2873話
マルカとニッキーに案内されて到着したその場所は、ネクロゴーレムによって破壊された建物と比べても明らかに大きかった。
とはいえ、それは当然の話だろう。
ネクロゴーレムに壊された建物は、あくまでも聖なる四会合を行う為に用意された建物だ。
それと比べると、この建物はエグジニスという街を運営する為に多くの役人が働いている場所、いわゆる役所とでも呼ぶべき場所。
そうである以上、その建物が大きくなるのは自然なことだ。
ただし、現在その建物には多くの者達が集まっている。
「大通りにいて避難してきた連中か?」
「うむ。避難するような場所もなかったために、こちらに避難してきたらしい。他にも、ネクロゴーレムの被害にあった者もおる」
レイの呟きを聞いたマルカがそう教える。
マルカのその言葉に、レイはネクロゴーレムを誘導している時に何度か放たれた紫のブレスを思い出す。
触手の攻撃も非常に厄介だったが、それでも射程距離が決まっている。
それに比べると、紫のブレスはその射程距離がかなり長く……それによって被害を受けた建物は、当然のように相応に存在していた。
恐らくそのような者達が集まってきているのだろう。
(当然だが、怪我人だけではなく死人も出たんだろうな)
そう思えば悪いことをした気になるが、だからといってレイは自分がこの件で責任を感じる必要はないと、そう考える。
勿論、実際に被害を受けた者がレイのそんな考えを聞けばふざけるなと叫びたくなるかもしれない。
だが、そもそもレイがいなければ、ネクロゴーレムはエグジニスにもっと大きな……それこそ壊滅的な被害を与えていた可能性が高いのだ。
その被害を、レイは可能な限り少なくした。
(とはいえ、それでも何も思うなってのは無理だけど)
集まっている者達から視線を逸らすと、同じように建物の前に集まっている者達の中には、何故か興奮して言葉を交わしている者達もいることに気が付く。
一体何だ? とレイは改めてそちらに視線を向けてみると、そこには身なりのいい者達や、研究者、もしくは錬金術師と思しき者達が集まっている。
「あっちの集団は? 見る限り、避難してきたって連中じゃないと思うけど」
「あっちは、あれっすよ。上からの要望によって、ゴーレムを貸し出した者達っす。その際に自分の貸し出したゴーレムがどんなに活躍したのかというのを、言い争ってるみたいっすね」
「ああ、そんな話もあったな」
レイはニッキーの言葉でローベルやドワンダから、ゴーレムを所持している工房や貴族に貸し出してくれるように頼んだという話を聞いたことを思い出す。
実際、レイがネクロゴーレムをエグジニスの外に誘導しようとして大通りに出た時、まだそこに残っていた者達を避難させようとして運んでいたゴーレムもいれば、ネクロゴーレムを少しでも止めようとしていたゴーレムもいたことを思い出す。
……もっとも、ネクロゴーレムの動きを止めようとしたゴーレムは結局吸収されてしまったが。
「ゴーレムは結構な被害を受けたのも多かったと思うんだが、その割には随分と元気そうだな」
「破壊されたり、使い物にならなくなったゴーレムは、エグジニスの方で弁償するらしいっすからね。それにゴーレムに助けられた人は結構いて、そういう人達から感謝されたのが大きいらしいっす」
「なるほど。いわゆる名誉的な問題か。その上でゴーレムも弁償して貰えるのなら、それで不愉快に思う訳がない、と」
そんなレイの言葉にニッキーは曖昧な笑みを浮かべる。
ニッキーにしてみれば、レイの口から出た言葉は真実であるが故に、迂闊に肯定しない方がいいと、そう判断したのだろう。
何となくニッキーの気持ちが分かったレイにしてみれば、今これ以上聞かない方がいいだろうと判断し……
「セ、セトだ! じゃあ、あっちがレイで……ネクロゴーレムは倒されたってことだよな!?」
レイはともかく、セトがいれば当然のように他の者達から目立つことになり、ましてや先程の歓声の一件もあってか、あっさりとレイとセトの姿を見つけて、こちらもまた嬉しそうにする。
避難していた者達も、自分達をあのような目に遭わせたネクロゴーレムを倒した存在ということで、喜ぶ者も多い。
とはいえ、当然ながら全員が喜んでいる訳ではなく、中にはレイに向かって恨めしそうな視線を向けて来ている者もいたが。
そんな風に様々な視線を向けられつつも、レイは建物に向かうのだが……
「この状況でセトが外にいると、色々と不味いんじゃないか?」
見るからに色々な者達が存在している、建物の外。
そこにセトがいた場合、間違いなく何らかの騒動が起きて面倒なことになる。
「そうじゃな。しかし、セトを建物の中に入れる訳にはいかぬじゃろう?」
マルカのその言葉を聞けば、確かにとレイも納得するしかない。
建物はそれなりに広いし、中にはセトも入ることが出来るだろう。
しかし、現在建物の中には多数の者達が存在している以上、そこにセトが入っていけばかなりの騒動になってしまう。
であれば、やはりセトを建物の中に入れるといったような真似は出来ない。
「だとすれば……セト、俺は建物の中に用があるから、どこか適当に見て回ってきてくれ。残骸の片付けをしている連中の手伝いをしたりとか、そういう感じでもいい」
「グルゥ? ……グルゥ!」
レイの言葉に、セトは少し迷った様子をしていたものの、やがてすぐに分かった! と頷く。
セトにしても、ずっとこのままここにいるより、街中を歩いて回った方が楽しいと思える。
そうである以上、セトはレイの言葉に喜んで喉を鳴らすと、その場から立ち去った。
「さて、取りあえずこれでセトの一件は問題ないだろ。建物の中に入るか」
「うむ。……じゃが、セトを自由に動かすと、また別の問題がおきるのではないか?」
マルカの心配はレイにも理解出来ない訳ではなかったが、今の状況を思えばそのようなことはあまり気にしなくてもいいように思えるのも事実。
「ネクロゴーレムを俺達が倒したという話は、かなり広がっている。そうである以上、ここでセトにちょっかいを出すような真似をする奴は、そういるとは思えない」
自分達ではどうしようもなかったネクロゴーレムを倒した、セト。
そんなセトを捕らえたり、場合によっては倒したりといったような真似はそう簡単に出来るとはレイには思えない。
もし下手にそのような真似をしようとした場合、セトに反撃されてしまう。
……それ以前に、セトに助けて貰ったと考えているエグジニスの住人が、それを許容するかどうか。
「レイの言いたいことも分からぬではない。じゃが、それでも今回の騒動で死んでしまった者がおるのは事実。そうである以上、何故自分の家族が、友人が、恋人が……といったように恨む者も出て来るじゃろう。そのような者達が、自暴自棄になって……という可能性も否定は出来んぞ?」
「そういうこともあるとは思うが、そういうのを心配していたら、何も出来ないだろ」
そう告げるレイを見て、これ以上は何を言っても無駄だと判断したのだろう。
マルカは渋々といった様子ではあったが、セトが街中を歩き回るのを認める。
もっとも、この件は別にマルカに何らかの権限がある訳でもない。
そうである以上、マルカが許可しないと言っても、レイがやると言えばそれを止めることは出来ないし、何よりもセトは既にレイ達の前から移動していなくなっているのだが。
「そんな訳で中に入るか。ローベル達に早いところ報告する必要があるしな」
「うむ、そうするとしよう。……もっとも、中に入れば見苦しい光景を目にすることになると思うのじゃがな」
「……見苦しい光景?」
「説明したくない。レイが自分の目で見た方がいいじゃろう」
「そうっすね。あれは……ちょっと」
マルカの言葉にニッキーも同意するように呟く。
そんな様子を見たレイは、微妙に嫌な予感がするものの、とにかくネクロゴーレムの件を報告した方がいいと判断して、マルカ達と共に建物の中に入っていく。すると……
「ええいっ! 貴様では話にならん! 俺が購入することになっていた、ドーラン工房のゴーレムを持ってこい! それ以外のゴーレムは認めんぞ!」
扉を開けた瞬間にそんな怒声が聞こえてきたことで、レイはマルカの言っていたことの意味を理解した。
「ですから、ドーラン工房のゴーレムを購入する為に支払った金額は、後々エグジニスの方で弁償させて貰うと……」
「ふざけるな! 弁償すればいいと思っているのか!」
その怒声は周囲に響き渡っているが、その怒声を向けられた者が怯える様子はない。
それがまた怒声を発した者にしてみれば面白くないのだろう。
ドーラン工房のゴーレムを購入するには、相応の資産が求められる。
そうである以上、役人を怒鳴りつけている男もそのくらいの資産を持っている者であり……それだけに気位が高いのだろう。
あるいは自分の思い通りにことが運ぶと、そう思っているのか。
その理由はともあれ、自分の怒声を聞いても顔色一つ変えない役人の存在が面白くない。
……とはいえ、役人にも言い分はあった。
ローベルとドワンダから、ドーラン工房のゴーレムを購入する為に支払った分は返金すると言われているのに、それを納得出来ない者は一人や二人ではない。
そのような者達にしてみれば、ようやく入手出来ることになったドーラン工房のゴーレムを問答無用で購入出来なくされたのだ。
他の者……今回の一件が明らかになる前に購入した者達は、既にドーラン工房のゴーレムを入手している。
なのに、何故自分だけが購入出来ないのかと、不満に思うのは当然だった。
そんな者達の相手を何度も繰り返している役人にしてみれば、そのような者達の相手をするのを慣れてしまう。
だからといって、怒声を発している者達はエグジニスにとってのお得意様である以上、適当に相手をする訳にもいかない。
そんなやり取りを見たレイは、微妙な気分になる。
自分が楽しみにしていたゴーレムを購入出来なくなったのだから、怒る気持ちは理解出来る。
例えばレイが何らかのマジックアイテムを欲していて、それを高い競争率の中から何とか勝利して買えるようになった筈が、実は購入出来ませんと言われたらどうなるか。
そう思えば、怒声を発している者の気持ちも何となくではあるが分からないではない。
……ましてや、既にドーラン工房のゴーレムはレイ達が全て破壊している。
一応残骸ならミスティリングの中に入っているものの、それを渡したところで納得はしないだろう。
ましてや、人の魂が使われているゴーレムの核を渡すような真似は出来ない。
もし残骸でいいから寄越せと言われ、レイがそれを渡しても……それを貰った者が何らかの手段でそのゴーレムを修復したとして、ゴーレムの核が普通の物である以上、その性能は決して突出したものではない。
ドーラン工房のゴーレムの性能が高いのは、人の魂を素材にして作った核を使っているからなのだから、当然だろう。
「レイ」
どうするべきか迷っていると、マルカがレイの名前を呼ぶ。
ここで時間を使っていても意味はないと、そう言ってるかのような態度で。
実際、もしここでレイがドーラン工房のゴーレムは自分が全て破壊したと言えば、その時に現在不満を言っている者達の敵意が向けられるのはレイにだろう。
勿論、だからといって短絡的にレイを攻撃するといったような真似をするかどうかは、別の話だが。
それでも後日色々と面倒なことになるのは間違いない以上、ここでレイが口を挟むような真似はしない方がよかった。
マルカの様子に少しだけ迷ったレイだったが、それでもまずはローベル達に報告をするのを優先した方がいいだろうと判断し、先に進むマルカを追う。
「お嬢様がすいませんっすね」
「気にするな。確かにあの状況で俺が口を出しても、それは面倒なことになるだけだろうし。そうなれば、ただでさえ混乱しているこの状況が、一体どうなることやら」
ニッキーにそう告げながら、レイは周囲の様子を見る。
先程の怒鳴っている男以外にも多数の者がおり、そして役人達は休む暇もなく動き回っている。
それこそ、増設工事をしているギルムにおいて、書類整理でいそがしくなっているギルドとそう違わないと思えるくらいに。
(うわぁ……これは……)
レイにとっては、今回の件でそこまで忙しくなるのかと納得してしまう。
勿論、忙しくなるだろうとは思っていたのだが、それでもこれは少し予想外で……あるいは、自分がもう少し被害を減らすことが出来ていれば、ここまでにはならなかったのかもしれないなと、そう思うのだった。