2859話
冒険者達と別行動を取ったレイは、女と共にドーラン工房の中を移動する。
当然のように建物の中はゴーレムが強引に移動した影響があり、いつ崩れてもおかしくはないような状態だった。
「これ……私が言うのも何ですけど、本当に大丈夫なんでしょうか? こうして歩いている間に、いつ崩れてくるのか分からないくらいなんですけど」
通路よりも大きなゴーレムが無理に通ったせいか、天井付近には結構な傷がついている。
そんな状況を見ると、それこそいつ崩れてきてもおかしくはないような、そんな状態だ。
それだけに、女が心配するのもレイには理解出来た。
だが同時に、ドーラン工房の建物なのだからそう簡単に壊れるようなことがないだろうとも思う。
「多分大丈夫だろ。ドーラン工房もいつ何かあるのか分からない以上、いざという時の為に建物を頑丈にするくらいのことはしていてもおかしくない。それは部外者の俺よりも実際にドーラン工房で働いているお前の方がよく知ってると思うが?」
「普段からここで生活してるからこそ、こうして壊れているのを見れば心配になるんですよ。……あ、そこの角を曲がった突き当たりです。そこに一番大きな避難部屋があります」
女の言葉に、レイは意識を集中する。
避難部屋にいるのは、恐らく大半が事情も知らないような者達だ。
しかし、その中にドーラン工房の裏について事情を知っている者がいないとも限らない。
だからこそ、いざという時にそんな相手を逃さないようにする必要があった。
案内をしている女と共に、目的の場所に到着する。
レイが扉に手を伸ばそうとすると……
「あ、ちょっと待って下さい。一応中に声を掛けて私達が問題ないと認識して貰わないと。これ、中から鍵が掛かってるので、外から開けるような真似は出来ないんですよ」
「そうなのか? いやまぁ、避難部屋と考えると、ゴーレムの件だけではなくて、誰かが襲撃してきたりとかにも対応する為にそうしてるんだろうけど」
「はい。なので、無理に開けようとしても……まぁ、冒険者の人なら開けられるかもしれませんけど、中から開けて貰った方がいいかと」
それなら、他の避難場所に向かった冒険者達は一体どうやって扉を開けるんだ?
ふとそんな疑問を抱いたレイだったが、ローベルやドワンダの指示で動いているといった説明をすれば、扉は開けられるだろう。……もっとも、その説明を避難部屋にいる者が信じたらの話だが。
避難部屋の扉を開けさせようと、乗り込んできた者達が嘘を吐いている。
そんな風に思われても、この場合は否定は出来ない。
ある意味で乗り込んできたレイ達が扉を開けるように言っているのは間違いないのだから。
(それに……最悪、ドーラン工房の裏に関わっている奴だけが集まっている避難部屋の場合、それこそローベルやドワンダからの命令だと言っても、素直に扉を開けるとは思えないし)
他の場所に行った者達が面倒なことになっていなければいいんだがと思っていると、やがて女は扉の側まで近づき、声を掛ける。
「すいません、中に誰かいますか? 私です、ヨーナです」
そんな女……ヨーナの言葉に、扉の方では少し沈黙した後でやがて声が発せられる。
『ヨーナちゃんかい? 無事だったんだね。それで他には誰もいないのかな? 襲ってきた敵は撤退したかい?』
「えっと、その……実は攻めて来た中の一人が私と一緒にいたりします」
『な……大丈夫なのかい!?』
「はい、問題はありません。その……今回のドーラン工房の襲撃は、どうやら上からの命令だったらしくて」
『上? どういう訳だい? ドーラン工房はエグジニスの中でもゴーレムの売買で稼いでいるし、納めている税も多い。なのに、何故ドーラン工房を襲撃するなんて話に?』
扉の向こうから聞こえてきたその声は、当然の疑問だろう。
言ってみれば、金の卵を産む鶏を絞め殺したというのに等しいのだから。
「その……実はドーラン工房は裏で色々と違法なことをしていたみたいで。その影響でダイラスさんがルシタニアさんを殺すなんて出来事になっていて、それでローベルさんとドワンダさんからドーラン工房を押さえるようにって指示が出たらしいの」
『……は?』
ヨーナの説明に、扉の向こうではたっぷりと数秒沈黙した後で、ようやくそのような一言が呟かれる。
当然だろう。ヨーナと話していた者にとって、その内容は完全に予想外のものだったのだから。
今の状況を考えれば、それこそ一体何を言ってるのかといったように思ってもおかしくはない。
実際にそのようなことを即座に言わなかったのは、扉の向こう側にいる者が、もしかしたらヨーナも騙されているのではないかと思ったからだろう。
このままヨーナに任せておくと、無駄に時間が掛かりそうだ。
そう判断したレイが口を開く。
「俺はレイだ。深紅の異名を持つランクA冒険者と言えば分かりやすいか?」
『え? ……本当に?』
レイの異名と、何よりもランクA冒険者という肩書きは、相手の注意を引くのに十分だったらしい。
もっとも、以前レイが接したことのあるランクA冒険者は傍若無人な性格をしており、実力も決して高いとは言えない者もいたが。
そういう意味では、避難部屋にいる相手は素直にレイのことを信じてくれた形となっていた。
「ああ、本当だ。この件には俺もしっかりと関わっている。そんな訳で、今回の一件について色々と事情を聞きたい。もしヨーナのように何も事情を知らなかったのなら、問題らしい問題は起きないだろう。安心してくれ。それで、扉を開けてくれないか?」
そう言いながら、レイはヨーナと一緒にいる自分ですら、そう簡単に信じて貰えなかったのだから、他の避難部屋に向かった者達はかなり手こずってるのでは? と思う。
ガチャリ、と。
レイの考えを中断したのは避難部屋の扉が開く音だった。
そしてギィ、という重そうな音と共に扉が開いていく。
ゆっくりと開かれる扉の様子から、扉そのものが相当な重量があり、何かあった時に防ぐ為の盾とでも呼ぶべき役割を持っているのは間違いなかった。
そして、中から姿を現したのは三十代程のふくよかな男。
「あなたが……深紅のレイ?」
その男の言葉から、先程までヨーナが話していた相手が目の前の人物だろうとレイは判断する。
「ああ。今回の一件でも色々と関わっている」
「その……先程ヨーナの言ったことは本当なんですか?」
「紛れもない事実だな」
「そんな……一体何がどうなってそんなことに……」
男にしてみれば、ドーラン工房に裏の顔があったというのは、まだ何とか納得出来る一面がある。
だが、それがどこをどう転がれば、ダイラスがルシタニアを殺すなどといったようなことになるのか、全く理解出来なかった。
「その辺については今ここで詳しく説明している時間はない。それでもドーラン工房にあったゴーレムが戦いに駆り出されたのを見れば、これが尋常じゃない出来事だってのは分かるだろ?」
「それは……まぁ」
男にとっても、今日のドーラン工房は色々な意味で異常だったのは間違いない。
だからこそ、こうして避難部屋に入っていたのだから。
「それで、避難部屋の中にいるのは何人だ?」
「私を含めて七人ですね」
「そうか。なら、全員俺と一緒に来てくれ。ドーラン工房の件で色々と聞かれると思うが、それには素直に答えてくれ。問題がなければ、特に罰を受けたりといったようなことはない筈だ」
レイの言葉に男は安心し、避難部屋の中にいる他の面々に対して声を掛ける。
だが……何故か避難部屋の中にいた者達が出て来る気配がない。
「どうしたんだ?」
「どうしたんでしょう? 分かりませんので、ちょっと様子を見てきますね」
ヨーナがそう言うと、避難部屋に向かう。
レイも一緒に行こうかと思ったが、中にいる者がレイの存在に怖がるかもしれないと思うと、今はここで待っていた方がいいだろうと判断する。
そうして待っていたのだが……数分が経過し、ヨーナが避難部屋から戻ってくると、困ったように言う。
「何だか避難部屋から出たくないって言ってる人がいるんですけど……どうしましょう?」
「どうしましょうと言われてもな。まさかここでいつまでも暮らす訳には……待て。避難部屋を出たくない?」
レイはその言葉に不自然なものを感じる。
勿論、避難部屋の外……ドーラン工房の敷地内では、ゴーレムがレイ達と戦うといったような騒動があった。
だが、その騒動も今はもう解決している。
そしてレイがここに来た状況で避難部屋の外に出たくない……つまり、レイに会いたくないというのは……
(もしかして、当たりか?)
この状況で避難部屋から出たくないというのは、危険を避ける意味でも納得は出来る。
だが同時に、レイと会いたくないからこそ避難部屋から出たくないと言ってるようにも思えた。
そして後者の場合、レイに会いたくない理由はそう多くないだろう。
ドーラン工房に破滅をもたらした高ランク冒険者が怖いという可能性もあるが、それ以上にもっと別の理由でレイに会いたくない可能性がある。
(そう、例えばドーラン工房の裏に関わっていた、あるいは知っていたとか。そんな奴の可能性は否定出来ないよな)
そう判断したレイは、ヨーナに向かって口を開く。
「俺が行く」
「え? ちょ……レイさん!?」
ヨーナにしてみれば、同じドーラン工房で働いている仲間が怖がって避難部屋から出たくないと言ってるのだ。
そうである以上、その怖い相手であるレイが避難部屋に入るというのは、それこそ不味いのではないかと思うのは当然だった。
だが、レイを止めようとしたヨーナはレイの様子を見て動きを止める。
とてもではないが、避難部屋から出たくないと言っている相手に会いに行こうとしているような様子ではなかったからだ。
ヨーナの視線を感じたものの、レイはそれを無視して避難部屋の中に入る。
そこには先程レイと話していた男の他に、六人の男女がいた。
年齢も下は二十歳くらいから、上は五十歳近い者まで。
そして……避難部屋の中に入っていたレイを見て、恐怖の表情を浮かべたのは四十代の男。
それもただ見知らぬ相手を見て驚いたといった様子ではなく、自分に対する死神でも見たかのような、そんな恐怖。
「ひっ、ひぃ……」
掠れるような悲鳴もまた、男がどれだけレイを怖がっているのかを示していた。
「なるほど。予想はしていたが……やっぱりお前、単純に冒険者としての俺を怖がってる訳じゃなく、後ろめたいことがあって俺を怖がっているな? つまり、ドーラン工房の一件にはお前も関わっている」
「っ!?」
悲鳴を上げた男は、レイの言葉を聞いて息を呑む。
そして周囲にいた者達は、そんな男の様子を見て信じられないといった表情を浮かべていた。
「あるいは脱出しないで避難部屋に隠れてる奴がいるかもしれないとは思っていたが……大当たりだな」
レイにしてみれば、口にはしたものの、実際に隠れている可能性はかなり低いと思っていた。
それだけドーラン工房が行っていたことは後ろ暗いことなのだ。
しかし、隠れていた相手にしてみれば、そもそもレイ達が襲撃してくる……ドーラン工房という、エグジニスの中でも稼ぎ頭の自分達を捕まえようとするなどとは、完全に予想外だったのだろう。
そんな中で逃げ出せなかったといった者がいるのは、そこまでおかしな話ではない。
とはいえ、当然ながらそんな相手が素直に自分の罪を認めたりといったような真似をする筈もない。
「なっ、何の話だ? 俺は別に……今、ここから外に出るのが危ないと思っているから出ないだけだ!」
咄嗟の言い訳ではあったが、当然のようにレイがそんな話を信じる訳がない。
今あるのは、あくまで状況証拠だけではあるが、それでもこの男が怪しい……怪しすぎるというのは、間違いのない事実なのだから。
そうである以上、レイとしては是が非でもこの男を連れていく必要があった。
「改めてもう一回尋ねるが、お前……今回の一件について、心当たりがあるな? ドーラン工房が裏でやっていたことを、どれくらい知っている?」
「っ!? な……何を言ってるのか、分からない。俺は何も知らない!」
そう叫び、走りだそうとする男。
だが、避難部屋から出る為にはレイの隣を通り抜ける必要があり……当然だが、レイはドーラン工房の裏の件について手掛かりを知っているだろう相手をそのまま逃す筈もなく、足を引っ掛けて男を転ばせる。
「うわぁっ!」
転びながらも、何とかレイから逃げようとする男だったが……起き上がるよりも前にその背中を踏みつけられ、男は捕まるのだった。