2855話
ドーラン工房の雇っていた冒険者達を倒したレイ達は、そのまま先に向かう。
先程の戦闘でレイと一緒に行動している者達もそれなりに被害は出たが、それでもそこまで多くはない。
これはミルスに率いられている者達が強い……のではなく、戦いの最中にレイやセトが行動している場所で敵が戦わなかったので、自然と被害が減ったというのが大きい。
あるいは単純に数でもミルス側が勝っていたので、一人の敵に対し数人で戦うといった真似が出来たのも大きかった。
ドーラン工房側に雇われていた冒険者達は少しでも自分が活躍してドーラン工房から特別な報酬を貰おうと、手柄を求めて仲間と協力するよりも自分が敵を倒そうとした者が多かったのも間違いない。
ある意味で状況がミルス達に味方をしたようなものだろう。
結果として、戦力を殆ど減らさずにすんだのだから、レイにとっては悪い話ではなかったが。
そんな訳で、その戦い以後は特に問題らしい問題もなくレイ達は進み……
「おいおい、本当に何もないままドーラン工房が見えてきたんだが……これ、一体どうなってるんだ? てっきりゴーレムが俺達を待ち受けてるんだとばかり思っていたんだが」
レイの近くにいた冒険者の一人が、とてもではないが信じられないといった様子で呟く。
他の者は特に口を開くような真似はしなかったが、実際には同じように思っている者が多いのは間違いない。
正直なところ、それはレイも同意見だった。
ドーラン工房にはまだある程度はゴーレムが残っていると考えていたのだ。
レイとセトによってスラム街で多くのゴーレムが破壊されたが、それが全部ではないだろうと。
あるいはスラム街の戦いで減ったゴーレムもある程度は補充しているだろうと。
そしてドーラン工房にしてみれば、自分達の本拠地とも呼ぶべき工房で戦いを繰り広げたくはないだろう。
そうなれば工房にも被害が出るし、場合によっては錬金術師達が怪我をしたり……最悪、死ぬ場合もある。
だからこそ、少しでも被害を減らすべくドーラン工房にレイ達が到着するよりも前に攻撃を仕掛けて来ると、そうレイは思っていた。
持っている情報が違っていたり、考え方が違っていたりした場合であっても、レイと同じような結論になった者が、今の言葉を口にしたのだろう。
「ドーラン工房にしてみれば、自分達はもう後がないと判断してるんだろう。だからこそ、少しでも自分達に地の利のある場所で戦おうとしていた。……俺にはそんな風に思えるけどな」
ミルスのその言葉に、そういうものかと納得の表情を浮かべ……そして、レイ達はとうとうドーラン工房の前に到着する。
「門番の類がいないのは、どういうことだと思う? やっぱり門番も戦力として現在は建物の中にいるのか、あるいはさっきの冒険者達と一緒に攻撃に参加したのか」
何があってもすぐ対処出来るよう油断なく建物を見ながら尋ねるレイに、ミルスは少し考えてから口を開く。
「恐らくは建物の中にいると思う。もっとも、門番は結局のところ一人か二人といった程度だ。戦力という点ではそこまで考える必要はない。……まず、俺が話をしに行くから、レイとセトを含めて他の奴はここで待機。もしかしたら、このまま大人しく降伏するかもしれないし」
ないだろ。
そうレイは言おうと思ったし、ミルスと一緒にここまで来た者達も同じようなことを言いたそうにしていた。
だが、それでもミルスにしてみれば戦いが起こらずにすめばそれがいいと判断したのだろう。
正面から戦えば、自分達が絶対に勝つ。
そう思ったからこそ、ミルスは無駄な戦いをしなくてもいいのならと考えてそう言ったのだ。
「分かった。もしかしたら……本当にもしかしたらだが、そういう風になる可能性も否定は出来ないしな」
レイは大人しくドーラン工房が降伏する可能性はまずないだろうと考えている。
だが、この部隊を率いるミルスがそう言うのなら、一応その言葉に従ってもいいだろうと判断したのだ。
それにもしかしたら……本当にもしかしたら、大人しく降伏してくるかもしれないのだから。
「お、おい。本当にいいのか? ミルス一人で行かせても。いきなり向こうがゴーレムを出してきたらどうするつもりだ?」
レイの隣にいた男が、ドーラン工房に近付いていくミルスを見てレイに尋ねる。
男にしてみれば、ドーラン工房にいる者達に対して降伏勧告をするのは、別にミルスがわざわざ一人でやらなくてもいいと思えた。
それこそ、誰か代理を向かわせれば、それでいいのだろうと。
だというのに、ミルスはわざわざ一人で向かったのだから、それに対して思うところがあるのは当然だった。
「安心しろ。もしゴーレムが出て来たら、俺がどうにかする」
そう言うレイの手には、デスサイズと黄昏の槍が握られている。
もしミルスに向かって向こうが何かしようとしてきたら、即座に黄昏の槍を投擲するつもりだった。
とはいえ、それはあくまででも巨大なゴーレムが出て来たらの話であって、小型のゴーレムが出て来た場合は、黄昏の槍の投擲は少し難しいだろうが。
(もし小型のゴーレムが出て来た場合は、直接攻撃する為に動くしかないな。出来ればそういう風にならないといいけど)
そんな風にレイが思っていると、やがてミルスはドーラン工房の門の前に到着する。
当然ながら、門番も何もいない以上は誰かが出て来るといった様子はない。
「聞いて欲しい! 現在、ドーラン工房には捕縛命令が出ている! それを出したのは、ドワンダさんとローベルさんだ! そしてダイラスさんは、聖なる四会合の中で暴れ回って多くの死傷者を出した! 大人しく降伏して欲しい! 今ならまだどうにかなると思う! 聞いているだろう!?」
叫ぶミルスだったが、ドーラン工房の建物から特に何か……あるいは誰かが反応する様子はない。
ミルスの行動を見ている者達にしてみれば、何も反応のないこの状況の方が、ミルスに被害がないという時点で悪くないと思えるのだが。
しかし……このまま何も起きないで欲しいというそんな思いは、次の瞬間には砕け散る。
ドーラン工房の壁を破壊するように、多数のゴーレムが姿を現したのだ。
「ちっ、やっぱりこうなるか。……というか、俺が思っていたよりもゴーレムの数が多くて、驚きだな!」
その声と共に、レイの投擲した黄昏の槍は空気を斬り裂きながら飛び、ミルスの一番近くにいたゴーレムの胴体を破壊した。
……本来なら、ゴーレムの弱点は体内にあるゴーレムの核なのだが、黄昏の槍の一撃は胴体そのものを破壊するには十分な威力を持っていた。
勿論、ゴーレムの中には弱点である核を胴体ではなく頭部であったり、場合によっては腕にある変わり種もいる。
しかし、そのような変わり種であってもゴーレムの身体の中心部分となる胴体を破壊されてしまえば、幾らゴーレムの核が壊れていなくても動けなくなる。
それは人の魂を使って作られた高性能なゴーレムであっても変わらない。
『うおっ!』
レイのいきなりの行動……より正確にはレイの放った投擲の一撃の威力の凄まじさに、見ていた者達は揃って驚きの声を上げる。
驚きの声の中には、黄昏の槍の能力で投擲したにも関わらず手元に戻ってきたというのが大きかったのもあったのかもしれないが。
「ほら、ぼけっとしてるな! 向こうはゴーレムを出してきた! こうなった以上、ドーラン工房が大人しく降伏するつもりはないぞ!」
レイのその叫びに、今の一撃に驚いていた者達が我に返って武器を抜く。
そんな様子を見ながら、レイはセトと共に真っ先に走り出す。
なお、ミルスは門の前にいたのではゴーレムに狙われるだけだと判断したのか。レイ達のいる方に向かって走っていたのだが……
「ミルス、左に跳べぇっ!」
門の近くまでやって来たゴーレムが腕に直接取り付けられている弓を引いているのを見て、レイは咄嗟に叫ぶ。
ミルスはそんなレイの叫びに素早く反応し、左に跳ぶ。
そして一瞬前までミルスの身体のあった場所を、ゴーレムの射った矢が貫く。
ただし、五m程の大きさを持つゴーレムの射った矢だ。
その矢は人間が使うような普通の矢ではなく、バリスタの類で使うような……それこそ槍と呼ぶに相応しい大きさをしている。
そんな巨大な矢が、ミルスのいた空間を貫き、そのまま真っ直ぐレイに向かって飛んでくる。
「はぁっ!」
普通の冒険者なら回避するのも難しいだろう矢だったが、レイにしてみれば矢……というよりも槍が飛んできたようなものだ。
デスサイズを素早く振るい、その巨大な矢を斬り落とす。
ざわり、と。
レイの背後にいた者達がざわめくも、当然ながらレイはそんな後ろの様子に構わずに走り続け、ミルスとすれ違うようにドーラン工房の敷地内に向かう。
そんなレイの横にはセトが走っており、一人と一匹はあっさりとドーラン工房の敷地内に入り、まず最初にやったのは弓を持つゴーレムを倒すことだ。
レイにはあっさりと斬り落とされたが、攻城兵器として有名なバリスタを武器として持ち歩いているようなゴーレムだ。
レイなら今のように斬り落とせるし、セトもまた高い身体能力で矢に対処するのは難しくはない。
だが……それはあくまでもレイとセトだからだ。
それ以外の者、特に今レイ達の後ろにいる冒険者達の中に対処出来る者がいるかとなると、それは難しいだろう。
だからこそ、レイは味方の被害を減らす為に、まずはゴーレムを対処した方がいいだろうと判断したのだ。
ゴーレムとの間合いを詰めたレイだったが、驚くべきことにゴーレムは既に第二射の準備をすませていた。
普通のゴーレムなら到底無理な行動なのだが、それでも問題なく出来る辺り、人の魂を素材にした核を使っているゴーレムだけのことはあるのだろう。
(とはいえ、後一射)
ゴーレムが矢を新たに準備する速度はかなり早いものの、それでも間合いを詰めるレイとセトの速度を考えれば、後一射が限界の筈だった。
レイとセトが揃ってゴーレムに近付く。
こういう時、矢を射るのが人間であれば、レイとセトのどちらを狙うのかで迷う。
迷わないような者もいるが、大抵の相手は迷うだろう。
しかし、ゴーレムの場合はそのような迷いはなく……真っ直ぐレイに向かって再び矢を射った。
レイは最初に射った矢をデスサイズで斬り落としたので、ゴーレムにとってはレイの方が厄介な相手だと認識されたのだろう。
ある意味その判断は間違っていない。間違っていないが……だからといって、セトを野放しにしたのは悪手だった。
「グルルルルゥ!」
雄叫びを上げながら、セトはゴーレムに向かって突っ込んでいく。
セトにしてみれば、敵のゴーレムはレイに二度も攻撃した相手だ。
とてもではないが許せる相手ではなかった。
地面を蹴って跳躍し、ゴーレムの頭部目掛けて突っ込んでいく。
ゴーレムもレイに向かって攻撃をしていたものの、そんなセトの存在が危険だと判断したのだろう。
それでも今の状況でセトに攻撃をしても迎撃出来るとは思わなかった為か、弓が装備されている方の腕を持ち上げる。
ゴーレムとしては、自分の最大の武器を盾代わりにはしたくなかったのだろうが、セトの跳び掛かった方向はゴーレムの弓を装備している腕の方だった為に、防ぐにはそうするしかなかったのだ。
「グルルルルゥ!」
セトがパワーアタックのスキルを使った一撃を放つ。
それを見た者達は、目の前の光景が全く理解出来なかっただろう。
何故なら、セトの一撃によってゴーレムは粉々に砕けたのだから。
勿論、セトがグリフォンであるというのは知っていた。
それでも、まさかこのような状況になるとは見ている方にしてみれば完全に予想外だったのだろう。
そんな中で特に驚いた様子を見せていないのは、レイだけだ。
セトの力を知っているからこそ、そんなセトを信じることが出来たのだろう。
人の魂を使っている高性能なゴーレムの為か、セトの一撃を防ごうと半ば反射的に弓を装備している腕を盾にしたのは、素早い判断だった。
実際、攻撃をしたのがセトではなく……勿論レイでもなく、ミルスや他の冒険者達であれば、その一撃を防ぐような真似も難しくはなかっただろう。
しかし、今回は明らかに相手が悪いとしか言いようがなかった。
そうして砕け散ったゴーレムに、一瞬だが他のゴーレムも驚いた……というか正常な判断が出来なかったのか、動きを止める。
そんな中で、唯一動きを止めていなかったレイはデスサイズと黄昏の槍を手に、残ったゴーレムに向かって突っ込むのだった。