2865話
レイの口から出た、援護要請を出したゴーレムをどう使うか。
その事は、多くの者が悩む。
これで相手がネクロゴーレムでなければ、戦力として数えてもよかったかもしれない。
しかし、少しでも傷をつけるとそこから腐液が漏れ出し、その腐液に触れると猛毒となる緑の煙を周囲に撒き散らかす。
実際に前線に立つのはゴーレムなので、触れると溶ける腐液はともかく緑の煙は特に気にするようなことはない。
……ただし、当然ながらそれを気にしなくてもいいのはゴーレムだけで、もし周囲にまだ人が残っていた場合は、それが致命傷となってもおかしくはなかった。
そしてエグジニスは街としてはかなり大きく、ギルム程ではないにしろ準都市と呼んでもいいような規模を持つ。
そのような大きさを持つだけに、ネクロゴーレムの移動経路にいる者達が全て無事に退避出来るかと言われれば、難しいだろうとレイには思えた。
そうなると、やはりゴーレムで攻撃をするというのは却下となる。
「ネクロゴーレムの身体は、見た目は皮膚のない筋肉といったような感じだが、少し強い衝撃を与えただけで腐液が出て来る。そうなると、街の外に誘き寄せるにしても途中の建物に触れただけで肉が裂けて腐液が出る可能性が高い。そうならないようにする為には、ネクロゴーレムの移動する途中にある建物を破壊する必要があるんだが、それをゴーレムにやって貰うのはどうだ?」
「建物を破壊? それは……いや、だが、そうしなければ周囲に毒煙が撒き散らされることになるのか」
オルバンが厳しい表情でそう告げる。
レイが口にした、建物を破壊するという言葉に不満そうな表情を浮かべていた者もオルバンの説明を聞けば納得するしかない。
「で、では……せめて建物を壊さないような通路を移動経路にするというのはどうでしょう?」
ローベルの提案に、話を聞いていた何人かが嬉しそうな表情を浮かべる。
通路というのは当然のように街の門に繋がっている。
正門は勿論、他にも幾つかある門に。
そういう意味ではローベルの言葉は正しいのだが……
「ネクロゴーレムの大きさを考えると、周囲に被害を与えないように移動する場合、大通りを通る必要がある。そして大通りには当然ながら多くの客がいるだろう。……そういうのをゴーレムで強引に移動させるってのもいいのかもしれないが、それはそれで時間が掛かるだろうな」
「それは……」
「強引に移動させるといった場合は、それこそ注意する必要が出て来るだろうし」
「それは……」
レイの言葉に、ローベルは同じ言葉を二度繰り返す。
大通りだけに人が多くなるのは当然の話だった。
そうである以上、ネクロゴーレムをそちらに連れていった場合、死体を取り込むといったような真似を……いや、場合によっては死体どころか大通りにいる者達を生身のままで取り込むといった可能性も否定は出来ない。
「一度決めたことなら、迷うな。ここでどうするかを考えていて、今よりもいい方法が思いつくか? いや、思いつくかもしれないが、それでも思いつかない可能性の方が高い。そうである以上、今はまず行動に移す必要がある」
ドワンダの言葉は、ローベルを叱るようでいながら励ますようでもあった。
そんなドワンダの言葉を聞き、ローベルは動揺した様子を見せながらも頷く。
ローベルは気が弱いところがあるが、それでもエグジニスを動かす四人の中の一人として今までしっかりと活動してきた。
そうである以上、それをやらなければならないと理解すれば、ここで行動しないという選択肢はない。
「わ、分かりました。で、では方針を説明します。ネ、ネクロゴーレムは大通りを通って正門まで移動させ、そこから外に出します。そ、そして外に出した後はレイさんによる攻撃で倒して貰います。そ、それで問題ないでしょうか?」
ローベルの決めた内容は、間違いなくエグジニスに大きな被害を与えるだろう。
だが、もしここで決断しなかった場合、大通りを使って街の外に連れ出すといった真似をするよりも、エグジニスに与える被害は大きくなるだろう。
あるいはもっと被害が少なくなる方法があるのかもしれないが、今この状況ですぐに思い浮かべるようなことは出来ない。
であれば、ここはローベルの指示に従うのが最善なのは間違いなかった。
「なら、他の工房や所有者から借りたゴーレムは、どうする?」
オルバンは既に大通りを使ってネクロゴーレムを移動させるということを念頭において、借り受けるゴーレムをどう使うのかと尋ねる。
ローベルの言葉を素直に受け入れているのは、同盟者だからというのも大きい。
「お、大通りに向かわせます。や、屋台がかなり出ているので、それを移動させる必要があります。と、当然ですが被害を与えた分は後で補償することにします」
大通りにある屋台を半ば破壊する必要があると考えると、それは大きな不満を抱く者も相応に出てくるだろう。
それでも、ここでローベルが決断を下せない場合はエグジニスにおける被害がどれだけのものになるのか分からない。
レイはそれが分かるからこそ、大通りを通って正門に向かい、ネクロゴーレムを街の外に出すといった提案に反対はしない。
しないが……
「ネクロゴーレムの大きさを考えると、正門から外に出すにはちょっと問題じゃないか? あの大きさだと……」
エグジニスの正門は、普通の街の正門よりも大きい。
それはエグジニスがゴーレム産業で栄えている街だからであって、購入したゴーレムを運び出す必要がある為だ。
しかし、普通に売ってるゴーレムと比べても、更にネクロゴーレムは巨大すぎた。
元々が十m程の大きさだったのだが、先程レイが改めて接触した時は、既に十一mを越えていた。
今の状況でも正門よりも大きいのに、移動している途中に人を含めた何かを吸収して今よりも更に大きくなったらどう対処するのか。
そんなレイの疑問は、ドワンダが渾身の笑みを浮かべて問題はないと言う。
「エグジニスの門の上の部分は展開して開くようになっているし、左右にもより広く開けるようになっている。ゴーレム産業で街を栄えさせる以上、ゴーレムが街から出られませんなどということになったら、洒落にならんからな」
この辺りの用意周到さは、エグジニスを動かす四人のうちの一人に選ばれるだけのことはあるのだろう。
「そうか。なら、問題ないな。……ちなみに、本当に今更の話だが、ネクロゴーレムを街の外まで誘導するのは俺がやるってことでいいんだよな?」
「そうだな。正直なところ、レイに頼りすぎなような気もするが、あのようなネクロゴーレムに殺されずに誘導するとなると、レイくらいしか出来る奴はいない」
「だろうな」
レイもオルバンの言葉には同意する。
ネクロゴーレムの全身から放たれる触手は、普通なら回避するのは難しい。
手からだけならともかく、身体のどこからでも触手を放てるというのは、非常に厄介なのは間違いなかった。
セトだからこそ回避出来たその攻撃は、その辺の冒険者に任せるといったような真似をした場合、あっさりと殺されて死体は吸収されるだけだろう。
……そもそも、それ以前に十mを越える大きさを持つネクロゴーレムにとって、足元を移動する冒険者の存在に気が付くかどうかといった問題もある。
そういう意味では、やはり空を飛ぶことが出来てネクロゴーレムの視線と同じ位置まで上がることが出来るセトと、そのセトに何かあった時は即座に対応出来るレイの一人と一匹が最善なのは間違いなかった。
「悪いな」
「気にするな。報酬は昨日の宝石で十分だから。……ただ、高品質なポーションがあったら、ある程度の量を報酬として渡してくれると助かる」
「で、では、それはこちらで用意します」
レイとオルバンの会話を聞いていたローベルは、自分がポーションを用意すると言う。
ローベルの有している商会は、エグジニスでも有数の商会だ。
そうである以上、高品質のポーションを用意するのは難しい話ではないだろう。
「では、ついでだ。こちらでも用意するとしよう」
ドワンダがローベルだけに報酬を用意させるのはどうかと、そう言ってくる。
とはいえ、ドワンダの言葉は全てが善意からという訳ではない。
ここでレイに報酬を渡すということは、ネクロゴーレムの討伐を依頼したという形になる。
かなり強引ではあったが、形式が整っている以上はドワンダなら問題なくそういうことにするだろう。
ドワンダはダイラスによる襲撃で大きな怪我をしており、この戦いが終わった後は今の地位を引退することになる。
最後の花道という意味もあるし、自分の後継者となる息子に少しでも有利な状況で地位を譲りたいという思いもあった。
そういう意味では、ここで箔を付けるというのは大きな意味を持つ。
……もっとも、だからといって自分の手柄を主張する為にレイの邪魔をするような真似は全く考えていなかったが。
「分かった。なら、そういうことで。……で、そうなると大通りの方の準備が終わるまで俺は待機でいいのか? もっとも、あの様子を見ると俺が待機していられるような時間はもう殆ど残ってないが」
レイの視線が向けられた先では、ネクロゴーレムが聖なる四会合が開かれる建物を壊していたのだが、十m以上の巨体であるとなると、当然だが建物を全壊させるのにそこまで時間は掛からない。
そしてネクロゴーレムが建物を破壊し終わった後、一体どのような行動に出るのかはレイにも分からなかった。
最善なのは、やるべきことがなくなったと判断して動きを止めることだろう。
だが、レイはネクロゴーレムの様子を見ている限り、そのような最善の結果になるとは思えなかった。
それこそ、周辺にある建物を破壊するか……場合によっては、自分の身体をもっと大きくする為に人を殺して回るといったようなことにすらなりかねない。
ネクロゴーレムがどのような動きをするのか分からない以上、現在壊している建物を全て破壊したら、即座にレイとセトがそれに介入するしかない。
ただし、そのように介入する際には腐液を出さない為に攻撃を命中させるような真似は出来ない。
(というか、建物を壊すのに結構衝撃とかがあると思うんだけど、何でそれで腐液とかは出してないんだ? 考えられるとすれば、腐液を出すかどうかはネクロゴーレムが自分で決められるとか? いや、けどそんなことを判断出来る知能が残ってるとは思えないし)
その辺りは疑問だったが、結局のところ今自分がここで何を考えても意味はないだろうと判断し、首を横に振ってそれを否定する。
「レイ? どうした?」
「いや、何でもない。とにかくネクロゴーレムが建物を壊し終えたら俺は誘導するように動き始める。……出来るだけ攻撃をして腐液を出させないようにはするけど、それも絶対とは言えない」
そんなレイの言葉に、声を掛けてきたオルバンを始めとした他の面々は苦々しい表情を浮かべながらも頷く。
ネクロゴーレムを誘導する必要がある以上、そのような行為をしなければならないのは間違いない。
それは分かっているが、改めてレイの口からそれを聞かされると苦々しく思ってしまうのは当然の話だった。
「それは分かっている。ネクロゴーレムを誘導する以上、そのような真似をしなければならないのも理解はしている。だが……それでも、出来れば攻撃は最低限にして欲しい」
「分かっている。俺も好き好んで周囲に腐液や毒を撒き散らかしたいとは思わない。ただ、それによって間違いなくある程度の被害は出るものだと思ってくれ」
「……ああ」
レイの言葉に、オルバンや他の者達も頷く。
もしそのような真似をするなと言われれば、レイがネクロゴーレムを誘き寄せるのはかなり難しくなるだろう。
オルバン達もそれが分かっているからこそ、レイの言葉に頷いたのだ。
「分かっているならいい。なら、こっちも準備をしておく。そっちも出来るだけ早く動いてくれよ。大通りの方の準備が出来ているかどうかに関わらず、ネクロゴーレムが建物を壊し終わったらこっちもいつ行動に出るのか分からないんだからな」
ネクロゴーレムの狙いが読めないというのが、レイにとっては非常に厄介だった。
ダイラスが核となっている筈なのに、ダイラスの考えとは全く違う行動を取っているように思えるのだ。
一体なにがどうなってそのようなことになっているのか……それはレイにも分からないし、分からないからこそ、ネクロゴーレムの次の行動が分からないという一面がある。
レイの言葉に話を聞いていた者達は頷き、それぞれ行動に出るのだった。