2890話
好きラノ2021年上期が始まりました。
レジェンドは16巻が対象になっていますので、投票の方よろしくお願いします。
URLは以下となります。
https://lightnovel.jp/best/2021_01-06/
締め切りは7月24日となっています。
地形操作がレベル六になった翌日、レイはセトと共に空を飛んで移動してトレントの森に到着していた。
最初は湖や生誕の塔のある場所に着地して話をしようかと思ったのだが、現在の自分は他人に見つからないように行動している以上、そのような場所に行くといったことはしない方がいいのは事実だ。
自分を慕ってくれているリザードマンのゾゾのことを思えば、悪いことをしたと思うが。
リザードマン達だけがそこにいるのなら、レイもそこに寄ってもいいと考えただろう。
だが、生誕の塔の付近には生誕の塔で生まれたばかりのリザードマンの子供もあり、ゾゾを始めとした転移してきたリザードマンは高い知性を持っているので、モンスターではなく亜人と認識されている。
しかし、そのような希少な存在であればこそ欲しいと生け捕りにするように依頼する者や、希少な存在の素材は普通のリザードマンとは違う素材なのではないかと思う者も多い。
また、生誕の塔の側に転移してきた湖は、ある意味でリザードマン以上の危険物と呼ぶべき存在だった。
異世界から、その湖に棲息する生物諸共に転移してきたのだ。
このエルジィンの者にしてみれば、未知の存在が多数いる。
実際、それを証明するかのように湖に棲息するモンスターは、エルジィンのモンスターなら絶対に所持している魔石を持っていない。
そういう意味でこの湖を守る為にも多くの冒険者……それも最近ギルムに来たような冒険者ではなく、増築工事前からギルムにいて依頼を受けていた信頼出来る冒険者に護衛を依頼する必要があった。
そういう冒険者達やリザードマンに対し、物資を運んでくる者や、それ以外でもダスカーに許可されて湖や生誕の塔、リザードマンを調査する為にやってくる研究者達がレイを見つければ、どうなるか。
特に研究者だろう。
魔の森でレイが倒したクリスタルドラゴンについて調査をしたいと思っている研究者は多い。
その中には、それこそ昨日対のオーブでレイがエレーナから聞いたように、自分が知る為ならクリスタルドラゴンの素材を全て自分に渡すようにと要求するような者がいる可能性も否定は出来なかった。
だからこそ、レイとしては生誕の塔のある場所に寄らず、妖精のいる場所に向かうことにした。
リザードマンの中にはレイを慕っている……というか、忠誠を誓っている者もいるので、そういう意味では若干悪いと思わないでもなかったのだが。
それでも面倒に巻き込まれるのは面倒だということで、レイはセトに頼んでトレントの森に到着した時、生誕の塔のある場所を避けて中に入ることにした。
とはいえ……
「何回も来てないから、どうしても妖精達の住んでる場所の位置は大体でしか分からないんだよな」
「グルゥ」
上空から妖精のいる場所を捜すのは難しいので、トレントの森に降りて妖精達の住んでいる場所を探していたのだが、生憎とそう簡単にそのような場所を見つけることは出来ない。
元々レイとセトが微妙に方向音痴気味だというのも、この場合は影響しているのかもしれないが。
とにかく、一人と一匹は通い慣れたトレントの森の中で迷ってしまっていた。
とはいえ、この場合の迷うというのは普通とは違う。
それこそトレントの森から出てギルムに行くというだけなら、セトに空を飛んで貰うなり、レイがスレイプニルの靴を使って空高くまで移動するなりすれば、ギルムのある場所はすぐに理解出来るのだから。
しかし、今回の場合はトレントの森から出るのではなく、あくまでも妖精達の住んでいる場所に行くというものだ。
「妖精達の住んでいる場所の近くまで行けば、それこそ向こうからこっちを理解してくれると思うんだけどな。……そうなると、実はそこまで難しいことじゃないように思えるんだけど」
はぁ、と。
周囲の様子を眺めながら呟くレイの横で、セトもまた同意するように喉を鳴らし……
「グルルルルゥ」
セトの様子が変わり、何かを警戒する……というよりは、威嚇するように喉を鳴らす。
そんなセトの様子に、レイは何があったのかを理解する。
このトレントの森は、昔からある森という訳ではない。
数年前にとある事情があり、それによってこの森は出来たのだ。
だからこそ、普通の森のように当初ここには棲み着いている動物やモンスターはいなかったが、住み心地は決して悪くない場所だけに、今となっては多くの動物やモンスターがトレントの森にやって来ている。
そのような場所だけに、普通の森のような動物やモンスターの縄張りの類はまだあまり存在せず、今現在もそれを決める為に多くの動物やモンスターが争っている状態だった。
だからこそ、トレントの森で木を伐採する樵には護衛が必要となるし、生誕の塔を守っている冒険者や、棲み着いているリザードマンにしてみれば、狩りの獲物という意味でも大きな存在だった。
ただし、普通の動物やモンスターならセトの存在を察知すれば基本的には逃げ出す。
だというのに、こうしてセトが威嚇の鳴き声を上げているということは……相手はセトと戦っても勝てると思っているか、もしくはお互いの力量差……あるいは格の差も理解出来ないような無能であるのは間違いなかった。
そして今回セトの視線の先に姿を現したのは……
「ゴブリンか」
レイは面倒そうに言葉を漏らす。
その言葉通り、木々の隙間から姿を現したのはゴブリンの群れ。
モンスターの中でも弱いモンスターとして有名なゴブリン。
そのようなゴブリンは、それこそ相手がグリフォンのセトであっても格の差を理解出来ず、襲い掛かってくる。
ただし、当然だがゴブリンがセトに勝てる筈もない。
セトによって攻撃されて勝ち目がないと理解すれば、ゴブリンはすぐに逃げるだろう。
だからこそ、レイやセトにとってゴブリンは非常に厄介な……より正確には面倒だったのは間違いない。
「取りあえず……邪魔だ!」
レイとセトのいる方に向かって走ってくるゴブリンの群れに向かい、レイはミスティリングから取り出した槍……レイが戦闘で多用する黄昏の槍ではなく、使い捨ての今にも壊れそうな槍を投擲する。
投擲された槍は、空気を貫きながらゴブリンの群れに向かって飛んでいき……群れの先頭を走っていたゴブリンの身体を砕く。
そう、貫くのではなく砕いたのだ。
当然のようにそれだけでは終わらず、身体を砕かれたゴブリンの後ろを走っている別のゴブリンも同様に身体を砕かれ、三匹目のゴブリンの脇腹を貫き、その後ろにいたゴブリンの胴体の身体に突き刺さって、ようやく槍は動きを止めた。
……動きを止めたというより、実際には槍の方が今の動きに耐えられなかったというのが正しいのだが。
元々が壊れそうな槍だっただけに、この結果は当然だった。
もっと状態のいい槍……もしくは黄昏の槍でも使っていれば、また話は別だったかもしれないが。
そうなっていれば、もっと多くのゴブリンを殺すことが出来ていただろう。
「ギギィ? ……ギギャア!」
だが、仲間が一瞬にして殺されたにも関わらず、ゴブリンの群れの中で逃げたのは半分程で、もう半分程がレイとセトに向かって襲い掛かってくる。
死体が殆ど残らなかった為に、仲間が死んだというのをはっきりとは理解出来なかったのだろう。
あるいは理解するような真似もせず、ただ獲物を倒して肉を食って腹を満たしたいと考えているだけか。
その理由はともあれ、相手が面倒な存在なのは間違いない。
「ならもう一発……」
そう言い、ミスティリングから再び壊れそうな槍を取り出そうとしたレイだったが、セトがそれに待ったを掛ける。
「グルゥ」
自分がやると、そう示すセト。
ゴブリンを相手にセトがわざわざ戦う必要はないのでは? とレイも思ったのだが、セトがやりたいと言ってるのなら、それをわざわざ断るといったような真似をしないでもいいだろうと判断して頷く。
「分かった。なら、セトがやってみるといい。ゴブリンが相手だし、心配はいらないと思うけど、それでも何かあったらすぐ対処出来るように準備しておくから、気を付けてな」
セトとゴブリンの戦いでは、間違いは起きようがない。
それこそ相手にゴブリンの希少種や上位種がいても、セトが負けるということはおろか、手間取るということも有り得ない。
それだけの圧倒的なまでの実力差が、セトとゴブリンの間にはあった。
そして……
「グルルルルゥ!」
レイの予想通り、特に何かのトラブルもないままに、まだ生き残っていて、それでいてレイやセトを相手に戦う気のあった者はあっさりとセトによって倒される。
(何かイレギュラーがあって欲しい……って訳じゃないけど、こうしてゴブリンが意味もなく現れて攻撃してきたのなら、それこそ何かがあってもおかしくはないと思ったんだが。……勿論、セトに何かあればいいと思った訳じゃないけど)
そんな風に思いつつ、レイは戻ってきたセトの頭を撫でる。
「グルルゥ」
嬉しそうに喉を鳴らすセト。
そんなセトと共にゴブリンの死体はそのままにして、その場から移動する。
本来なら死体をそのままにするというのは、アンデッドになる可能性があるので、決して褒められた行為ではない。
しかし、現在このトレントの森においては多くのモンスターや動物が活発に動いているので、もしゴブリンの死体を見つければ綺麗に片付けてくれるだろう。
……レイにとってはゴブリンの肉はとても食べられたものではないのだが、それこそ餓死するかどうかといったモンスターや動物なら、ゴブリンの死体があれば喜んで食べるのは間違いない。
それにゴブリンがアンデッドになっても、当然ながらそれは非常に弱いアンデッドだ。
そうである以上、この辺で行動しているモンスターや……それこそ動物であっても、容易に倒せるだろう。
何より、ここはトレントの森でもかなり奥の方にあるので、ギルムの者達がここまでやって来ることは……絶対にないとは言い切れないが、それでも可能性はかなり低いのは間違いない。
「さて、ゴブリンの件はいいけど、そろそろ妖精の住んでる場所に……うん?」
セトと話しながら進んでいたレイだったが、不意にその足を止める。
そして、再び何かが近付いて来る気配を感じ……また敵かと、一瞬思う。
しかし、そんなレイを何故かセトが止める。
「グルルゥ」
「セト?」
レイは何故セトが自分を止めたのかが分からなかった。
しかし、今の状況を思えばセトがそのような真似をするというのは、何かの意味があっての筈だ。
だからこそ、セトの様子を見て少し待ち……やがて茂みの中から狼の群れが飛び出してきた。
「ワオオオオオン!」
その狼の群れは、レイとセトを取り囲むように動く。
その狼の群れを見て、レイは疑問に思う。
先程のゴブリンとは違い、狼なら相手の強さをしっかりと理解出来る筈だった。
だというのに、何故セトがいるのに逃げないのか。
(どうなっている? こっちの実力を感知出来ていない……って訳じゃなさそうだが)
レイはともかく、生物的に自分達よりも圧倒的に上のセトを前にして、狼達の中には間違いなく恐怖心がある。
それは狼達がレイやセトを包囲しながらも、積極的に攻撃をしてこないというのを見れば明らかだろう。
だとすれば、この狼は何なのか……
そんな風に思ったレイは、ふと以前妖精達が自分達の住んでいる場所の近くを狼達に守らせていたのを思い出す。
基本的に妖精達の住んでいる場所は霧の音というマジックアイテムによって守られているのだが、それ以外にも狼を飼い慣らすといった形で守っていたのだ。
ただし、レイが知ってる限りではその時に妖精達の住処を守っていた狼の大半は、レイと揉めた冒険者によって殺されている。
それでも、もしかして……そう思いながら、レイは狼達にというよりは、周辺にいるかもしれない妖精に呼び掛ける。
「俺はニールセンの知り合いだ! 以前トレントの森にある妖精の住居に来たこともある! 妖精の長にマジックアイテムを譲って貰う約束をしていたから、少し様子を見にきた!」
不意に叫んだレイに、狼達は戸惑った様子を見せる。
この反応も、ただの野生動物とは思えないものだった。
もし狼が野生動物なら、こうしてレイが叫んでいるのを襲撃のチャンスと反応して、襲ってきてもおかしくはないのだから。
そのような真似をしないということは、やはりレイが予想したように妖精によって飼い慣らされた狼なのだろうと、そう思う。
「聞こえているんだろう、妖精。俺が誰なのか分からなかったら、ニールセンか長を呼んでくれ。俺はニールセンが以前お前達に土産として持っていったお菓子とかの食べ物にも関係している!」
そう叫ぶと……ニールセンの名前が効いたのか、それともお菓子という単語が効いたのか、やがて妖精が一人姿を現すのだった。