2854話
リーダーが倒され、ドーラン工房の冒険者達は戦闘意欲をなくしてしまう。
元々数で負けていたのを、報酬で士気を上げて無理矢理戦いに参加させたのだが、その士気を上げた人物……ドーラン工房との繋がりが一番強い人物があっさりとレイにやられてしまったのだ。
それを見て、ドーラン工房側の冒険者にまだ士気を保って戦い続けろというのは無理な話だった。
「レイ、助かった。ありがとう」
敵のリーダーを倒したレイに、ミルスがそう感謝の言葉を口にする。
ミルスにしてみれば、この戦いで自分達が負ける訳にはいかなかったのだから、その戦いを素早く終わらせてくれたレイに感謝の言葉を口にするのは当然だろう。
「気にするな。そこまで強い相手って訳でもなかったしな。……で、問題は降伏した連中をどうするかだ。逃げた奴は取りあえず今はそのままでいいとして」
「それについては問題ない。警備兵の人達と相談して、取りあえずは詰め所にある牢屋に入れておくことにしたから」
「それは……いいのか? 警備兵の中にも、ドーラン工房と繋がってる奴はいるだろ」
ジャーリス工房を冒険者が襲撃した件で、それはレイにもよく分かっていた。
冒険者達がジャーリス工房を襲撃している時は、警備兵が出て来ることは全くなかった。
だが、レイがジャーリス工房にやって来て襲撃していた冒険者を撃退すると、まるでそのタイミングを待っていたかのように――実際に待っていたのだろうが――警備兵が姿を現したのだ。
それでも結局、レイが実力で抵抗すると口にした為か、恐れをなして逃げ去ったが。
それ以外も、警備兵とぶつかりそうになったことはかなりある。
だからこそ、レイは警備兵の詰め所にある牢屋に冒険者達を閉じ込めておくというのは、向こうにむざむざと戦力を回復させるだけなのではないかと疑問に思う。
とはいえ、レイもエグジニスの警備兵全てがドーラン工房と繋がっているとは思っていない。
警備兵の会話を盗み聞きしたり、あるいは警備兵の動きから、きちんと警備兵として仕事をしている者がいるのも十分に理解していたのだから。
「大丈夫だ。ドワンダさんやローベルさんのおかげで、ドーラン工房には以前までのような影響力はない。時勢を見る目のある奴なら、ここでドーラン工房に味方をするといったような真似をする奴はいないだろ。……勿論、絶対とは言い切れないけど」
そうミルスが言ったのは、時勢を見る目のない者がいるだろうというのもあるし、あるいは報酬以外の何か……それこそ恩や義理といったものでドーラン工房に味方をする者がいないとも限らないからだろう。
それでもドーラン工房に従っていた大半の警備兵は、素直にレイ達に……より正確にはドワンダやローベル達の側につく筈だった。
「ミルスが大丈夫だと判断したのなら、俺はそれで構わない。今の状況を考えれば、その判断が間違っているとも完全には言えないしな」
「レイに納得して貰えて嬉しいよ。じゃあ、捕虜についてはそういうことで」
一応この部隊を率いているのは、ミルスだ。
だが、この部隊の中で最高戦力が誰なのかと言われれば、恐らく全員がレイだと答えるだろう。
レイの外見はともかく、その実力は深紅の異名を持つランクA冒険者と呼ばれるのに相応しいのだから。
だからこそ、ミルスはどうしてもレイに気を使う必要があった。
もっとも、ミルスは何故自分が現在のような地位にいるのか、まだ完全に納得した訳ではないのだが。
それこそミルスにしてみれば、実力という一点でレイこそがこの部隊を率いるのに相応しいと、そう思っていた。
「ああ、じゃあ捕らえた冒険者達についてはそういう感じで頼む」
「警備兵の連中にすぐ頼んでくるよ。……ああ、そう言えばさっきの戦いでは結局ゴーレムが援軍として来ることはなかったな」
「普通に考えれば、冒険者たちは捨て駒だったんじゃないか?」
「いや、だが……冒険者という戦力を捨て駒にする必要がどこにある? ここでゴーレムを出していれば、こっちにとっても不利になったのは間違いないのに」
「だとすれば、ゴーレムの数が足りなかったとか」
スラム街での戦いで、結構な数のゴーレムがレイとセトに倒され、その残骸はミスティリングに収納されている。
そうである以上、ドーラン工房がゴーレムを用意出来なくても仕方のないことではあった。
「だとすれば、向こうはその件を知ってたと思うか? 冒険者達は、ゴーレムの援軍から来るからというのと、特別な報酬というのを目当てにして俺達に戦いを挑んで来たんだ」
ミルスの口から出た言葉には、強い不満の色がある。
敵対していたとはいえ、自分と同じ冒険者を騙していたのが面白くないのだろう。
レイにしてみれば、敵のリーダーが口にした言葉を素直に信じる方がどうかしていると思わないでもなかったが。
そう言うと、ミルスは不承不承ながら納得した様子を見せる。
「むぅ……分かった。色々と不満はあるが、今はまず上から任された仕事を片付ける方が先か」
「俺もそれがいいと思う。今はとにかく、ドーラン工房を制圧するのを優先した方がいい。もし敵にゴーレムがいるのなら、それこそ今度は間違いなく出してくるだろ」
正直なところ、レイにも何故ここでドーラン工房がゴーレムを出してこなかったのかは分からない。
例え冒険者達を捨て駒として使っても、そこにゴーレムを投入すればレイ達の戦力を減らすという意味では十分に効果はあった筈だ。
だというのに、何故そうしなかったのかは分からないが、それでもドーラン工房を制圧する為に近づけば、ドーラン工房も大人しく降伏するといったような真似をするつもりではない限り抵抗するのは間違いない。
(大人しく降伏……可能性はあるか? こっちでダイラスを押さえたと言えば、もしかしたら降伏するかもしれないけど、降伏すれば待っているのは絶望の未来だけだ。なら、徹底抗戦……いや、逃げる? けど、逃げてもゴーレムを連れていない錬金術師なんか雑魚だし、かといってゴーレムを連れて逃げれば目立つ。だとすれば、ドーラン工房の技術を持って、他の工房に逃げ込む?)
それが一番可能性が高いように思えたのだが、ドーラン工房のゴーレムの肝はネクロマンシーで人の魂を使って作ったゴーレムの核だ。
そしてネクロマンシーによって人の魂を取り出すという儀式は、レイが奪った祭壇があってこそのもの。
ネクロマンシーを使えない状態では、ドーラン工房の錬金術師はこれといった特徴のない、普通の錬金術師でしかない。
あるいはドーラン工房に置かれていた、まだゴーレムに組み込まれていない人の魂を素材にしたゴーレムの核を持っていくといった可能性もあったが、それだって使ってしまえばもう意味はない。
……そもそも、ネクロマンシーを使ったゴーレムの技術を受け入れる工房があるかどうかというのが、大きな問題でもある。
ドーラン工房がネクロマンシーを使ったゴーレムの件――実際にはそれ以外にもダイラスとの繋がりという点が大きいのだが――によって制圧されたと聞けば、普通ならそのような相手を受け入れたりはしないだろう。
(錬金術師の中には、それでもドーラン工房の技術を知りたいと思う者はいると思う。だとすれば、そんなことになるよりも前に、出来るだけ早く行動する必要があるか)
そう判断したレイは、改めてミルスに向かって話し掛ける。
「ドーラン工房の錬金術師達が逃げ出すかもしれない。その前に、出来るだけ早く身柄を押さえておきたい。急いで移動しよう」
「ん? ああ。分かった。レイがそう言うのならそうしよう。俺もここで無駄に時間を使うのはどうかと思うしな」
そう言うと、ミルスはレイの前から去っていく。
先程話したように、降伏した冒険者達を警備兵の詰め所にある牢屋に入れるように指示をしに行ったのだろう。
(とはいえ、詰め所にある牢屋はそこまで大きな訳じゃない。冒険者の数を考えると、地獄だろうな)
ドーラン工房に従っていた冒険者は、なんだかんだとそれなりに数が多い。
逃げ切った者もいるが、それでも降伏した者の方が多かったのだ。
あるいは、ミルス達に倒されて気絶したり、身動きが出来なくなっていたような者達も。
そのような人数が狭い牢屋に閉じ込められるのだから、それこそ寿司詰め状態といったような状態になってもおかしくはなかった。
もっとも、それは結局ドーラン工房に雇われた冒険者達が自分で選んだが故の結果だ。
そうである以上、レイとしてはこれ以上何かを言うようなつもりはない。
「グルルルゥ?」
そんなレイの様子を見て、セトがどうしたの? と喉を鳴らす。
レイはセトを撫でながら、何でもないと首を横に振った。
「ちょっと考えごとをしてただけだよ。それより、これからドーラン工房だ。以前とは違って、今回は正面から乗り込むことになる。……セトはどうするかがまだ決まってないけど」
レイは以前ドーラン工房に侵入したことがある。
その時、セトは建物の中に入らずに外で待機していた。
しかし、実際にドーラン工房の中に入ったレイは、建物が結構な広さを持っているのに驚いた。
とはいえ、それはある意味で当然だろう。
ドーラン工房で作られたゴーレムは、移動させて外に出す必要があるのだから。
勿論、作ったゴーレムを外に出すのは決まった場所からやればそれが一番手っ取り早い。
しかし、それを行えば対処の難しいことが起きることもある。
そうしたいざという時の為に、ゴーレムも通れるような通路が用意されていたりもする。
そのような広い通路であれば、セトが移動するのも難しい話ではない。
……もっとも、レイとしてはドーラン工房から逃げ出すような相手がいた場合、それを見つけて捕らえるという意味でセトには外にいて欲しいのだが。
「グルルルゥ? グルルルゥ、グルゥ!」
これからドーラン工房だということで、やる気を見せるセト。
そんなセトを撫でたりしていると、やがて指示を出し終えたミルスが戻ってくる。
「レイ、こっちの準備は整った。もうドーラン工房に向かえる。……行くけど、いいよな?」
「俺はそれで構わない。出来るだけ早くドーラン工房に行きたいし。それに、ここで俺達を待ち伏せしていた冒険者達を倒したんだから、多分後はドーラン工房に到着するまで妨害するような相手はいないと思う」
それはあくまでも予想だったが、ドーラン工房にしてみれば戦力を小出しにする必要はない。
……もっとも、それを言うのなら冒険者達を捨て駒にする理由も分からなかったが。
「だといいんだけどな。とにかく進もう。いつまでもここに留まっていると、また余計な面倒を引き起こしそうだ」
そう言うミルスの視線は、周辺の通路に向けられている。
その視線の先には何人かの人影があった。
当然ながら、それはレイ達の味方という訳ではなく……同時に敵という訳でもない。
具体的には、周辺にある建物……ドーラン工房とはまた違う工房から、一体何があったのかと様子を見に来た者達だ。
この辺りはドーラン工房に繋がる道だが、だからといって他の工房が存在しない訳ではない。
だからこそ、そのような工房からは一体何があったのかと気になるのは当然だろう。
あるいは、街中で戦っているので、それが自分達の工房に被害が出ないかと心配をしているのかもしれないが。
そんな者達からの視線には、一体何があったのかといった恐怖や、それ以外にも嫌悪の表情を浮かべている者もいた。
とにかく今は自分達に被害が及ばないようにして欲しいという視線を向けられ、レイはこのままここにいるのは不味いと判断する。
そうである以上、まずはこの場を離れた方がいい。
今ここで、急いで何かをしなければならない必要はないのだ。
そうである以上、ここでさっさと動いた方がいいのは間違いない。
「ああ、いつまでもここにいると、ドーラン工房だけじゃなくて他の工房まで敵に回してしまうかもしれない。そうならない為には、出来るだけ早くここを離れた方がいい」
レイ達がローベルやドワンダの指示によって動いているのは事実だが、それでもやはり自分達の工房の近くで戦いを起こして欲しくないと考えるのは当然だろう。
レイもその気持ちは十分に理解出来るので、出来るだけ早くこの場を離れた方がいいというミルスの言葉には賛成する。
こうしてレイ達は急いでその場から離れてドーラン工房に向かう。
レイ達がいなくなったことで、自分達の工房の側で戦いが終わったと判断した者達は、安心しながら……そしてレイ達の存在に疑問を抱きながら自分達の工房に戻るのだった。