2886話
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レイがネクロゴーレムの件を片付けた翌日……前日にニナに話した通り、一旦エグジニスを出ることにしたレイはセトと共に大通りを進む。
アンヌやリンディを含めた風雪に匿われている面々は、レイがいなくなるということでかなり残念そうにしていたが、レイの決意が変わらないとなるとそれ以上は何も言わなかった。
アンヌ達にしてみれば、レイは自分達に味方をしてくれる頼りになる人物だ。
それこそどのくらい頼りになるかと言われれば、ドーラン工房から自分達を助け、更にはダイラスの野望を打ち砕き、ネクロゴーレムを倒すという……まさに圧倒的なまでに頼りになる人物。
リンディにしてみれば、レイがドーラン工房を潰そうと判断したおかげでゴライアスを見つけることが出来たという点でも感謝している。
そんな今の状況を考えると、やはりレイがいなくなるのは心細いという思いを抱いてしまうのは当然だろう。
……中にはアンヌに恋する男のように、レイがいなくなることを喜ぶような者がいない訳でもなかったが。
しかしそのような者は本当に少数で、大抵の者はレイがいなくなるのに不安そうな様子を見せていた。
そんな者達にレイはまた近いうちにエグジニスに戻ってくると説得し、それで納得して貰った。
ロジャーにゴーレムを製作を頼んでいるのに、まだそれを受け取っていないというのは不安がっている者達にしてみればかなり安心出来る内容だったのだろう。
ゴーレムは基本的に非常に高価な代物だ。
だからこそ、それを受け取る為にそのうち戻ってくるというレイの説明には強い説得力があったのだろう。
実際には、レイはゴーレムをどうしても欲しいという訳ではなく、あれば便利だという認識なので、何があってもゴーレムを受け取りに来るといったことをする必要がないのも事実だったりする。
それを言えば、必ず面倒なことになると判断したので、実際にはそのようなことを口にするようなことはしなかったが。
レイも穏便に別れることが出来るのなら、それが一番と思ったのだろう。
「グルルルゥ?」
レイの隣を歩くセトは、これからどうするの? と喉を鳴らす。
そんなセトを撫でながら、レイは周囲の様子を眺める。
ネクロゴーレムの一件で、大通りは結構な被害を受けている。
しかし、同時に昨日見た時と比べるとかなり復興作業が進んでいるのも事実だった。
多くの者が瓦礫の後片付けに参加しているのも大きいが、やはりそれ以上に大きな意味を持つのはゴーレムだろう。
清掃用のゴーレムは小さな瓦礫を次々に拾っていくし、大型のゴーレムは瓦礫を移動させるのに役立っている。
大小多数のゴーレムを労働力として使えるのは、ゴーレム産業で栄えているエグジニスが他の街と比べても突出している点だ。
ゴーレムを所持している工房や商会、あるいは偶然エグジニスにいた貴族達も、無償でゴーレムを派遣するといったような真似をしている訳ではない。
ゴーレムを動かした際に必要となる経費の類はローベルとドワンダが出すことになっているし、報奨金の類も出すことになっている。
その上で、エグジニスが大変な時に自分の手持ちのゴーレムを出したということで、ゴーレムを出した者の評判もよくなるのだから、ここで動かない者はそう多くない。
「この調子だと、かなり早く大通りの後片付けは終わりそうだな。もっとも、それが終わった後で建物を修復したり、建て直したりでかなり忙しくなると思うが。大工とかは嬉しい悲鳴を発し続けてうるさくなりそうな気がする」
仕事が集中するということは、嬉しいのは間違いない。
だが同時に、エグジニスにいる大工だけでその仕事を片付けることが出来るのかといった疑問もレイにはあった。
とはいえ、それでも大工がこの仕事をやらなければならない以上、エグジニスの大工が頑張るしかないのだが。
あるいは、ギルムの増築工事でやってるように他の村や街から一時的に大工を借りてくるといった真似をするか。
(ゴーレムを建築の労働力として使えば、かなりの戦力になるとは思うけど……正直なところ、どうだろうな)
建築資材の運搬をしたりといったような真似が出来るゴーレムとなると、結構な値段になる。
大工がそのようなゴーレムを購入して採算が取れるのかと言われれば、微妙だろう。
長期的に見ればプラスになると、レイには思えるのだが。
(エグジニスの上層部で、ゴーレム産業を活発化させる為にゴーレムを安く購入出来るとか、購入資金を補助するとか、そういう制度があれば……もしかしたら、もしかするかもしれないけど)
恐らくは無理だろうと思いながら大通りを歩いていると、不意に何人かの子供が近付いて来るのが見えた。
一体自分に何の用件だ? と思ったのだが、その子供達はレイとセトの前で足を止めると、一斉に頭を下げる。
『ありがとうございました!』
声を揃えてそう告げる子供達。
レイも何故このようなことになったのかというのは、考えるまでもなく明らかだった。
それはつまり、この子供達はネクロゴーレムの一件でこうして感謝しているのだろうと。
レイにしてみれば、こんな子供達にまで感謝をされるといったつもりはなかった。
なかったのが……それでも、こうして感謝されるのは悪い気分ではない。
「気にするな。これも冒険者としての仕事だったからな。……お前達の家族や友達も無事だったなら、それでいい」
ネクロゴーレムの一件では、結構な数の死人が出ている。
最初に大通りをネクロゴーレムが通るといったような話を聞かされ、避難するようにと命令が出されたにも関わらず、それを全く聞かなかった者もかなりの数いた為だ。
普通にエグジニスで暮らしていれば、ゴーレムの暴走といったようなことが起きるのは、そう珍しい話ではない。
しかしネクロゴーレムの場合、触れればネクロゴーレムによって吸収されてしまうし、触れなくても逃げるのが遅れれば腐液や毒煙によって死ぬ者も少なくない。
だからこそ、結果として命令を軽く見た者の中にはそれなりに死人が出たのは間違いない。
こうしてレイに頭を下げている子供達の中に家族や友達が死んだ者がいると言われても、レイは納得出来てしまうだろう。
それでも子供達は笑みを浮かべているので、恐らくそういうことはないのだろうと思っていたが。 ……子供なので、まだ人の死というのを完全に理解していないだけという可能性も否定は出来ないが。
「レイ兄ちゃん、凄いんだよね! あんなおっきいゴーレムを倒したんだから!」
「ねぇ、ねぇ、今までに強いモンスターを倒したりしてきたの?」
「あ、私も話が聞きたい!」
きゃーきゃーとレイとセトの周囲で歓声を上げる子供達。
レイはセトと共に暫くそんな子供達を見ていたものの、やがて近くにいた子供の頭を撫でながら口を開く。
「俺はちょっと用事があって、それで出掛けるんだ。だから、悪いけど話はしてやれない。ただ……そうだな、これでも食べて、瓦礫の片付けを手伝ってやってくれ」
そう言い、レイはミスティリングの中から、昨日セトのお土産として購入した果実を取り出すと、子供達に渡す。
子供達は最初自分が何を貰ったのか理解出来ない様子だったが……そんな中、一人の子供が自分の受け取った物が何なのかを理解し、嬉しそうな様子で叫ぶ。
「これ……ドワの実だ!」
ドワの実という言葉に、それを聞いた子供達も驚き、そして嬉しそうに自分の手の中にある果実を見る。
暑くなれば甘くなり……それでいながら、一定以上に暑くなると今度は悪くなるという、そんな果実。
レイがネクロゴーレムを燃やした魔法の影響で急激に暑くなった昨日、レイが最高に甘くなっているところで全て購入し、時間の流れのないミスティリングに収納しておいたものだ。
なお、さすがに一晩が経てばレイの使った魔法の影響による暑さも大分和らいでおり、例年よりも数度高い程度にまで気温は下がっていた。
それでも例年よりも気温が高いのだから、レイの使った魔法が一体どれだけ強力だったのかを示していた。
レイにしてみれば、そういう意味では例年よりも暑くなっているのを悪いと思うのだが……それでもネクロゴーレムを倒すにはそうするしかなかったというのも、間違いのない事実だった。
「今日も暑くなるだろうから、喉が渇いたらすぐに水を飲んだりしろよ」
夏バテで熱中症、脱水症状といったものに対する研究は、この世界ではまだあまり行われていない。
人によっては、日本で一昔前にあったような、気合いが足りないから暑さで倒れるのだということや、水分補給を頻繁に行うのはサボっているのだといったように言う者もいる。
全員がそういう訳ではなく、中には経験則から頻繁に水分補給をしたりといったような真似をしている者もいるのだが。
こういう子供達には、出来れば熱中症で倒れて欲しくないと思いながら、レイは子供達と別れて正門に向かう。
子供達はレイから貰ったドワの実を早速食べており、その甘さに感激した声をだしている。
そうしてレイはセトと共に正門に向かったのだが……
「へぇ。もう完全に片付いているな」
正門そのものはかなり壊れているのだが、その残骸はもう殆ど存在していない。
昨日レイがネクロゴーレムを倒して戻ってきた時は、まだかなりの残骸があったのだが。
「それはそうだろ。この正門はエグジニスの顔だ。それを壊れたままにしておく訳にもいかないのは当然だ。そんな見栄を抜きにしても、物資を外から運び込んだり、外に出るような者もいたりと、人の出入りは大きいんだ。ゴーレムを優先的に回して貰って、昨日のうちにもう片付いてたよ」
そうレイに声を掛けてきたのは、一人の警備兵。
レイに対して友好的な態度なのは、昨日の一件でドーラン工房に買収されていた警備兵の多くが捕まったからか。
普通に考えれば、自分の同僚が捕まったというのは決して愉快なことではない。
それでも、ドーラン工房の権威を使って偉そうにしていた警備兵達は、真っ当な……ドーラン工房から買収されていない警備兵にしてみれば、厄介な相手だったのだろう。
そのような者達が一掃されたのは、警備兵にとって非常に嬉しいことなのは間違いなかった。
「エグジニスにやって来た者達を中に入れるには、そうする必要があるか。その方が最終的には復興も早くなる訳か」
「そうだな。訪れてくれる者が多ければ多い程、金を落としてくれるからな。それに中にはエグジニスで物を……基本的にはゴーレムだが、そういうゴーレムを買うような真似ばかりではなく、色々と現在のエグジニスに足りない物を持ってきて売ってくれる商人もいるしな」
「資材とかは、多ければ多い程にいい訳か」
「そうなる。ゴーレムの素材とかはあるけど、そういうので建物を建てられるかと言われれば、そんな訳じゃないし。聞いた話だと、一定の期間を設けるものの、やって来た商人がエグジニスの中で商売をする際には色々と優遇するらしい。動きが早いよな」
誰がそのような政策を打ち出したのかは、生憎とレイにも分からない。
だが、恐らくはローベルやドワンダなのだろうというのは予想出来た。
「そういう意味では、今こうしてエグジニスにやって来ている商人達は運がいいのか」
やって来た商人を優遇する政策を行うのは、今日……もしくはどんなに頑張っても昨日だろう。
つまり、今こうしてエグジニスにやって来ている商人達は、その辺の情報を知らずに、タイミングよくやって来た運のいい者達となる。
(商人として成功するには……いや、別に商人に限らないけど、とにかく何でも成功するには運が必要になってくる。運の悪い奴は、それこそどんなに実力があっても成功するのは難しくなるし)
レイもまた、自分はそれなりに運がいいとは思っている。
……もっとも、その運はどちらかを言えば悪運と表現した方がいいのかもしれないが。
どこに行っても騒動に巻き込まれている現在の状況を思えば、純粋な意味で運がいいとは、そう簡単に言えるものでもない。
「とにかく、エグジニスを出るんだろう? なら、手続きをする必要があるな。幾らレイがエグジニスでは有名人でも、街を出る手続きはして貰う必要がある。……今がこういう状況だから、余計にな」
警備兵にそう言われると、レイもその言葉に反対するような真似は出来ない。
実際、今回の一件によって出入りがかなり厳しくなっているというのは、見れば分かる。
今のエグジニスの状態に乗じて、悪人が入ってくるのを警戒しているのだろう。
レイは素直に警備兵の言葉に頷くのだった。