2851話
ドーラン工房を押さえに行くということで、レイはミルスを始めとした他の数人を引き連れて建物の外に出る。
そんなレイ達の姿を見れば、一体何があったのかと疑問に思って視線が集まるのは当然だろう。
先程、建物の中から出た男が近くにある鍛冶師の店に行って鉄棒を大量に購入してくるといったようなことになっていたのだから、余計に現在建物の中で何が起きているのかを疑問に思っている者は多かった。
外で待っていた者の中には建物の中に入ろうとした者もいたが、この建物は聖なる四会合を行う為の建物で、そのような真似をすると不味いと判断され、結局中に入る者はいなかった。
そんな建物の中から数人が纏まって出て来た……それもその中にレイがいるとなれば、それで視線を向けるなという方が無理だった。
しかし、建物の中から出て来た一行の中で、一歩前に出て口を開いたのはレイ……ではなく、ミルス。
本来ならレイが説明した方が手っ取り早いし説得力もあるのだが、建物の周辺に集まっている者の中にはダイラスに雇われている者もおり、そのような者達は昨夜の一件もあってレイを敵視している。
そんな中で建物の中で起きた一件は、これからドーラン工房の制圧に行くといったような話をレイがした場合、間違いなく大きな騒動になる。
少なくても、レイに敵意を持っている者はレイの話をまともに聞くといった真似はしないだろう。
……もっとも、だからといってレイの代わりにミルスが喋るにしても、その側にレイがいるとなれば、それだけで許容出来ないと思う者もいるかもしれないが。
それでも、取りあえずレイが言うよりは話を聞いて貰えるのは間違いなかった。
「聞いてくれ! これから話す内容は、とても信じられないと思うかもしれない。だが、これは間違いのない事実だ」
そう言い、一体これから何が始まる? といった様子で多くの者が視線を向けているのを理解しながら、ミルスは言葉を続ける。
「先程まで行われていた聖なる四会合において、ダイラスさんはその会議の場で突然暴れ出した」
最初、ミルスのその言葉の意味が分からなかったのだろう。
話を聞いていた多くの者が、一体何を言ってるんだ? といった疑問の表情を浮かべる。
ここにいる者の大半が知っているダイラスという人物は、エグジニスにおいても有数の善人と呼ぶに相応しい相手だ。
そうである以上、そんなダイラスが突然会議の場で暴れたと言われても、それを素直に信じるような真似は出来なかった。
「信じられないのは無理もない。実際、最初は俺も信じられなかったからな。だが……信じられない話は、これだけではない。ダイラスさんはただ暴れた訳ではなく、ネクロマンシーと呼ばれる魔法の力によってかなり強化されていた。そんなダイラスさんは会議の場だけではなく、護衛達の待機してる部屋にも乱入して暴れ、多くの死傷者が出た」
ざわり、と。
今のミルスの言葉を聞いた者の多くは、その言葉を本気で信じればいいのかどうか、迷う。
実際にダイラスという人物について知っているだけに、ミルスの言葉を素直に信じる訳にはいかなかったのだ。
そもそも、ここにいる者の多くが知っているダイラスは特に戦闘訓練を受けているような人物ではない。
そのような相手が、一体どうやって冒険者や兵士といった戦闘を生業としている者を倒せるのか。
ネクロマンシーで強化されたと言うが、話を聞いている者の中にはそもそも魔法について詳しくない者も多く、そのネクロマンシーが一体どういう魔法なのかが分からない者もいる。
あるいは、ネクロマンシーを知っていても何故ネクロマンシーでダイラスが強化されるのかといったようなことが理解出来ない者もいた。
「色々と思うところもあるだろうが、善人として有名だったダイラスさんに裏の顔があるのは間違いない。そして、ダイラスさんと繋がっていたのが、ドーラン工房だ」
再びのざわめき。
当然だろう。ダイラスについての話も驚きだったが、エグジニスに住んでいる以上、ドーラン工房が一体どれだけの存在なのか……それは考えるまでもなく、明らかなのだから。
そしてドーラン工房とダイラスが繋がっていたというのは、ここにいる者達にしてみれば驚き以外のなにものでもなかった。
「しょ……証拠はあるのか!」
不意に一人が叫ぶ。
ダイラスに雇われている冒険者だけに、ここでダイラスが悪人であるということになれば、それは色々と洒落にならない。そう思っての叫びだったのだろう。
そして一人が叫べば、同じくダイラスに雇われている者達の多くはそれに追随するように叫び始める。
しかし、何人もに証拠はあるのかと言われたミルスは、大きく息を吸ってから、吐き出すように叫ぶ。
「証拠はある!」
その一言に、証拠を出せと騒いでいた者達は黙り込む。
そうして黙り込んだ者の中には、二種類の者達がいた。
即ち、証拠がある以上はもしかして本当なのでは? と疑問を抱いた……ダイラスの裏の顔を知らない者達と、やられたといった表情を浮かべた……ダイラスの裏の顔を知っている者達。
そんな二種類の者達が黙り込んだところで、再びミルスは口を開く。
「今回聖なる四会合が行われた理由……それは、昨夜起きたダイラスさんの屋敷の襲撃に関係する内容だった。そしてそれを行ったのは、ローベルさんの手の者だ」
実際には手の者というよりは対等の協力者、あるいは同盟者とでも呼ぶべき存在なのだが、その辺は今は明らかにする必要はないことだとミルスも判断したのだろう。口には出さない。
とはいえ、建物の外にいる者のなかでも情報に鋭いものはその件について知ってはいたが。
「そして襲撃によって証拠は発見された。そのような証拠があり、それでこれ以上はもう駄目だと判断したダイラスさんがネクロマンシーの力で自分を強化し、ルシタニアさんを殺し、ドワンダさんも左肘から先を失った」
再びその言葉に聞いている者達がざわめく。
特にルシタニアに雇われたり仕えたりしている者達はショックが大きい。
前者は依頼が失敗したとして報酬が手に入らないのではないかと心配し、後者は主を失ったことによる衝撃により。
話を聞いていた者達も、それは変わらない。
ネクロマンシーで強化されたというのは聞いていたが、まさかそこまでの強さを得ているとは思いもしなかったのだろう。
正直なところ、レイもそれは同じ意見だった。
中途半端にネクロマンシーという魔法についての知識があるだけに、未だに一体どうすればネクロマンシーで生身を強化するなどといったような真似が出来るのかが分からない。
「そんな訳で、これから俺達はドーラン工房に向かう。正直なところ、まだ話していないことはかなりある。だが、今はまず少しでも早くドーラン工房にいる者達を取り押さえる方が先だ。……一応この件は依頼を受けている者は追加の依頼という形になると思うが、協力する者は一緒にドーラン工房まで来てくれ」
ミルスのその言葉に、冒険者や兵士達はそれぞれどうする? といったように戸惑う。
……そんな中で、最も戸惑っているのは警備兵達だろう。
もし今のミルスの言葉が正しい場合、それは警備兵にとっても多くの問題となる。
何しろドーラン工房によって買収されている警備兵は結構な数になるのだから。
それはつまり、本人の自覚の有無はともかく、客観的にはダイラスと繋がっていたということを意味していた。
「俺は、行くぞ!」
と、不意に集まっていた者の一人が叫ぶ。
周囲から様々な視線を向けられた男だったが、その男は視線に負けた様子もなく言葉を続ける。
「これは、下手をしたらエグジニスがどうにかなるかもしれないようなことなんだろう? なら、俺はエグジニスの冒険者としてそれに手を出さないという選択肢はない!」
その一言は、本心から言ってるからこそ周囲で話を聞いていた者達の心を動かす。
……中には余計なことをするなといった視線を向ける者もいたが。
そのような者達は、ダイラスの裏の顔を知っている者達だろうとミルスにも理解出来た。
だが、裏の顔を知っているとはいえ、知っているのは結局浅い内容でしかない。
何らかの致命的なことを知っているような者なら、外に置いておくといったような真似はせず建物の中に入れただろう。
もし建物の中に入っていれば、半ば暴走したダイラスに殺されていた可能性が高いのだから、ある意味運がよかったのかもしれないが。……本人の自覚はともかくとして。
「じゃ……じゃあ、私も行くわ」
一人が行くと言えば、それに続くようにもう一人がそう言い、他の者達もそれに続く。
ミルスがこれは追加の依頼という形になると、しっかり言ったのが大きかったのだろう。
「おい、ミルス。追加の依頼ってのは本当なのか?」
「ああ。ドワンダさんとローベルさんに話は通しておいたから心配ない」
いつの間に? と疑問に思ったレイだったが、実際にそれで話がスムーズに進むのなら、何の問題もない。
問題があるとすれば、レイもまた冒険者なのにその追加依頼に乗るといった形には出来ないことか。
レイの場合は依頼とは全く関係のない場所で動いているので、今更の話だが。
とはいえ、レイはオルバンから報酬として宝石の入った革袋を貰っている。
そこに入っていた宝石の価値を考えれば、それこそ大きな黒字となるのは間違いなかった。
「そうか。問題がないならいい。ローベル達なら冒険者に支払う報酬で困るといったことはまずないだろうし」
エグジニスを代表する商会を率いている二人なのだから、その辺の心配はいらないだろう。
(ダイラスとルシタニアの商会は……どうなるんだろうな)
勿論、大きな商会だけに後継者の類がいてもおかしくはないだろう。
しかし、それでもいきなり商会を率いていた者が死に、あるいは捕まったのだ。
前者はともかく、後者は商会が潰れてもおかしくはない。
そうなった場合、ダイラスの商会の販路の類は、他の商会が引き受けることになるだろう。
そういう意味では、結果的に得になったと見るようなことも……
(いや、出来ないか)
レイはすぐにその考えを却下する。
何しろ今回の一件は、最悪エグジニスの自治権が奪われるかもしれないのだ。
そう考えると、ローベルやドワンダにしてみれば多少利益は増えても、総合的に見た場合は自治権がなくなったことで最悪の結果になってもおかしくはなかった
「レイ? どうした?」
「ん? ああ、いや。何でもない」
やる気に満ちている者が多いこの場所で、まさか自分が将来的にエグジニスの未来は暗いと思っていた……などといったようなことを口に出来るはずもない。
もしこの場でそのようなことを口にした場合、最悪ドーラン工房に行くよりも前にここで暴動が起きてもおかしくはないのだから。
「ただ、ちょっとドーラン工房でどれくらいの抵抗があるのかと考えていてな」
「向こうにはそれなりに冒険者や警備兵がいるって話だったな。それを考えると、やはり大きな抵抗があると思った方がいい。向こうにとっても、ここで捕まれば最悪の結果しか待っていない。そうである以上、ここで大人しく捕まるといったことはないだろう。それに……ゴーレムもいる」
正直なところ、ドーラン工房を制圧する上で一番厄介なのは、生身の戦力という訳ではなくゴーレムだろう。
人の魂を素材にして作ったゴーレムの核を持つ、高性能なゴーレム。
レイにしてみればそこまで決定的な脅威という訳ではない。
しかし、それはあくまでもレイだからだ。
普通の……それもエグジニスの冒険者達にしてみれば、敵がゴーレムというだけで厄介な存在なのは間違いない。
その上で、更に人の魂を素材にした核をもつ高性能なゴーレムが相手となると、ドーラン工房に向かう者には相応の被害が出るのは間違いないだろう。
(皮肉だが、ジャーリス工房が襲撃された件が参考になるんだろうな)
ジャーリス工房が多数の冒険者によって襲撃され、それを防ぐ為にゴーレムも運用された。
ドーラン工房への襲撃は、その一件が参考になるのは間違いない。
「ゴーレムを相手にする時は、決して一人で戦おうとするな。複数で戦って、敵の注意を引き付けたところで攻撃をするといったような方法が望ましい。というか、そんな風にしないとゴーレムには勝てないと思うぞ」
そうレイが指示を出す。
いや、それは指示というよりはアドバイスか。
実際にここにいる者達がゴーレムと戦う場合、レイの意見を聞いて実行するかどうかというのは、正直なところ分からない。
レイとしては、取りあえずそう言っておけば最終的に話を聞いた者がどう判断しようが、特に気にするつもりはなかったのだが。