2852話
ざっざっざ、と。
かなりの人数の冒険者達が街中を歩く。
その先頭にいるのはミルス。
レイとセトもそこにはいて、今はドーラン工房に向かっていた。
普通ならこのように多数の冒険者が一度に移動していれば、一体何があったのかと警備兵が集まってきてもおかしくはないのだが……レイ達の中には、警備兵の姿もある。
「ちょっと、一体何なのかしら……」
「うーん、分からないわね。でも、見た感じだと暴れているって感じでもないし。そういう意味では、問題ないんじゃない?」
そんな集団が移動しているのを見れば、当然ながらそれに疑問を持つ者も多い。
特に主婦にしてみれば格好の噂のネタだろう。
これで移動している集団が暴れながら移動しているのなら、近付きたくないと思う者もいるのだろうが、移動している集団は整然と……という訳ではないものの、特に暴れるといったような真似はしていない。
だからこそ、歩いている集団を見ても少し驚きはするものの、逃げ惑うといったようなことはないのだろう。
中には移動している集団の中に顔見知りの冒険者の姿がいる者もいたが、その真剣な表情を見れば声を掛けるといったような真似は出来なかった。
(目立ってるな。……いやまぁ、セトがいる時点で目立つのはしょうがないんだから、それで更に目立ってもおかしくはないのか。多分だけど)
集団の先頭辺りを進むレイは、自分達に多数の視線が向けられているのには当然のように気が付く。
とはいえ、レイの場合は元から人の視線を集めることが多い。
セトと一緒にいるので、それはどうしても避けられないのだ。
あるいはミスティリングを持っていて目立つこともあるだろう。
だからこそ、レイは現在のように視線を集めていても特に気にしない。
寧ろ今は周囲に多くの者がいるので、視線を集めてはいるが、レイとセトだけで行動している時と比べると、自分に向けられる視線は減っている。
「レイ、今更の話だが、このままドーラン工房に向かって大丈夫なんだよな?」
「本当に今更だな。そもそも、ドーラン工房に行くと言ってこの連中を扇動したのはミルスだろ?」
「扇動って……そういう露骨な表現はやめて欲しいんだが。別に俺にはそういうつもりはなかったんだし」
レイの口から出た扇動という言葉は、ミルスにとって不本意な評価だったのだろう。
不満そうな様子を見せるものの、レイはその表現を変えるつもりはない。
ミルスにその気がなかったとしても、聖なる四会合を行う建物の外にいた者達をその気にさせて、ドーラン工房の制圧に向かう戦力にしたというのは、間違いのない事実なのだ。
そうである以上、レイの言葉が正しいのは間違いなかった。
「理由はどうあれ、これだけの戦力があるのは大きい。……とはいえ、ゴーレムを相手にした場合はどうなるか分からないけど」
「それだよな」
と、レイとミルスの会話に、一人の男が割り込んで来る。
それは、レイやミルスと同じく建物の中にいた冒険者の一人。
ドワンダに雇われている冒険者の一人で、少しでもここで手柄を挙げたいと思ってレイ達と一緒に行動することにした男だったが……それだけに、現在こうして多くの者と一緒に移動している状況では色々と思うところがあるのだろう。
「ドーラン工房のゴーレムは高性能だって聞くし、実際にそうして売り出していてどこからも文句は来てないんだろうが……本当にそんなゴーレムを相手に、どうにか出来ると思うか?」
「出来るかと言われれば、そうだな。やろうと思えば出来ると思うぞ。実際に俺やセトは以前戦った時にどうにか出来たし。それに……希望的予測だから絶対とは言えないけど、もしかしたらゴーレムは出て来ないかもしれないし、出て来ても数は少ないかもしれないな」
そう言うレイの言葉には不思議な説得力がある。
実際にスラム街でレイとセトは結構な数のドーラン工房のゴーレムを破壊し、その残骸は現在ミスティリングに収納されていた。
ドーラン工房が全てのゴーレムをスラム街に投入したという訳ではないだろうが、それでもレイやセトによって大きな被害を受けたのは間違いのない事実。
そうである以上、ドーラン工房が用意するゴーレムは少ないというのがレイの予想だった。
(けど、ドーラン工房のゴーレムだ。他にもゴーレムの隠し球とかあるかもしれないから、完全に安心するといった真似は出来ないんだよな)
スラム街でゴーレムが散々に倒されたのだ。
それを考えれば、レイやセトのような強敵を倒すことが出来る強力なゴーレムを作るといったような真似をしても、おかしくはない。
とはいえ、スラム街でゴーレムが倒されてからすぐゴーレムを作るにしても、そう簡単にゴーレムが作れる訳ではないだろう。
適当なゴーレムを作っても、それこそすぐに倒される可能性が高いのだから。
「グルルルルゥ?」
レイが何を考えているのか理解したのだろう。
レイの隣を歩いていたセトは、自信ありげな様子で喉を鳴らす。
セトにしてみれば、レイの邪魔をするゴーレムがいるのなら自分が倒してみせると、そう考えているのだろう。
そんなセトの思いを理解したレイは、そっとその頭を撫でてやる。
「ありがとな、セト」
「……今のでセトが何を考えてるのか分かるってのは、正直凄いよな」
言葉の通じないレイとセトだったが、しっかりと意思の疎通が出来ているのを見たミルスは、驚きと呆れの混ざった表情でそう告げる。
とはいえ、そのようにされてもレイにとってセトと意思疎通出来るのは普通のことでしかない。
今更そのようなことで驚かれたり感心されたり、あるいは呆れられたりしても、レイにとってはそこまで気にするようなことではなかった。
「それで……」
「ちょっと待て。どうやら向こうの方から先手を打ってきたようだぞ。……どうやってこっちの動きを知ったのかは分からないけど」
ミルスの言葉を遮るようにレイは言う。
既にレイ達は大通りから離れ、ドーラン工房に向かう道を進んでいたのだが、そんな中で進行方向から人の集団がやって来たのだ。
ドーラン工房のある方からやって来たのだから、当然のようにそれが敵なのは間違いないだろう。
事実、向こうからは敵意をしっかりと感じることが出来たのだから。
(こっちの動きは……まぁ、普通に考えればスパイ、もしくは裏切り者がいるんだろうな。それもダイラスの雇った冒険者か部下に)
ダイラスの部下、それもダイラスの裏の顔を知ってる者にしてみれば、このままの流れは不味い。
勿論、これだけ多くを知られてしまった以上、全てをなかったことにするといったような真似は出来ないだろう。
だが、それでも自分が捕まらないようにする為の時間稼ぎとして考えた場合、レイ達がドーラン工房を制圧しに向かうという情報を流すのは悪い話ではない。
(もしかして……本当にもしかしての話だけど、実はドーラン工房の戦力で俺達を全滅させて、全てをなかったことにする……なんて可能性はないよな?)
普通に考えれば無理だというのはすぐに分かる。
しかし、ドーラン工房に情報を知らせた者が深く考えていない者であった場合、ここでレイ達を全員殺してしまえば全てを隠すことが出来ると、そう思ってもおかしくはない。
「この先にはドーラン工房しかないぞ! 一体何をしに行くつもりだ! それもそんな大人数で!」
ドーラン工房から来た者達が動きを止めると、その先頭にいる人物がそう叫ぶ。
このような場でこうして喋っているのを見ると、あの男がドーラン工房側の冒険者を率いている人物なのだろう。
レイはミルスに視線を向ける。
そのような視線を向けられたミルスは、この場で自分が出るのか? といった表情を浮かべる。
ミルスにしてみれば、この中で最強の人物はレイだし、深紅のレイとして名前も知られているのだから、ここはレイが出るべきだと思ったのだろう。
だが、もしここでレイが出た場合、ダイラスに雇われていてレイに敵意を抱いている者が納得出来ない。
だからこそ、ここはミルスに出て貰う必要があった。
(それに、ダイラスの件を演説して、あの場にいた者達を説得したのはミルスだし)
この場にいる者の多くは、ミルスの言葉によってここまでやって来たのだ。
そうである以上、当然ながらここで代表として前に出るべきなのはミルスだった。
……ミルスの説得という形になってはいるが、実際にはそうした方が利益になるからという打算からミルスの言葉に従った者が多かったのは、間違いのない事実なのだが。
「ほら、行け。後ろの連中もミルスが出るのを期待しているぞ」
その言葉が決定的となり、ミルスはもうこれ以上逃げることは出来ないと判断したのか、一歩前に出る。
「ドーラン工房は制圧するようにドワンダさん、ローベルさんから命令が出ている! それを邪魔するという事は、エグジニスの最高責任者達に逆らうということを意味している! 分かってるのか!」
ざわり、と。
ドーラン工房側の冒険者達が、ミルスの言葉を聞いてざわめく。
まさかここでドワンダやローベルの名前が出て来るとは、思いもしなかったのだろう。
ましてや、自分達はドーラン工房……エグジニスの中でも最高の工房に雇われているのだ。
それだけに、まさか自分達よりも上の権威を持つ者が出て来るとは思ってもいなかった。
(それに、こうして見た感じだとダイラスについて知ってる奴はいないっぽいな。……いや、あの様子からして、率いている男は知ってるのか?)
レイの予想からして、ドーラン工房とダイラスの関係について知っている者はかなり少ないだろうと思っていた。
そういう意味では、一人であってもダイラスとの間にある関係を理解している者がいたのなら、それは十分多い方なのだろう。
「それがどうした! 例え上からの命令であっても、理不尽な命令には従うつもりはない! それがドーラン工房の意思だ!」
ドーラン工房側の冒険者を率いている者の叫びが周囲に響く。
上からの命令でも従わないというその言葉は、向こう側に雇われている者達を動揺させる。
従えば自分達にとって最悪の出来事となると理解している為に、男にしてみればそう言うしかないのだろう。
それでも男はドーラン工房に雇われている冒険者達を率いる立場にあるだけあって、それなりに名前が知られている。
それだけに、堂々と大声で理不尽な命令には従わないといったようなことを口にすれば、それなりに説得力がある。
「本当にそれでいいのか? お前達はこのままではただの反逆者、あるいは犯罪者ということにもなる。上からの命令であると知った上で逆らうのなら、最悪賞金首になってもおかしくはないんだぞ!」
叫ぶミルスの言葉は、かなり大袈裟なものだった。
実際に今回の件で賞金首にまでなるかどうかと考えると、難しいだろう。
少なくても、側で聞いているレイにとってはそのように思えた。
(賞金首になると断言してる訳でもないんだから、それでいいのか?)
ここで断言をしていれば、後で問題になる可能性も幾らかあったかもしれない。
だが、ミルスの口から出たのは、賞金首になるかもしれないという言葉なのだ。
それを思えば、確実に賞金首になると言い切っている訳でもないので、恐らく問題はないと思われる。
そして、ミルスのその言葉はドーラン工房に雇われている冒険者達に、小さくない衝撃を与えた。
冒険者にとって、賞金首になるというのは最悪の事態に近い。
賞金首になった場合は、ギルドのある村や街は移動出来ず、それこそ何か買い物をする場合、ギルドがない場所に行く必要があった。
それだけではなく、賞金首であるということは当然のように賞金稼ぎに追われることになる。
ましてや、ドーラン工房に雇われている冒険者達はエグジニスではそれなりに活動しているものの、実際の実力という点では決して突出してる訳ではない。
もし本当の意味で賞金稼ぎがやって来た場合、即座に殺されてもおかしくはなかった。
……賞金稼ぎが賞金首と戦う場合、基本的には殺すことが多い。
特別に何らかの理由があって、生け捕りの場合に限って賞金を支払うということもあるが……それは本当に稀なことで、ここにいる冒険者達が賞金首になってもそのようなことにはまずならないだろう。
「どうする? 賞金首になると、お前達だけの問題ではない。家族や友人、恋人……そういう者達にも迷惑を掛けることになるぞ!」
これもまた、事実。
賞金首になった場合、その情報を得ようとして賞金首の知り合いに接触する賞金稼ぎは多いのだから。
そんな風にミルスに言われ……ドーラン工房に雇われている冒険者達の士気は見る間に下がっていくのだった。