2866話
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聖なる四会合を行う為の建物は、既に数時間前までの様子とは全く違う姿を見せていた。
それこそ建物の残骸と呼ぶに相応しいような、そんな状況。
二階は既に崩れており、残っているのは一階部分のみ。
その一階部分も、ネクロゴーレムの振るう腕や足によって次々と破壊されていき……今はもう、見る影もない。
そんな最後の部分も、次の瞬間にはネクロゴーレムの振るう一撃によってあっさりと破壊され……
「セト、行くぞ!」
「グルゥ!」
建物が完全に破壊されたのを確認した瞬間、レイはセトに呼び掛ける。
セトはそんなレイの言葉を聞いて即座に反応。
レイを背中に乗せたままで走り出し、数歩の助走で空に舞い上がる。
そんなセトの背の上から、レイは自分が先程までいた場所……より正確にはオルバン、ローベル。ドワンダ達のいた場所に一瞬視線を向ける。
しかし、既にそこには誰の姿もない。
ネクロゴーレムがまだ建物を破壊している間に、大通りにいる者達を避難させる為、そしてドーラン工房以外の工房やゴーレムを所有している者達に協力を要請し、それを受けてくれた相手と連絡を取り合ってゴーレムを動かす為に動いていた。
(とはいえ、出来ればもう少し建物を破壊するのに時間が掛かって欲しかったんだけどな)
オルバン達が移動してから、まだ十分かそこらしか経っていない。
そうである以上、大通りの避難はまだ殆ど進んでいないだろう。
それこそ、避難が進んでいないどころかローベルやドワンダの言葉に素直に従っているかどうかも微妙なところだ。
中にはいきなり避難しろと言われても、そんな真似は出来ないと拒否する者がいてもおかしくはなかった。
そのような者が多数いた場合、今この状況で大通りに進んでもそこではまだ誰も避難していないといったようなことになってもおかしくはない。
「けど……だからって、このままネクロゴーレムを好き勝手にさせる訳にもいかないしな!」
「グルゥ!」
レイの言葉に、その通り! と喉を鳴らすセト。
そんなセトは、翼を羽ばたかせてネクロゴーレムとの間合いを詰めていく。
ネクロゴーレムにしてみれば、建物の破壊が終わって一段落したところ……それこそ余韻に浸っている――そのような知性が残されていればだが――ところで、急に邪魔されたのだ。
そんな真似をしたレイ達が面白くないと思うのは当然のことだろう。
今までは無言で行動していたネクロゴーレムだったが、そんなレイとセトに向かって大きく口を開く。
……とはいえ、ネクロゴーレムの頭部は肉塊といった様子なので、その肉塊がいきなり開いたのはレイにとっても驚きだったが。
「セト!」
「グルルルゥ!」
レイの呼び掛けに即座に反応するセト。
翼を羽ばたかせながら、今までいた場所から即座に移動する。
一瞬前までセトのいた場所を、ネクロゴーレムの口から放たれた紫色のブレスが通りすぎていく。
「まだ攻撃手段があったのか!」
一瞬後ろを……ネクロゴーレムの紫の液体のブレスの放たれた方に視線を向けるが、そこは幾つかの建物が溶けていた。
腐液とはまた違った、腐食のブレス。
ある意味でネクロゴーレムらしい攻撃ではあるが、それを放たれる方にしてみれば、洒落にならない威力だ。
せめてもの救いは、この辺り一帯の避難は既に終わっているので、人的被害がないということか。
……ただし、何らかの理由で避難をしろと言われても避難しなかった者がいた場合は、死んでいてもおかしくはなかったが。
「けど……だからって、こっちもやられっぱなしって訳にはいかないんだよ!」
セトの背で叫ぶレイだったが、叫びながらも攻撃するような真似は出来ない。
もしここで攻撃をすれば、腐液による緑の毒煙が生み出されてしまうのだから。
人は避難しているので、毒煙が生み出されてもそれによって死ぬ者はいない筈だが、今の状況では被害が出る可能性があるので止めておいた方がいいというのがレイの判断だった。
そうである以上、今出来るのは攻撃をするのではなくネクロゴーレムの側を移動することによって相手の注意を惹き、排除すべき相手と認識させること。
その動きはセトに頼るしかない。
セトはレイの頼みを叶えるべく、ネクロゴーレムから離れては近付くといった真似を繰り返す。
その度にネクロゴーレムはセトに攻撃をするものの、セトは素早く……それこそ優雅と評してもいいような動きでその攻撃を回避し、ネクロゴーレムを挑発する。
そんな行動を繰り返すこと、十分程。
何度追い払っても延々とちょっかいを掛けてくるセトの存在に、ネクロゴーレムも苛立ちを覚えたのだろう。
今までは建物の側にいたものの、いよいよセトの存在が面倒になったと判断したのか一歩を踏み出す。
皮膚の存在しない、肉だけが見えるその足。
しかしそれによる一歩は、レイが予想していたよりも素早い。
建物を壊している時の動きから、ネクロゴーレムの動きはもっと遅いのだろうとレイは思っていた。
しかし、そんなレイの予想は完全に外れた形となり、ネクロゴーレムの動きは素早い。
勿論、それはレイやセトより素早いという訳ではないので、全く対処出来ない訳でもなかったのだが……
「っと!」
セトを追ってくるネクロゴーレムの口から、再び紫色のブレスが放たれ、セトは翼を羽ばたかせながらその一撃を回避する。
その揺れにレイもまたセトの負担にならないように体重を移動する。
(とはいえ、ネクロゴーレムの移動速度が速いのは、大通りの避難に使える時間が少なくなるという意味で面倒なことになるな。……まぁ、移動速度が遅ければ、その分だけこっちにとっても面倒なことになるんだろうし)
移動速度が速ければ、大通りの避難が間に合わなくなる。
だが同時に、移動速度が遅ければネクロゴーレムによって周辺にブレスを放ったり、触手による攻撃を行ったり……そんなことになる以上、どちらでもエグジニスの街並みに被害が及ぶのは間違いない。
とはいえ、移動速度が遅くてブレスや触手による攻撃が行われても、建物は破壊されるかもしれないが、人は逃げていてそちらに被害は及ばない可能性がある。
そう考えれば、やはりここはネクロゴーレムの足が遅い方がレイにとっても都合がいい筈だった。
「セト、大変だろうが頑張ってくれ。俺達の行動次第で、エグジニスの住人にどれだけの被害が及ぶのかが変わってくるんだ。そうである以上、ここは俺達が頑張るしかない」
「グルルルゥ!」
任せて! とレイの言葉に喉を鳴らすセト。
背後の様子を警戒しつつ、そんなセトの首の後ろを撫でていたレイだったが……
「っ!? マジか!?」
セトが飛んでいる場所から少し離れた建物の近くに、十代後半から二十代前半くらの数人の男達がいることに気が付く。
避難するように指示が出ているのに、何故このような場所にまだ残っているのか。
それはレイにも分からなかったが、このままネクロゴーレムが移動すれば、男達のいる建物が被害を受けるのは間違いない。
移動経路を変えるか?
一瞬そう思ったが、ここで下手にセトが移動する方向を変えた場合、大通りに行くまでの被害が間違いなく多くなる。
「退けぇっ! 今すぐ俺達の進行方向とは違う方に逃げろ!」
叫ぶレイの言葉に、近付いて来るネクロゴーレムに圧倒されていた男達は、呪縛を解かれたかのように走り出す。
その走っていった方向がセトの進む方向とは違うことに、レイは安堵する。
とはいえ、大通りに出るまではまだかなりの距離があるのに、ここでこのようなことが起きるとなると、先が思いやられる。
(オルバン達も、しっかりと避難を徹底……いや、この短い時間では無理か)
元々ネクロゴーレムが聖なる四会合を開く建物を完全に破壊するまで、あまり時間がなかったのだ。
そうである以上、大通りやそこに続く道から、全員を完全に避難させるといったような真似が出来る筈もない。
素直に避難の指示に従うのならまだしも、中には急に言われても避難出来ないような者がいる可能性もあるし、それ以外では上からの命令に素直に従うのを嫌って……という者がいてもおかしくはない。
今レイが見たのがそのどちらの理由なのか、あるいはそれ以外の別の理由なのか……その辺は分からなかったが、とにかくネクロゴーレムの進路上にいるのは間違いのない事実だ。
(どうする? これからそんな連中がいたら助ける? それは論外だろう)
一瞬頭の中で助けた方がいいのでは? といった考えが思い浮かんだものの、それはすぐに却下する。
今のレイとセトは、ネクロゴーレムにちょっかいを出しすぎたせいで狙われているのだ。
元々がネクロゴーレムを苛立たせて大通りに連れ出すというのが目的だった以上、それは当然のことだ。
そのような状況になっているのに、今この場でレイとセトが避難していない者のいる場所に向かう訳にはいかない。
そのような真似をすれば、それこそより危険度が増すだけなのだから。
レイがセトから降りてそちらに向かうといったようなことも考えたが、避難していないのが少数だけとは限らない。
であれば、他の者達を見つける度にセトから降りてそちらに行くのかといったようなことになってしまう。
レイにしてみれば、そのような面倒な真似はしたくないし……何より、ネクロゴーレムがレイとセトを揃った状態で敵と見ている可能性も否定は出来ない。
そうである以上、短時間とはいえレイとセトが別行動となった場合、ネクロゴーレムがどちらを狙ってくるのかが分からない。
セトを狙うのならまだしも、レイの方に向かってくる可能性も皆無ではないのだ。
そのような状況である以上、レイとしては取り残された者達に対して特に助けの手を差し伸べるような真似はせず、そのままスルーした方がいいと判断した。
……とはいえ、それでも意味もなく死ぬというのは後味が悪いので、微かにではあるがセトの進行方向を変えて、ネクロゴーレムが取り残された者達のいる建物に被害を与えないようにといったような真似はしていたが。
だが、そんなレイの目論見によってネクロゴーレムは逃げ遅れた者達のいる建物の向かいにある別の建物にぶつかることになり、そうしてぶつかった場所から腐液が零れ落ち、地面や建物に触れると緑色の毒煙を生み出す。
「ちっ、本当に厄介だな!」
レイにしてみれば、今このように面倒なことになっている最大の理由が、あのネクロゴーレムの腐液だ。
触れただけで地面や建物が溶けるといった威力を持ち、その上で溶ける時には強力な毒の煙を生み出す。
そういう意味では本当に厄介な代物なのだ。
あの腐液がなければ、聖なる四会合を開いた建物のあった場所で倒すような真似も出来たのだが。
「グルルルルゥ!」
セトが鋭く鳴き、翼を羽ばたかせてその場から回避すると、セトのいた空間を触手が貫いていく。
「な……触手の射程範囲が伸びてる!?」
それはレイにとっても驚くべきことだった。
セトはネクロゴーレムの放つ触手の間合いをしっかりと確認し、触手の攻撃が届くか届かないかといったような距離を飛んでいた。
だというのに、今のネクロゴーレムの触手による攻撃は、明らかに先程までであれば届かない距離であったにも関わらず、セトのいた場所を容易に貫く程の間合いを見せたのだ。
セトが間合いを間違ったのか?
そう考えもしたが、セトに限ってそのような真似をするとは思えない。
だとすれば、もっと別の理由……例えば急にネクロゴーレムの放つ触手の一撃の射程距離が伸びたと考える方が正しかった。
(けど、何でだ? 人の死体を吸収したといったようなことはない筈だし……だとすれば、やっぱり建物とかそういうのを吸収してるのか? さっき建物にぶつかった時に吸収したのか?)
聖なる四会合の建物を破壊していた時も、死体を吸収している訳でもないのに何故か大きくなっていた。
その時のことを考えれば、先程ぶつかった建物を破壊した時にそれを吸収したといった可能性もない訳ではない。
(こうなると、建物にも接触するような真似は出来ないな。大通りではゴーレムが建物を破壊したり、屋台を移動させたりしてネクロゴーレムがこれ以上大きくならないようにして欲しいんだが……というか、もしかしてゴーレムも吸収したりとかはしないよな?)
死体を吸収し、建物の残骸を吸収しているネクロゴーレムだ。
そう考えれば、大通りにいるだろうゴーレムを吸収するといった真似をしてもおかしくはなく……そういう意味では、レイにとって大通りに向かうのは危険なような気がするのだが、それでもネクロゴーレムを街中で自由にする訳にはいかない以上、行動する必要があるのだった。