2878話
「すいません、わざわざ来て貰って」
スラム街から出ようとしている中で、レイを迎えに来たロジャーの護衛をしている男がそう頭を下げてくる。
それに対し、レイは気にするなと首を横に振ってから口を開く。
「俺の許可がなければその清掃用のゴーレムを使えないのなら、仕方ないだろ。それに、オークナーガの素材を使った新技術というのにも興味はあるし」
そう、本来ならレイは許可を出すと伝言を頼めば、わざわざ本人がジャーリス工房まで行く必要はなかった。
しかし、ロジャーが開発したという新技術が気になり、こうして一緒にジャーリス工房まで行くことにしたのだ。
……風雪のアジトの中でレイが暇を持て余していたというのも、レイがジャーリス工房に行く理由として大きかったのだろうが。
ただし、レイがレイだと分かると街中では面倒なことになりそうなので、ドラゴンローブのフードを被っている。
そのような状況になれば、レイをレイだと知られることは滅多にない。
もっとも、セトが一緒にいればそれだけでレイだと認識されてしまうので、今回セトはアジトで留守番ということになり、レイだけでこうしてジャーリス工房に向かっていたのだが。
セトは寂しがっていたものの、そこはレイが今度一緒に遊ぶということで納得して貰った。
「それにしても、新技術か。具体的にどういう技術なのかは、聞いてないのか?」
「いえ、その辺については何も。そもそもの話、ゴーレムの技術について説明されても分からないですから」
あくまでも護衛なので、ゴーレムについては分からない。
そう告げる男の言葉に、そういうものなのかとレイは納得する。
ゴーレムに……いや、マジックアイテム全般に興味のあるレイにしてみれば、新技術と言われると当然のように興味を抱くのだが。
もっとも、レイの知識というのは個人的な趣味……錬金術として見た場合はかなり浅い部類での話なので、専門用語を多数並べられたりした場合、残念ながらレイにもその辺は分からない。
「なら、ジャーリス工房に到着するのを楽しみにしてるよ。……それで、ジャーリス工房にはネクロゴーレムの一件で被害がなかったって話だが、周辺はどんな感じだ?」
「そちらについても、あまり問題はないです」
「ならいいんだが」
その言葉がお世辞なのか、本当にそのように思っているのかは分からないものの、それでレイが安堵したのは間違いない。
それに最終的にはジャーリス工房に行く途中で周囲の様子を見れば、今の言葉が真実なのかどうかが分かるのだから。
やがてスラム街を出て、街中を進む。
大通りを進んでいる訳ではないので、そこは不思議なくらいにいつも通りの光景だった。
(ネクロゴーレムの通った場所が壊れて瓦礫になってるんだし、後はブレスの影響があった場所だけが壊れてるんだ。そう考えれば、それ以外の場所は今まで通りになっているのは当然か。……そういう意味では、金持ちが多く被害にあったって感じだな)
大通りに住居や店があるのは、当然のように裕福な者達だ。
その土地を購入したり、借りたりといったような真似をする時、大通りだからこそ値段が高くなるのは当然だろう。
そんな場所をネクロゴーレムが通ったのだから、そのような者達が大きな被害を受けるのは当然だった。
もっとも、今回の一件で受けた被害はローベルとドワンダが補償することになっているので、最終的に見れば被害を受けた家はそこまで損をしない……どころか、家や店が新しくなるのだから利益的にはプラスなのかもしれないが。
(思い出とかは金で解決出来ないから、そういう意味ではマイナスなのかもしれないけど)
被害を受けて補償して貰うのと、現在レイ達が歩いている場所のように特に被害らしい被害のない場所。
そのどちらがいいのかと思いながら歩いていると、不意に冒険者が口を開く。
「実は、今回の騒動の時、上からゴーレムを派遣するようにという命令があったんですよね」
「ああ、それは知ってる。ローベルやドワンダがゴーレムを持っている工房や貴族、商人……そんな面々にゴーレムを貸してくれるように要望をした筈だ。……とはいえ、俺が聞いた話だとそれはあくまでも要望であって命令じゃなかったと思うけど」
「その辺については、多分ジャーリス工房は要望として受けたものの、そこに所属している錬金術師の人達については命令という形をとったんじゃないかと思います。実際、ジャーリス工房にいる錬金術師だと、要望という形では自分のゴーレムを出さないという人も多いですし」
ロジャーの護衛として、ジャーリス工房が半ば職場という形になっているので、そこに所属している錬金術師達の性格は十分に理解しているのだろう。
(元々ジャーリス工房はドーラン工房が出て来る前はエグジニスの中でも最高峰の技術力を持つ工房だったらしいしな。そう考えれば、プライドが高かったり、変人だったりするような錬金術師が集まっていても無理はないか。ロジャーからして、半ば変人だし)
もしロジャーが聞けば、不満を露わにするようなこと考えながら、レイは口を開く。
「じゃあ、ジャーリス工房のゴーレムも結構な数がネクロゴーレムに吸収されたりしたのか?」
「聞いた話だとそんな感じでです。ただ、ネクロゴーレムに触れたら危険だという話が知られてからは、被害も少なくなったようですが」
「どのゴーレムがジャーリス工房のゴーレムなのかは分からないけど、俺が見た限りではそれなりの数のゴーレムがネクロゴーレムに吸収されていたな」
「やっぱりですか。……とにかく、ジャーリス工房の中ではそれでショックを受けている者も多いです。中には、レイさんに八つ当たりするような人もいるかもしれません」
自分が丹精込めて作ったゴーレムが、ネクロゴーレムによって吸収されたのだ。
それに不満を抱くような者は、当然ながらそれなりにいてもおかしくはない。
勿論、中には純粋に仕事として作っているので、完成したゴーレムに思い入れがないといった者もいるだろう。
だが、やはり錬金術師の中には自分のゴーレムには愛着を抱いてる者も多かった。
そんな中には、レイのせいで自分のゴーレムが……といったように考える者がいてもおかしくはない。
だからといって、レイがそれに付き合うつもりはなかったが。
(ゴーレムの費用も補償はされるって話だけど……愛着や思い入れの問題だし、金で解決って訳にはいかないんだろうな)
レイにとってジャーリス工房の錬金術師達に恨まれるのは、面白くない。
そもそもゴーレムを出すようにと要望したのはレイではなく、ローベルやドワンダだ。
そうである以上、レイは自分が恨まれるのが納得出来なかった。
「言っておくが、不満を言う程度ならともかく、俺に何らかの危害を加えようとした場合は相応の対処をするぞ。それで文句を言われても、俺からは謝らない」
「分かってます。……ただ、だからこそ出来ればレイさんからは許可だけを貰って実際にジャーリス工房に来るといったようなことはしないで欲しかったと思うんですけどね。まぁ、今のレイさんを見て、レイさんだと認識出来るかどうかは分かりませんが」
ドラゴンローブのフードを被っているので、顔を隠している。
そんなレイを見て、レイだと気が付くのはかなり難しいことだった。
もちろん、勘の鋭い者であったり、以前レイに会ったことがあるような者、もしくはドラゴンローブの隠蔽機能を見抜いて非常に高価なマジックアイテムであるということを理解した者であれば、レイをレイとして認識出来てもおかしくはなかったが。
「その辺は、俺が暇を持て余していたのが大きいんだけどな」
セトと一緒に行動するのは論外でも、レイが一人で瓦礫の後片付けに参加した場合、ミスティリングを使わなくても絶対に目立ってしまう。
レイの力は文字通りの意味で人間離れしているのだから。
もしそれでもレイだと見抜かれないようにする為には、それこそレイの体格の持ち主が出すくらいの力しか出せないということになるのだが、そうなってしまうとレイは殆ど意味はない。
……いや、そのような状態であっても助けが必要な場所はあるのだろうが。
ともあれ、暇を持て余していたレイにとって、ロジャーがオークナーガの素材を使って開発したという新技術は非常に興味深いものに思えた。
だからこそ、レイは直接それを見に行こうと思ったのだ。
勿論それだけではなく、ドーラン工房の一件が終わったということを知らせたり、防御用のゴーレムがどのくらい進んでいるのかを聞いたり……他にも色々と話をしたいと思ったことはあるのだが。
「っと、見えてきましたね。ほら、他の工房も特に被害らしい被害は受けてないでしょう?」
遠目に以前にも来たことがあるジャーリス工房の姿を発見し、冒険者はそう告げる。
その言葉にレイは周囲を見回すものの、確かにどこにも被害らしい被害があるようには思えない。
……何人もの錬金術師がゴーレムと共に色々と歩き回っており、それなりに賑やかな状況になってはいるものの、言ってみればそれだけでしかない。
「そうだな。こっちにはブレスの被害がないようで何よりだよ。……それで、こうして聞くのはどうかと思うけど、あの錬金術師達はゴーレムと一緒に何をやってるんだ?」
「瓦礫撤去の手伝いですよ。ここでゴーレムの活動を見せれば、それを見た住人はそのゴーレムを作っている工房に対して好意的になりますから」
そういうものかとレイは冒険者の言葉に納得して進み、やがてジャーリス工房に到着する。
幸いにして、特に面倒なこともないままにレイはあっさりと研究所の中に入ることが出来た。
レイがジャーリス工房に来るのはこれが初めてではないし、何よりもレイはネクロゴーレムの一件を片付けた立役者だ。
そのような相手に失礼な真似は出来ないということなのだろう。
勿論、レイのおかげでネクロゴーレムによってエグジニスが壊滅的な被害を受けなかった、というのもあるのだろうが。
そうして冒険者の案内に従って移動していると、やがてレイにとっても見覚えのある部屋……ロジャーの部屋に到着する。
「失礼します、ロジャーさん。レイさんをお連れしました」
冒険者が扉の外からそう言うと、部屋の中から慌ただしい音がしてきて……やがて扉が開く。
そこには驚いた様子のロジャーの姿があった。
「レイ、一体何故……?」
「オークナーガの素材を使って新技術を開発したという話を聞いたからな。今は特にやるべきこともなかったから、ちょっと様子を見にきた」
「やるべきことって……いや、まぁ、いい。中に入ってくれ。レイがここにいると知られると、色々と面倒なことになりかねない」
「別にこっそりと忍び込んできた訳でもないんだから、俺が来たという話はもう知られていると思うぞ?」
「なら、余計にだ。このまま廊下にいると、レイに話を聞こうと思うような者達が集まってきかねない。そうならない為にも、中に入ってくれ」
そう言われると、レイも別にロジャーを困らせる為にここにいる訳ではない以上、その言葉に反論はせずに部屋の中に入る。
そうして入った部屋の中には、ロジャーがレイの為に開発したと思しき清掃用のゴーレムの姿があった。
「へぇ、これが。……俺が街中で見てる奴よりも若干大きいか?」
「そうだな。新技術を詰め込む為には、どうしてもこの大きさが必要だったんだ」
ロジャーの口からそう言われると、レイはそういうものかと納得する。
新技術である以上、それを小型化するのは難しいのだろうと。
「そういうことなら分かった。で、具体的にオークナーガの素材を使って、どんな新技術を開発したんだ?」
期待の込めた視線を向けられたロジャーだったが、少し言いにくそうにしながら口を開く。
「何か勘違いしてるようだから言っておくが、新技術ではあるが、別に今までに全くなかった技術……といったようなことではないぞ? 具体的には、それこそ今までの技術の延長線上にある技術といったところだ」
「……そうなのか?」
ロジャーの言葉は、レイにとって完全に予想外だった。
それこそ、レイにとって全く予想外の技術……それこそ、例えば清掃用のゴーレムが変形したりといったような、そんな新技術を期待していたのだから。
だというのに、開発された新技術はレイにとってそこまで気にするようなものではないと言われたのだから、レイが残念に思うのは当然だろう。
それでも実は自分の期待が裏切られるのを期待し……レイはロジャーの言葉を待つのだった。