2861話
「駄目だったか」
「ああ、悪い」
ミルスの言葉に、ドーラン工房から出て来た冒険者達が謝罪の言葉を口にする。
とはいえ、ここで冒険者が謝る必要は本来ない。
ドーラン工房にあった避難部屋。
そこにいた者達を何とか説得して建物の外に連れて来たのだが、その中にはレイが捕らえたような男のようにドーラン工房の裏について知っている者はいなかった。
その件について謝ったのだが、その避難所にそのような者達がいなかったのは、別にそこに向かった冒険者達が悪い訳ではない。
勿論、避難部屋の中にドーラン工房の裏と関わっている者がいて、冒険者のミスでその相手を逃がしたというのなら謝ってもおかしくはないが……そういう流れではない。
「セトの方は……あの様子だと、見つけてないみたいだな」
ドーラン工房から戻ってきた冒険者達とミルスの会話を聞いていたレイが、上空を見ながらそう呟く。
レイの視線の先では、セトが現在も空を飛んでドーラン工房の周辺を見て回っていた。
レイはセトにそのように頼んでおきながらも、恐らくドーラン工房から逃げ出した者をセトが見つけるのは難しいだろうと判断していた。
何しろ、ミルス達が捕まえた錬金術師達もドーラン工房から隠し通路を使って逃げた相手だったのだから。
レイとしては、隠し通路を移動した先で何故すぐに他の場所に逃げ出さずにいたのかが、理解出来なかったが。
「なら、セトはもう戻してもいいんじゃないか?」
「念の為だよ。ほぼないと思ったから、そこで手を抜いたところで、実は……という可能性も否定は出来ないだろ?」
そうレイが言うと、ミルスも頷く。
地下通路があっても、相手の意表を突くという意味で地下通路を通らずに敢えて地上を移動して逃げる……といったような者もいる可能性は否定出来ない。
本当にそのような者がいるのかと言われれば、正直なところ分からないのだが。
それでも万が一の可能性があるのなら、そうしておいた方がいい。
(またゴーレムが出て来たりとか、セトじゃないと駄目な何かがあれば、話は別だろうが)
レイにしてみれば、取りあえず現在はセトに急いで何かをして貰う必要もないので、今のように空から警戒して貰っているだけなのだが。
「それより……ん?」
これからどうするのか。
そうミルスに聞こうと思ったレイだったが、不意にその視線が逸らされる。
そしてミルスや他の冒険者達も、レイの視線の先を追う。
するとそこには、レイ達のいる方に走ってくる冒険者の姿があった。
一瞬敵か? とも思ったレイだったが、その冒険者はレイやミルス達が自分の方を見ていると知ると、大きく手を振る。
もしドーラン工房に雇われた……もしくはダイラスに雇われた冒険者なら、ここでわざわざレイ達に向かって手を振るような真似はしないだろう。
それはつまり、レイ達に対して何か用事があって走ってくる人物であるということを示していた。
「あれは……ミョナか?」
走ってくる男はミルスの知り合いだったらしく、そんな風に男の名前を呟く。
改めてレイもそのミョナという男の顔を確認してみると、その男は聖なる四会合を開かれた建物の中でダイラスと戦い、生き残った数少ない一人で、レイにもその顔には見覚えがあった。
「ドワンダさん達のところに残してきたあいつが来るってことは……何かあったのか?」
ミョナという男がやって来るのを見て、ミルスは嫌な予感を覚えながらそう呟く。
実際、今のこの状況で一体何をしにやって来たのかといったようなことを疑問に思うと、レイもそんなミルスの嫌な予感に同意することしか出来ない。
「取りあえずあいつの話を聞いてから、どうするか決めればいいんじゃないか?」
避難所から連れて来た者の中に目的の者達が一人もいなかったことでミルスに謝っていた男がそう告げ、レイ達もその言葉は正しいと思えたので素直にその言葉に頷き……そして少しでも早く話を聞いた方がいいだろうと判断し、走ってくるミョナの方に近付いていく。
そしてミョナが、レイ達の側までやって来ると真っ先にレイに向かって叫ぶ。
「レイ、悪いけど聖なる四会合をやった建物に戻ってくれ!」
突然のその言葉に、レイも一瞬意表を突かれ……そして、ドーラン工房に視線を向ける。
「もしかして、ドーラン工房から逃げ出した連中がダイラスを助けに行ったのか? ゴーレムとかは持ち出せる余裕はなかったと思うが……」
「違う! いや、ある意味では似たような感じかもしれないが……ダイラスさん……いや、ダイラスが死体を取り込んで巨大なゴーレムっぽい感じになって暴れてるんだよ!」
「……はぁ?」
ドーラン工房の錬金術師がゴーレムを率いてダイラスを奪う為に行動したと思ったレイだったが、ミョナの口から出たのは予想外の一言。
「一体どういう……いや、とにかくお前が来たってことは、暴れているダイラスはあそこに残った戦力だけでは押さえられないんだな?」
建物の中にいた者達は、雇っていた者が腕利きであると判断して聖なる四会合を行う建物の中に連れて行った者達だ。
そうである以上、そこにいる者達は相応の戦力として期待出来るのは間違いない筈だった。
だが、こうしてレイを呼びに来たということは、向こうに残してきた戦力ではどうしようもなかったということを意味している。
(死体を取り込んだ……いわゆる、ネクロゴーレムって奴か。ある意味、ネクロマンサーの技術を使っているドーラン工房のゴーレムとしては相応しいな。ダイラスがどうやってあそこまで圧倒的な力を手に入れたのかは分からなかったが、話を聞く限りではそれが原因っぽいし)
恐らくは、ネクロゴーレムの核となるように調整されたのだろう。
ダイラスの立場として、何故自分にそのような真似をしたのか……それは正直なところ、レイにも分からない。しかし、今の状況を考えるとその予想はそんなに間違っていないように思える。
「死体のゴーレム……取りあえずネクロゴーレムとでも呼んでおくが、そのゴーレムをそのままにしておく訳にもいかないか。ミルス、ネクロゴーレムの方には俺が回るけど、いいか? 俺とセトがネクロゴーレムの方に回れば、ここでゴーレムが出て来た時はお前達で対処する必要があるが」
最初にあれだけの数のゴーレムを倒したのだから、もうゴーレムは出て来ないとレイは予想している。
だが、それはあくまでもレイの予想でしかなく、そういう意味ではもしかしたらまだドーラン工房の中に隠れている錬金術師がいて、ゴーレムを出す機会を窺っている可能性も否定は出来なかった。
レイとセトがいなくなれば、当然だがミルス達が出現したゴーレムと戦う必要がある。
「構わない。ネクロゴーレムか。その名前に相応しい姿だな。……そのような敵は出来るだけ早く倒してくれ。そんなのが街中で暴れていると考えれば、落ち着いてドーラン工房を調べるような真似も出来ない。……それで、聞くのは忘れていたが、ダイラスは死体を取り込むという話だけど、ドワンダさんとローベルさんは無事なのか?」
ミルスは真剣な様子でミョナに尋ねる。
ダイラスがネクロゴーレムと化し、ルシタニアはそのダイラスに殺された。
そうである以上、もうこのエグジニスを動かす上で残っているのは、ドワンダとローベルの二人しかない。
レイとしては、オルバンが二人の――正確にはローベルだが、一緒に行動しているので――護衛をしている以上、そう簡単に殺されるようなことはないと思う。
ただ、ネクロゴーレムについては聞いただけなので、実際にどのような力を持っているのかは分からないのだが。
ドーラン工房の作った――という表現は正しくないのかもしれないが――ゴーレムであり、しかもネクロマンシーを使ってゴーレムの核にしていたのを考えると、相応にネクロマンシーについて高い知識があってもおかしくはない。
そう考えると、やはり相応の戦闘力を持っているだろうというのがレイの予想だった。
「無事だよ。その……護衛の人がネクロゴーレムが暴れ始めたのを見た瞬間に二人を連れ出した」
この場合の護衛の人というのは、間違いなくオルバンの事だろう。
ミョナがオルバンの正体について知っているのか、それとも何も知らずただ腕利きの護衛と判断しているのか。
その辺はレイにも分からなかったが、取りあえずローベルが無事だというのがはっきりしたのは助かった。
「そうか。じゃあ、俺はさっさとネクロゴーレムを倒しに向かう。……セト!」
「グルルルルルゥ!」
レイの声を聞き、空を飛んでいたセトは真っ直ぐ地上に向かって降下してくる。
危なげなく地面に降り立ったセトの頭を撫でながら、レイは頼む。
「セト、さっきまで俺達がいた建物で敵が暴れているらしい。それを倒したいんだが、一緒に来てくれるか?」
「グルゥ!」
レイの頼みに、セトは勿論! と喉を鳴らす。
セトにしてみれば、大好きなレイの頼みを聞かない筈がない。
ましてや、誰かが研究所から脱出するかもしれないと空を飛んでいたのに、結局そのような相手はいなかったのだ。
逃げた者達は隠し通路や地下通路を使って逃げたので、空を飛んでいるセトが見つけられないのは当然の話だった。
あるいは、地下通路を移動してドーラン工房から離れた場所にある建物まで移動し、その建物から出る……といったようなことはしているかもしれないが、セトもそんな状況では建物から出て来た敵を確保するといった真似は出来ない。
結局ただ空を飛んでいただけで、特に何もしていなかったのだ。
そんな暇なセトにしてみれば、レイの頼みを聞いて他の場所に向かうのは何の問題もない……どころか、寧ろ望むところだった。
「じゃあ、セトもこう言ってるし、俺はネクロゴーレムを倒してくる」
レイがセトと一緒に行くのは、やはり地上を走るよりもセトに乗って飛んだ方が圧倒的に速い為だ。
本来なら街中で従魔に乗って空を飛ぶというのは違法行為なのだが、今のエグジニスではそのような行為をしても問題はない。
レイはセトの背に乗る。
セトはすぐに走り始め、翼を羽ばたかせて空を駆け上がっていく。
地上ではミルス達がそんなレイとセトに、少しでも早くネクロゴーレムを倒してくれるようにと祈るのだった。
「うわ、あそこまででかくなるのか? 死体を吸収したって話だったが、建物の中にあった死体はそこまで多くはなかったと思うが」
ドーラン工房から飛び立ったセトは、それこそ一分も掛からずに目的の場所……聖なる四会合を行った建物に到着した。
しかし、現在聖なる四会合を行った建物は、建物というよりも廃墟と呼ぶに相応しい姿になっている。
そんな建物の側では、ネクロゴーレムが建物を壊しているところだった。
(あのネクロゴーレムは、ダイラスが変身……というか、死体を吸収してなったんだよな? だとすれば、その意思はダイラスの筈なんだが、何であの建物を壊してるんだ?)
レイが聞いた話によると、あの建物は聖なる四会合を行う為に特別に建設されたというものの筈だった。
言ってみれば、エグジニスを動かしている者達にとっては象徴的な建物と認識されているような場所。
なのに、何故ダイラスの意識があるだろうネクロゴーレムがその建物を壊しているのか。
正直なところ、レイにはその辺は全く理解出来なかった。
(あるいは、ネクロゴーレムになったことによって、ダイラスの自我はないのか? もしダイラスの自我があれば、恐らくああいう真似はしないと思うし。だとすれば……そういう意味でも、余計に危ないってことになるな)
今はネクロゴーレムは聖なる四会合が開かれた建物を壊すことに集中しているように思える。
しかし、それはあくまでも今の話だ。
これで時間が経った場合、他にどうなるのか。
生憎とそれはレイにも分からなかった。
「セト、あのネクロゴーレムを倒すぞ。……それにしても、本当に大きくなってるな」
ミョナから、何故かかなり大きくなっているという話は聞いていた。
建物の中にあった死体を吸収しても、それより大きくなっていると。
しかし、ダイラスの……ネクロゴーレムの大きさは、レイが予想していた以上のものだった。
何故あそこまで大きくなったのかは、生憎とレイにも分からない。
しかし、ネクロゴーレムだからと言われれば、不思議と納得してしまうところがあるのも事実。
「さて、とにかくこのままって訳にはいかないだろうし……セト、まずは一当てだ、相手の注意をこっちに向けさせる必要もあるしな」
「グルルルゥ!」
レイの言葉にセトは頷き、ネクロゴーレムに向かって降下していくのだった。