2892話
好きラノ2021年上期が始まりました。
レジェンドは16巻が対象になっていますので、投票の方よろしくお願いします。
URLは以下となります。
https://lightnovel.jp/best/2021_01-06/
締め切りは7月24日となっています。
結局、レイは妖精達にドワの実を渡すことになる。
それもミスティリングに収納していた大半をだ。
……元々普通の人が一人で食べるには多いだけの量があったのだが、妖精の群れにしてみればそれだけの量のドワの実があっても足りないという風に人気になってしまう。
「あーっ! ちょっとぉっ!」
自分の食べる分のドワの実がなくなる。
そう判断したニールセンは、少しでも多くを食べたいとドワの実を食べている妖精の群れに突っ込んでいく。
「うわぁ……」
「グルゥ」
レイは妖精達のあまりといえばあまりの光景にそんな声を出し、セトはドワの実は自分も食べたかったのにと残念そうな様子で喉を慣らす。
セトにとっても、ドワの実はそれだけ美味いと思える果実だったのだろう。
「あの騒動が一段落するまでは俺達もどうすることも出来ないし、今はとりあえず待っているとするか。セトもそれでいいよな?」
「グルルルゥ」
レイの言葉に、セトは分かったと鳴き声を上げる。
本来なら、セトもドワの実を食べる為に集まっている妖精達の群れに突っ込みたいのだろう。
しかしそんな真似をすれば、当然ながら妖精達は怪我をしてしまう。
そうである以上、セトは我慢をするしかなかった。
そんなセトを可哀想に思ったのか、レイはミスティリングから干し肉を取り出す。
保存だけを目的にした干し肉ではなく、しっかりと香辛料を使い、肉も上質な部位――それでも脂身の多い部分ではなく赤身だが――を使っている干し肉だ。
冒険者が野外活動をする際に使うような保存期間を長くしただけの干し肉ではなく、多少裕福な者が食べる、食料というよりは嗜好品としての干し肉。
「グルゥ、グルルルルゥ……グルルゥ!」
干し肉を食べたセトは、嬉しそうに喉を鳴らす。
セトにしてみれば、このような干し肉は幾らでも食べたいと、そんな風に思う味なのだろう。
レイもまた干し肉を口に運ぶ。
最初に香辛料の香りが口の中に広がり、次に干し肉の旨みが口の中に広がる。
それもどのようにして干しているのかはレイにも分からないが、干し肉の味が常に口の中に広がり続けているのだ。
本当にいつまでも食べていたい、そんな干し肉。
生憎とレイは酒の類を好まないが、酒を好きな者がこの干し肉を食べた場合、それこそどれだけでも酒を飲むことが出来てもおかしくはなかった。
そんな、圧倒的なまでの旨みを持つ干し肉。
「ねぇ。レイ。一体何を食べてるの?」
レイとセトが干し肉の味を楽しんでいると、そんな様子が気になったのだろう。
ドワの実には殆どありつけなかった妖精が、そう尋ねてくる。
その目には強い好奇心があり、レイの食べているのを自分でも食べたいと、そう態度で示していた。
ドワの実の一件があるので、出来れば妖精に干し肉をやりたくはなかったレイだったが、出遅れたせいで殆どドワの実を食べることが出来なかった妖精を可哀想に思い、自分の食べていた干し肉を少しだけ分けてやる。
(妖精って肉食ってイメージがないけど……この妖精郷の妖精は、普通に肉とかも食べるんだよな。お菓子とか果物とか、そういうのを好む個体が多いのも事実だが)
レイの中で妖精といえば、それこそ何も食べないか、あるは花の蜜を飲んだりするというイメージが強い。
しかし、それはあくまでもレイのイメージ……というか、正確には日本にいる時に見た漫画やアニメ、ゲームといったものの知識からだ。
剣と魔法のファンタジー世界であるエルジィンでは、その手の知識が役に立つのは間違いない。
だが、中にはそんな知識が全く意味を成さないといったことも珍しくなかった。
例えば、エルフは基本的に野菜や木の実といったものしか食べないというイメージがレイにはあったが、実際には普通に肉も食べるといったように。
「あら、これ美味しいわね。いつまでも食べていたくなる気分だわ」
干し肉を食べた妖精は、満足そうにそう言ってくる。
それはレイにとっても問題ない……どころか、自分が美味いと思っている干し肉を褒められたのだから満足したのだが、当然そんな話を聞けば他の妖精達もその干し肉に興味を持つ。
「ねぇ、私にもちょうだいよ」
「あ、ずるいあたしの方が先に決まってるでしょ!」
「そんなー、もっと私も食べたいのにー」
瞬く間に妖精達に囲まれたレイだったが……
「いい加減にしなさい」
そんな声が響くと、一瞬前までレイの周辺に集まっていた妖精達は距離を取る。
そうした中でレイの前に現れたのは、レイにとっても見覚えのある相手だった。
「長、久しぶり」
「ええ、久しぶりですね。……この子達が迷惑をかけました」
他の妖精よりも少し大きな妖精の長は、レイの言葉に笑みを浮かべて言葉を返すが、他の妖精達がレイに迷惑をかけたのを謝罪する。
「別にそこまで気にしてないよ。……ああ、そうそう。ほらこれ」
そう言い、レイはミスティリングからドワの実を一個取り出して長に渡す。
ミスティリングに残っているドワの実はもう残り少ないが、それでもこうして妖精達が喜ぶのなら、長に対しての土産としても十分に通用するだろうとレイは判断したのだ。
そうして渡されたドワの実に、長は少し迷う。
長という立場にいるが、長もまた妖精の一人だ。
他の妖精達を纏めているので落ち着いた様子を見せてはいるものの、それでもやはり好奇心は旺盛だし、他の妖精達が嬉しそうに食べている果実に興味を持つなというのは無理だった。
「いいのですか? これは貴重な果実なのでしょう?」
「そうだな。それなりに貴重な果実なのは間違いない。けど、だからこそ長に対する土産としては十分だろ?」
「……分かりました。ありがとうございます」
笑みを浮かべた長は、レイから果実を受け取る。
他の妖精達は果実を運ぶのにも苦労していた様子だったが、さすが長と言うべきか、手で直接持つのではなく魔法……もしくはサイコキネシスのような力でドワの実を空中に持ち上げる。
「あー! 長だけずるい!」
そんな長の様子に妖精の一人が思わずといった様子で叫ぶものの、しかしそれは地雷でしかない。
「あら、何かしら? 私がどうかしましたか?」
これ以上恥を掻かせるな。
言外にそう告げながら。満面に笑みを浮かべて声を上げた妖精に尋ねる。
その妖精も、そんな長の様子を見て、ここで自分が何かを言えば、恐らく不味いことになると判断したのだろう。
激しく首を横に振りながら、何でもないと態度で示す。
そんな妖精の様子に満足したのか、長はそのままドワの実を持って移動し……
「レイ、貴方も来て下さい」
動きを止めて、そうレイに声を掛ける。
このままレイをここに置いておけば、また妖精達によって面倒なことになると考えたのだろう。
「分かった。セトはどうする?」
「グルルゥ? グルルルルゥ」
一緒に行くか? とレイに聞かれたセトは、少し考えてから首を横に振った。
レイと一緒に行きたいという思いもあったが、妖精郷の中を見て回りたいという思いもあったのだろう。
そんなセトの様子を見たレイは、長に尋ねる。
「セトは妖精郷の中を見て回りたいらしいけど、構わないか?」
「そうですね。セトなら問題はないでしょう。ただ、分かっているとは思いますが、この妖精郷は色々と特殊な場所です。どこかを壊すといったような真似はしないで下さいね」
「グルゥ!」
長の言葉に、セトは任せて! と喉を鳴らす。
元気に返事をするセトを見て、長もこれなら問題はないと判断したのだろう。
笑みを浮かべ、自由にして下さいと告げる。
長にとって、レイとセトは恩人だ。
もし以前心ない相手にこの場所が見つかっていたら、一体どうなっていたか。
勿論、妖精という種族は決して弱い訳ではない。
肉体的には弱いものの、魔法的な意味ではかなりの強者なのだから。
レイが最初に妖精という存在と会った、セレムース平原において妖精が何をやったのかを思えば、それが妖精の身体が小さいからといって侮るような真似は出来ないだろう。
とはいえ、それでも妖精を見た者の中には妖精に危害を加えたり、中には捕獲して自分の利益にしようと思う者もいる。
また、妖精の作るマジックアイテムが非常に高性能であるのは間違いがなく、それを奪う為に妖精郷を襲撃するといったような真似をしてもおかしくはない。
ともあれ、妖精達にとって自分勝手で横暴な冒険者からこの妖精郷を守ったレイは恩人なのだ。
……その割には、今日最初に会った妖精はレイのことを知らないか、もしくは覚えていなかったが。
「では、こちらにどうぞ」
セトが妖精郷の中を見学に行き、その頭部に何人かの妖精が乗っているのを見て微笑ましく思っていたレイは、長のその言葉で我に返る。
「悪いな。じゃあ、案内して貰うよ」
そう言うと、レイは自分を先導するように進む長を追う。
妖精郷は以前来た時とそう違っているようには思えない。
レイも全てを完全に覚えている訳ではないので、中には変わっていてもレイが分からないだけというのもあるだろう。
「こうして見ると、妖精郷らしい光景ではあるな」
「それは褒めているのかしら?」
木々の上に座っている妖精や、花の上で眠っている妖精。
先程ドワの実を求めてやって来た妖精はかなりの数だったが、こうして見るとここに住む全ての妖精がやって来た訳ではないのは明らかだった。
「俺としては褒めてるぞ。ここに住んでる者にしてみれば、この光景は見慣れたものかもしれない。だが、初めてこの光景を見る者にしてみれば、こうしていたるところに妖精がいるという時点で幻想的な場所なのは間違いない。もっと安全に来ることが出来れば、観光地になってもいいと思う」
レイのその言葉に、長は複雑な表情を浮かべながら口を開く。
「観光地になると、間違いなく面倒なことになりますよ。……双方にとって」
観光客の中には妖精を狙う者もいるだろう。
力ずくで強引にという者もいれば、巧みな話術で妖精を騙して連れていくということもある。
もっとも妖精は妖精の輪、フェアリーサークルといった転移するスキルがあるので、もし騙されても本人にその気があればすぐに逃げ出せるだろうが。
寧ろ被害というのなら、観光客の方が酷くなるかもしれない。
妖精達の悪戯は基本的には可愛らしいものだが、中には本当に洒落にならないものもある。
それこそ場合によっては命に関わるような、そんな悪戯が。
もし妖精郷が観光地として公開されれば、観光に来た者達に対して妖精達は悪戯をするだろう。
長が駄目だと言っても、それを聞いているのは最初のうちだけの筈だ。
そうなった時、観光客に死者が出るようなことになってもレイは驚かない。
(そうなると、もし妖精郷を観光地にするのなら……そうだな。前もって妖精郷で死んでもそれは自己責任ですとか、そういう契約を結んでとか? ただ、貴族とか大商人とか、そういう権力や財力を持っている奴は契約書を書いて観光に来て死んだり怪我をしたりすれば、契約書の件を忘れて問題になりそうだけど)
大商人なら商人らしく契約書を遵守してもおかしくはない。
おかしくはないが、大商人だからこそ自分の思い通りにならないのが許容出来ないといったように考えてもおかしくはないのだ。
貴族にいたっては、それこそレイが嫌っているような典型的な貴族が契約書を書いたからといってそれを守るとは思えなかった。
「うん。色々と考えたけど、やっぱりここを観光地にするのは止めた方がいいな」
「分かって貰えたようで何よりです。それに、やはり私達が住んでいる場所にはあまり人に入ってきて貰いたくはないですからね」
「俺はいいのか?」
「まぁ……レイさんは色々と特殊ですから」
この場合の特殊というのは、レイの身体がゼパイル一門に作られたという意味で、正確には人間ではないという意味で特殊なのか、それともレイのこれまでの行動から人間であっても妖精の友とでも呼ぶべき存在だと判断しているのか。その辺はレイにも分からなかった。
詳しいことを聞けば墓穴を掘ってしまいそうだったので、特に聞くような真似はしなかったが。
「あー、うん。それで話は変わるけど、俺がここに来た理由だ」
「霧の音の件では?」
「勿論それもある。だが……それ以外にちょっと現在の俺は面倒なことになっていてな。俺が倒したドラゴンが未知のドラゴンで、その情報やら素材を売って欲しいやら、色々とあるんだよ。それでちょっとここで匿って貰えないかと思って」
「なるほど、レイさんならそれで構いません。ただ……その、こう言うのは何ですが、実は霧の音の件ですが、手を貸して欲しいのです」
「……は?」
予想外のことを長に言われ、レイの口からは間の抜けた声が出るのだった。