2845話
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部屋から出たレイは、ミルスを含めた何人かと共に二階の階段のある方に向かう。
当初はまだミルスを含めた他の者達は、レイの言葉を完全に信じたといった訳ではなかった。
しかし、それでもレイが言うのならと……念の為といった様子でレイと一緒に行動していたのだが、階段の近くまで来ると、階段から降りてくる激しい足音に疑問を抱く。
「何だ?」
「来るぞ」
ミルスの呟きにレイがそう言った瞬間、オルバンがローベルを引っ張るようにして階段から降りてくる。
相応に鍛えているだけあってか、ローベルを引っ張りながらの移動であってもオルバンの足に乱れはない。
しっかりと、しかし確実に数段飛ばしで階段を降りてくる。
そんな二人の後ろからは、ドワンダもまた姿を現す。
そうして階段から降りてきた三人に、レイの周囲にいた者の何人かは疑問を抱く。
三人が急いでやって来たのはいい。
しかし、残りの二人……ルシタニアとダイラスの二人はどうしたのか。
そもそもの話、何故ここまで急いで降りてきたのか。
そんな疑問を抱くのは当然の話だろう。
「オルバン、何があった?」
「ダイラスだ! ダイラスが何をしたのかは分からないが、圧倒的な強さを得て俺達を殺そうとしたんだ!」
ざわり、と。
ダイラスが自分達を殺そうとしたというオルバンの叫びに、話を聞いていた者達は疑問を抱く。
それでも即座に否と口にしなかったのは、叫んだオルバンの様子からそれが本気であると理解していた為だろう。
真に迫ったその叫びは、聞いている者達に冗談か何かではないと思わせるには十分な迫力があった。
(やっぱり何か奥の手があった訳か。……ダイラス本人がその奥の手だったというのは、ちょっと驚きだけど)
レイは直接ダイラスという人物と会ったことはない。
だが、ダイラスの屋敷での一件を考えれば、かなり用心深い性格であることは想像出来る。
金庫のゴーレムのあった場所はかなり複雑に隠されていたし、その扉も普通なら解除や破壊したりするのが無理な結界に覆われ、扉の向こうの通路には罠があり、その罠を突破した先にある部屋の中の金庫もゴーレムで出来ているという用心深さだ。
その上で、護衛として雇っていた冒険者や、直属の部下である金属鎧を着た者達、更には追加で援軍が来るという……用心深さも少し厳重すぎないか? とすら思ってしまう。
そのような相手だけに、何らかの奥の手があったとしても、それは自分ではなく誰か他の者に仕掛けているのではないかと思っていた。
そう、例えばレイと一緒に部屋で待機していたダイラスの部下の誰かといったように。
「ちょっと待って下さい! ルシタニアさんはどうしたんですか!?」
オルバンの言葉を聞いたミルスが、ここにいるのがオルバン、ローベル、ドワンダの三人だけで、自分の雇い主の姿がどこにもないことに気が付き、尋ねる。
そんなミルスの言葉で、ローベルは初めてルシタニアがいないことに気が付いたのか驚きの表情を浮かべ、オルバンはここにいない以上はどうなったのか予想出来たので口を閉ざし……
「ルシタニアはダイラスに殺されたよ」
部屋から逃げ出す時に、視界の隅でルシタニアが胴体をダイラスの腕によって貫かれた光景を見ていたドワンダがそう告げる。
その説明を聞いた者達……特にルシタニアに雇われている者達が驚愕の表情を浮かべる。
ルシタニアに護衛として雇われていたのだから、そのルシタニアが死んだというのは依頼を失敗したということを意味していた。
あるいは冒険者として雇われたのではなく、直接ルシタニアに仕えている者にしてみれば、自分達の主人を殺されたのだから強いショックを受ける。
「それで、ダイラスはどうした?」
「分からない。ルシタニアを殺したので満足してこれ以上動かないというなら、まだ納得出来るが」
レイの疑問にオルバンはそのような声を発する。
オルバンはローベル連れて逃げ出すのが精一杯だったので、後ろを気にしている余裕がなかったのだろう。
「そうか。なら、来ると思うか? そうなってくれれば、話が早くて楽なんだけどな。……一応言っておくが、この状況で俺を止めるような真似はするなよ?」
最後の言葉は、レイ達の話に驚いていたダイラスの部下達に向かってのものだった。
ダイラスの部下である以上、もし自分がダイラスと戦う……いや、殺すといったような真似をした場合、それは許されないと反撃してくる可能性を考えたのだ。
実際にそうなっても、レイにとっては致命的ではない
それでも邪魔なのは間違いないし、それによって余計な被害が出る可能性を考えると、前もって先に言っておく必要があった。
「そっちは心配するな。この連中がレイの邪魔をしようとしたら、俺が止める」
そう言ったのはミルス。
ただでさえルシタニアの護衛という依頼を失敗しているのだ。
そうである以上、今は少しでもレイの手伝いをして周囲からの評価を上げておく必要があった。
それはミルスだけではなく、他のルシタニアに雇われたり、仕えている者にとっても同様だった。
周囲からの視線に、ダイラスの部下達は怯む。
それでもここで完全に退くといったような真似をする訳にはかないのか、ダイラスの部下の一人が口を開く。
「そうは言っても、俺達はダイラス様の護衛だ。そのダイラス様に危害を加えようとしているのなら、許容出来ない」
「そのダイラスが暴走して、ルシタニア様を殺したんだぞ」
ダイラスを庇う発言をする相手に、ルシタニアに仕えているのだろう男が言う。
自分の仕える主を殺されてしまったのだ。
とてもではないが、それを黙って受け入れるような真似が出来る筈もない。
そうしてお互い一歩も退かず……いや、ダイラス側の方は現在の状況が不味いと判断している者が、このままでは自分達は色々と不味いのでは? という思いから強気に出る者がどうしても少なくなる。
「それにしても、来ないな」
そんな中、ルシタニア派とダイラス派のやり取りを見ていたレイは、階段の方を見ながら呟く。
既にオルバン達が階段から降りてきて数分が経過している。
そうである以上、本来なら上の部屋にいたダイラスがもう階段を降りてやってきてもいいい筈なのだ。
しかし、こうして見ている限り階段の上からダイラスが姿を現す様子は全くない。
「レイを含めて強力な戦力がいるからか?」
レイの言葉を聞いたオルバンがそう呟くと、その場にいた多くの者の視線がレイに向けられる。
この場にいる誰もが、現在この中で最高戦力がレイであるというのは理解出来ていたのだろう。
ダイラスの部下でレイに憎悪の視線を向けていた者であっても、それは変わらない。
「お前さんがレイか。噂では聞いていたが……強いな」
ドワンダがレイを見てそう言う。
そんなドワンダの言葉に、レイは意外そうな表情を浮かべた。
普通なら小柄なレイの外見だけを見れば、とてもではないが強そうといった表現は出て来ない。
だというのに、ドワンダはあっさりとレイが強いと口にしたのだ。
あるいはこれが相手の実力を読めるだけの強さを持つ者が言ったのなら、まだレイも納得出来ただろう。
だがドワンダは、商人としては一流なのかもしれないが、本人の強さという点ではその辺の一般人とそう変わらない。
だというのに、レイを見て強いと断言したのだ。
(一流の商人だけに、人を見る目はあるんだろうな)
ドワンダの様子に納得すると、レイは改めて口を開く。
「このままここでこうしていても仕方がないし、俺がちょっと上を見てくる。ただ、おれだけで行くと後で妙な言い掛かりを付けてくる奴がいるかもしれないから……ミルス、一緒に来てくれ」
「え? 俺でいいのか?」
まさかこのような場面で自分が指名されるとは思っていなかったのか、ミルスは意外そうな表情でレイに尋ねる。
だが、レイにしてみればこの中で自分が多少なりとも信じられる相手というのは、そう多くはない。
勿論、ミルスとも付き合いそのものは殆どない。
しかし、ミルスはリンディのパーティメンバーであるだけに他の何も知らない相手よりは信じることが出来た。
「ああ、お前でいい」
「ちょっと待て! なら俺も……」
「後ろから攻撃してくるような奴を連れて偵察に行けると思うか?」
「ぐっ……」
レイの言葉に、ダイラスの部下が何も言えなくなる。
この建物に入った時からずっとレイに敵意の視線を向けてきた相手なのだ。
当然ながら、そのような相手を連れて偵察に行きたいとはレイも思わない。
実際に不意打ちをしてきても、レイであれば対処するのは難しい話ではないだろう。
しかし、それでも今の状況を思えばわざわざ潜在的な敵を連れていくなどといった真似をする必要をレイは感じなかった。
「納得したようだな」
そう告げるレイを睨み付ける男。
実際には全く納得はしていなかったのだが、今の状況で自分が一緒に行くと言っても、とてもではないが話を聞いて貰えるとは思えない。
そうである以上、男はここで引き下がるしかなかった。
「行くぞミルス」
「分かった」
「き、気を付けて下さい」
ローベルのその言葉に軽く頷くと、レイはミルスと共に階段を上っていく。
その先に一体どのような存在がいるのかは分からない。
いや、いるのはダイラスなのだろうが、一体今はダイラスがどのような状態になっているのか……といったところか。
「そろそろだ。……けど、これは……」
「どうした?」
「いや、もしかしてダイラスはいないかもしれないな」
「は?」
レイの口から出て来た言葉に、ミルスは意外そうな表情を浮かべる。
一瞬嘘だろう? と言いそうになったのだが、レイという存在を知っていればそんな言葉は出て来ない。
「じゃあ、どこに行ったんだ?」
「それはそう簡単に分かる訳がないだろ。ただ、部屋の中から気配は感じられない。……外に逃げたか?」
そうも思ったが、この建物の外には結構な人数が集まっている。
警備兵やそれぞれに雇われた護衛、仕えている兵士……そしてレイの相棒のセト。
そのような状況であった場合、もし部屋から逃げ出しても当然ながら他の者達に見つかって騒ぎになるだろう。
しかし、今はそのような状況にはなっていない。
それはつまり、ダイラスが外に出ていないのか、それとも外に出たが誰にも見つからずに逃走したということを意味している。
レイにとって後者はとてもではないが有り得るとは思えない。
セトの感覚がどれだけ鋭いのかは、セトの相棒であるレイが一番よく分かっているのだから。
「とにかく、部屋の中に入るぞ。ドワンダから聞いた話によると、ダイラスは武器を使った訳でもないのにルシタニアだったか? そいつの胴体を腕で貫いたらしい。つまり……普通じゃないということだ」
レイも、素手で人の胴体を貫くような真似をやろうと思えば、恐らくやれないことはないだろう。
しかし、だからといってそんな真似がしたいかと言われれば、否だ。
ダイラスはそのようなレイが嫌がることであっても、容易にやった。
それ事態はそこまでおかしな話ではないのだが……それをやったのがダイラスであるというのがレイには気になった。
レイにとってダイラスという人物は、まだ直接会ったことはない。
だが、それでもこれまでの印象から、慎重な人物であるというのは理解出来る。
また、エグジニスを動かすだけの能力や実績を持つのも間違いない。
そのような人物が、自分で直接手を下すか。
もちろん昨夜レイ達が襲撃した件で裏の顔を示す証拠が次々に見つかっているというのも、ダイラスを追い詰める理由になった可能性は十分にあったが……それでも今の状況を思えば、それはレイに疑問を抱かせるのに十分だったのは間違いない。
「とにかく、行くぞ。もう部屋の中に誰かがいる気配はないが、それでもどこに行ったのかの手掛かりがあるかもしれない」
レイの言葉に、ミルスは真剣な……そして緊張した様子で頷く。
ミルスはエグジニスにおいてはそこそこ実力派として知られている冒険者だが、それでもあくまでもそこそこでしかない。
それだけに、エグジニスの行く末に重要な意味を持つだろうこのような場所に自分がいてもいいのかどうかと思ってしまう。
そのような場所にいるのは、それこそレイのような人物が相応しく、自分がいても邪魔なだけではないかと。
そんな風に思いながら……しかし、レイが部屋の中に入っていくのを見れば、それを追わない訳にもいかない。
レイを追って部屋の中に入ったミルスが見たのは……床が溶けて人が通れるくらいの穴が空いている、そんな部屋。
そして同時に、一階から多数の悲鳴が聞こえてくるのだった。