2849話
外に行っていた冒険者が、三十本近い鉄の棒を手に建物に戻ってきた。
鉄の棒はそれなりの長さがあるので、一本でも相当な重量となる。
さすがに一人で持ってくるのは無理だったのか、外にいた知り合いに頼んで一緒に持ってきたのだが……
「何だよ、これ……」
事情を知らない男は、目の前に広がっている光景に驚きの声を上げる。
当然だろう。邪魔にならないように寄せられたとはいえ、床の隅には結構な数の死体が転がっているのだから。
そして更に奥では、冒険者達が一塊になっているのだ。
それを見て驚くなという方が無理な話だった。
「気にするな。それよりも、鉄棒を早くくれ」
レイの言葉を聞いて、ドワンダに命じられて鍛冶師に鉄棒を買いに行った男がすぐレイに鉄棒を渡す。
そんな様子を見て、荷物持ちとして一緒にやって来た男もレイに鉄棒を渡す。
レイはそれらを一度全てミスティリングに収納すると、冒険者達に押さえ込まれているダイラスに向かう。
「ぐ……離しなさい! このままではエグジニスがどうなるか分かっているのですか? ゴーレム産業で繁栄したエグジニスも、そう遠くない間に寂れることになるのですよ!」
押さえ込まれていたダイラスが、このままでは不味いと判断したのかそのように叫ぶものの、その話を素直に聞くような者はいない。
ダイラスによって多くの者が殺されたのを、自分の目で見ているのだ。
そうである以上、ダイラスが何を叫んだとしてもそれを信じるといったような真似が出来る筈もない。
「ああ、そうだ。今更だが……この建物の床に穴を開けることになるけど、それは構わないんだよな?」
ミスティリングから取り出した鉄棒を一本手にしたレイが、そこで改めてローベルやドワンダに尋ねる。
レイにとってこの場所はただの建物という認識しかない。
だが、聖なる四会合がここで行われたということを考えると、もしかしたらこの建物は何か特別なのではないかと、そう疑問に思っての問い。
「構わん。この建物が重要なのは間違いないが、だからといってダイラスをこのままにしておく方がもっと危険だ。それに……このようなことになってしまった以上、最悪この建物は破壊される可能性も否定は出来ないからな」
ドワンダのその言葉は、レイにとっても納得出来るものだった。
今日だけで、一体何人がこの建物で死んだのか。
それは生憎とレイにも分からない。
それでも十人や二十人といった数ではないのは明らかで、それを考えると最悪この建物は不気味な場所、呪われた場所として破壊されてしまう可能性も否定は出来なかった。
ダイラスによって二階の床に大きな穴を開けられたのも大きいだろう。
「そうか。なら遠慮なく。……ダイラスの左足を押さえている奴、足首を押さえている奴以外はどいてくれ」
レイの指示に従い、ダイラスの左足を押さえていた者のうち、足首を押さえている者以外が手を離し……
「っと、させると思うか!?」
左足が軽くなったと判断したダイラスが足首を押さえている者を吹き飛ばそうとするも、レイがダイラスの左足のふくらはぎを踏んで動きを強引に止める。
「ぐ……」
千載一遇のチャンスを逃したことに悔しそうな声を上げるダイラスだったが、レイはそれに構わずに鉄棒をU字型に折り曲げると、ダイラスの膝の裏が動かないように床に突き刺す。
「ぐわぁっ!」
膝の裏側をしっかりと固めながら床に突き刺さった鉄棒は、半ば半分程ダイラスの膝の裏にめり込む。
痛みに声を上げるダイラス。
デスサイズや黄昏の槍で攻撃を受けても死なないのに、鉄棒での攻撃で足を固められたことで何故痛みに悲鳴を上げるのか。
正直なところその辺はレイにも分からなかったが、ダイラスが幾ら痛みに呻き声を上げてもそれを途中で止めるといったような真似はしなかった。
「次、足首だ。どいてくれ」
「あ、ああ」
膝裏を鉄棒で縫い止めたレイの様子に驚きを、あるいは怯えを覚えたのだろう。
足首を押さえていた者が離れた瞬間、ダイラスは何とか動く足首から先だけで攻撃をしようとするが、指先で触れただけで肉を抉られるというのは、既にやられた者がいるので攻撃出来る範囲内には誰もいない。
ましてやふくらはぎをレイが踏んで動けなくしている以上、足首から先で動ける場所は多くはない。
そんな足首にも膝裏同様に鉄棒を使って縫い付けると、ふくらはぎ、太股、そして右足も同様にし、手首、肘、肩、胴体、首……といったように次々と床に縫い付けていく。
そうした結果として、十分も経たないうちにダイラスは完全に張り付け状態となってその場から動けなくなる。
「よし、これでダイラスの生け捕りは問題ないな。……ただ、この状態でいつまでダイラスを捕まえておけるか分からない以上、出来るだけ早くどうするのか決めた方がいいと思うぞ。このまま生かしておくにしても、この鉄棒だけだといずれどうにか脱出したりしそうだし」
「分かっている。後で何かを考えよう。……しかし、改めて思うのだが、ダイラスは一体何をした? 何をどうやれば、このようなことが出来る?」
ドワンダは理解出来ないといった様子で完璧に床に張り付けられたダイラスを見る。
ダイラスはそんなドワンダの視線を向けられても、口を開く様子はない。
先程までは痛みに悲鳴を上げていたし、それを抜きにしてもエグジニスを発展させる為にということで自分の主張をしていた。
だというのに、今はこうして全く何も言わなくなってしまっている。
(マジックアイテムの効果だった場合、それが切れて何も言えなくなったとか? ……けど、身体をこんな風に変えるマジックアイテムなんてあるのか?)
普通に考えればないのだが、それでも完全にないと言い切れないのがマジックアイテムの怖いところだろう。
マジックアイテムという訳ではないが、レイの身体もまたゼパイル一門の技術によって作られたものだ。
そういう意味では、ダイラスの身体を今のような状態にするマジックアイテムがあってもおかしくはない。
あるいはダンジョンから入手した、いわゆるアーティファクトと呼ばれる古代魔法文明の遺産か。
アーティファクトかどうかはレイにも分からなかったし、あるいはマジックアイテムではなくそのような効果を持つスキルの使い手という可能性も考えられる。
その辺りについては結局のところレイにも理解は出来なかったが、とにかくダイラスが厄介な存在であるのは理解出来た。
……その厄介な存在も、こうして張り付けられてしまえば何も出来なくなるが。
「マジックアイテムか、スキルか、あるいは俺達が知らない何かか。……俺達が知らない何かの場合は、もしかしたらネクロマンシーの技術が……どうやら当たりか」
ドワンダに対してレイが口にしたネクロマンシー。
それを聞いた瞬間、ダイラスが本当に僅かだが緊張した様子を見せた。
ダイラスも本来ならそんなあからさまな行動はしないだろう。
しかし、現在のような状況になって焦っているというのもあるし、何よりも身体が普通と違う状態になっており、とてもではないがいつも通りに動くといったことは出来なかった。
「当たり?」
「ああ。俺がネクロマンシーと口にした時、僅かにだが反応した。それがこっちを混乱させる為にわざとそんな反応をした訳じゃない限り、ネクロマンシーで決まりだろう」
「だが……ネクロマンシーと今のダイラスの様子ではかなり違いすぎないか?」
レイとドワンダの会話に、オルバンがそう声を掛けてくる。
ローベルや、他にも話を聞いていた周囲の者達はそんなオルバンの言葉に同意する。
ネクロマンシーというのは、死霊であったり霊魂であったり、あるいは死体そのものを利用する魔法だ。
ゾンビやスケルトンを作ったりといったような真似が一番分かりやすいだろう。
そんなネクロマンシーを使って、一体どうやればダイラスのような状況になるのか。
レイの話を聞いていた者が疑問に思うのは当然の話だろう。
実際、レイもネクロマンシーという言葉に反応したからそう思っただけで、実際にネクロマンシーをどう使えばダイラスのような真似が出来るのかが分からない。
(けど、ネクロマンシーということで納得は出来たけどな)
身動きをしなくなったダイラスを見ながら、レイはそんな風に納得する。
ダイラスはドーラン工房と繋がっていた……より正確には、その裏にいた人物だ。
であれば、ネクロマンシーを使ってゴーレムの核を作っていたのを利用して、自分を強化するといったような真似が出来てもおかしくはない。
「具体的にネクロマンシーをどう使ったのかは分からないが……どうする? ネクロマンシーを使ってるのなら、浄化の魔法とかを使ってみるか?」
「生憎と、俺の部下に浄化を使える奴はいないな。ローベル、お前はどうだ?」
「い、いません」
ドワンダの言葉にローベルが首を横に振り、次にその視線はオルバンに向けられる。
だが、オルバンもその言葉に首を横に振り……最後にドワンダの視線はレイに向けられた。
「死体を燃やすという意味での魔法は使えるが、ゾンビとかスケルトンとか、あるいはネクロマンシーによって何らかの手を加えられたとなると、俺にも出来ないな」
レイは『弔いの炎』という魔法を使えるが、それはあくまでも死体をアンデッドにしない為に燃やす魔法でしかなく、ゾンビやスケルトンといったアンデッドの類には効果がない。
そのような中途半端な魔法ではあるが、レイの属性である炎以外に神聖魔法の要素も入ってくる為、莫大な魔力を持つレイであっても疲れを感じる程の魔力を消費することになる。
本来なら炎の魔法しか使えないレイが、炎属性と関係あるとはいえ神聖魔法の領分にまで手を出すのだから、そのコストはとんでもないものになるのは当然だった。
「そうか。レイならその辺もどうにか出来ると思ったんだがな。……けど、そうなるとダイラスをどうすればいいのか、本当に問題だ」
ドワンダが現在は殆ど身動きが出来なくなっているダイラスを見て呟く。
今はまだ、ダイラスが無理にでも動こうとしている様子はない。
しかし、それはレイがここにいるからだろうというのは、ドワンダにも理解出来た。
ネクロマンシーの力によって、圧倒的な身体能力を手に入れたダイラスだ。
だが、そんなダイラスであっても、レイにはろくに傷を負わせるような真似が出来ず、あっさりと捕らえられることになった。……実際にダイラスを押さえつけたのは、冒険者や兵士達だったのだが。
そのような真似が出来たのも、やはりレイがいたからだろう。
本来なら、ダイラスの高い身体能力によって……そして次々と殺された者たちによって混乱し、冷静な判断が出来なくなるのは間違いなかったのだから。
しかし、困った様子のドワンダに対して、レイはあっさりと口を開く。
「なら、やっぱりさっさと殺してしまった方がいいと思うけどな」
「それは難しいと言っただろう。ダイラスが悪人として有名なら、そのような手段も取れたのだろうが。……表向きは善人として有名だからな」
その言葉にオルバンやローベルもまた同意する。
やはり何をするにも、ダイラスの表向きの顔が邪魔なのだろう。
「私は……別にそれを表向きの顔とは思ってませんよ。全てはエグジニスという街の利益になるからこそ、行っていることです」
久しぶりにダイラスが口を開くが、その言葉は聞いている者に不満を抱かせるには十分だった。
(ダイラスの話を聞いて、それに同調するような奴は……いないよな?)
あくまでもエグジニスの利益になるからこその自分の行動。
そんなダイラスの行動は、レイにとって決して許容出来るものではない。
だが、それはあくまでもレイにとっての話だ。
それ以外の中には、ダイラスの話に興味を持つような者が誰もいない……とは考えられない。
中にはダイラスの言葉に興味を持ち、それが自分の住むエグジニスに利益になるのであればと、そんな風に考える者がいても、おかしくはない。
勿論、もしそのように考える者がいても、本当に一部の者だけだろう。
大半の者はダイラスの言葉を聞いても、それを信じるといたような真似は出来ない。
それこそ、一体こいつは何を言ってるんだといったように思われるのが当然だろう。
「ダイラスをどうするのかは、早いところ決めてくれ。そしてとっととこの下らない騒動の幕引きを図ってくれると、俺としては嬉しいんだけどな」
そう告げるレイの言葉に、話を聞いていた他の面々は同意するように頷くのだった。