いた場所からトレントの森まで移動するのも一直線だった訳ではない。
そうである以上、やはりスモッグパンサーのいる場所についての詳細はニールセンに頼むしかないのが実情だった。
しかし、肝心のニールセンが腹一杯になって眠ってしまったりしたら、どこに行けばいいのか本当に分からなくなってしまう。
「分かってるわよ。私がそんな間抜けなことをすると思う?」
「思う」
ニールセンの問いに、レイは一瞬の躊躇もなくそう答えながら頷く。
まさか、ろくに考えるような真似もしないでそんな風に言われるとは思っていなかったのか、ニールセンは不満そうな様子を隠そうとしない。
「ちょっと、レイ。私を何だと思ってるのよ」
「ニールセンだろう? それこそ、お前が今までやってきた諸々を考えて、自分がそこまで信頼されてると思うのか?」
「ぐ……それは……」
図星だった為か、ニールセンはレイに反論出来なくなる。
ニールセンにしてみれば、レイが自分のやって来たことを一体どれくらい知っているのかというのは分からない。分からないが、だからといってそこに突っ込むような真似をした場合、藪蛇になるのではないかという思いがあった。
「取りあえず、今は方向は間違っていないから、気にしなくてもいいわ。それより串焼き! レイの食べている串焼きをちょうだい!」
催促され、レイは自分が串焼きを渡すくらいでニールセンの機嫌が直るのならと、持っていた串焼きを渡す。
ニールセンの身体程の大きさもある串焼きを、しかも元々持っていた分も合わせて二本も持てるのか? と疑問に思ったのだが、ニールセンはそんなレイの心配を全く気にした様子もなく串焼きをそれぞれ片手で持つ。
(ニールセンを見てると、俺の中にある妖精のイメージが変わってしまいそうだよな)
串焼きを片手でそれぞれ一本ずつ持っているニールセンは、正直なところ妖精というよりはモンスターと表現した方がいいのでは?
そんな風にすら思ってしまうのだが、幸いなことに……本当に幸いなことに、ニールセンは自分がそんな風に思われているとは全く考えていないらしい。
「美味しいわね、この串焼き。お菓子も美味しいけど、人間の世界ってこういう料理も美味しいんだから羨ましいわ」
「言っておくけど、どこでもその串焼きみたいに美味いのを食べてる訳じゃないぞ。俺が纏め買いしてるのは、美味いと思った串焼きだけだからな」
串焼きに限らず、ミスティリングに入っている食べ物は、その大半がレイが屋台や店で食べて美味いと思ったものだ。
ミスティリングは数や重量を無視して収納出来るものの、だからといってわざわざレイが不味いと思う料理……あるいは不味いとは思わずとも、そこまで美味いとは思わない料理をわざわざ収納しておくようなつもりはない。
「ふーん、いつでも美味しいものが食べられるなんていいわね。私もそういうのがあればな」
「妖精のマジックアイテムに、ミスティリングみたいなのはないのか?」
妖精の作るマジックアイテムが高性能なら、ミスティリングそのものとは言わずとも、アイテムボックスの廉価版より性能が高い……そんな物があっても、おかしくはないのではないか。
ふとそんな風に思うレイだったが、ニールセンはレイの言葉を聞いて少し考え、やがて首を横に振る。
「そういうのはないわね。けど……あったら便利そうなのは間違いないわ」
「だろうな。俺はこれがないとろくに生活出来ないし。いや、それはちょっと言いすぎか?」
言いすぎか? と自分で口にするレイだったが、もしレイについて詳しい者がいれば、恐らく言いすぎではなく真実だと、そう突っ込んだだろう。
実際にレイの生活がミスティリングありきで行われているのは、多くの者にしてみれば否定出来ない事実なのだから。
もしレイがミスティリングを持っていなければ、荷物を背負って移動するか、あるいは馬車を使って移動する必要がある。
本当に必要な物だけを厳選して持ち歩くといった真似も出来ないだろうし、レイが集めている使い捨ての投擲用の槍も当然だが持ち歩くことは出来なくなる。
(あれ? もしかしてミスティリングがないとろくに生活出来ないっていうのは……当たっていたりするのか?)
自分の状況について少し考えると、ふとそんな風に思えてしまう。
それが事実なのかどうかは、レイには分からない。
しかし、もしかしたら……そんな風に思ってしまうのは間違いのない事実だった。
「どうしたの、レイ?」
「いや、このミスティリングを入手出来たのは、俺にとって最大の幸運の一つだったと思ってな」
「……最大の幸運なのに、その一つなの? ちょっと矛盾してない?」
不思議そうにレイに尋ねるニールセンだったが、実際にレイは幾つもの幸運に恵まれて現在ここにいるのは間違いない。
そもそもレイが地球では類い希な魔力を持っていて、それをゼパイルによって見出されたことが非常に大きな幸運だろう。
その魔力によって魔獣術でセトやデスサイズを生み出すことが出来たのも幸運だった。
また、レイがこの世界で初めて向かった街がギルムで、その領主がダスカーだったこと。
他にもエレーナやマリーナ、ヴィヘラとの出会い等々。
色々な意味でレイが幸運だったのは、間違いのない事実だったのだ。
「そうか? 腕利きの戦士であっても、幸運に恵まれなければ、あっさりと死んでしまう。そういう意味で、冒険者として……いや、冒険者に限らず幸運というのは非常に大きな意味を持つ。とはいえ、幸運だけでどうにかするって訳にはいかないから、力を磨く必要もあるんだけどな」
あるいは、本当の意味で幸運な者の場合は、ろくに鍛えるようなことがなくてもどうにかなる可能性はあるのだが……生憎と、レイはそこまで幸運な相手というのは見たことがなかった。
「ふーん。人間って大変なんだね」
「それは否定しない。その分、色々な楽しみもあるけどな。美味い料理を開発するとか」
「それは素直に羨ましいと思うわ。この串焼きとか、妖精郷だとまず食べられないし」
自分の食べている串焼き……既にそこにある肉はもう殆ど残っていないものの、そんな串焼きを見ながらそんな風に呟く。
「なら、お前が妖精郷で料理とかお菓子を広げればいいんじゃないか? 妖精達は料理やお菓子を食べるのは好きだけど、作るのは苦手だしな。だとすれば、妖精郷でそういうのをやれば、上手くいくんじゃないかと思うけど」
レイがそう言うのは、別に口だけという訳ではない。
妖精というのが非常に高い好奇心を持っているのは、レイにも理解出来る。
つまりそれは、一種の趣味人であるという風にも思えるのだ。
そして趣味人となる者が何か一つの趣味に嵌まれば、その趣味に深くのめり込む。
もし妖精の中に料理作りやお菓子作りに嵌まる者が出てくれば、これ以上ないくらい料理に嵌まるのは確実だとレイには思えた。
だからこそ、レイとしては妖精郷に料理やお菓子を広めるのなら、他から買ってくるのではなく、自分達で作るといったような真似をしてもいいと思う。
……そこには、妖精が料理やお菓子作りを行った場合、人間では思いも付かないような、妖精ならではの独創性のある料理やお菓子が出来るのではないかという期待があったのも間違いない。
(リアルな虫の形をしたチョコレートとか、そういう方向に行かれるとちょっとアレだけど)
日本にいる時にTVで見た、ちょっと変わったチョコレート。
それは山の近くで育ったレイの目から見てもかなり本物に近い虫の形をしたチョコレートで、少なくてもレイはそんなチョコレートを食べたいとは思わなかった。
もっともそれはレイが虫を食べる習慣がないだけで、世界的に見れば虫を食べるというのはそこまで珍しい程ではないのだが。
タガメは普通にタイを始めとした東南アジアで食材として使われているし、日本でもイナゴの佃煮や蜂の子を食べる地域もある。
(いやまぁ、虫を食べてるからって、虫そっくりのチョコレートを食べられるのかどうかは、また別の話だろうけど)
首を横に振り、考えを振り払う。
今はそんなことを考えているような余裕はないだろうと、そんな風に思いながら。
「妖精郷で料理やお菓子を作る……ね。ちょっと面白そうかも。材料とかは、森の中を探せば色々と手に入るだろうし」
「一応聞いておくが、その材料は果実とかそういうのだよな? 虫を使ったりとかはしないと思ってもいいんだよな?」
「はぁ? 虫? 一体何を言ってるのよ。私が作りたいのはお菓子よ! 虫なんか、お菓子に使える訳がないでしょ!」
そう断言するニールセンに、レイは何かを言おうとしたものの、結局口にはしない。
ここで下手なことを言って、ニールセンが虫を材料にお菓子を作る……などといった真似をするような事になるかもしれないと、そう考えたのだろう。
「そうだな。なら、頑張ってくれ。ダスカー様と色々と交渉をしていたりするんだから、その時にニールセン達が要望する物にお菓子の材料とかを入れてもいいかもしれないな。……幸い、植物とかに関しては心配がいらないし」
異世界から転移してきた緑人を多数保護しているダスカーは、現在植物の生長を促進出来るという能力を使って、香辛料をギルムの特産物として使えないのか試している。
香辛料の中には暑い場所でなければ育たなかったり、一定以下の気温でなければ育たなかったりというのが多い。
……いや、正確にはギルムの周辺でも香辛料は普通に存在していたりするのだが、そのような香辛料はそれこそ普通に入手出来るので、わざわざ栽培する必要はなかったりする。
お菓子作りに香辛料を使うのもいいし、いっそギルムの周辺で本来なら育たない果実を作って貰うというのも悪くはないだろう。
「そんな風に思ってるけど、どう思う?」
「香辛料に果実ね。うん、ちょっといいかも。スモッグパンサーの件が終わって妖精郷に戻ったら、長に聞いてみるわ」
レイの説明を聞いていたニールセンは、大分その内容に興味を持ったらしい。
笑みを浮かべ、レイに向かってそう告げる。
「そうしてくれ。後は、長が許可をしてくれるといいんだけど」
「多分大丈夫だとは思うけど……もし長が渋ったら、レイも協力してよね」
「俺が? いやまぁ、妖精郷で料理やお菓子を作ればいいんじゃないかってのを勧めたのは俺なんだから、協力して欲しいと言われれば協力するけど。具体的に何をすればいいんだ?」
「長はレイの言葉なら、相当な無理じゃない限り引き受けてくれると思うわ。だから、レイがお菓子作りを勧めれば、長も嫌とは言わないと思うのよ。それに……何だかんだと、長もお菓子というか、甘味は大好きなんだし」
その言葉に、レイは昨日長に渡したドワの実について思い浮かべる。
長はドワの実を受け取った後、全く離すようなことはなくスキルか魔法かは分からないが、ドワの実を常に自分の側に置いていたのだ。
それを思えば、ニールセンの言葉にも説得力があり……分かったと頷くのだった。