2858話
「で? お前は結局誰なんだ? 今この状況でドーラン工房の中にいるんだから、ドーラン工房の人間じゃないとか、そんな風には言わないよな?」
レイは捕まえた女に向かって尋ねる。
改めて見れば、女はレイよりも若干上の……二十歳くらいの年齢だ。
その女は、レイの言葉にどう答えればいいのか迷い……それでも、今の状況で嘘を言うのは危険だと判断したのか、やがて素直に頷く。
「は、はい」
「だよな。この状況でドーラン工房にいたんだから、それは間違いないか。……で、問題なのは何でお前だけがここに残っていたかってことだが……」
「え? その、何でって言われても……私はドーラン工房で働いてるから……」
その言葉を聞けば、レイも女が本当に何も知らないのだろうというのは予想出来た。
とはいえ、予想出来たからといって情報収集をしない訳にもいかない。
「言っておくが、もうドーラン工房には殆ど人がいない。お前みたいに何も知らないで残ってる奴はいるのかもしれないが……一応聞いておくが、お前は現在ドーラン工房がどんな状況にあるのか分かっているのか?」
「え? それは……ちょっと分からないですけど。一体何があったんですか? 気が付けば、建物の中は凄い壊れてますし。その……いきなり貴方みたいな人が入ってきてますし」
「建物の中が壊れていたのは、ゴーレムを無理に建物の中で移動させたからだろうな。基本的に建物の中はそれなりに広かったから、ゴーレムもある程度は移動出来るようになっていたんだが、ドーラン工房の連中にしてみればとにかく早くゴーレムを移動させる必要があった、と」
それはレイがドーラン工房の建物の中に入った会議室の様子から想像出来る。
想像ではあるが、恐らくそう間違っていないだろうと思えた。
「その……結局何があったんですか? 何でドーラン工房がこんな風に? 気が付けばイルナラさん達もどこにもいませんし……」
「イルナラ?」
女の口から出た言葉にレイは反応する。
何故ならそのイルナラは、ドーラン工房の非主流派の錬金術師で何よりもドーラン工房の裏を知った人物として現在風雪のアジトに匿われているのだから。
そして女の方も、レイの口から出たイルナラという言葉に反応する。
「え? もしかして……イルナラさんを知ってるんですか?」
「ああ。知ってる。なるほど。お前も非主流派の錬金術師か?」
「……正確にはちょっと違うんですか、大まかに考えた場合はそれで合っています」
正確にはちょっと違うというのが、以前レイがドーラン工房に侵入した時にイルナラと一緒にいなかった理由なのだろうと予想は出来る。
だが、今はそこを深く突っ込むよりも前に、話を進める方が先だった。
「そうか。イルナラの仲間なら、お前の待遇は他の奴よりもいいかもしれないな。もっとも、お前が本当にイルナラの仲間だったらの話だが」
女の様子からすると、恐らくイルナラの知り合いであるのは間違いないと思う。
しかし、その辺についてはレイだけが考えるよりも他の者達がしっかりと確認する必要があった。
「えっと、その……?」
「簡単に言えば、現在ドーラン工房にいる奴は捕らえるように上から命令が出されいる」
「上からって……ドーラン工房の上ですか?」
「違う。ローベルとドワンダの二人だ」
「……え?」
エグジニスの住人だけあって、当然ながら女もローベルやドワンダの名前は知っているのだろう。
レイの口からそんな名前が出て来たことに驚き、同時に何故ドーラン工房の職員がそのようなお偉いさんから捕らえられるように言われているのかが理解出来ない。
そんな女の様子に、レイもまた今の話だけを聞いていれば当然かと判断して、これまでの事情を話す。
ドーラン工房が盗賊を意図的に集めていたり、違法に奴隷にした相手を集めたり、それらを使ってネクロマンシーの儀式を行い、人の魂を素材にしたゴーレムの核を作っていたり。
そしてドーラン工房とダイラスが繋がっていたり。
また、ダイラスが裏で色々と企んでおり、それによって多くの者が被害を受けているといったことや……何より、聖なる四会合に参加していたルシタニアがダイラスによって殺されたといった話は、女に強いショックを与えるには十分だった。
「そんな……本当にそんなことが? 何かの悪い冗談とか、そういう話じゃなくて?」
「当然だ。今のドーラン工房の様子を見れば、これが冗談で出来るようなことじゃないのは分かるだろ?」
ドーラン工房は、エグジニスにおいて最も高性能なゴーレムを作る工房だ。
つまり、エグジニスの稼ぎ頭と言ってもいい。
そんなドーラン工房がここまで被害を受けるような騒動が起きているのだから、冗談か何かでこのような真似が出来る筈もない。
「さて、取りあえず事情は理解したな。……その様子を見ると、ドーラン工房の裏については何も知らなかったみたいだが、それでも一応聞くぞ。ドーラン工房の錬金術師達が逃げ出したとすれば、地下道とかそういう感じで敵に見つからないような場所を通って逃げた筈だ。心当たりは?」
「そう言われても、地下道なんて聞いたことは……」
そう言い、首を横に振る女。
そんな女を見ても、レイは残念には思わない。
今までのやり取りから、この女はドーラン工房の裏と関わっていないのは明らかだったのだから。
イルナラとの付き合いもあり、慕っている様子からの予想。
「なら……そうだな。脱出するような場所は知らないのはいいけど、いざという時に避難するような部屋とかはないか?」
レイが想像したのは、シェルターのような部屋だ。
ドーラン工房のゴーレムは人の魂を素材とした核を使っており、非常に高性能なのは間違いない。
だが同時に、人の魂を素材とした核を使っている以上、いざとなったら暴走するといった可能性も否定は出来ない。
であれば、何らかの理由で暴走した時に逃げ込めるような場所を用意しておくのはおかしな話ではなかった。
そしてドーラン工房にレイ達が攻めて来たので、そのような避難部屋に逃げ込んでいる者もいるのではないかとレイは思ったのだ。
この期に及んでまだ建物に残っていた者達である以上、レイの目の前にいる女と同じようにドーラン工房の裏について知っているとは限らない。
だが、それでも……もしかしたら、本当にもしかしたらだが、何らかの理由で建物から逃げ出せなかった裏を知っている者がいないとも限らない。
勿論その可能性は低いだろう。
ドーラン工房の錬金術師、あるいはそれ以外の職員で事情を知っている者達にしても、自分達の行為がどれだけの外道なことなのかは理解していた筈だ。
見つかれば、当然のように処刑されてもおかしくはないような、そんな行為。
そうである以上、ドーラン工房が攻められているのを知れば、避難部屋に逃げ込んでやりすごすといったような真似をせず、どうにかして逃げようとする筈だった。
(あるいは一か八かで攻撃をしてくる可能性もあるが……そうなればそうなったで、俺としては捕らえるのが楽になるから文句はないんだよな)
レイにしてみれば、捕らえるべき相手が向こうから来るのだから、それに対して文句は言わない。
とはいえ、幾ら追い詰められていても、そこまで無謀な真似をするとは思えなかったが。
「あ! 避難する部屋、あります! 何で私そっちに気が付かなかったんだろ……」
レイの言葉を聞き、焦ったように叫ぶ女。
恐らく最初は多少そういう部屋についても頭の中にあったのかもしれないが、廊下に出てみれば壁や床、天井といった場所が壊れているような場所も多く、パニックになって避難部屋についてはすっかり忘れていたのだろう。
レイとしては、そのような間の抜けた行為を女がしてくれたから情報を入手出来たのだ。
そういう意味では、女のそのようなドジな行為には感謝するしかなかったが。
「なら、まずはその避難部屋に案内してくれ。……ああ、心配するな。そこにいる奴が後ろ暗いことに関わっていなければ、後で上の連中が事情を聞いて終わりになると思う」
レイの言葉に、安堵した様子を見せる女。
女にしてみれば、自分は何も後ろ暗いところがないので問題はないと思ったのだろう。
その態度こそが、女の身の潔白を示していた。
「分かりました。でも、何ヶ所かありますけど……どうします?」
「一ヶ所じゃないのか。それはちょっと困ったな。……いや、そうでもないか」
一ヶ所だけなら、レイがそこに行けばそれで問題はなかった。
しかし、他にも同じような部屋がある場合、一つずつ回っていると、その隙に逃げられてしまうかもしれない。
そう思ったレイだったが、自分が入ってきた穴から数人の冒険者が姿を現したのを見て笑みを浮かべる。
自分だけで手が足りないのなら、他の相手を使えばい。
隠れている錬金術師がいても、恐らくゴーレムはいない筈だ。
ゴーレムを護衛として連れていれば、どうしても目立つ。
隠れようとしている時に、そのような真似をするのは自殺行為でしかない。
もっとも、レイが外で倒してたような巨大なゴーレムではなく、人間と同程度……あるいは人間よりも小さいゴーレムが相手の場合は、隠れるのも楽になるかもしれないが。
「ちょっと来てくれ! この女はドーラン工房の関係者……ああ、安心しろ。裏については何も知らない、普通の奴だ」
レイが呼んだ冒険者達は、レイの側にいた女がドーラン工房の関係者と知り、武器を抜いて警戒しようとしたものの、裏を知らない人物であると聞かされて安心した様子を見せる。
……それでも女を見る目に若干厳しいものがあったのは、それだけドーラン工房の者達がやったことがどういうものかを理解しているからだろう。
「落ち着け。こいつは本当に裏には関わっていない。それに重要な情報を教えてくれた。ドーラン工房にはいざという時の避難部屋が複数あるらしい」
「工房なら、それは当然だと思うけど」
レイの言葉に、冒険者の一人がそう言う。
この辺り、エグジニスの外からやって来たレイと、エグジニスで冒険者として暮らしている者の認識の違いだろう。
「そうなのか? ともあれ、そういう避難部屋が複数あるらしい。そこにはこの女みたいに何も知らない奴が避難していると思われるが、同時に何らかの理由でドーラン工房から脱出出来なかった奴が残っている可能性もある。だから、お前達には手分けしてこの女から聞いた避難部屋を見て回って欲しい。ただ、この女みたいに何も知らない奴や素直に指示に従う相手には手荒な真似はするなよ」
それは逆に言えば、逆らったり隙を見て逃げ出そうとした相手には手荒な真似をしてもいいということだった。
冒険者達もそんなレイの言葉の裏にある意図は理解したのか、素直に頷く。
「そんな訳で、この連中にも隠し部屋のある場所を教えてくれ。俺はお前と一緒に行動するから、俺達が行く場所は俺に教える必要はない」
「分かりました。えっと、まず一つ目はですね……」
女はレイの言葉に素直に従い、避難部屋についての説明をしていく。
レイ達が幸運だったのは、避難部屋は隠れる場所ではなく、何かあった時すぐに避難する為の部屋ということで、隠されている訳ではないということだろう。
場所的に邪魔にならなかったり見つかりにくいといったようなことはあるかもしれないが、それでもそこに避難部屋があると知っていればすぐにでも見つけられるような、そんな部屋だ。
隠し部屋のような形になっていれば、いざという時……それこそ現在このような状況になっている時に、その避難部屋を見つけられないといった可能性もある。
それを思えば、このような状況で見つかりやすい場所にあり、だからこそ冒険者達も女から避難部屋についての場所を聞かされれば、すぐにでもそこに向かうのは当然の話だったのだろう。
「分かった。じゃあ、手分けしてその避難部屋に向かう。……レイ、さっき言ったように、向こうが抵抗したりこっちの指示に従わない場合は、少し乱暴なことになるかもしれないが、それは構わないんだよな?」
「ああ。ドーラン工房の中でも裏に関わっていた連中はかなり質が悪い。それを思えば、逃げようとしたような連中とかは相応の態度を取っても構わない。ただ……」
そこで一旦言葉を切ったレイは、女を見る。
どこか懇願するような視線をレイに向ける女。
女にしてみれば、ドーラン工房の中には世話になった者もいれば、友人もいるのだろう。
だからこそ、出来れば乱暴なことはして欲しくないと思っている。
だが同時に、レイから聞いたドーラン工房の裏を考えると何も言えないのは事実。
そんな女の様子を見たレイは、小さく息を吐いてから口を開く。
「抵抗しないような奴は、普通に扱ってやれ」
そう、告げるのだった。