2841話
さて、自分達を呼び止めたのは一体何の用件なのか。
聖なる四会合を行う建物の中で声を掛けてきた相手に、レイはそんな視線を向ける。
これが建物の外にもいたような、明らかにレイを睨んできているような相手……具体的にはダイラスの部下で、昨夜レイや風雪の侵入によって大なり小なり被害を受けた者であれば、気にくわないからという理由で絡んできたというのも理解出来ただろう。
だが、実際に声を掛けてきたのはレイに対する敵意は持っていない……少なくても表に出していない相手だった。
それはつまり、レイが気にくわないといった訳ではなく、しっかりと何らかの理由があって話し掛けてきたのだろうと予想出来る。
「何か用か?」
レイに受け答えをさせると不味いと判断したのか、オルバンが男に対してそう答える。
だが、声を掛けてきた男にとってもそっちの方が都合がよかったのだろう。
そのままオルバンとの会話を続ける。
「ドワンダ様から、聖なる四会合に参加出来るのはローベル様とオルバン様の二人のみということになっています。本来なら聖なる四会合はその名の通り四人だけで行う会合なのですが、今回は諸事情があるので特別にオルバン様の参加を許容すると」
「ちょ、ちょっと待って下さい。い、今までも聖なる四会合に当事者以外の者が出たことはあった筈です。そ、それなのに今日になって何故突然そのような真似を?」
ローベルが今の話は納得出来ないといった様子でそう告げる。
実際今までのことを考えれば、今日突然そのようなことになったというのはローベルも納得出来なかった。
これで実は、ドワンダという人物ではなくダイラスがそのように指示をしたというのなら、レイも不満を隠せなかっただろう。
しかし、その相手がダイラスではないとなれば話は別だった。
(問題なのは、そのドワンダという相手がどこまでダイラスと手を組んでるかだな。……こういう時にニナがいれば、色々と交渉して貰ったりも出来たんだが)
レイにしてみれば、独自の行動をとる為にローベルの屋敷から別行動を取っているニナがいてくれればと、そんな風に思ってしまう。
それでも今ここにいない相手に頼ろうとしても意味はないだろうと判断し、口を開く。
「つまり、俺を入れないようにということか?」
「そうなる。あんたが深紅という異名持ちであるのは知っている。そうである以上、あんたを聖なる四会合に参加させた場合、色々と不味いことになると考えたんだろう」
オルバンと話していた人物は、レイのその言葉にそう告げる。
ローベルやオルバンに対するものと全く違う口調だった。
レイの名前が大きすぎるからこその判断。
そう言われると、レイとしては不満を抱きながらも多少は納得してしまう。
「俺が参加出来ないのは分かった。なら、当然の話だが聖なる四会合に参加するのは本人だけなんだな?」
自分が参加しないのはともかく、ダイラスやドワンダという人物、そして名前をまだ聞いていない他の一人も護衛を連れて聖なる四会合に参加しないのだな。
そういう確認を込めて尋ねるレイに、男はすぐに頷く。
「そうなる。全員護衛を連れていない」
「……そうか。なら、俺もここで待つしかない訳か」
「いいのか?」
レイの言葉に、オルバンがそう尋ねてくる。
オルバンにしてみれば、まさかここでレイが素直に相手の要望を飲むというのは予想外だったのだろう。
「相手も護衛を連れてないのなら問題ないだろ。……一応尋ねておくが、聖なる四会合に参加する、オルバン以外の四人は普通の商人なんだよな? 例えば、実力を隠しているけど本来はもの凄く強い奴であるとか、そういう事はないか?」
「ないな」
そう断言するのはオルバン。
実際にローベル以外の三人に会ったことがあるからこそ、そのように断言出来るのだろう。
そしてオルバンは風雪を率いているだけあって、本人の実力も相応にある。
飛び抜けて強いという訳ではないにしろ、何も鍛えていない相手を無力化する程度は楽に出来るのは間違いない。
オルバンという実力者がローベルと共に聖なる四会合に参加するからこそ、レイが参加してはいけないと言われても大人しく従った理由にもなる。
「なら、問題はないだろ。こういう場所で、もし相手の不意を突いて殺そうとしたりした場合、それは自分の負けに等しい。……となると、ちょっと危ないのも事実なんだよな」
レイが把握している限りではあるが、現在ダイラスはドーラン工房に関する諸々や、それ以外の悪事についての証拠もレイに――正確にはオルバンに――握られている。
それはつまり、ダイラスは半ば負けに等しい状態にあるのは間違いない。
それでもこうしてローベル以外の二人に手を回し、聖なる四会合をローベルよりも先んじて開くことにしたのだから、そこに何らかの逆転の一手がある可能性は高いのだが……それでも、現状でダイラスとローベルのどちらが有利なのかと言われれば、レイの認識ではローベルだ。
「おいおい、こんな場所でそんな風に心配させるようなことを言うなよ」
レイの言葉を聞いたオルバンが冗談のようにそう言うも、その眼には真剣な色が浮かんでいる。
もし何かあっても、絶対に自分がローベルを守ってみせる。そうレイに視線で自分の意思を伝えた。
そしてローベルもまた、いつものように若干落ち着かない様子ではあったが、オルバンのことを全面的に信頼した視線で見ている。
そんな二人を見れば、レイもこれ以上は何も言わなくてもいいかと判断し、大人しく頷く。
「取りあえず話は分かった。そうなると、俺はどうすればいい? さすがにこの建物からも出ていろなんてことは言わないよな?」
「勿論だ。建物の一階にいればいい。こう言っては何だが……聖なる四会合に出る四人の護衛達は、ここでお互いを監視するという形になると思う」
「お互いに監視……か」
そう言ったレイの視線が向けられたのは、相変わらず敵意を向けてくる相手。
お互いに監視ということになってはいるものの、それがしっかりと守られるのかどうかは正直微妙なところだろう。
向こうが手を出してきた場合、レイは当然のようにそれに対して反撃を行うのだから。
そう考えれば、オルバンやローベル達と一緒に行動しないとはいえ、ここで他の護衛達と一緒にいてもいいのか? といった疑問を抱く。
(とはいえ、ローベルとオルバンの護衛は俺だけだからな。どうせならクロウ辺りを連れてくれば、クロウをここに残して俺は建物から出るといった真似も出来たのに。俺が一人である以上、それは出来ないか)
勿論、面倒が嫌だからということで、自分だけがこの建物から出ても構わない。
だがそうした場合、何かがあった時にレイだけが一歩遅れて行動することになる。
そしてダイラスが何か行動を起こした場合、当然ながらダイラスの部下達もそれに呼応するだろう。
その辺の状況を考えれば、レイには建物から出るといった選択肢は存在しなかった。
「分かった。俺もこの建物に残って相互監視をさせて貰う。……ただ、前もって言っておく。俺は攻撃をされたら反撃するぞ。黙ってやられたままということはない。オルバンからも、その辺の許可は貰ってるしな。それでも構わないか?」
レイのその言葉に、ここに残るように言った男や、その周辺にいる他の者達は特に問題ないと頷く。
ドワンダや、まだレイが名前を知らないもう一人の護衛としてここにやって来た者達だろう。
自分達はレイに絡んだり攻撃をしたりするつもりはないので、レイが口にしたようなことは何の問題もなく受け入れられると思ったのだ。
しかし、そんな中で苛立たしげな表情を浮かべている者もいた。
ダイラスの護衛としてやって来た、レイに敵意の視線を向けている者達だ。
レイに敵意を抱いているのは事実だが、同時にそんなレイと戦って自分が勝てるかと言われれば、悔しげにしながらも首を横に振るしかないだろうと理解している。
建物の中に入っているだけあって、ダイラスの護衛の中でも冷静に戦力差を把握出来る者達だ。
レイにしてみれば、そのようなことが分かるのなら自分に絡んでくるなと思わないでもなかったが。
「じゃあ、そういうことでいいな。……オルバン、ローベル。聖なる四会合の方は任せた」
「分かった。騒動を起こすなとは言わない。だが、大きすぎる騒動は起こさないでくれよ」
「よ、よろしくお願います」
オルバンとローベルはそれぞれレイに声を掛け、聖なる四会合に参加する為に移動する。
それを見送ったレイは、ダイラスの部下達からの敵意の視線は無視して、最初に話し掛けてきた相手に向かって口を開く。
「それで、この建物にいればいいというのは分かったが、具体的にはどこにいればいいんだ? まさかこのままずっと立ったままここにいればいいのか?」
「いや、きちんと部屋は用意してある。それなりに広い部屋だから、閉塞感はないと思う。もっとも……」
そこで一旦言葉を止めた男は、ダイラスの部下達に視線を向ける。
「あくまでもそれなりに広い部屋である以上、そこで暴れるといったような真似をされると、それは困るけどな」
「俺も自分から暴れるといった真似はしないから、心配するな」
それは自分から暴れるような真似はしないが、相手が喧嘩を売ってきた場合は受けて立つということでもあり、言葉の裏に隠された情報は当然ながらここにいる者達は読み取れる。
読み取れるが……だからこそ、最終的に騒動が起こるのは間違いないだろうと思えた。
そうなった時、ダイラスの部下以外の者達がどう出るのか。
本来ならローベル以外の二人もダイラスと手を組んでいる可能性が高いので、他の二人の部下達もレイの敵に回ってもおかしくはないだろう。
しかし、レイの実力を考えた場合、それは半ば自殺行為に等しいというのは多くの者が容易に想像出来てしまう。
だからこそ、今回の一件においては他の者達がどう出るのかがレイには少し気になった。
多数を相手にしても、当然だがレイは負けるつもりはない。
しかし、それでも面倒なことになるのは事実なのだから。
「分かっている。俺達は上からの命令がない限りは動かない。……こっちだ。ついてきてくれ」
レイの言いたいことは分かってるといった様子で告げると、話していた男はレイを奥の部屋まで案内する。
レイもいつまでもここにいるのはどうかと思ったので、素直にその後を追う。
(護衛の数は結構多いんだな。いや、考えてみれば当然だけど)
レイの場合は、オルバンとローベルの護衛として一人でやって来た。
しかし、ダイラスを含めた他の三人は、複数の護衛を連れて来ている。
それは建物の外には警備兵以外に護衛も何人もいたことや、この建物の中にいる護衛もそれなりの数になっていることを見れば明らかだろう。
そこまで数を集めた理由は幾つかあるが、当然ながらその最大の理由はレイの存在だ。
レイという人物を相手にした場合、質で劣るのは仕方がない。
そうである以上、せめて量でどうにかしたいと考えるのは当然だろう。
レイは今までそのような数を集めた相手とは何度も戦ってきたのだが……ダイラスや他の二人もそれを知っていて、それでも現在の状況で出来るのはそれしかないと、そう判断したのだろう。
レイと対抗出来るだけの実力の持ち主を用意出来れば、また話は別だったのかもしれないが。
「へぇ、結構快適な場所だな」
レイが案内されたのは、それなりに広い部屋だ。
しっかりとソファやテーブルの類が用意されており、何人かの護衛と思しき者達が現在はそこに座って寛いでいる。
かと思えば、壁の側に立ったままで何かを話している者達の姿もあり、それぞれが好き勝手に時間を潰していた。
(待機部屋というか、休憩所といった表現の方がこの場合は相応しいな)
レイから見た場合、どうしてもそのように思えてしまう。
今の自分はこの部屋でどうするべきか。
ソファに座って寛ぐのか、それとも壁の側で周囲を警戒するのか。
そうして少し迷っていると、ソファで話をしていた者達の一人がレイの姿に気が付いて近付いてくる。
「よう、今ここに来たんだな」
妙に気安い様子で話し掛けてくる相手の態度にレイは戸惑う。
どこか見覚えのあるような顔なような気が? と疑問に思っていたのだが、その男はレイの態度で自分のことを忘れてるか、もしくはそもそも覚えていないのかと納得した様子で口を開く。
「前はちょっと顔を合わせた程度だったからしょうがないか。……俺はミルス。リンディのパーティメンバーだって言えば分かりやすいか?」
その言葉に、レイは驚きの表情を浮かべるのだった。