2856話
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「うおおおおおおっ!」
ミルスに率いられた冒険者達は、十人近くが一組になってゴーレムと戦っている。
結構な数の冒険者がゴーレムによって殺されたり、あるいは殺されていなくても大きな怪我をして戦闘不能になっているものの、それでも全体的に見ればミルス達が有利な状況になっていた。
その大きな理由は……当然だが、レイとセトにあった。
「いいか、攻撃よりも防御に徹しろ! 俺達がやるのは時間稼ぎだけでいい! ここで耐えていれば、そのうちレイかセトがやって来る! ゴーレムを倒すのは、レイやセトに任せるんだ!」
叫ぶ冒険者の言葉に、多くの者は素直に従う。
ただ、中にはそんな冒険者の言葉を面白くないと思う者もいたが。
自分の実力に自信を持つ者であったり、ダイラスに雇われている影響でレイと戦うことになっていたり……そんな者達にしてみれば、自分達が勝てない相手にレイが勝てるというのは面白くない。
面白くはないものの、それでも今の状況を思えばレイを頼りにするしかないのも事実。
戦いが始まった当初はレイやセトに頼るのは嫌だと、ミルスの指示を無視して自分がゴーレムを倒すのだと行動した者もいた。
あるいは戦っているゴーレムがドーラン工房のゴーレムではなく、他の工房で作られたゴーレムであれば、そのような者達の攻撃でゴーレムを倒すといったことも出来たかもしれなない。
しかし、生憎と現在冒険者達が戦っているゴーレムはドーラン工房のゴーレムだ。
レイやセトを相手にした時は、ネクロマンシーによって人の魂を素材として生み出された核を使った性能を存分に活かす真似は出来なかった。
だが、レイやセトではない、エグジニスにおける平均的な実力を持つ冒険者達を相手にした場合、その高性能さを最大限発揮させることが出来るようになっていた。
その結果として、レイやセトではなく自分がゴーレムを倒そうと考えた者達は殺されるか、致命傷を与えられるといったような結果となってしまう。
それを見たからこそ、レイに対して不満を抱いている者も自分が戦うのではなく、レイやセトに任せることにした。
今の状況を考えると、そうするのが最善だと判断したのだろう。
レイの存在を気にくわないものの、その実力については十分に理解出来るといったところか。
そして……腕の先がハンマーとなっているゴーレムとの戦いで防御に徹していた者達にとって、救いの存在が姿を現す。
「巻き込まれないように下がっていろ!」
叫びながら、レイはデスサイズと黄昏の槍を手にゴーレムとの間合いを一気に詰める。
ゴーレムはそんなレイに向かって手と一体化しているハンマーを振り下ろす。
金属の塊であるそのハンマーは、それこそ少しでも触れると間違いなく手足の骨の一本は折られる……どころか、皮を破かれ、肉を潰され、骨を砕かれ……挽肉といった状態にされてもおかしくないような、そんな強烈な一撃。
だが、そのような強力な一撃であっても、それはあくまでも相手に命中しなければ意味はない。
自分に向かって振り下ろされたその一撃を、レイはあっさりと回避する。
幾ら腕がハンマーと一体化しているとはいえ、その一撃は当然ながら普通の武器……そう、例えば長剣での一撃と比べると明らかに速度では劣っており、レイにしてみればそんな一撃を回避するのは難しい話ではない。
轟っ、と。
ゴーレムがハンマーを振り下ろして叩き付けた先にあるのは、レイ……ではなく、地面。
その地面はハンマーの威力を示すかのように、大きく陥没していた。
「甘いんだよ!」
そんな叫びと共にデスサイズが振るわれ、ゴーレムは胴体を上下二つに切断され、続いて放たれた黄昏の槍の一撃によってゴーレムの核が胴体から抉り取られる。
本来ならゴーレムの核を破壊するのが手っ取り早いのだろうが、ゴーレムの核には人の魂が遣われている。
それを上手い具合に解放することが出来るのか、あるいは成仏させることが出来るのか……その辺は生憎とレイも分からなかったが、もし出来るのなら自分が単純に破壊するよりも、そうした方がいいと判断した為だ。
そうして手がハンマーになっているゴーレムを倒すと、レイはすぐ別の場所に向かう。
そんなレイの後ろ姿を見ながら、冒険者の一人は心の底から安堵した様子を見せる。
最初にドーラン工房の壁を破壊して大量のゴーレムが姿を現した時は、それこそもう駄目だと思った。
これだけの数のゴーレム……それも、ドーラン工房の作ったゴーレムを相手にして、自分達が勝てるのかと。
しかし、実際に戦いになると、そんな相手との戦いであっても何とかなっていた。
その最大の理由が、言うまでもなくレイとセトだ。
自分達では多数で戦っても倒すことが出来ず、防御に徹して時間稼ぎをするのが精一杯の相手。
しかし、そんな相手をレイとセトは呆気なく倒していくのだ。
正直なところ、自分達と一体どれだけ力の差があるのか、知りたいような、知りたくないような、そんな不思議な気持ちを抱く。
(異名持ちのランクA冒険者というのは、伊達じゃない、か。……寧ろあれだけの実力を見て、それでもレイに対して敵意を抱いているってのは、素直に凄いと思うが)
レイの後ろ姿を見送っていた男は、レイに敵意を持っている者達を思いながらそんな風に考えるのだった。
一方、自分が他の冒険者からそのように思われているとは思ってもいない――あるいは気にしていない――レイは、三m程の人型のゴーレムを倒したところだった。
このゴーレムは両手に大きな盾を装備しており、攻撃力という点では他のゴーレムと比べても明らかに弱いのだが、その盾を使った防御力は非常に強固だった。
ましてや、攻撃力が弱いとはいえ、その盾を使った突進は命中すれば致命傷になってもおかしくはないだろう威力を持つ。
そんな強固なゴーレムだったのだが、魔力を通したデスサイズで多連斬のスキルを使えば、頑強な盾もあっさりと斬り裂かれることになり、胴体を破壊されて核を取り出し、結果として冒険者達が複数で戦っていながら倒せなかったゴーレムをあっさりと倒すことに成功した。
(さて、これで残りのゴーレムは少ない。だとすればドーラン工房の錬金術師達はどうする? 当然、このまま俺達に捕まえられるといったようなことはない。だとすれば、考えられるのは……やっぱり逃げるといったところか)
ドーラン工房の錬金術師達にしてみれば、これだけのゴーレムを出してきたのだから自分達が勝てる可能性は高いと思っていただろう。
実際、その判断は決して間違っている訳ではない。
レイやセトは無事だが、既に何人もがゴーレムとの戦いで死んでいるし、あるいは死んでいなくても戦闘はもう出来ないくらいの負傷をした者もいる。
そうである以上、ある意味でドーラン工房側の選択肢は決して間違いではいないのだ。
しかし、その考えの致命的なミスは、敵の中にレイとセトがいるのを忘れていたことだろう。
結果として、既に多くのゴーレムは破壊され、戦いはレイ達が……正確にはミルス率いる部隊の方が有利になっていた。
今の状況を考えれば、ドーラン工房の錬金術師達はもう勝ち目がないと判断して逃げ出す可能性が高い。
「セト! ゴーレムの相手はもういい! セトは空を飛んで、この建物から逃げ出す奴がいたら攻撃してくれ! 出来れば生け捕りがいいが、難しいなら何人かは殺してもいい!」
「グルルルルルゥ!」
レイの指示に、セトは任せてと大きく喉を鳴らすと、数歩の助走で空に向かって飛んでいく。
そんな様子を見ていた者の一人が、何故今ここでセトを外すのかと、不満そうな様子を見せる。
ゴーレムの数が少なくなったとはいえ、まだ全てのゴーレムを倒した訳ではない。
そんな状況でみすみす戦力を分散させるような真似をするのは、納得出来なかった。
レイのように、自分だけでゴーレムと戦うだけの実力の持ち主なら、残りのゴーレムの数から問題はないだろう。
そんな思いを抱いたのは、一人や二人ではない。
やがてその不満を実際に口にしようとしたその瞬間、一人の男が口を開く。
「落ち着け! 俺達の目的は、あくまでもドーラン工房の錬金術師達……いや、それ以外にもドーラン工房にいる者達を捕らえることだ! そうである以上、敵はゴーレムが負けつつあるこの状況でどんな手段に出るのか、分かるだろう! そう、逃げるんだ! 自分の命惜しさに、標的を逃がしてもいいのか!?」
その言葉は、レイに不満を抱いていた冒険者達の不満を封じるには十分な説得力を持っている。
もっとも、実際にはまだ当然ながらレイに不満を持っている者はいるのだが。
それでもこの状況で……自分達に依頼されている目的を達成する為に動いているレイに、自分の身の安全を重要視する為に不満を言うというのは、冒険者としての矜持が許されない。
あるいはそのような矜持がある者だけではないのだが、それでもここでそのようなことを口にした場合、この一件が終わった後で色々と不味いことになるのは間違いない。
そうならない為には、やはり今はここで素直にレイの指示に従っておく必要があった。
「ほら、いつまでそうしているつもりだ! 他のゴーレムと戦っている奴の援護に向かうぞ!」
レイにゴーレムを倒して貰ったものの、当然ながら他の場所ではまだゴーレムと戦っている者もいる。
そうである以上、味方の援護に行くのは当然の話だった。
ゴーレムと戦っている者達にしてみれば、レイやセトにゴーレムを倒して貰ったのだから、さっさと自分達の応援に来いと、そう思うのは当然だろう。
レイに不満を持っていた者達も、もし自分達の戦っているゴーレムが後回しにされて、それで先にゴーレムを倒して貰った者達が休憩しているのを見れば、ふざけるなと叫びたくなってもおかしくはない。
冒険者達もそれが分かっているからこそ、他にゴーレムと戦っている者達を助けに行くと言われればその言葉に素直に納得して動き出す。
(取りあえずこっちは問題ないか。後は……やっぱりこの部隊の働きはレイに頼ることになるんだな)
そんな風に考えながら、レイに不満を持っている者達を一喝した冒険者は自分もまた他のゴーレムと戦っている者達の援軍に向かうのだった。
「ミルス、ちょっといいか?」
セトに別行動を取るように指示したレイは、そのまま他のゴーレムに向かう……のではなく、ミルスのいる場所にやって来た。
ミルスの周囲には、ゴーレムとの戦いで怪我をして、既に本格的な戦闘をするのは無理な者達が集まっている。
そんな者達を比較的軽い怪我の者達が護衛をし、ミルスがここから指示を出すといった形となっていた。
本来ならミルスも最前線に出てゴーレムと戦うべきなのだが、ドーラン工房の方で何か動きがあった時はすぐ対応出来るようにと、離れた場所にいる。
そんな場所にレイがやって来たのだから、それを見たミルスが驚くなという方が無理だった。
「レイ!? 一体どうしたんだよ!?」
そんな風に慌てた声で叫ぶミルスに、レイはまどろっこしいことは抜きにして、単刀直入に用件を言う。
「今この場で動ける奴は、ドーラン工房の周辺に散ってくれ。ゴーレムが次々に倒されているこの状況だと、錬金術師達が逃げようとするかもしれない。一応セトに上空から探らせているが、地上でも動いた方がいい」
「それは……」
レイのその言葉には一理あると判断したのだろう。
もしミルスがドーラン工房側の人物であっても、現在のような状況を考えれば即座に逃げ出していてもおかしくはない。
レイとセトがいる時点で勝ち目がないのだから。
それこそ、レイがドーラン工房に近づいてきた時点で逃げ出してもおかしくはなかったのだ。
それでもこうしてゴーレムを用意して反撃してきたのは、もしかしたら……本当にもしかしたらだが、どうにかなるかもしれないと考えたからか。
もしくは、ゴーレムを囮にして時間稼ぎをし、その間に逃げるといった可能性も否定は出来ない。
「分かった。比較的軽傷で動ける奴を出す」
逃げる相手が錬金術師であった場合、ゴーレムを作る技術はあっても、生身での戦闘力という点では大きく劣る。
あるいはこれがエグジニス以外の錬金術師なら、マジックアイテムを作ったりしてそれを使ったりといった真似も出来るのだろうが……生憎と、エグジニスの錬金術師はその大半がゴーレム製作に特化している。
そうである以上、マジックアイテムについてはあまり心配せずともよく、軽傷の冒険者達なら容易に対処出来ると、そうミルスは判断してすぐにレイの指示に従って行動するように指示を出すのだった。