2847話
レイが取り出した、デスサイズと黄昏の槍。
それを見たダイラスは、何故か呆れの表情を浮かべる。
「私を攻撃するのに、わざわざそんなマジックアイテムを用意するのは……少し大袈裟ではないですかね?」
「そうか? まぁ、お前が普通の人間だったらそうかもしれないが。でも、お前は素手で長剣の一撃を防ぐだけの何かがあるだろう?」
先程、恐怖に負けて放たれた冒険者の一撃。
だが、その一撃は呆気なくダイラスの腕によって止められた。
それも相手の腕を掴んで止めたり、あるいは盾を使って攻撃を防ぐといったような真似をしたのではなく、自分の腕でそのまま長剣の一撃を受け止めるといったような真似をして。
レイであっても、そのような真似は出来ない。
ドラゴンローブで腕が包まれていれば、話はまた別だったが。
(一体何をどうやれば腕で長剣を弾くなんて真似が出来るようになるんだ? オルバンから聞いた話だと、呪文……というか何かを宣誓するかのような言葉を口にしていたって話だったし……ゴーレムの技術か?)
ドーラン工房と手を組んでいる……いや、正確にはドーラン工房の裏の支配者とでも言うべき存在がダイラスだったのを思えば、この状況にもドーラン工房の技術が使われていてもおかしくはない。
だが、レイが観察してみる限り、どこにもゴーレムはいない。
「いや、ここで考えても意味はないな。……エグジニスを発展させたいというダイラスの考えは分かった。けど、だからといって俺がお前をこのまま逃がすということはない。……そんな訳で、死ね」
その言葉と共にレイは床を蹴って一気にダイラスとの間合いを詰めながら、デスサイズを振るう。
大鎌という形状である以上、当然ながら大振りの一撃ではあった。
それでも普通なら到底その一撃は回避出来ない筈であり、ダイラスの胴体も斬り裂かれ……
「何?」
胴体を切断した際の手応えに、レイの口から疑問の声が漏れる。
デスサイズという武器を遣っている以上、レイはこれまで何度も相手の胴体を切断してきた。
生身の敵もいれば、金属の鎧を装備している者も含めて、結構な数の敵を。
だからこそレイは胴体を切断する時の感触十分以上に理解しており、今の一撃の手応えが明らかに妙だったことに気が付く。
「ぐ……ふ……何とも鋭い一撃ですね。さすが異名持ち」
レイが手応えのなさを疑問に感じたのが正しいことを証明するかのように、ダイラスは苦痛に呻きながらもそう言ってくる。
本来であれば、胴体を切断されているのに喋ることが出来る……いや、まだ生きているというのが、そもそもおかしい。
しかし、そうして口にするダイラスの胴体は切断されてはおらず、くっついたままだ。
「生きている? レイの一撃を食らって?」
左肘から先を切断されたドワンダと、自分の守るべき相手であるローベルの二人を守るべく前に立っていたオルバンは、今の様子を見て疑問を口にする。
レイがどれだけの実力を持っているのかは、風雪を率いているオルバンがここにいる中では一番理解している。
それこそレイなら自分では理解不能な相手であっても、容易に倒すことが出来るだろうと予想していた。
いや、それは既に予想ではなく、完全に決まった未来であるとすら思っていたのだが……そんなレイの一撃を受けても、ダイラスはまだ生きている。
これがレイの攻撃を回避した結果生きているのなら、まだ納得も出来ただろう。
だが、攻撃を受けて微妙ながらも切断した手応えがあったにも関わらず、こうしてまだ生きているのだから、レイに驚きを与えるのには十分だった。
「何をした? どんなマジックアイテムを使っている?」
「さて、何のことでしょう。残念ですが、言葉の意味が分かりませんね」
ダイラスの言葉に、レイはどう反応するべきか迷う。
本当にマジックアイテムではないのか、それともただ隠しているだけなのか。
それは分からなかったが、ならもっと情報を増やせばいいだろうと、次は黄昏の槍の一撃を放つ。
まさか続けて攻撃されるとは思わなかったのか、ダイラスは動きが遅れ……その結果として、黄昏の槍の穂先が胴体を貫く。
それでもレイの手にあったのは、普通の身体を貫いたのとは全く違う感触。
ダイラスの胴体を蹴りながら、素早くその槍を引き抜く。
当然のようにダイラスはレイの蹴りで吹き飛んでいき、壁にぶつかる。
壁の周囲には冒険者や兵士が何人かいたのだが、それでも攻撃を放つといったような真似はせず、壁にぶつかったダイラスから距離を取る。
レイとの戦いを見ていれば、その能力が明らかに異常なのは間違いない。
ましてや、この場には深紅の異名を持つレイがいるのだ。
危険な……いや、理解不能な存在の相手はレイに任せた方がいいと考えるのは当然の話だった。 レイもそんな周囲の者達の考えは理解出来ているが、今はまず様子見をした方がいいだろうと考え、すぐに攻撃するような真似はしない。
そうしてダイラスの様子をじっと見ていると、やがてダイラスは立ち上がる。
それも痛みに耐えながらといった様子ではなく、その場から普通に。
「痛いですね。これでも私はそれなりの立場にいるのですから、もう少し丁寧に扱ってもいいと思うのですが」
不満そうにレイに言ってくるダイラス。
レイはそんなダイラスを観察する。
特に視線が向けられたのは、胴体。特に服の斬れている部分だ。
デスサイズの一撃と黄昏の槍の一撃。
そんな攻撃を二度受けて、ダイラスは特にダメージを受けた様子はない。
本人は口で痛いと言ってるものの、身体の方には特に動きにおかしなところはなかった。
そんなダイラスの服の下を見たレイは、そこに何の傷もないことに気が付く。
「お前……本当にどんな手段を使っているんだ?」
そう尋ねるレイの言葉には、呆れの色が強い。
その根底にあるのは、取りあえずダイラスと戦って自分が負けることはないという確信だろう。
実際、ダイラスの一撃は人の身体を容易に貫くだけの威力を持っている。
ドワンダの左肘から先がないのを見れば、貫くだけではなく文字通りの意味で手刀としても使えるのかもしれない。
その攻撃方法が脅威なのは間違いないし、攻撃力は非常に高い。
だが……その攻撃をしているのは、結局のところダイラスなのだ。
商人でしかないダイラスは、当然ながら戦闘訓練を受けている訳ではない。
冷静になれば、レイは……いや、ここにいる者の多くがその攻撃を回避するのは難しくないだろう。
ただし、この場合問題なのはダイラスの攻撃を回避するのは難しくないものの、ダイラスに攻撃をしてもその効果が殆どないということか。
(こういうのが千日手なのか? ……いやまぁ、それでも結局のところ生身の部位に攻撃が命中すればかなり不利なのは間違いないから、千日手という表現は相応しくないのかもしれないが)
それでもレイは、自分ならダイラスの攻撃をいつまででも回避出来る自信があった。
「いざとなれば、魔法で再生出来ないくらいに燃やしつくすか?」
小さく呟くレイだったが、そんなレイの言葉に何人かが反応する。
レイの代名詞の一つ、炎の竜巻をこの場で使うのかではないかと思ったのだろう。
当然だが、レイはそのような真似をするつもりはない。
いや、正確には出来ないというのが正しかった。
レイが生み出す炎の竜巻……火災旋風は、レイだけで作るのではなく、セトの協力があってこそ出来ることなのだから。
そうである以上、もしここでレイが火災旋風を作ろうとしても、それは不可能だった。
……もっとも、別に火災旋風を作らなくても単純に炎の魔法で対処すればいいだけなのだが。
しかし建物の中で炎の魔法を使った場合、この建物がただではすまない。
いや、この建物だけではなく、この建物の周囲にある他の建物まで炎に巻き込まれてしまう可能性が高く、最悪の場合は延焼によって大きな火事になる可能性が高かった。
だからこそ、レイとしてはそんな真似をしようとは思わない。
「安心しろ。魔法は使わないでどうにかしてやるよ。……まぁ、エグジニスの発展を願っているダイラスにしてみれば、街を燃やされてしまうのが一番利く……うおっ!」
レイが口にしたのは、半ば冗談に近い言葉。
だというのに、それを聞いたダイラスは一気にレイに向かって突っ込んできたのだ。
ダイラスにとって、それだけレイが口にした言葉が許せなかったのだろう。
しかし……そんなダイラスの攻撃は当然のようにレイには命中しない。
手刀の一撃を回避し、殴ってきた拳をデスサイズの刃で斬り裂き、蹴りを黄昏の槍で受け流してそのまま相手を転ばせる。
「予想はしていたが、胴体だけではなく腕もか」
レイとしては、殴ってきた拳を手首の辺りで切断したつもりだった。
しかし、デスサイズの刃を伝わってきた感触は胴体を斬った時と同様のもの。
(スライム? いや、そんな感じじゃない。もっと別の何かだ)
ギルムの近くに存在する、トレントの森。
そこに異世界から転移してきた生誕の塔や湖があり、その湖の主とでも呼ぶべき巨大なスライムはレイの魔法であっても焼きつくすことが出来ず、焼かれては再生するといったようなことを繰り返していた。
ダイラスの様子もそんな巨大なスライムに似たものがあるのだが、それでも今の状況を考えるとスライムとはどこか違うという印象があるのも事実。
「けど、これなら!」
スライムのように液体の身体を持つ訳ではなく、ダイラスは普通に四肢を持つ。
つまり、骨があり、肉があり、皮があり……関節がある。
ダイラスとの間合いを詰め、レイはその足元をデスサイズの石突きで掬い上げる。
それはフェイントも何もなく、見え見えの攻撃ではある。
ある程度の技量がある者であれば、そんなレイの攻撃を回避するといった真似も出来ただろう。
だが……ダイラスは身体能力や身体の特性は変わっても、経験そのものは変わらない。
あくまでも意識は商人、もしくはエグジニスを動かすという立場にあるダイラスのものであって、純粋に戦いの経験という点では素人でしかない。
それでも多くの冒険者や兵士を殺すことが出来たのは、その身体能力が尋常ではなくなっていたからというのが大きかった。
ダイラスという存在がこのエグジニスにとって大きなこと。
そして攻撃をされても、全く効果がないということ。
そんな不気味な状況に、冒険者や兵士は混乱したのだろう。
あるいはここにいるのがエグジニスの冒険者ではなく、ギルムの冒険者……それも増設工事が始まってから増えたような者達ではなく、以前からギルムにいた者たちであれば、また話は別だったかもしれない。
ギルムにいる実力のある冒険者というのは、それこそ辺境に存在する多くのモンスターと戦っている。
そして辺境にいるようなモンスターは、冒険者にとって予想外の行動をするというのは珍しい話ではない。
そうである以上、今回のような一件があっても……全員が完全に対処出来るかと言われればレイも頷くことは出来ないだろうが、それでもある程度対処出来る者がいるのは間違いない。
「うわぁっ!」
あっさりと足を払われて床に転がったダイラス。
足を払った際にデスサイズの石突きを相手の動きに合わせてコントロールしていた為、ダイラスはレイの狙い通りうつ伏せになって倒れている。
そんなダイラスの背中を踏みつけると、レイは周囲にいる者達に向かって叫ぶ。
「手伝え! ダイラスの身体能力は高くなっているが、結局のところ素人でしかない! 動きを止めようと思えば、それは難しくはないぞ!」
そんなレイの叫びは、当然ながら最初は効果がない。
何しろレイが幾ら叫んだところで、ダイラスが暴れて多くの者を殺している光景を見ているのだから。
そうである以上、レイが叫んだからといってすぐその言葉に従うといったような真似が出来る筈もない。
「動け! このままの状況でいいと思ってるのか! お前達の仲間も大勢殺されただろう!」
叫ぶレイの足から抜け出ようとするダイラスだったが、背中を踏むレイは体重移動を巧みに行うことでそれを許さない。
そんなダイラスの様子に、周囲にいた者達もようやくダイラスは不気味な存在ではあるが、それでも冷静になれば自分達でも十分に対処出来るのだと理解した。
「い……行くぞ!」
周囲にいた冒険者や兵士の一人がそう叫ぶと、レイが押さえているダイラスに近付いていく。
最初の一人が動けば、他の者もそれに釣られるように動き出すのは当然の話であり……ダイラスという存在に対する恐怖から、とにかく自分達でどうにかするべきだと考え、多くの者が動き出すのだった。