2840話
「よ、ようこそ。こうして僕の屋敷に来たということは、証拠の方は……」
ローベルの屋敷に来るや否や、レイ達は即座にローベルのいる部屋に通される。
普通ならある程度待たされたりしてもおかしくないのだが、ローベルにとってもオルバン達が来るのを待ち受けていたのだ。
言葉遣いは相変わらず弱気なものだったが、その行動指針だけは言葉遣いや態度とは裏腹にエグジニスを動かせるだけの人物であったということなのだろう。
まだローベルと会うのが二度目のレイは、そんな相手の態度にまだ微妙に慣れないものを感じていたが、ローベルとの付き合いは長いオルバンは当然ながら、ニナもオルバンの付き添いでそれなりにローベルと話したことはあったのか、その言葉遣いを特に気にした様子はない。
「ああ、証拠は奪ってきた。この証拠があればダイラスを追い詰めることが出来る筈だ。すぐに会合を開いて欲しい。出来れば今日中にな」
「わ、分かりました。すぐに連絡を……」
オルバンの言葉にローベルがそう言い、すぐにでも会合を行うべく他の者達に連絡を出そうとしたその瞬間、不意に扉がノックされる音が周囲に響く。
ローベルが中に入るように言うと、その瞬間に扉を開けて一人の男が部屋の中に入り、口を開く。
「失礼します、旦那様! 今、会合を……聖なる四会合を開くので、至急集まるようにとの連絡が来ました!」
聖なる四会合?
その単語に首を傾げるレイだったが、話の流れからすればそれがどのような会合なのかは普通に理解出来る。
これからローベルが開こうとしていた会合。その正式名称が聖なる四会合と言うのだろう。
(そこまで仰々しい名前を付けるのはどうなんだ? ……いやまぁ、その会合に出席している者達でエグジニスを動かしているんだと考えれば、そういう名前なのもおかしな話じゃないのか?)
そんな疑問を抱きつつ、レイはオルバンとローベルに視線を向け、次にニナに視線を向けると……そのニナは、端正な顔を敵に先を越された悔しさで歪ませていた。
「せ、聖なる四会合を……? な、何の目的で?」
「分かりません。ただ、旦那様以外の他の三人は既に納得しているとの話でしたので。それを思えば、恐らく……」
「ローベルを狙ってのものだろうな」
部屋の中に飛び込んできた人物の言葉の先を、オルバンが続ける。
オルバンの顔にも当然のように敵に……ダイラスに先手を打たれたといった悔しさが浮かんでいた。
「けど、この状況でダイラスが動いたとして……それでどうする? 向こうがローベルを狙ってきたのは明らかだが、それはそれでこっちが会合をするように言うよりも前に準備が整ったということだから、悪い話じゃないんじゃないか?」
「いや、他の三人全員が既に話を承知しているということは、それはつまりダイラスが他の二人に手を回している可能性が高い。問題なのは、具体的にその二人がどこまでダイラスと協力してるかだな」
「どこまで?」
「そうだ。ダイラスの件の全てを知って、それで協力しているのか。それとも単純にダイラスに騙されているだけなのか。その辺が分かれば、こちらとしても色々と手の打ちようがある」
「後者はともかく、前者だとどうしようもないと思うんだが」
全てを承知の上でダイラスに協力しているのなら、それこそローベルが――正確にはオルバンが――ダイラスの悪事の証拠を出しても、意味を成さない。
いや、正確には全く無意味という訳ではないのだろうが、それでも最終的にその証拠が握り潰される可能性は高かった。
「完全に敵に……ダイラスに先手を打たれた形だな。ローベル、どうする?」
オルバンの視線を向けられたローベルは、少し考えてから口を開く。
「こ、このままだとエグジニスは最悪の未来に向かってしまいます。そ、そうならない為には、ここで動かないといけません」
それはつまり、最悪三人は敵に回っている場所に向かうという主張だった。
レイはそんなローベルの言葉に驚く。
ローベルがその気弱な性格に似合わず、やる時はやる男だというのは知っていた。
知っていたものの、それでもここでこのようなことを言う人物であるというのは、さすがに予想外だったのだ。
とはいえ、それは悪い意味での予想外という訳ではなく、寧ろその反対だ。
「オルバン?」
どうする? と実際に聞いたわけではないにしろ、それでもオルバンはレイが何を聞きたいのかは十分に分かった様子で口を開く。
「分かった。行こう。ニナは……当初からの予定通りに動いてくれ」
「いいのですか? 今回の件は想定と違いますが」
ニナにしてみれば、当初の予定と違う状況になった以上は自分の行動も変えた方がいいと、そう思ったのだろう。
しかし、そんなニナの言葉にオルバンは頷く。
「こっちはこっちに任せてくれればいい。レイがいるし、会議をする場所には入れないだろうが、セトもいるんだ。そうである以上、もし向こうが何か妙な真似をしてきたとしても、対処するのは難しい話じゃない」
レイとセトがいる。
その言葉は、これ以上ない程の説得力をニナに感じさせた。
今の状況を考えれば、本来ならそこまで安心していられるような余裕はない。
ないのだが、それでもこうして今は大丈夫だと思ってしまうのだ。
「そうですね。レイ様の力は向こうも理解している筈です。そうである以上、向こうも迂闊な真似は出来ないでしょう」
そう言い、ニナの視線はレイに向けられ、頭を深々と下げる。
「レイ様、オルバン様の護衛をよろしくお願いします」
「任せておけ、連中がここで妙な真似をしてきた場合、それこそこっちは相応の対応をすればいいだけだ。……寧ろ、そうなった方が最終的には面倒が少なくなっていいかもしれないな」
「いや、出来ればそうなって欲しくはないんだが」
オルバンとしては、そうなったら力で全てが片付くという意味ではレイの言う通りだと思う。
しかし、そうなった場合は間違いなく後々面倒なことになるだろう。
エグジニスに根を張る風雪を率いる立場の者として、そのような真似は絶対に避けたかった。
レイも別に本気で言った訳ではないので、すぐにオルバンに言葉を返す。
「分かってる。冗談半分……いや、この場合は半分冗談という方が正しいのか?」
それはつまり、半分は本気であったということを意味していた。
とはいえ、レイにとってもそれが本気で叶うとは思っていない。
結局のところ、実際に聖なる四会合を行う場所に行ってみなければ、そこでどのようなことになってるのかは分からないのだから。
(もしかしたら……本当にもしかたらだが、実はダイラス以外の二人の中にはローベルに協力してもいいと考えている奴もいるかもしれないしな)
ダイラスと共に聖なる四会合の開催を要求してきた以上、他の二人もダイラスに協力している可能性は非常に高いというのは理解出来る。
だが、もしかしたら……そう思うのは、ローベルやオルバンが本当にエグジニスを大事にしていると感じられるからだろう。
ダイラス以外の二人もまた、そんな風に思っているのでは? と、そう考えてしまうのだ。
「ちなみにだけど、今回の件で昨日の襲撃が問題になると思うか? このタイミングで聖なる四会合とやらを開くということにしたんだから、そっちの関係になると思うけど……この件が公になったら、それこそダイラスにとっても致命傷になりかねないだろう?」
「どうだろうな。正直なところ、その辺は俺にも分からない。だが、この件を公にするということは、今回はどうにか言い逃れ出来ても、この後は間違いなく他の連中の見る目が今までよりも厳しくなると思うんだが」
「と、とにかく聖なる四会合が開かれる以上は、こうしてはいられません。ぼ、僕達も急ぎましょう」
ローベルのその言葉にはレイ達も異論はなく、出発する準備をするのだった。
「へぇ、あそこが聖なる四会合とやらをやる場所か。随分と警備が厳しいな」
ローベルの用意した馬車に乗って移動したところ、目的の建物が見えてきた。
その建物を警備している者達は、ローベルの馬車をじっと見ている。
いや、正確にはローベルの馬車ではなく、馬車の隣を進んでいるセトを見ているのだが。
セトと親しくない者にしてみれば、グリフォンというモンスターは非常に危険なモンスターでしかない。
それを示すかのように、警備の兵士達の中には緊張で何度も唾を飲み込んでいるような者や、暑さからくるものではない汗を掻いている者もいる。
もしここでレイ達が暴れるようなことがあった場合、警備兵達は自分がセトと戦わないといけないと考えているからだろう。
レイにしてみれば、そのような真似をするつもりは今のところないのだが。
……ただし、それは本当にあくまでも今のところの話であって、将来的にはどうなるか分からなかったが。
ここで行われるという、聖なる四会合。
その結果によっては、それこそこの場でレイが暴れ……最悪、火災旋風をこの場で生み出すといったようなことになってもおかしくはない。
デスサイズやセト共にレイの代名詞となっている火災旋風。
それをこのような場所で使われれば、エグジニスは大きな被害を受けるだろう。
とはいえ、もし実際にそのようなことになりそうな場合は、エグジニスを愛するオルバンやローベルがレイを止めようとする筈だった。
(俺も、別にそんなことはやりたくないしな)
そんな風に考えていると、やがて馬車が停まる。
そこから降りると、レイは馬車の側にいるセトに声を掛ける。
「セト、悪いがお前はここで待機していてくれ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、任せて! と喉を鳴らすセト。
セトにしてみれば、正直なところ今のこの状態でここにいるのはあまり面白くないだろう。
しかし、それがレイからの頼みとなれば話は別だった。
少しでもレイの役に立ちたい、褒められたい。
そんな思いから、セトはレイの言葉にやる気を見せたのだ。
……そういう意味で、悲惨なのは建物の周辺を守っている警備兵達だろう。
しかもこの警備兵たちは、建物の中にいるダイラスや他の二人の私兵という訳ではなく、れっきとしたエグジニスの警備兵というのも大きい。
ある意味、警備兵もダイラスやドーラン工房の私兵という立場にいる者も多かったが。
それでも今のセトを前にして、買収されている者もいない者も、立場は一緒だった。
もしこの状況で下手な行動に出た場合、現在警備兵達の視線の先にいる、やる気に満ちたセトを相手にしなければいけないのだから。
いや、もっと悲惨なのは、ここで下手な真似をしなくても、場合によってはセトと警備兵がぶつかる可能性もあるということか。
セト側……いや、セトを引き連れてきたレイ、そのレイが協力しているオルバン、そしてオルバンと手を組んでいるローベル。
その者達と敵対関係になったら、色々と……本当に色々と不味いと思えるのは当然の話だった。
そんな視線を向けられているのに気が付いているのか、いないのか。
レイ達はセトと別れると、目的の建物の中に向かう。
建物の周辺まで来ると、さすがにエグジニスの警備兵だけではなく、ダイラス達の私兵として雇われている者達の姿も多い。
そんな者達の中で一部が敵意に満ちた視線をレイに向けるのは……
(多分、ダイラスの部下なんだろうな)
昨夜の襲撃において、レイはダイラスの屋敷で好き放題に暴れた。
レイだけではなく、セトの姿もそこにはあったのだが。
ダイラスの屋敷にいた者達にしてみれば、レイはまさしく敵でしかない。
……それでも睨んでくるだけなのは、この場所がどういう場所か知っており、騒動を起こすことが出来ないと理解している為か。
もしくは、レイと自分の実力差を十分に理解している為か。
その辺りは正直なところレイにも分からなかったのだが、下手に騒動が起きないというのはレイにとっても悪い話ではない。
(それでも、ちょっと何かがあれば間違いなくダイラスの部下達は俺達に襲い掛かってくるだろうけど。そういう意味では、他の二人の商人の部下達はまだ冷静だから俺にとっても悪い話じゃない訳か)
襲い掛かって来たら襲い掛かって来たで、相応の対応をすればいいだけだ。
そう理解しているだけに、レイは自分を睨み付けてくる相手の視線は特に気にした様子もなく、建物の中に入る。
だが……そのまま会議室に向かおうとしたところで、不意に声を掛けられた。
「ちょっと待って下さい」
レイにとって幸運だったのか、不運だったのか。
そうやって声を掛けてきた相手は、建物の外にもいたようなレイを睨み付けているダイラスの部下とは違う相手。
予想外の相手からの言葉に少し驚いたレイだったが、取りあえず話を聞くことにしたのだった。