2885話
ニナによって案内された部屋には、結構な量のポーションが置かれていた。
それこそ、量も質もドワンダから受け取ったポーションよりも上だろう。
「どうぞ、レイ様。こちらのポーションは全てレイ様に報酬として用意された物です」
「俺が聞くのもなんだけど、これを本当に全部貰ってもいいのか? 見た感じ、ドワンダから受け取った奴と比べても明らかに上に見えるが」
ニナがこう言っている以上、ほぼ間違いない。
そう思ったレイだったが、それでも一応念の為ということで聞いてみる。
するとそんなレイの様子、ニナは笑みを浮かべて頷く。
「はい、問題ありません、オルバン様からはそのように言われていますので。ただ……レイ様が戸惑ったら、こちらのポーションはオルバン様とローベル様の二人からだから、このくらいの量と質になったと伝言を預かっています」
「二人から? ……なるほど、そういうことか」
ニナから聞いたその伝言は、レイを納得させるのに十分な説得力を持っていた。
オルバンやローベルにしてみれば、ドワンダと比べてレイとの付き合いは自分達の方が先だ。
だからこそ、ドワンダが渡したよりも多くの、そして効果の高いポーションを渡す必要があったのだろう。
オルバンはともかく、ローベルやドワンダにしてみれば、街中にいきなり姿を現したネクロゴーレムを倒したレイとの繋がりは大事にしたいと考えるのは当然だった。
必ずしも全員がそう思っている訳ではないにしろ、ネクロゴーレムを倒したレイはエグジニスにおいて、半ば英雄扱いされているのだから当然だろう。
もしレイがいない状況でネクロゴーレムが街中に姿を現していたら、一体どれだけの被害が出たか分からない。
場合によっては、エグジニスが壊滅したといった可能性すらあるのだから。
だからこそ、もしレイの口からローベルやドワンダを責めるような言葉が出てしまうと、その影響は大きい。
レイのことをそれなりに知っているオルバンにしてみれば、レイがそのような真似をすることはないと思ってはいるのだが。
ともあれ、レイとの関係を良好にしておくに越したことはないと判断するのは当然だろう。
そうして用意されたのが、ここにあるポーションだった。
「じゃあ、このポーションは遠慮なく貰うぞ」
「そうして下さい。レイ様から受けた恩を返すには、ここにあるポーション程度ではたりないと思うのですが」
「……そうか?」
許可を貰い、ポーションをミスティリングに収納していきながら、レイはニナの言葉にそう返す。
レイとしては風雪には色々と面倒を掛けているといった自覚はあるものの、そこまで感謝されるのはどうかと思わないでもない。
自分を狙っていた血の刃を壊滅して貰ったり、ドーラン工房から助け出したアンヌ達を保護して貰ったり。
一方的に世話になってる訳ではなく、ドーラン工房によって雇われた暗殺者達が風雪のアジトに攻め込んできた時は迎撃に力を貸したし、ネクロゴーレムの件では大々的に活躍した。
他にも色々と協力はしているものの、言ってみればレイの協力はレイが持ってきた騒動だけに、マッチポンプ的な意味合いが強いのではないかと思ってしまう。
勿論、レイがそのような騒動を起こさなければ、今もまだドーラン工房はネクロマンシーを使い、人の魂を素材とした核を作っていただろう。
そういう意味では、ニナがレイに感謝をするのは当然なのかもしれないが。
「はい。これはお世辞でも何でもなく、レイ様のおかげでエグジニスは助かりましたし、こう言っては何ですが、風雪の影響力も以前とは比べものにならないくらいに上がりました」
「それは……まぁ、そうだろうな」
ドーラン工房によって風雪と敵対していた、もしくは敵対まではしていなくても中立だった暗殺者ギルドが手を組んで風雪を襲撃し、それが撃退されたのだ。
それによって受けた被害はかなり大きいものになるだろうし、それだけではなく捕虜となった者の返還交渉においても、風雪側に大きく足元を見られたのは間違いない。
であれば、やはり今回の一件についてはニナとしてもレイに深い感謝をするのは当然なのだろう。
……だからこそ、報酬のポーションを渡すという行為に、部下ではなくニナがこうして直接出向いて誠意を見せているのだ。
ポーションの用意された部屋に案内するだけなら、本来ならニナではなく部下に任せればそれで十分だというのに。
そこまでレイが理解しているのかどうかはともかくとして。
「ですので、私個人としてはこのポーションだけではなく、他にも何かお礼の品を用意出来ればと思ったのですが……」
「このポーションだけでも十分満足してるけどな。……そう言えば、これからエグジニスがどうするのかというのは具体的に聞いてるか?」
「いえ、生憎と。オルバン様が戻ってきたら、その辺についても教えて貰えると思いますが」
「そうか。……このままエグジニスにいると、少し動きにくくなるだろうから、少しエグジニスから出ようと思うんだが、どう思う?」
「それは……レイ様がそう思うのでしたら、そうした方がいいと思います。ただ、出来れば私としてはレイ様にはこのまま残って貰えると頼もしいですけど」
ニナにしてみれば、何かあった時に頼れるレイという存在は、非常にありがたい。
それこそ、出来ればずっとここにいて欲しいと思うくらいには。
だが、当然ながらレイに無理強いさせるような真似が出来る筈もなかった。
もし無理にレイをここに……風雪のアジトに閉じ込めるといったような真似をした場合、それこそこのアジトが破壊されてしまいかねない。
風雪はエグジニスの中でも最大の暗殺者ギルドではあるのだが、そんな風雪でもレイと正面から戦っては勝ち目がない。
だからこそ、最初にレイがここに来た時に争うのではなく、レイを暗殺しようとしていた血の刃をレイの代わりに滅ぼすといった行動に出たのだから。
「俺がここにいると、それこそ騒動の方が向こうからこっちにやって来そうな感じがするんだよな。そうならない為には、俺がここにいないのが一番いい。……それに、他にも面白そうな場所があったら、見て回りたいし」
「分かりました。では、いつ出立なさるのでしょう?」
いつ? と具体的に言われ、少し考えてからレイは口を開く。
「こういうのは思い立ったらすぐに行動した方がいいから、明日だな。今日はゆっくりと休んで、明日にはどこか他の場所に行く。とはいえ、ロジャーに頼んだゴーレムはまだ受け取ってないから、そう遠くないうちに戻ってくると思うけど」
「そうですか、分かりました。……そう言えば、新しい清掃用のゴーレムがかなり活躍したという話がありましたね」
それはレイにとって少し驚きだった。
ロジャーから新技術を開発したというのは聞いていた。
だが、実際にはそれはレイが期待したような新技術ではなく、現行の技術の延長線上にあるような技術でしかないと聞いている。
そういう意味で、レイはロジャーから説明を聞いてすぐに興味を失ったが、ニナの話を聞く限りではかなり評判は高かったらしい。
(全体的に性能が向上したって話だったけど、そう考えると悪くない話じゃなかったのか? ……その清掃用のゴーレムは最終的に俺が貰えるんだから、どのみちそう悪い話じゃないけど)
現在ロジャーの開発した清掃用のゴーレムが動いて評判がいいということは、それだけ新しい清掃用のゴーレムが直接動き、それによって不具合がないのか調べる、ある意味で実地試験であるとも言える。
最終的にその清掃用のゴーレムはレイが貰うのだから、新技術に問題がないかどうかを現在の状況で確認するのはレイにとって悪い話でないのは間違いない
「ロジャーが開発した清掃用のゴーレムが流行ればいいんだけどな」
そう言いながらも、恐らく難しいだろうとレイは予想する。
ゴーレムに限った話ではないが、新しい技術というのは相応に高額になる。
ましてや、その新技術にはオークナーガの素材が使われているという。
具体的にオークナーガのどの部位の素材を使っているのか、レイには分からない。
オークナーガの体内に一つしかないような部位を使っているのかもしれないし、もしかしたらある程度の数がある部位なのかもしれない。
また、オークナーガのその素材を使いきっても、他のモンスターの素材で代用出来ない場合、どうしても作れる数は少なくなる。
レイのミスティリングの中には、まだオークナーガの死体が大量に存在するが、それだって使い続けていれば当然数は減るだろう。
レイとしても清掃用のゴーレム以外にもオークナーガの素材は使えるのではないか? と思う。
オークナーガを大量に倒したレイだったが、そんなオークナーガもまた、魔の森に棲息する貴重なモンスターなのだから。
他の場所に棲息していない……あるいは棲息しているのかもしれないが、少なくても現時点ではギルドからそのような話を聞いていない以上、恐らく魔の森の固有種という可能性が高かった。
「そうですね。流行るようなことがあれば、今回の一件の悪評を多少なりとも緩和出来るかもしれませんから」
「それは難しいと思うけどな」
ドーラン工房とダイラスが起こした今回の一件は、それこそ歴史に残ってもおかしくないような悪事だ。
ロジャーが開発した清掃用のゴーレムの評判でどうにかなるようなものではないとレイには思えた。
「勿論、その件だけで本当にどうにかなるとは思っていません。ですが、もしかしたら……本当にもしかしたらですが、多少はエグジニスの悪評が薄まるかもしれませんので」
ニナとしては、本当にそのようなことが出来るのかどうかはともかくとして、出来ればそうなって欲しいという思いからの言葉なのだろう。
「そういうものか? まぁ、それならそれで構わないけど。それに……これからのエグジニスに関しては、今回の件もあって風雪も色々と変わっていかないといけないかもしれないんだから、頑張った方がいいと思うぞ」
そう言い、レイは少しの間ニナと会話を続けるのだった。
「あ、レイ兄ちゃん。戻ってきたの? それで、報酬って何を貰ったの?」
レイが部屋に戻ると、カミラがそう聞いてくる。
先程はマルカの件で照れ臭くなって自分の部屋に戻ったのに、既にもうその照れ臭さは消えてしまったらしい。
レイにとっては、変にいじけられるより今の方がいいが。
「別にカミラが欲しがるような物はなかったぞ? ポーションだから」
ポーションを貰ったというレイの言葉を聞き、カミラは残念そうな様子を見せる。
カミラにしてみれば、立派な武器とか、大量の金貨とか、そういうのを期待していたのだろう。
……実際にはレイが貰ったポーションは、質や量ともに普通に街中で売っているポーションよりも高級な代物だ。
そうである以上、それこそ店で売ったりすればかなりの金額になる。
生憎と、ポーションを貰ってきたというレイの言葉からカミラはその辺りについて想像することは出来なかったようだった。
「冒険者としては、ポーションがあるというのはかなり助かるんだぞ」
これは嘘でも何でもなく、事実だ。
何らかの属性の回復魔法を使える者がいれば、回復には困らないかもしれない。
だが、そもそも魔法を使える者というのはかなり希少だ。
ましてや、そんな魔法を使える者の中で回復魔法を使えるとなると、一体どれくらいいるのか。
そんな希少な魔法使いを仲間に出来る可能性は、当然ながら非常に低い。
だからこそ、冒険者にとってポーションは必需品となる。
……いや、魔法使いにも魔力の限界はあるので、もし魔法使いを仲間にしても回復魔法は本当に必要な時だけ使い、それ以外はポーションを使うといったことをする者が多いと以前レイは聞いた覚えがあった。
レイのように、それこそ使い切れない魔力があるのなら話は別だろうが。
ただ、当然ながらレイのような莫大な魔力を持っている者がその辺にゴロゴロといる訳ではない。
「そうなの? ……ふーん、覚えておくよ」
そう答えたカミラの言葉は、レイが思っていたよりも真剣なものだ。
何故? と疑問を抱き……先程の会話を思い出せば、その理由は理解出来た。
恐らくマルカを諦めるようなことは出来ず、冒険者として活躍し、マルカに見合う地位を得るつもりなのだろう。
孤児のカミラとしては、成り上がるには冒険者が一番手っ取り早いと判断してもおかしくはないし、その考えは決して間違ってはいない。
そんなカミラの様子を眺めながら、レイは少しだけ手助けをしてやろうと自分が冒険者として活動している時の話をしてやるのだった。