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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゴーレムの街エグジニス
2884/3865

2884話

 部屋の中では、これからどうするのかといったようなことを話している者が多い。

 とはいえ、その中には既に自分がこれからどうするのかを決めてしまった者も少なくない。

 そういう者達は、他の者の相談に乗っていたり、もしくは世間話をしていた。

 そんな中で、レイは……


「なぁ、頼むよ。レイ兄ちゃんがいればアンヌ姉ちゃんも納得してくれると思うんだ。だから協力してくれってば」


 カミラに絡まれていた。

 そもそもの理由は、アンヌがカミラを連れて出来るだけ早く孤児院に戻りたいと口にしたことだ。

 アンヌがそう口にしたということは、既に決まっている内容を口にしているに等しい。

 カミラとしてはいずれ孤児院に戻らなくてはならないにしても、出来ればもう少し後にしたいというのが正直なところだった。

 そんな訳で、カミラが頼ったのがレイ。

 カミラにしてみれば、レイが言えばアンヌは考えを翻してくれると、そう思ったのだろう。

 実際、その判断は決して間違っている訳ではない。

 レイがアンヌに言えば、アンヌが孤児院に戻るのは急ぐにしても、カミラをエグジニスに置いていくといった真似をしてもおかしくはない。

 自分の子供……という訳ではないが、アンヌにしてみれば孤児院で自分が面倒を見ている子供を預けるくらいには、レイのことを信頼しているのだから。

 だが、当然ながらそのようなことになった場合、カミラの安全はレイが責任を持つ必要があるし、最終的にカミラを孤児院まで運ぶのもレイがやらなければならなくなるだろう。

 それはレイにとっても面倒なのは間違いないので、レイは首を横に振る。


「残念だが、そのつもりはないな。俺に頼るんじゃなくて、リンディに頼った方がいいんじゃないのか?」

「だってリンディ姉ちゃんはゴライアス兄ちゃんの看病で大変だし、迷惑を掛けたくないんだよ」

「それは、俺になら迷惑を掛けてもいいと言ってるように聞こえるんだがな」


 レイの言葉に、カミラは言葉に詰まる。

 実際、カミラはレイになら迷惑を掛けてもいいと判断してるのだろう。

 カミラにとって、レイは頼れる兄貴分なのだ。

 アンヌが違法奴隷にされた件で、レイがかなり活躍してアンヌを助けたという話は、アンヌと一緒に捕まっていた者達や、何よりもリンディ本人からしっかりと話を聞いている。

 そうである以上、カミラにとっては今回の一件でもレイに頼めば何とかなるのではないかと期待したのだろう。


「リンディもゴライアスの看病で大変だろうから、リンディの部屋の片付けとか、そういうのをやるって条件なら、もしかしたら……本当にもしかしたらだが、エグジニスに残ってもいいと言われるかもしれないぞ」

「え……それは……」


 レイの提案に、カミラは微妙な表情を浮かべる。

 カミラにしてみれば、そんなレイの提案には乗れないのだろう。

 何故だ? と若干の疑問を抱いたレイは、カミラの行動について考える。

 もし自分と一緒にここに残るということになっても、正直なところレイはレイで色々と忙しく、カミラの思い通りに動くといったような真似は出来ない。

 ドーラン工房やダイラスの一件でローベルやドワンダ、あるいはドワンダの後を継ぐ息子と後処理について相談したり、場合によってはレイを通してギルムにいるダスカーに話を通したり、エレーナを通してケレベル公爵に介入して貰うといったようなことをする可能性もある。

 それ以外にも、レイが現在エグジニスに来ているのはギルムからの避難という意味合いも強い。

 レイが魔の森で倒した新種のドラゴン、クリスタルドラゴンの素材を譲って欲しいという商人や貴族の使い、あるいはクリスタルドラゴンについての情報を欲した者達がそれを聞かせて欲しいとレイに接触してくる可能性もあるのだ。

 それを抜きにしても、レイはランクA冒険者となったことにより、異名持ちのランクA冒険者、それもグリフォンのセトを従魔にし、アイテムボックスを持つ者と接触して顔見知りになっておきたいと考える者は多い。

 そのような者達の相手をするのが面倒なので、レイはギルムから出てエグジニスに避難していたのだ。

 現在ギルムで行われている増築工事は、少し前ならレイやセトの存在ありきの状態で進められていたものの、今となってはレイやセトがいなくても問題はない。

 ……レイやセトが働いている時に比べると工事に進捗が遅くなっているのは、間違いのない事実だったが。

 それはレイとセトが規格外だっただけで、今の方が普通なのだ。

 そんな訳で、現在のレイはギルムに戻るといったことは気楽に出来ない。

 ギルドに頼んでいるクリスタルドラゴンの解体についての進捗具合や、素材の回収といったことをする必要があるので、それなりに戻る必要はあるのだが。

 そんな諸々から、とにかくレイは忙しい。

 カミラの相手をしている暇はないというのが正直なところだった。


「こう見えて、俺はそれなりに忙しいんだ。悪いけど、カミラの面倒を見ているような余裕はないな」

「そんなぁ……」


 レイのはっきりと断る言葉に、カミラは残念そうな声を上げる。

 それでいながら、本当に諦めた様子を見せないのは、何とかしてレイに頼もうとしているからだろう。


(というか、何で俺なんだ? 今までの話から、もう俺に頼むといったことはまず不可能だと理解してもおかしくはないと思うんだが、そんな中でもエグジニスに残りたいのなら、別に俺に拘らなくても……勿論、俺以外の場合はアンヌもすぐに納得するような真似はしないと思うけど)


 カミラの様子に疑問を抱いたレイは、率直に尋ねる。


「何で俺以外の奴には頼まない? リンディはさっきも言ったけど可能性はあるかもしれないし、それを抜きにしても、他にまだ頼める奴がいるだろ?」

「でもレイ兄ちゃんじゃないと……」

「……俺じゃないと?」

「っ!? あ、いや、その……レイ兄ちゃんが頼めば、アンヌ姉ちゃんもすぐに納得すると思っただけだよ」


 何だ? 今の様子を見ると、カミラが頼むのは俺じゃないと駄目だと言ってるように思える。

 けど、その予想が正しいとしても、何で俺なんだ?

 金か?

 実際、俺はちょっとした……いや、かなりの金持ちなのは間違いない。

 それこそ一般人が普通に暮らす程度なら、数回生まれ変わっても使い切れないくらいの財産は持っている。

 とはいえ、カミラがその辺を詳しく知ってる様子はない。

 だとすれば、金じゃない。

 金ではない何か……そうなると思いつくのは……

 そんな風に考えながら、レイはカミラと一緒に行動してからのことを思い出していく。

 元々カミラがエグジニスに来てからまだそんなに経っていないので、それらを思い出すのは難しい話ではない。

 そうして思い出したところで、ふと思いつく点があった


「マルカか?」

「っ!?」


 レイの口から出た名前に、カミラは反射的に息を呑む。

 それが、レイの予想が正しいことの証拠だった


(あー……やっぱりマルカか。けど、それはちょっとな……)


 カミラがマルカに抱いている気持ちがどのようなものなのかは、レイにも分からない。

 具体的にはただ年上の優しい女に憧れているのか、もしくは本当に恋心を抱いているのか。

 もし前者であれば、マルカから離れてしまえばすぐにその気持ちを忘れてもおかしくはないだろう。

 だが、後者であった場合……それは、カミラもそう簡単に恋心を忘れたりといった真似は出来ない筈だった。

 マルカとカミラが結ばれるといった結末は、まず有り得ない。

 お互いの身分差というのは、それだけ大きいのだから。

 あるいはカミラが何らかの特殊な才能……それこそレイのように圧倒的な強さを持っていたり、もしくは歴史に残るような芸術家になったり、自分以外には使えないような、それでいて皆が欲するような技術を持っていたり……そういうことが出来るのなら、マルカの婿としてクエント公爵家に迎えられる可能性はあるかもしれない。

 しかし、生憎とカミラは特に何か特殊な能力があったりするような存在ではなく、本当に普通の子供だ。

 それも公爵家令嬢にして、次代の姫将軍と言われているマルカとは釣り合いが取れない、孤児。

 そんな状況でカミラがマルカに想いを寄せても、それが叶うという可能性はまずない。

 勿論、将来的にカミラが有名な冒険者となって異名持ちになったり……といった可能性はあるので、絶対に想いが叶わないという訳ではないのだが。

 それでも可能性としては、非常に厳しいのは間違いのない事実だ。


「諦めろ。友人とかならともかく、それ以上の関係になるのは無理だと思った方がいい」

「それは……」


 カミラも、レイの言葉は理解出来るのだろう。

 孤児ということで、カミラは精神年齢が高い。

 ……そうでなければ、孤児院に預けられるまでは生きていけなかったというのもあるのだろうが。


「そんな訳で、マルカとの件については諦めろ。俺が言うのも何だけど、そういうのの痛みは時間が癒やしてくれる」


 知ったようなことを言うレイだったが、どのようなことであっても時間が流れれば自然と傷は癒えるのは間違いない。

 今はカミラにとっても納得出来なくても、いずれ……それが来月か、来年か、はたまた数年かは分からないが、時間が経過すればマルカのことを忘れられる、もしくはいい思い出だったと思えるようになるだろうというのが、レイの予想だった。


「……べ、別にそういうつもりじゃないから」


 自分の初々しい恋心……あるいは、カミラにとっては初恋だったのかもしれないが、それを知られたのが照れ臭かったのだろう。

 そう言い、これ以上はレイの前にいてたまるかといった様子でその場から去っていく。

 とはいえ、ここは風雪のアジトである以上、行ける場所は限られているが。

 事実、カミラが向かったのはこの部屋の奥にある個室のある方だった。


(さて、何と言うか……カミラの件でこんな風になるというのは、ちょっと予想外だったな。とはいえ、今は特にやるべきことはないし。これからどうするか)


 カミラを見送ったレイが、これからどうするべきかと考えていると、不意に居間の扉がノックされる。

 居間でこれからのことについて相談していた者の何人かはそんなノックの音に気が付いた様子だったが、特にやるべきこともなかったレイがそちらに向かったことで、再び自分たちの話に戻る。

 レイにしてみれば、この状況でこの部屋に来るような相手である以上、恐らくは自分に用件があるのだろうと予想しての行動だったが……


「レイ様、少しよろしいでしょうか?」


 やはりと言うべきか、そこにいたのはレイに用件のある人物だった。

 ただし、いつものように誰かの使いとしてやって来るといったような相手ではなく、風雪の中でも交渉を担当する女……ニナだ。


「ニナ? どうしたんだ?」

「はい。オルバン様からの連絡が来て、レイ様にポーションをお渡しするようにと」

「あー……なるほど」


 さすが風雪といったところかと、レイは納得する。

 恐らくオルバンは、レイがドワンダの家に呼ばれてネクロゴーレムの件で報酬を渡されたことを知ったのだろう。

 レイにしてみれば、報酬に関しては別にそこまで急いでいる訳ではない。

 それでもドワンダは、出来ればレイを雇いたいという思いがあって素早く接触してきた。

 オルバンやローベルにしてみれば、ドワンダのそのような行動には思うところがあったのだろう。

 だからこそ、自分達も十分にレイを重要視しているといったようなことを示す為に、出来るだけ早くポーションを用意した。

 ニナの態度からそう予想したレイは、素直にその言葉に頷く。


「分かった。ポーションの用意が出来たのなら、俺としては嬉しい。なら早速行くか。今からすぐでいいんだよな?」

「はい。もうポーションは用意してありますので、どうぞ」


 そう言われれば、レイも特に今は急いで何かをやるべきことがある訳でもないので、ニナの言葉に頷く。

 部屋を出ると、ニナに案内されて地下通路を進む。

 地下であるというのも影響してるのか、今はまだ地上のように暑くなってはいないらしく、ニナも特に汗を掻いたりといった様子を見せてはいない。

 現在地上では、平年よりも十度以上も気温が上がっていて真夏日……いや、猛暑日、もしくはそれよりも更に暑くなっている。

 そんな状況ではあるが、地下はまだ快適だった。

 そういう意味では、風雪に所属している者達……そんな中でも現在アジトにいる者は快適に過ごせているので、幸運なのだろう。

 勿論、地上の暑さが収まらずに続けば、そのうち地下にも影響は出て来るのだろうが。

 レイはそんな地上の状況についてニナと話しながら、地下通路を進むのだった。

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[気になる点] 「だってリンディ姉ちゃんはゴライアス兄ちゃんの看病で大変だし、迷惑を掛けたくないんだよ」「それは、俺になら迷惑を掛けてもいいと言ってるように聞こえるんだがな」 会話がつながってるので…
[一言] 中程 しかし、生憎と「マルカ」は特に何か特殊な能力があったりするような存在ではなく、本当に普通の子供だ。 「マルカ」→「カミラ」
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