2871話
エグジニスから離れること、十分程。
ネクロゴーレムが移動速度を落とすと、すぐにレイは槍を使っての挑発を続けていた。
普通ならこのように何度も同じ攻撃をされれば、明らかに挑発だと分かってもおかしくはないのだが……ネクロゴーレムの核となっているダイラスはやはり意識がないのか、そのような攻撃を何度行おうとも、全く気にする様子がなく挑発に乗り、セトを追い続ける。
(やっぱり、ダイラスの意識はないのか? けど、エグジニスから出る時はかなり躊躇しているように見えたんだが……この辺は、本当にどうなってるんだろうな)
ダイラスの意識があるのかないのか、レイには分からない。
あるいは、あれこそがダイラスの最後の意識だったのか? と、そのように思う。
「グルルゥ」
レイが考え込んでいると、セトがそう喉を鳴らしてくる。
もうそろそろ攻撃をしたいと、そう主張しているのだろう。
セトにしてみれば、エグジニスの街中では散々ネクロゴーレムから攻撃をされていながら、反撃が出来なかった。
迂闊に反撃した場合、傷口から腐液が零れ落ちるのだから当然だろう。
だからこそ、セトは攻撃らしい攻撃をするようなこともなく我慢していたのだが、こうしてエグジニスから十分程も離れ……それも街道からも外れているのだから、もうそろそろ攻撃をしてもいいと思うのは当然だろう。
「そうだな。今のこの状況を思えば、攻撃しても構わないか。ここでなら毒煙が発生しても、多分エグジニスまで届くようなことはないだろうし」
高さ二十m程のネクロゴーレムがかなりの速度で移動しての十分程だ。
既にエグジニスとはかなりの距離があり、ここでならネクロゴーレムを攻撃しても問題はないだろうと判断する。
「とはいえ、あの腐液や毒煙は多分俺達にも悪影響がある」
レイの身体はゼパイル一門による技術の結晶だし、セトはレイの持つ膨大な魔力によって魔獣術によって生み出された存在だ。
そう考えると、生半可な毒では被害を与えるのは難しい……と、普通ならそんな風に思う。
しかし、多分大丈夫だからということで、好んで毒煙を吸い込んだりといった真似はしたくない。
しかもその毒煙は、吸い込んだ者が即座に血を吐き出して死ぬという、凶悪な威力を持っているのだから。
「グルルルゥ!」
レイの言葉に大丈夫! と鳴き声を上げるセト。
セトは直接攻撃を得意としているものの、それだけではなくスキルを使った遠距離からの攻撃も得意としている。
だからこそ、ネクロゴーレムを攻撃する手段は幾らでもあった。
セトの様子を見て、これなら問題ないだろうと判断すると、セトの邪魔をしないように背中から降りる。
ネクロゴーレムの顔の辺りを飛んでいたので、当然だがその高度は二十m近い。
そんな高さから地上に向かって降下……落下していくレイだったが、セトはそんなレイの様子を全く心配せず、ネクロゴーレムに向かって突っ込んでいく。
セトにしてみれば、レイがこの程度の高度から落ちたところで怪我をするとは思っていないのだろう。
……実際、セトがよく飛ぶ百m近い高度から降りたことも何度かあるが、それによってレイが怪我をしたことはない。
それを示すかのように、レイは落下中にスレイプニルの靴を使って何度か空中を蹴ることによって落下速度を落とし、地面に着地した時は殆ど音も立てなかった。
「さて……うわ、セトも随分と景気よくやってるな」
地上に着地したレイがセトの方を見ると、そこでは氷の矢、水球、風の矢、炎のブレス、雷のブレス、岩の槍、酸のブレス……といったように、様々なスキルを使ってネクロゴーレムを攻撃しているセトの姿があった。
エグジニスの中では全く攻撃出来なかった鬱憤を、これでもかと言わんばかりに晴らしているその様子は、スキルという意味でセトの本領発揮といったところだろう。
セトのスキルは直接攻撃をするものも多いので、スキルの全てを使っているという訳ではないのだが。
そして、当然ながらネクロゴーレムの身体の傷ついた場所から多数の腐液を流れ出しており、その腐液が地面に触れることによって緑の毒煙を生み出す。
しかし、セトは十分に離れた場所からの攻撃を行っているので、その毒煙が届くことはない。
きちんと自分が風上になるのを承知した上で、攻撃を続けているのだから。
「さて、いつまでもセトだけに攻撃させておくのも何だし……俺も攻撃するか」
呟き、レイがミスティリングから取り出したのは、デスサイズ。
いつもならここに黄昏の槍も持つのだが、今回は魔法だけを使う予定の為にデスサイズだけとなる。
あるいは遠距離攻撃をするだけなら黄昏の槍の投擲もあったのだが、その場合は黄昏の槍に腐液が付着してしまうので、レイにとって嬉しい出来事ではない。
それよりも、魔法を使ってネクロゴーレムを攻撃した方がいいのは間違いなかった。
『炎よ、汝は炎で作られし存在なり。集え、その炎と共に。大いなる炎の翼を持ちて羽ばたけ!』
その呪文を唱えると同時に、デスサイズの刃に炎が集まり……やがてその炎は鳥の姿を取る。
『空を征く不死鳥!』
そして発動する魔法。
炎で出来た鳥は、真っ直ぐネクロゴーレムに向かって飛ぶ。
セトのスキルによって大きなダメージを受けているネクロゴーレムに向かい、レイの考えるままに動く炎の鳥はやがてその巨体へとぶつかる。
瞬間、ネクロゴーレムの胴体は炎の鳥によって貫かれ、同時に炎がその身体を焼く。
当然のようにその傷からは腐液が出るのだが、腐液が出る瞬間には炎の熱によって蒸発し、緑の毒煙となる。
周囲に誰かがいれば、その毒煙は非常に危険だろう。
しかし、レイもセトも距離をとっての攻撃を行っている以上、腐液も毒煙も意味はない。
「どうやら効果があったようだな。なら、続けていくぞ」
レイのコントロールによって炎の鳥が再度正面からネクロゴーレムにぶつかり、次の瞬間には先程よりも大きな炎となって燃えていく。
そんなネクロゴーレムを見ながら、レイは再び呪文を唱え始める。
『炎よ、我が魔力を力の源泉として、全てを燃やし尽くす矢となり雨の如く、嵐の如く、絶えず途切れず降り注げ』
その呪文を唱えると同時に、レイの上に無数の炎の矢が生み出されていく。
その数、約五百本。
『降り注ぐ炎矢!』
魔法が発動することにより、その五百本の炎の矢はネクロゴーレムに向かって飛んでいく。
二十m近い大きさを持つネクロゴーレムだけに、狙う場所には全く困らない。
ネクロゴーレムは自分の身体を燃やしている炎をどうにかするのに夢中で、レイの放った無数の炎の矢には全く気が付くことはなく……次の瞬間、その身体には大量の炎の矢が突き刺さった。
当然だが、レイの魔法によって攻撃されているネクロゴーレムは、セトからも攻撃され続けている。
次々に放たれる炎の矢と、セトの攻撃。
その双方を食らうことになったネクロゴーレムは最悪の状況と言うべきだろう。
もっとも、それはレイやセトと敵対した時点で当然の結末だったのだろうが。
炎の矢が突き刺さった場所からは炎が吹き上がり、ネクロゴーレムの身体を燃やしていく。
炎の矢一本の威力は、炎の鳥と比べるとかなり低い。
だが、炎の矢は五百本近くもあるのだ。
総合的には見れば、明らかに炎の矢の威力の方が高かった。
それだけではなく、セトはネクロゴーレムの周囲を飛び回りながらファイアブレスを始めとして、レイの使った魔法によって生み出された炎の威力を弱めないようなスキルを次々に使っていく。
ネクロゴーレムの身体は、基本的に死体で出来ている。
……実際には、死体だけではなく建物の瓦礫といった諸々をも吸収している疑いがあったものの、それでも外見は死体で……より正確には筋肉が剥き出しになった状態であり、そのような存在だからこそ炎の攻撃は効果が高かった。
(浄化は……いや、俺の浄化魔法だと効果はないか)
一応レイも浄化魔法を使えるのだが、それには魔力を大量に消耗する上に、あくまでも普通の死体しか効果はない。
ネクロゴーレムによって吸収された死体に効果があるとは、とてもではないが思えなかった。
「なら……セト、大きいのが行くぞ!」
既にネクロゴーレムの全身は完全に炎で包まれている。
身体中のあらゆる場所から腐液が漏れ出ているものの、身体の外に出た瞬間に蒸発し、緑の毒煙と化していた。
そんな状態ではあるが、生き物ではなくネクロゴーレムだからなのか……もしくはダイラスが生きていても自我が存在しないのか、もしくはダイラスは死体に包まれているので熱くないのか。
理由の有無がレイにも分からなかったが、とにかくネクロゴーレムがまだ動いているのは間違いのない事実。
普通の生き物であれば、あそこまで身体を燃やされた場合はそれこそもう身動き出来ずに焼け死んでいてもおかしくはないのだが。
だからこそ、レイは仕上げの一撃として強力な魔法を使おうと考える。
レイの声が届いたのか、セトはネクロゴーレムに岩の矢を放ってから離れていく。
避難するようにとまで言ったレイの言葉だけに、その威力は極めて強力な魔法だと判断したのだろう。
実際、その判断は間違っていない。
レイがこれから放つ一撃は、レイが使える炎の魔法の中でも明らかに上位に位置する魔法なのだから。
セトが退避したのを見て、レイは三度呪文の詠唱を始める。
『炎よ、我が魔力を喰らってその姿を露わにせよ。巨大となれ、大きくなれ、成長せよ。喰らえ、喰らえ、喰らえ。汝は炎の破壊という一面を示し、破滅の星となれ』
レイの魔力を喰らい、火球は大きくなっていく。
しかし、その大きさは留まることを知らず、レイの持つ莫大な魔力を次々と喰らい、その分だけ大きくなる。
そして気が付けば、その火球は数十m……あるいは百m近くの大きさになっていた。
まるで第二の太陽とでも評すべき火球が完成したところで、レイは魔法を発動する。
『破滅の星』
ゆっくりと……だが確実に地上に向かって落下していく第二の太陽。
身体中を燃やされていたネクロゴーレムも、そんな炎の存在は危険だと判断したのだろう。
燃えながらも移動をしようとするが……それはもう遅かった。
降ってきた第二の太陽は、ネクロゴーレムに向かって着弾し……次の瞬間、地上に灼熱の地獄を生み出した。
その灼熱の地獄は、着弾した場所から十分に離れているエグジニスにおいてさえ、十度近い気温の上昇をもたらす。
今はもう晩夏が終わり初秋というべき季節だ。
日中の気温もまだそれなりに暑いのだが、それでも真夏に比べると大分涼しくなっていたのだが……そんな涼しさは、一瞬にして真夏に戻った。
もしかしたら、真夏よりも更に暑く……いや、熱くなっていたかもしれない。
そんな中、ネクロゴーレムからある程度離れているとはいえ、それでもかなり近い位置にいるレイではあったが、ドラゴンローブのおかげでその熱を感じなくてもすんでいる。
セトもまた、ランクAモンスターのグリフォンである以上、すぐ側でそのような魔法を使われたのならまだしも、ある程度の距離をとっていれば問題はない。
「ふぅ。どうやら見た感じ、かなり効果はあるみたいだな」
そう呟くレイだったが、もし誰かが今の呟きを聞けば、第二の太陽とも言うべき火球を落としておいて、それで効果がない訳がないだろうと突っ込んでいただろう。
それだけ、レイの使った魔法の威力は高い。
「とはいえ……それでも、念には念だ。あれだけ不気味で厄介な存在が、実は今の攻撃でまだ生き残っていたとか、洒落にならないからな」
そう呟き、四度呪文を唱え始める。
『炎よ、汝のあるべき姿の一つである破壊をその身で示せ、汝は全てを燃やし尽くし、消し去り、消滅させるもの。大いなる破壊をもたらし、それを持って即ち新たなる再生への贄と化せ』
呪文の詠唱と共に巨大な炎球が浮かび上がる。
そこまでは先程と一緒だったが、その威力その物は先程よりも大分低い。
……それでも、普通なら信じられない程の威力になっているのだが。
『灼熱の業火!』
魔法が発動し、放たれた炎球は灼熱の地獄で燃え続けているネクロゴーレムに向かい……着弾する。
レイの魔力を凝縮されたその炎の威力は高い。
灼熱地獄を更に一段階凶悪になるくらいの、そんなダメージをネクロゴーレムに与え……そんな灼熱地獄の中、最初は動き回っていたその姿も、時間が経つに連れて燃えていき、やがて炭と化し、灰と化し……次第にその姿は小さくなっていき、最終的には全てが燃えつきるのだった。




