2876話
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「うお……こっちにもやっぱり被害はあったのか。……あったんだよな?」
スラム街に到着したレイは、周囲の様子を見ながらそんな風に呟く。
ネクロゴーレムとの戦いでは、聖なる四会合を行う建物から大通りを通ってエグジニスの外に連れ出すことに成功している。
そうである以上、本来ならスラム街に被害が出るといったようなことはない。
しかし、そんなネクロゴーレムの攻撃の中で、紫のブレスだけは話が違った。
その一撃は非常に強力で、触手などとは比べものにならない程の射程距離を持っていたのだ。
移動の途中で放たれたネクロゴーレムのブレスは街中にある建物を貫き、スラム街にまで到達したのだろう。
幸いにもスラム街に被害があったのはそのブレス……それもレイが見たところ一発程度のものではあったが。
ただし、ここはスラム街。
ここの建物は、その多くがかなり古くなっており、その一度のブレスで受けた被害はかなり大きかった。
「せめてもの救いは、ブレスの攻撃で受けたのは建物だけってところだな」
あくまでもレイが見た範囲内での話だが、ブレスの攻撃によって人が死んだようには思えない。
「グルルルゥ」
レイの言葉に同意するようにセトが喉を鳴らす。
セトにとっても、エグジニスのスラム街はそれなりに思い出深い場所でもある。
レイと一緒に何度か散歩をしたり、ドーラン工房に雇われた冒険者や、ゴーレムを相手に戦ったりといった感じで。
そのような状況だけに、今のセトにとってスラム街に被害が出たのは残念だった。
「セト、取りあえず風雪のアジトに向かうぞ。風雪のアジトには被害は出てないと思うが……一応、しっかりと見て確認しておきたい」
風雪のアジトは地上に廃屋があるものの、それはカモフラージュにすぎない。
本当の意味での拠点は、地下に広がっていた。
そういう意味では、スラム街の中では一番安全な場所と言ってもいいだろう。
(とはいえ、ネクロゴーレムの件はともかく、地中を掘って侵入されたことがあると考えれば、それはそれで色々と問題なのかもしれないが。それでも今回のブレスについては気にしなくてもよかったのは間違いない)
セトと共にスラム街を歩きつつそんな風に考える。
実際にレイが見たところでは、スラム街の住人は今の様子に特に動揺した様子もなく、いつも通り動いているように思える。
スラム街の住人にしてみれば、スラム街全体が攻撃されるようなことがあったのならまだしも、今回のような単発の攻撃程度では特に動揺したりといったようなことはないのだろう。
正確には、自分が生きていくのに精一杯である以上、他人に構っていられるような余裕はあまりないというのが大きい。
「っと、見えてきたな。……どうやら無事だったらしい」
視線の先に存在する風雪のアジト……そのカモフラージュ用の廃墟が無事なのを見て、改めてレイは安堵する。
無事だというのは予想していたのだが、それでもやはりこうして実際に自分の目でしっかりと確認出来れば、それはレイやセトにとって嬉しいことだったのは間違いない。
そしてレイとセトが近付くと、いつものように廃墟の前に座り込んで気力のない振りをしつつ、周囲の様子を警戒している見張りが顔を上げる。
レイとセトの姿に少しだけ驚きの表情を浮かべるものの、変化はそれだけでしかない。
特に驚いたりする様子も見せず、小さく頷く。
それは、レイが建物の中に入ってもいいという合図。
「やっぱり無事だったみたいだな。……セト、じゃあ俺は中の様子を見てくるから、セトはこの辺でゆっくりしていてくれ」
「グルルゥ」
レイの言葉に喉を鳴らすセト。
そんなセトを見る見張りの目が、どこか柔らかい光を放っているのにレイは気が付く。
何だかんだと、見張りとセトはそれなりに長い時間を一緒にすごしている。
他の暗殺者ギルドの襲撃があったときは、セトと見張りが一緒に立ち向かうといったような真似もしていた。
そして当然のように見張り達はセトによって助けられている。
その結果として、セトに対する感謝の気持ちは大きくなったのだろう。
セトもまた、相手に可愛がって貰えるのなら基本的には人懐っこい性格をしているので、懐くのは当然だった。
(この様子なら、セトが何らかの問題になるようなことはないな。なら、俺はさっさと中に入るか)
そう判断し、レイは廃屋の中に入っていく。
廃屋は当然のようにかなりの古さを持っており、それこそいつ壊れてもおかしくはないのだが……何だかんだと、今もこうして残っている。
(風雪にしてみれば、地下への入り口を隠してくれるという意味で、この廃屋があるのは大きい。だとすれば……多分だけど、このまま廃屋があった方がいいんだよな。この廃屋が壊れたら、また同じような廃屋を用意してカモフラージュしたりするのか?)
それはレイの予想でしかないものの、それでも何となく当たっているような気がした。
まさか地下への階段を隠す為に、新しい建物を建てたりといったようなことはしないだろう。
普通の場所ならともかく、スラム街ではどうしても目立つ。
そんな風に考えながら地下に続く階段を降りていくと、当然ながらそこでは風雪に所属する案内人が待っていた。
レイが来たのをどうやって知ったのか、あるいは単純にレイが来たからここで待つのではなく、ただここで待機していただけなのか。
その辺りはレイにも分からなかったが、案内をしてくれる相手がいるのは困ることではない。
……とはいえ、レイもアンヌ達が匿われている部屋には既に何度も行っている。
そうである以上、特に迷うといったようなことはないのだが。
「地上では、かなりの騒動だったらしいですが、レイさんが来たということは、もう解決したんですか?」
道案内をしながら、ふと男がそう尋ねてくる。
地下にいたので、地上の状況については殆ど分からないのだろう。
「ああ。かなり危険だったらしいが、騒動は終わった。その余波がスラム街にも少し来たみたいだったが、このアジトにいれば地下だし、そんな騒動を気にするようなこともないか」
「そうですね。実際、情報を知らされるまでは、地上がそんなことになってるのは知りませんでしたし」
「……一応、今回の騒動の現場にはオルバンもいたんだがな」
風雪を率いているオルバンが騒動に巻き込まれているのに、そこまで心配ではなかったのか。
そう尋ねるレイに、男は一瞬意表を突かれたような表情を浮かべ……やがて口を開く。
「だって、オルバン様ですよ? オルバン様がこんな程度で死ぬ訳がないじゃないですか」
それは、オルバンがこの程度の騒動では絶対に死なないと判断しているかのような言葉。
実際にオルバンは最終的に特に怪我らしい怪我をしていた訳でもないのだから、男のその言葉は決して間違っている訳でもないのだろう。
(これは、信頼されてると思った方がいいのか?)
そんな疑問を感じているうちに、レイはアンヌ達が匿われている部屋に到着する。
扉の前にいる護衛兼見張りは、レイの姿を見ると頭を下げる。
「リンディがここから出たのは知ってるけど、アンヌはどうした?」
「一緒に行きました」
端的に答えてくるその言葉に、レイはやっぱりかと納得の表情を浮かべる。
リンディとアンヌ、ゴライアスは同じ孤児院の出身だ。
当然のようにアンヌもゴライアスを知っており、そのゴライアスが痩せ細った状態で見つかったと言われれば、アンヌの性格から考えてリンディと一緒に様子を見に行ってもおかしくはない。
「分かった。他の連中はどうしてる? 一応、手伝いとかをするようになったら、ある程度自由に部屋から出られるようになったんだろ?」
「現在は地上の件もあるので、念の為に部屋の中にいます」
そう言われると、レイにもその言葉は納得出来るものがあった。
ドーラン工房とダイラスの一件で、今日の地上はかなりの騒動になっている。
ドーラン工房やダイラスが追い詰められた状態での騒動である以上、風雪にちょっかいを出すような余裕などないと、そう考えるのは普通だが……それでも、万が一がある。
特にアンヌ達の一行の中には、イルナラのようにドーラン工房の非主流派の錬金術師もいる。
ドーラン工房で追い詰められている者にしてみれば、イルナラのせいで現在自分達がこのような状況になっていると、そんな風に思ってもおかしくはなかった。
それを逆恨みして、再度このアジトに攻撃をするといったようなことが行われてもおかしくはない。
レイはそれを心配していたのだが、どうやら話を聞いた限りではそのようなことはなかったらしい。
「分かった。じゃあ、護衛はこのまま続けてくれ。それと俺を案内してくれて助かったよ」
見張り兼護衛と自分をここまで案内してくれた男に声を掛けると、レイは部屋の扉を開ける。
すると居間にいた者達の視線が一斉にレイに集まった。
だが、そこにいるのがレイであると知ると、多くの者は安堵した様子を見せる。
……ただし、そんな中で一人の男だけは残念そうな表情を浮かべていたが。
それは、違法奴隷にされていた中でもアンヌに対して恋心を抱いていた男だ。
自分の好きなアンヌが、捕まっていたゴライアスが発見されたと聞き、心配で駆けつけるといったようなことをしたのが気になったのだろう。
実際にはゴライアスに恋をしているのはリンディで、アンヌの方は自分の幼馴染み……いや、一緒に育ってきた家族に等しい存在が痩せ細った状態で見つかったというのだから、そういう意味で心配であったのだが。
「レイさん、一体地上で何かがあったんですか? 俺達、このアジトで掃除とかしていたら、いきなりここに集まるように言われたんですけど」
錬金術師の一人が不安そうな視線をレイに向ける。
そのような視線を向けられたレイは、どうするべきか迷いながら……それでも話をすることにした。
今回の騒動は、イルナラを始めとした錬金術師達にとっても大きな意味を持つ。
特にイルナラは、子供の頃からドーラン工房に憧れていたのだ。
そのドーラン工房があのような状況になっていると、何も心の準備が出来ていない中で知れば、間違いなく大きなショックを受ける。
イルナラ以外の非主流派の錬金術師達も、ドーラン工房に対して色々と思うところはあるのだろうが、それでもある程度の事情は知っておいた方がいい。
そう判断したレイは、周囲にいる者達に向けて口を開く。
「地上ではドーラン工房が大きな被害を受けた。ダイラスを追及する場で、ダイラスが暴れて騒動を起こし、それをやった者達としてドーラン工房に向かったところ、ドーラン工房側も抵抗してゴーレムを出してきた。ドーラン工房はその戦闘でかなりの被害を受けたな。そんな中でダイラスがネクロゴーレム……これは俺が適当につけた名前だけど話が広がってるのでそう呼ぶが、そんな存在になった」
「ネクロゴーレム……その名前からすると……」
イルナラが嫌な予想をしたといった様子で俺を見ながら、そんな風に言ってくる。
レイはその言葉に頷く。
「イルナラの予想は多分当たっている。ダイラスが死体を取り込んでゴーレムになったのがネクロゴーレムだ。で、そのネクロゴーレムはかなり巨大で、そんな奴と戦いになって、エグジニスの街並みは結構な被害を受けた」
レイの口から出た説明に、何人もが表情を変える。
ドーラン工房で何かがあったというのは、ゴライアス救出の件を聞けば予想することは出来ただろう。
だが、地上でそこまでの大きな騒動になっているというのは、完全に予想外だったらしい。
あるいは、地上が騒動になっているというのも問題だったが、それ以上にネクロゴーレムといった存在がイルナラ達にショックを与えていた可能性もある。
イルナラはドーラン工房において非主流派の錬金術師として、ネクロマンシーの技術を使った一件については全く何も知らなかった。
それだけに、自分が子供の頃から憧れていた場所であるドーラン工房がネクロゴーレムなどという存在を作り出したというのは、それにショックを受けるなという方が無理だった。
「ともあれ、そんな訳で現在地上ではかなり忙しい。ドーラン工房にいた者達も多くの者が捕らえられているから……イルナラには悪いと思うが、これだけの騒動を引き起こしたとなれば、この先ドーラン工房が残るのはちょっと難しいだろうな」
レイの説明に、イルナラはショックを受けた様子で黙り込み、他の錬金術師達も予想以上に大きくなった話に何も言えなくなるのだった。