2850話
ダイラスについては、結局のところ厳重に見張るということで暫くの間はそのままにするということになった。
レイとしては、出来れば今回の一件は出来るだけ早く終わらせて欲しいと思っていたのだが……ことがことだけに、そう簡単にいかないと言われれば、レイも納得するしかない。
何しろこの一件は、エグジニスの今後にも大きく影響してくる。
ドーラン工房からゴーレムを買った者のうち、ネクロマンシーを使って人の魂を材料にしたゴーレムの核を使っているのを許容出来ない者は当然のように返品をしてくるだろうし、その際には代金の返金もあるだろう。
その辺りについてもどうするのかをきちんと考えておく必要があるし、それがなくても今回のような大きな騒動を起こした以上、上に……この場合は国に報告をしなければならない。
そうなると、当然のように国も事情を調べる為にやって来て、最悪の場合は自治都市ではなく貴族が治めるようになるかもしれない。
具体的にどこがどのようになるのかは、正直なところレイにも分からない。
それでも今の状況を考えると、エグジニスの住人にとって決して最良の結果とはならないだろう。
(とはいえ……それは俺が心配するようなことでもないのか)
レイにしてみれば、今回の一件はあくまでもエグジニスに住んでいる者達の問題だ。
レイも思いきり問題に首を突っ込んではいるものの、だからといってその問題が解決した後で、エグジニスの未来について自分が関わるといったようなつもりはない。
ドーラン工房を自由にさせたのも、その原因を作ったダイラスが暗躍出来たのも、エグジニスの問題だ。
もしエグジニスにいる者達がもっとしっかりとしていれば、今回のようなことにはならなかった可能性がある。
……あるいは、エグジニスの住人が何をしても、ダイラスやドーラン工房を止めることは出来なかった可能性もあったが。
「とにかく、ダイラスについては俺達に任せてくれ。今回の騒動を片付ける為にも、ダイラスの存在を有効に使ってみせる。……そうすれば、何とか最悪の事態は回避出来るかもしれん」
ドワンダのその言葉に、レイはオルバンとローベルを見る。
レイはあくまでもオルバン達の護衛としてここにやって来たのであって、ダイラスの身柄を捕らえたのはレイだったが、その後処理はオルバン達に任せるつもりだった。
少なくても、レイが自分でダイラスをどうにかするといったようなことは、全く何も考えてはいない。
「どうする? この件に関してはそっちで決めてもいいと思うけど」
「ドワンダだけに任せるのは色々と不味いだろうから、ローベルも関わった方がいいだろうな」
「そ、そうですね。め、迷惑を掛ける訳にはいかないですし」
オルバンとしては、この件をドワンダが片付けることによって、自分こそが現在のエグジニスの支配者であるといったように他の者達に思われるのは避けたい。
ローベルはその気弱な性格もあってか、どうしても侮られる傾向がある。
だからこそ、この状況で後始末を全てドワンダに任せた場合、ドワンダにその気があろうがなかろうが、どうしても影は薄くなってしまう可能性が高かった。
……ローベル本人は、そんなオルバンの考えを理解してるのかどうか、微妙なところだったが。
「分かった。その辺についてはそっちに任せる。……で、俺はこれからどうすればいい? ダイラスをこうして捕らえた以上、もう敵が襲ってくるといったことはないんだよな?」
「どうだろうな。今の状況を考えると、まだ他に何かを企んでいる相手がいてもおかしくはないと思うが……」
ドワンダが倒れているダイラスを見てそう呟く。
ダイラスがこのような真似をした以上、他にも何らかの敵がいる可能性は否定出来ない。
「とはいえ、これからもずっと俺がお前達と一緒にいる訳にもいかないぞ。それに……ダイラスが捕らえられたとすれば、ドーラン工房の方でも妙な動きをする可能性がある。出来るだけ早いうちにドーラン工房を占領した方がいい」
ダイラスはドーラン工房の裏にいた人物だったが、レイが見たところドーラン工房の者達の全てがそれを許容していたようには思えない。
……正確には、最初は問題がなかったのかもしれないが、それなりに長い間エグジニス最高の工房として扱われ、天狗になってしまったのではないかと思える。
そうレイが思った最大の理由は、やはりイルナラから話を聞いていたというのが大きい。
イルナラ達は不遇の状態にあっただけに、どうしてもその辺について察することが出来たのだろう。
あるいはそれがなくても、ダイラスが捕らえられたと知れば自分達はこのままでは危ないと判断し、自棄になって行動をしてもおかしくはなかった。
とはいえ、そのような真似をすれば最終的には力で押さえつけられることになって終わるのだろうが。
「そう、だな。この一件でどこが一番動揺するか……いや、暴走するかと考えれば、それはやはりドーラン工房だ。そうなる前に手を打った方がいい」
オルバンのその言葉は、ドーラン工房やダイラスについて調べていたからこそ、強い説得力があった。
「そういう訳だと、俺がドーラン工房に行った方がいいよな」
このままなし崩しにダイラスの見張りをさせられそうな予感がしたレイは、自分からドーラン工房に向かった方がいいと告げる。
実際、ドーラン工房にいけばゴーレムが……人の魂を素材にして作られたゴーレムが間違いなく敵として出て来るだろう。
この建物の中や外にいる冒険者や兵士達にドーラン工房のゴーレムの相手が出来るかとなると……勿論中にはある程度対処出来る者もいるのだろうが、エグジニスの冒険者は決して腕が立つ訳ではない。
その辺のゴーレムならともかく、ドーラン工房のゴーレムを相手にした場合、とてもではないが勝ち目はない筈だった。
勿論、そのようなゴーレムであっても多数の犠牲者が出るのを前提として戦いを挑めば、倒すことは出来るだろう。
しかし、当然ながらそのようなことになった場合、冒険者の被害は大きい。
これから間違いなくエグジニスが荒れるというのを考えると、治安を守る兵士や、いざという時に依頼が出来る存在は多ければ多い程にいい。
「やっぱりレイに行って貰うのが一番かもしれないな」
オルバンが冒険者や兵士の損耗について考えながらそう告げると、ローベルやドワンダもまた同意見だったのか、不承不承といった様子で頷く。
「どうやら納得して貰えたようだし……ダイラスが暴れた時の為に予備の戦力を置いていくとして、そうなると建物の側で待機している連中を連れていった方がいいのか?」
「そ、そうですね。で、出来ればそうして貰えると助かります」
ローベルも、この建物の中に入ることが許された戦力がこれ以上減るのは不味いと思ったのか、そう告げてくる。
だが、レイがローベルの言葉を聞いて周囲にいる者達を見ると、その中の何人かは自分も一緒に行きたいと、そう無言で主張していた。
ローベルやドワンダといったような、エグジニスを動かす者達に顔を覚えて貰う機会であり、それは後々大きな利益になるだろう。
あるいは殺されたルシタニアに雇われている者にしてみれば、雇い主が死んだ以上、新しい雇い主を探す必要もある。
そしてダイラスに雇われていた者にしてみれば、ここで自分はダイラスと関係ないということにしておかなければ、最終的に罪に問われる可能性もあった。
そのような諸々の理由はあるが……仲間の死体が大量に存在する場所にいたくないという思いが強い者もまた多かった。
場合によっては、ネクロマンシーで強化されたダイラスと戦わなければならないかもしれないという恐怖もある。
「そうだな。中にいる奴の中で何人か連れていった方がいいだろうな。外にいる連中は事情を理解していない。そんな中で俺が指揮を執るなんて言えば、間違いなく拒絶反応を示す奴がいる。そういう連中を説得する役割を持つ奴が必要だ」
そうレイに言われると、何人もがその言葉に納得したように頷く。
もしレイに自分の仲間が襲い掛かった場合、当然の話だがレイが大人しく殴られたままになる筈がない。
間違いなく迎撃するだろうし、迎撃すれば相手も興奮するだろう。
そうなれば、それこそ騒動は大きくなってしまう。
そうならないようにする為には、やはりしっかりと誰かがレイと一緒に行動して、建物の中で何があったのかを説明する必要がある。
「説明するのは俺がやろう。これでもそれなりに名前が知られてるから、一気に戦いになるといったようなことはないと思う」
そう口にしたのは、リンディとパーティを組んでいるミルスだ。
他の者達も、ミルスなら説得力はあるといったように頷いていた。
(そこまで影響力があるようには思えないけどな。……とはいえ、他の面々の様子を見る限りでは間違いないと思うけど)
少し疑問に思ったレイだったが、取りあえず面倒がないのならそれでいいと判断し……他にも何人かが一緒に行くことになる。
具体的には、ドワンダやダイラスに雇われていた者達だ。
特にダイラスに雇われていた者達にしてみれば、何とかして自分の安全は確保したいので、必死になるのも当然の話だ。
そうして話が決まると、動くのは早い。
「じゃあ、ドーラン工房に行ってくる。取り合えず捜査とかそういうのは他の連中に任せて、錬金術師を含めて現在ドーラン工房にいる連中を全員捕まえるってことでいいんだよな?」
「ああ、そうしてくれ。聖なる四会合で何が起きたのかは、まだ向こうも知らないだろう。つまり、油断をしている者も多い筈だ」
ドーラン工房の者達にしてみれば、ダイラスによって今日の聖なる四会合が開かれたというのは知っている。
そうである以上、この聖なる四会合ではダイラスが主導権を持って動かしていると考えてもおかしくはないだろう。
(いや、そもそもドーラン工房の中に、自分達の裏にいるのがダイラスだと知ってる奴がどれだけいるのか……それもちょっと疑問だな)
ダイラスにしてみれば、自分の正体は出来る限り隠したかった筈だ。
風雪がドーラン工房の後ろにいる人物としてダイラスだと突き止めるのに、かなりの苦労をしているのを見れば、それは明らかだろう。
……それどころか、風雪の者達ではダイラスはドーラン工房の裏にいるという状況証拠までは把握出来ても、決定的な証拠を見つけるような真似は出来なかった。
もしドーラン工房の錬金術師達がダイラスのことを知っていれば、そこから情報を入手していたのは間違いない。
そういう意味では、ドーラン工房の中でもダイラスについて知っていたのは、本当に限られた者だけだったのだろう。
「ドーラン工房で、誰が直接お前と繋がっていた?」
一応といった感じでレイはダイラスに尋ねてみるものの、それに対する答えは当然のように返ってこない。
無視をしてるのか、それとも何らかの理由――ネクロマンシーによる強化の影響が一番可能性が高いが――によって喋ることが出来なくなっているのか。
ともあれ、ダイラスはレイの言葉に返事をするようなことはなかった。
「レイ、その辺は後でこっちで聞き出しておく。今はまずドーラン工房に向かってくれ」
ドワンダがレイの様子を見てそう言ってくる。
オルバンとローベルもそんなドワンダの言葉に同意するように頷く。
今の状況を考えれば、少しでも早くドーラン工房を押さえる必要があると、そう考えてのものだろう。
実際にダイラスが暴れた一件を知った場合、ダイラスと繋がりのある者がどのような行動に出るのか分からない以上、少しでも早く動く必要があるのは間違いなかった。
「とはいえ、ドーラン工房は少なくない数の警備兵を買収して部下にしているぞ。俺を捕らえるようにという命令も出されている筈だ。……この建物に入る前は、そういう事もなかったが」
ローベルと一緒の馬車に乗っていたというのは、この場合は手を出せない大きな理由だったのだろう。
レイもそれは分かっているし、感謝しているが、ドーラン工房を守るとなると……そこには当然のように警備兵がいてもおかしくはなかった。
「警備兵を倒すのはしょうがないけど、殺したり重傷を負わせたりといったような真似はしないでくれ」
ドワンダにしてみれば、これからのエグジニスのことを考えると警備兵は多ければ多い程によく……だからこそ、そう告げたのだろう。
レイもわざわざここで面倒を多くするのもなんなので、その言葉に対しては素直に頷くのだった。