2863話
レイの説明に、話を聞いていた者達は顔を引き攣らせた。
当然だろう。レイが言ったのは、自分ならネクロゴーレムを倒すことは出来るが、そうした場合はエグジニスに大きな被害が出て……最悪の場合、エグジニスという街そのものが壊滅するかもしれないというものだったのだから。
「そ、そんな……な、何とかなりませんか?」
真っ先にレイに向かってそう尋ねてきたのは、当然のようにローベル。
今の話をレイから聞き出したのが自分である以上、そう尋ねるのは自分の役目だと思ったのだろう。
そんなローベルの言葉に、レイは未だに聖なる四会合を開かれる建物を破壊しているネクロゴーレムを一瞥してから、首を横に振る。
「難しいな。俺の攻撃方法では物理攻撃か炎の魔法しかない。あるいは、あのネクロゴーレムが普通のゴーレムならアイテムボックス……ミスティリングに収納するといったような真似も出来るが、ネクロゴーレムの核としてダイラスがいるのなら難しいだろう」
普通のゴーレムを相手にした場合なら、レイが口にしたようにミスティリングに収納することが出来る。
そうなれば、収納してどこか別の場所に運んで周囲に被害を与えてもいいような場所で出して、そこで倒すといった手段もあるし……それ以前に、ミスティリングに収納したままといった方法もある。
しかし、それはあくまでもミスティリングに収納出来るというのが前提での話であって、ダイラスが生きたままネクロゴーレムの核となっている場合は、それも不可能だった。
「む、難しいということは駄目だと決まった訳ではないんですよね?」
必死の形相でローベルが尋ねるが、レイはそんな相手に対して素直に頷くといったような真似は出来ない。
「俺のミスティリングは、生き物を収納出来ない。ダイラスが生きてる以上、ネクロゴーレムの収納は不可能の筈だ」
「ちょっと待った」
レイの言葉に待ったを掛けたのは、オルバン。
自分の中にある考えを纏めるようにしながら口を開く。
「あのネクロゴーレムってのは、ダイラスが人の死体を吸収してああいう姿になったんだ。死体をそれだけ吸収したということは、ダイラスも死体になっていると、そう考えてもおかしくはないんじゃないか?」
「それは……どうなんだ? ダイラスはまだネクロゴーレムの核として生きてるんだよな? そうである以上、死体であるとは思えないが」
「それでも、あんな真似をしてるんだぞ? ダイラスも既に死んでると思ってもいいんじゃないか?」
「それは……」
オルバンの言葉は半ば無理矢理だ。
しかし、オルバンがそう断言している以上、その可能性は完全には否定出来ないのでは? とレイも思ってしまう。
「レイももしかしたらと思ってるんだろう? なら、一度試してみてくれないか?」
「……簡単に言うけどな、あのネクロゴーレムはかなり強い敵だぞ?」
それはレイにとって当然の話。
ネクロゴーレムから伸びてきた触手の一撃は、セトだからこそ回避出来た速度を持っていた。
そのような攻撃をしてくるネクロゴーレムに触れてミスティリングに収納出来るかどうかを試すのは、かなり厳しい。
また、レイの正直な気持ちを口にすれば、傷口から腐液を出すような相手に触れたいとは思えない。
それはレイの生理的な嫌悪感でもあるが、それ以上に触れた場所から腐液が出てくれば、その触れた部分、具体的には自分の手に何らかの被害が及ぶのではないかと思ってしまう。
「それでも、試して欲しい。今はまだ、ネクロゴーレムは建物を壊すのに集中しているものの、それに飽きた、もしくは建物を壊し終わって別の場所に移動を開始した場合、エグジニスの被害は大きくなる。何も知らない一般人が死ぬのは後味が悪い」
「後味が悪い、か」
オルバンの口から出て来た言葉は、レイにとっても同意出来るものだ。
何も知らない街の住人が、ネクロゴーレムによって大きな被害を受けるというのはレイにとっても面白い話ではない。
ネクロゴーレムが現れた以上、その近くの住人は既に避難していると思ってもいいだろう。
しかしネクロゴーレムが別の場所に向かって移動すれば、その移動先の住人達の避難が間に合うかどうかは微妙なところだろう。
実際には、レイがそこまでエグジニスの住人について考える必要はない。
しかし、オルバンの言うようにそれで何も知らない者達が死んでしまえば後味が悪いのは間違いない。
(いや、後味が悪いだけではないな。人の死体を吸収しているネクロゴーレムである以上、新たに誰かを殺せば死体を更に吸収するといった真似をしてもおかしくはない)
レイの考えすぎかもしれないが、ダイラスが死体を吸収してあのようなことになった以上、再度同じような真似をしてもおかしくはない。
そうならない為には、やはり早めにどうにかする必要があるのは間違いなかった。
「分かった。試してみよう。……ただし、失敗する可能性もあるというのは忘れるなよ」
「お、お願いします」
ローベルはレイにそう言って頭を下げる。
ローベルはエグジニスを動かしている人物の一人だ。
そんな人物がレイに向かって頭を下げるというのは、面子的な問題で本来なら有り得ない。
しかし、ローベルにとっては現在の自分の面子よりもエグジニスが助かる可能性があるのなら、どんな手段を取ってもいいとすら思っている。
ダイラスのようにエグジニスを発展させる為なら何をやってもいい……といった訳ではないが、それでも今の状況を何とかする為に自分が出来ることがあるのなら何でもやるつもりなのは間違いない。
「分かったよ。なら、駄目元ではあるが試してみるか。……ただし、これが失敗した時はどうするのか、それを考えておけよ。俺が今ここで思いつく方法となると、それこそネクロゴーレムを街の外に連れ出すといったくらいしか思いつかない」
「それは……」
セトの背中に跳び乗ったレイの言葉を聞き、ローベルは……いや、オルバンやドワンダ、護衛の者達も揃って深刻そうな表情を浮かべる。
聖なる四会合……このエグジニスを動かす者達が会議を行う場所だけに、当然ながらエグジニスの中央付近にその建物は存在していた。
そのような場所だけに、もしネクロゴーレムを何らかの手段で移動させた場合、当然ながらエグジニスには大きな被害が出るだろう。
これで建物が正門の側にあったりした場合は、被害が出るものの、そこまで大きな被害という訳ではない。
そういう意味では、現在ネクロゴーレムがいるのは最悪の場所だった。
だからこそ、レイが思い浮かべる手段は確実ではあっても被害は大きい。
(グリムに頼むという手段もあるけど……どうだろうな。以前も似たような感じで巨大なモンスターを転移して貰ったが、あの時は前もって約束をしておいたから問題はなかった。けど、今のグリムに連絡してすぐにどうこうといった真似は……試してみる価値はあるか)
困ったことがあったらグリムに頼むというのは、レイも自分でどうかと思うが、それとこれとは話が別だ。
もしここでグリムに頼まずにレイが口にしたネクロゴーレムをエグジニスから連れ出すといった真似をした場合、間違いなく大勢の人が死ぬ。
あるいはこれで死ぬのが兵士や冒険者だけというのであれば、レイもそこまで気に病むことはないだろう。
そのような者達は、危険を承知の上でそのような仕事をしているのだから。
しかし、この場合死ぬのは何も知らない一般人だ。
それはレイにとっても後味が悪い。
とはいえ、グリムについてはまだ連絡を取っていない以上、ここでマジックアイテムで転移させる云々といったカバーストーリーを話すような真似は出来ない。
(ミスティリングに収納出来なかったら、一旦どこかに隠れて、そこで対のオーブでグリムに連絡をしてみるか。……ミスティリングに収納出来れば、それが最善なんだけど)
既に半壊してる建物を、それでも破壊し続けるネクロゴーレムを見ながら、レイはそんな風に考え、口を開く。
「ともあれ、ミスティリングに収納出来るかどうかちょっと試してくる。大丈夫だとは思うが、腐液がここまで飛んでこないとも限らないし、毒の煙が流れてこないとも限らないから、注意しておいてくれ」
そう言うと、レイはセトにネクロゴーレムに向かうように頼む。
セトはレイの頼みに勇ましく喉を鳴らすと、地面を蹴って空を駆け上がっていく。
晩夏、または初秋とでもいうべき季節だったが、そんな季節の空をセトが飛ぶ光景というのは非常に絵になる。
とはいえ、実際に空にいるレイとセトは、そんなことなど全く気にした様子もなかったが。
「セト、恐らくあのネクロゴーレムは、俺達が近付けばまた触手による攻撃を仕掛けてくる。それを回避しながら、一気に敵の懐に飛び込むぞ。……本来なら、触手に触れてしまえば一番手っ取り早いんだろうが」
ネクロゴーレムにとって、触手というのは武器だ。
ましてや、ネクロゴーレムの触手である以上、そのような場所に触れた場合、手が毒で爛れてもおかしくはない。
だからこそレイは触手に触れたいとは思わなかった。
もっとも、ネクロゴーレムの身体も皮膚がなく筋肉が剥き出しになっているような状態で、そこを傷つければそこから腐液が流れ出すのだから、そちらに触れるのもまたかなり厳しい行為ではあったが。
それでも今のエグジニスの状況を考えると、ネクロゴーレムが暴れるよりも前に出来るだけ早くどうにかした方がいいのは当然のことだ。
(怪我をしたら、取りあえずポーションでも貰うとするか)
一応報酬という意味では、ダイラスの金庫のゴーレムに入っていた大量の宝石を貰っている。
それでもついでに怪我をしたらポーションの類を貰っても、そんなに悪くはないだろうと、そうレイには思えた。
「グルルゥ!」
セトが鳴き声を上げつつ、翼を羽ばたかせて急激に移動する。
次の瞬間、ネクロゴーレムから放たれた触手がセトのいた場所を貫く。
「って、また大きくなってないか?」
建物の破壊を中断し、右手をセトに向けて触手を放っているネクロゴーレムを見て、レイはふと先程よりも大きくなっているように思えた。
それが本当にそうなのかどうかは生憎と確信はなかったが、それでもそんな風に思ったのは間違いのない事実。
(けど、死体はもうない筈だよな? いやまぁ、もしかしたら吸収出来なかった何人分かの死体はあるかもしれないけど、それでもあそこまで急激に大きくなるような死体はなかった筈……と思いたい)
結局のところ、レイはダイラスがネクロゴーレムになったところを見てはいない。
そうである以上、具体的にどのくらいの死体によって今のような大きさになったのかが分からない。
(あるいは……もしかして、瓦礫を吸収してるとか、そういうことはないよな? 死体のゴーレムなんだし、そんなことはないと思うけど)
もし瓦礫をも吸収して大きくなるのであれば、それはレイにとっても非常に厄介なのは間違いない。
「セト、このまま相手を好き勝手に行動させると、際限なく大きくなる可能性がある! 今はまず、ミスティリングに収納出来るかどうか、試してみよう!」
「グルゥ!」
レイの言葉に頷き、セトは再度放たれた触手の一撃を回避して、そのまま一気にネクロゴーレムとの間合いを詰める。
ネクロゴーレムは、当然のように触手を伸ばしてくるが……最初はともかく、何度か攻撃をされ、その速度にもある程度は慣れたのだろう。
セトがネクロゴーレムの攻撃を回避するのは、そう難しくなくなっていた。
勿論、楽に攻撃を回避出来ているという訳ではない。
それでも以前と比べれば、ある程度の余裕があるのは間違いなかった。
「よし、いいぞセト。そのままネクロゴーレムとの間合いを詰めていけ!」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に、任せて! と喉を鳴らしながら翼を羽ばたかせるセト。
ネクロゴーレムとの間合いが詰まれば、当然のように攻撃速度は上がる。
しかし、それでもセトはもう慣れたと言わんばかりに、全く問題なく空を飛び、ネクロゴーレムとの間合いを詰めていく。
そうしてもう少しでレイが触れられる……というところで、ネクロゴーレムの様子を見ていたレイは不意に叫ぶ。
「セト、下だ!」
「グルゥ!」
間髪入れずレイの指示に従うセト。
その指示が正しかったことは、次の瞬間に証明される。
今までは両腕から放たれていた触手だったが、間合いが近付いたことも関係してか、胴体から大量の触手が放たれたのだ。
それをレイの指示で下に潜り込んだことで回避したセトは、そのままネクロゴーレムとの間合いを詰め……
「今だ!」
鋭く叫んだレイが手を伸ばし、ネクロゴーレムに触れてミスティリングに収納しようとするも……
「駄目だ!」
収納出来ず、叫んだレイの言葉を聞いたセトは、翼を羽ばたかせて素早くネクロゴーレムから距離を取るのだった。