2857話
ミルスにドーラン工房から逃げ出すような相手がいる場合は捕まえるように言うと、再びレイはゴーレムとの戦いに戻っていく。
向かった先にいるゴーレムは、三m程の高さを持つゴーレム。
ただし、人型ではなく犬や狼のような形をしたゴーレムだ。
純粋な大きさだとセトをも上回るそのゴーレムは、高い俊敏性も持っていた。
その上、普通のモンスターとは違ってゴーレムだけに、身体には何本もの刃が……それこそ長剣を流用したかのような刃が装備されており、それが戦う者にしてみれば非常に厄介だった。
「うおおっ!」
ギィン、と甲高い音を立てて冒険者が自分の胴体を真っ二つにしようとやってきた刃を、自分の長剣で何とか弾く。
だが、渾身の力を使って弾いた男とは違い、ゴーレムはただ男の横を走っただけだ。
それだけでも、十分すぎるだけの威力を持ち……
「くそっ! 何だよこのゴーレム! レイはまだなのかよ!」
「待たせたな」
冒険者の一人が悲鳴のようにレイの名前を呼ぶと、まるでそのタイミングを待っていたかのようにレイが姿を現す。
今までレイが戦ってきたドーラン工房のゴーレムは、基本的に人型だった。
そういう意味では、こうして人型ではない身体から何本もの刃を生やした犬型のゴーレムというのは少し珍しい。
とはいえ、エグジニスで作られているゴーレムを見れば、人型以外の形をしたゴーレムはそれなりに多い。
基本的に人間と戦うことが多く、あるいは貴族が他の者に見せびらかすという点からか、ドーラン工房のゴーレムは人型が多くなる。
そんなドーラン工房のゴーレムで、人型ではないゴーレムというのは珍しかった。
「とはいえ、ようはモンスターと戦う時の要領でいいんだろ? ……行くぞ!」
いつものようにデスサイズと黄昏の槍を持ったレイは、犬型のゴーレムに向かって突進する。
そんなレイを噛み砕かんと、鋭い牙の生えている口を大きく開ける犬型のゴーレム。
人の魂を使った核なのに、人型以外でも問題ないのか?
一瞬そんな風に思ったレイだったが、敵を心配する必要もないだろうと、まずは牽制として黄昏の槍を投擲する。
「ワオオオン!」
自分に向かって黄昏の槍が投擲されたと見るや否や、犬型のゴーレムは大きく口を開いて雄叫びを上げる。
犬型のゴーレムが鳴き声を上げられるというのは、レイにとっても少し意外だった。
だが、そんなレイの驚きは次の瞬間にはより大きな驚きとなる。
何故なら、真っ直ぐ犬型のゴーレムに飛んでいった黄昏の槍が、明らかに軌道を逸らされたのだ。
威力の減衰はほぼなかったが、犬型のゴーレムに命中せずに別に方向に向かって飛んでいく。
それを見たレイは、飛んでいた黄昏の槍を即座に手元に戻す。
(狙いが逸らされたのは、明らかにあの雄叫びが原因だ。どういう理屈なのかは分からないが、それでもあの雄叫びがある限り槍の投擲は難しい、か)
レイの使う攻撃手段の一つたる槍の投擲が使えなくなっても、レイにとってはそこまでショックという訳ではない。
槍の投擲が使えないのが痛いのは事実だが、それが使えないのなら使えないで、もっと別の攻撃方法で攻撃すればいいだけなのだから。
「ワオオオオオオン!」
再び雄叫びを上げる犬型のゴーレム。
その雄叫びが一体どのような効果をもっていたのかは、レイの身体に強い衝撃波が命中したことで理解した。
とはいえ、ドラゴンローブを着ているレイにしてみれば、そのような攻撃はほぼ効果はないのだが。
あるいはその衝撃波がヴィヘラの使う浸魔掌のように、相手の内側に直接衝撃を叩き込むといったような能力でもあれば、話は別だったかもしれない。
しかし、犬型のゴーレムが放った衝撃波は、そこまでの威力はなかった。
……もっとも、レイの後方にいる冒険者達の何人かは、見事に吹き飛ばされていたが。
「なかなかやるな」
犬型のゴーレムはそれなりに手強い相手と判断したレイは、デスサイズを大きく振るう。
「飛斬!」
放たれた斬撃は、先程の衝撃波の仕返しといった様子で、犬のゴーレムに向かって飛ぶ。
デスサイズによって生み出された、飛ぶ斬撃。
犬型のゴーレムはその飛ぶ斬撃を危険な攻撃だと判断したのだろう。横に大きく跳ぶことによって回避し……しかし、それはレイにとっては寧ろ望む行動だった。
横に跳んだ犬型のゴーレム目掛け、一気に間合いを詰める。
近付いて来るレイの存在に気が付いたのだろう。犬型のゴーレムは再び口を大きく開け……
「同じ手が何度も通じると思うな!」
その叫びと共に、レイは最後の一歩を踏み越えて犬型のゴーレムとの距離を五m程の場所まで縮める。
しかし、ちょうどそのタイミングで再び犬型のゴーレムの口から衝撃波が放たれそうになり……
「地中転移斬!」
スキルを発動し、レイは地面に向かってデスサイズを振るう。
本来なら土を掘り起こすような一撃だったが、レイの振るった一撃は全くそのようなことはなく、地面にデスサイズの刃が潜り……次の瞬間、犬型のゴーレムの足元からレイの振るったデスサイズの刃が出て、足を切断する。
「ガウ!?」
一体何をされたのか理解出来ないといった様子で鳴き声を上げる犬型のゴーレム。
まさかデスサイズの一撃が地中を転移して自分の前足の一本を切断したなど、とてもではないが理解出来ないだろう。
そうしてバランスを崩せば、既に犬型のゴーレムはレイの敵ではない。
一気に間合いを詰めたレイが放つ黄昏の槍が頭部を砕き、デスサイズの一撃が胴体を左右に切断する。
動きを止めた犬型のゴーレムを一瞥すると、次のゴーレムに向かい……そうして十分も経たず、ドーラン工房の壁を破壊して姿を現したゴーレムはその全てが全滅するのだった。
「さて、後はドーラン工房から逃げ出した連中か。……あるいは逃げ出さずにまだ工房の中にいる可能性もあるが、どうだろうな」
「レイはドーラン工房の中を頼む。ゴーレムと戦ってまだ余裕のある奴は、こっちで振り分けて中と外からそれぞれ行動させる。レイは誰かと一緒に行動するよりも、一人で行動した方が動きやすいだろう?」
「そうだな。なら、そうさせて貰うよ。じゃあ、後はミルスに頼んだ」
そう言うと、レイはミルスの前から離れてドーラン工房に向かう。
以前来た時は、忍び込むといった必要があったので見つからないように行動していたが、今回はそのような必要はない。
正面から堂々と乗り込むことが出来る。
ましてや、前回は扉から入ったのだが、現在のドーラン工房は多数のゴーレムが壁を壊して姿を現したこともあり、中に入る場所は複数あった。
ドーラン工房としては、少しずつゴーレムを出すのではなく、一気に大量のゴーレムを出してレイ達を混乱させ、その混乱に乗じて戦力を削りたかったのだろう。
だがレイとセトがいたことにより、高性能で知られるドーラン工房のゴーレムであっても容易に倒されてしまった。
本来なら動揺して混乱する予定だった冒険者達も、最初はともかく、ミルスがゴーレムの撃破はレイとセトに任せるように指示し、冒険者達は防御に徹するようになると、ゴーレムもなかなか冒険者の数を減らせなくなった。
結果として、ドーラン工房側の目論見は完全に外れたことになる。
「それでも、スラム街であれだけ大量にゴーレムを倒したのに、まだあれだけゴーレムが残っていたのは驚いたけどな。……そうなると、何でここに来る前に冒険者達と戦った時に援軍として派遣しなかったのかは分からないが」
最初、レイはゴーレムの数が少ないからこそ援軍を出さなかったのだろうと思っていた。
しかし、ドーラン工房の敷地内で戦ったゴーレムはかなりの数だ。
冒険者達と一緒にレイ達と戦わせていれば、十分な戦果を挙げられた可能性はあっただろう。
妙にチグハグなその行動に疑問を抱きながらも、取りあえずレイは壁に空いていた穴から中に入ってみる。
「ここは……会議室か何かか?」
椅子や机が壊れ、散らばっているその光景を見れば、恐らく会議室なのだろうと予想出来る。
ゴーレムが出て来た場所であるが、別にここでゴーレムが作られていた訳ではないのだろう。
それを示すように、レイが入ってきたのとは別の壁……この部屋の扉の側には、外と繋がっているのと同じくらいの大きさの穴が空いている。
「つまり、廊下からあの壁を破壊して中に入って、そこから再び壁を破壊して外に出た訳か。……問題なのは、ゴーレムを操っていた奴が近くにいないことだな」
周囲の気配を探ってみるレイだったが、そこには誰の気配もない。
まさか気配を消す技術に優れた錬金術師でもいるのか? と一瞬思ったが、それよりも単純に既に単純にここから逃げ出したという可能性の方が高いだろう。
「となると、やっぱりゴーレムは囮か。それともゴーレムが負けてから逃げ出したのか?」
今の状況を思えば、それも仕方のないことではある。
とはいえ、レイの目的はあくまでもドーラン工房にいる者達の捕縛だ。
しかし、その捕縛する相手がいなというのは予想してはいたものの、面白くないのは間違いない。
「取りあえず誰かいないか捜してみるか。まさかこの短時間で全員が逃げ出したなんてことはないだろうから……どこかに隠れてるとか? 下手に逃げ出そうとしても、セトに見つからないように逃げるのは無理だし、ミルスにも軽傷の奴はそっちに回すように頼んでるしな」
冒険者ならともかく、空を飛ぶセトの目から逃げるというのはかなり難しい筈だ。
それだけの五感の鋭さをセトは持っているのだから。
「とはいえ、地下道の類があって、そこから逃げたりしているようなら、セトにも相手を見つけるといった真似は出来ないかもしれないが」
幾らセトの五感が鋭くても、地下を通って別の場所に出るようになっていた場合、そのような相手を把握するのは難しい筈だった。
レイにしてみれば、ドーラン工房にそのような地下を使った抜け道があっても驚くようなことはない。
アンヌを始めとした違法奴隷の面々を閉じ込めていた部屋や、ネクロマンシーの儀式を行っていた部屋も地下に作られていた。
それこそ以前からドーラン工房で働いていたイルナラ達であっても、そんな地下室が作られているのは知らなかったと証言している。
であれば、いざという時に脱出する為の地下道を用意しておくといったような真似をしても、おかしくはないと思えた。
「問題なのは、どうやってその地下道を見つけるかだな。魔法は……駄目そうだな」
レイには探索用の炎を生み出す魔法があるが、その魔法を使ってもこれだけ建物に複数の穴が空いていて、その瓦礫が散らばっている状態では魔法を使っても見つけるのは難しいように思える。
そうして周囲を見回し……ふと、この場所に近付いてくる気配に気が付く。
「となると、やっぱりここは誰かを見つけてそいつを尋問するのが手っ取り早いか。……なぁ、どう思う? 俺の声を聞いて逃げ出そうとしているお前」
「ぴぃっ!」
レイの声が自分のことを示してるのだと判断した瞬間、その人物は即座に全速力でその場から逃げ出し始めたのだが……当然、特に身体を鍛えている訳でもない普通の人間が、レイの足から逃れられる筈もない。
レイは瞬くに間にその人物に追い付き、逃げようとしている相手の腕を掴む。
「ご、ごめんなさーいっ!」
その叫び声はレイが予想していたような男の声ではなく、女……それもまだ若い女の声だった。
「……は?」
レイの口からは、間の抜けた声が出る。
当然だろう。恐らく逃げ遅れたドーラン工房の錬金術師……あるいは錬金術師ではなくても、何らかの事情を知っているだろう人物だと思っていたのに、聞こえてきたのはそんな声なのだから。
勿論若い女の声だからといって、その相手が今回の騒動に無関係だということはない。
ある程度事情を知っている可能性が高いのは事実だし、それどころかドーラン工房の秘密……ネクロマンシーを使った核の件に関係のある人物の可能性もある。
だが……レイに腕を掴まれて目に涙を溜めている女を見て、そんな予想を裏付けるような相手だとは、到底思えなかった。
「一応聞くが、お前はドーラン工房の者で間違いないよな?」
「そ、そうですけど……一体何があったんですか? 気が付けばこんな風になっているし、皆は急にいなくなるし……」
そう言う女が嘘を吐いているようにはレイには思えない。
だとすれば、この女は本当に何も知らないか……あるいは、レイにも全く自分の嘘を見抜かれないような真似が出来るということになる。
そしてレイの目から見て、女はどう考えても前者でしかないように思えた。