2835話
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ダイラスの屋敷から出るということで話が決まると、レイ達は即座に行動に移る。
その行動は、もし屋敷の扉の前で待っている者がいた場合、完全に予想外ものだっただろう。
何しろ、近くにあった窓を壊してそのまま外に出たのだから。
レイ達がいるのは二階だったが、それでも全く問題はなく窓から出ることが出来た。
ダイラスの屋敷にいた、金属の鎧を着た護衛や援軍としてやってきた冒険者達にしてみれば、完全に予想外だったのは間違いない。
事実、窓を突き破って外に出たレイ達のいる場所に駆けつけた相手は誰もいなかったのだから。
「この高さから飛び降りるのは、そう簡単じゃないけどな」
全員が地面に着地した後、レイに向かってクロウが呆れたように言う。
ダイラスの屋敷は二階建てなのは間違いないものの、その二階は普通の家の二階とは大きく違う。
屋敷そのものがかなりの大きさを持っているということもあり、二階から飛び降りたレイだったが、普通の家なら三階、もしくは四階くらいの高さから飛び降りたことになる。
このような屋敷の大きさだからこそ、まさか窓を破ってそこから飛び降りる者がいるとは思っていなかったのだろう。
……もっとも、それ以上に誰もレイ達のいる場所に来なかったのはセトの存在が大きいのだろうが。
現在ダイラスの屋敷の周辺には、レイ達以外に動き回っている者はいない。
それはレイとセトが……そしてレイが屋敷の中に入ってからはセトが敷地内に侵入してきた相手を次々に倒していたからだろう。
「おい、見ろよ。正門の前には結構な人数が集まってるぞ」
レイと一緒に行動している者の一人が呟く。
その声にレイは屋敷の外に視線を向ける。
月明かりや屋敷の周囲を照らしているマジックアイテム、それに何より夜目が利くレイには、正門の前に結構な人数が集まっているのが理解出来た。
それでも敷地内に入ってくる様子がないのは、敷地内に入ればセトに攻撃されると分かっているからか。
「ここが高級住宅街であると考えれば、この近くにある屋敷に住んでる連中が一体何があったのかと様子を見る為に人を寄越すのは当然だろうな。自分達に被害が及ばないかどうか心配なんだろ」
「それ以外にも、ダイラスが善人として知られているのなら純粋に心配してやって来た……という者がいてもおかしくはない」
レイの言葉に続けるようにクロウが言う。
ダイラスの表の顔を考えれば……そして屋敷の中で遭遇したメイドのことを考えれば、クロウのその言葉は決して間違っているとは言えなかった。
レイにしてみれば、改めてダイラスの行動を厄介だと思ってしまう。
「せめてもの救いは、ああやって集まってるのは正門の近くだということか。それ以外の場所から脱出すれば見つかることは多分ないと思う。それに俺がセトに乗って飛んで移動すれば、あの連中の目を引き付けるには十分だ」
「それは……助かるが、いいのか? それだとレイだけがかなり目立つことになってしまうぞ?」
「構わない。ダイラスもこの件を公にすることは出来ないだろうし」
あるいはレイに証拠を奪われていなければ、ダイラスもこの件を公にするといったような真似をしたかもしれない。
しかし金庫を奪われたダイラスにしてみれば、この一件を公にするということは、金庫の中身も公になるということを意味している。
勿論、それはミスティリングの中に入っている金庫の中に証拠が入っていればの話だが。
「そうか。……悪いな」
「気にするな。ただ、俺が言うまでもないけど、アジトに無事到着するまで気を抜くなよ。もしかしたら昨夜アジトに奇襲してきた暗殺者ギルド、もしくはそれ以外の暗殺者ギルドが攻撃をしてくる可能性がある」
ダイラスにしてみれば、証拠を奪われてしまった以上は追い詰められて後先考えずに風雪を攻撃するようなことをする可能性も否定は出来なかった。
「分かっている。無事にアジトに戻るまでは安心出来ないしな」
クロウの口から出たその言葉に、ふと『家に帰るまでが遠足です』といったことを思い出す。
小学生の時に言われたのか、あるいは漫画か何かで読んだのか。
その辺はレイも詳細には覚えていなかったが、今の状況を表すのに相応しい表現のような気がした。
「じゃあ、俺はセトと合流して風雪のアジトに戻る。……俺達の方が先にアジトに到着するだろうから、一応アジトの周辺に何か問題がないかは確認しておくよ」
そう言い、レイはクロウや他の者達と別れて別行動を取る。
クロウ達が楽に戻れるように、屋敷の前にいる者達の視線は自分に集めた方がいいだろうと考えたレイは、堂々と敷地内を歩いて正門の方に向かう。
当然のように、そんなレイの姿は目立つ。
敷地内にはそれなりに明かりのマジックアイテムが用意されているので、そういう意味でもダイラスの屋敷の正門近くに集まっていた者達はレイの存在に気が付くのが早かった。
レイが正門を……正確には正門の形をしたゴーレムを破壊していなければ、それによってレイの姿が隠れていた可能性もあるが、その正門のゴーレムは現在レイのミスティリングの中だ。
そうである以上、正門前に集まっていた者達からレイの視線を遮るようなものはない。
「お、おい。あれを見ろ。誰かが敷地内を歩いているぞ!」
「何? ……本当だ。だが、何であのグリフォンに攻撃されないんだ?」
「そんなこと、俺が知るか、何らかの理由があってそんな風になってるのは間違いないんだろうが……」
そうして多くの者が堂々と敷地内を歩いているレイの姿を疑問に思う。
レイがドラゴンローブのフードを脱いで顔を露わにしていれば、中にはレイの存在に気が付いた者もいたかもしれない。
しかし現在のレイはフードを被っており、顔をはっきりと見ることが出来ない。
ドラゴンローブの持つ隠蔽の効果もあり、レイは普通のどこにでもあるローブを着ているように見えていたことも大きいだろう。
そんなレイが正門の近くまで来た時、やがて一人が意を決してレイに声を掛ける。
「待ってくれ! お前は誰だ!? ダイラスさんの屋敷で一体何が起きてるんだ!?」
その質問に、レイはどう答えるべきか迷う。
ここでダイラスには実は裏の顔があって……といったように言うのは簡単だったが、問題なのはレイがそう言っても相手がそれを信じるかどうかだろう。
ここまで徹底的に裏の顔を隠してきたダイラスだ。
当然ながら、そんな状況でレイが何を言っても相手が信じるとは思えない。
とはいえ、何の理由もなくダイラスが襲われたのだといったようなことを口にしても、当然ながらそれを信じるような者はいないだろう。
そんな状況で少し迷ったが、正門の近くで足を止めたレイは口を開く。
「ダイラスは俺に……正確には俺達に喧嘩を売った。裏の顔を隠すのは上手かったが、それでも完璧とはいかなかった。その結果がこの状況だ。もっとも、それを信じるかどうかは、お前達次第だけどな」
最終的にレイが口にしたのは、そんな有耶無耶な言葉。
相手がそれを信じるのなら、それでいい。
信じないのなら、それはそれで別にいい。
そんな風に考えての言葉。
実際、レイのその言葉を聞いた者達には半信半疑……いや、一信九疑といった様子だったのだから。
戸惑っている者達を気にした様子もなく、レイは正門の前を通りすぎる。
そして正門から見えない場所まで移動すると、そこには当然のようにセトの姿があった。
「グルルルゥ!」
レイの気配を察していたセトは、すぐにレイのいる方に向かって走り出す。
そのような真似をしながらも、地面に多数転がっている冒険者達を踏まないようにしているのはさすがと言うべきか。
体長三mオーバーのセトだけに、当然ながらその重量は相当なものになる。
気絶している相手の身体を間違って踏んだ場合、ごめんと軽く謝る程度ではすまない。
それこそ、文字通りの意味で命に関わるような致命傷になってもおかしくはないのだ。
セトもそれが分かっており、更にはレイから出来るだけ殺さないようにと言われていたこともあって踏まないように注意していた。
「随分と頑張ってくれたみたいだな。俺の頼みを聞いてくれてありがとな。セトのおかげで、俺も目的の物を入手出来たぞ」
「グルルルルゥ」
レイの言葉に、嬉しそうに喉を鳴らすセト。
そんなセトを撫でつつ、レイは口を開く。
「ここでの用件も終わらせたから、そろそろ戻るとするか。ここに来る時と違って、戻る時は空を飛んで戻るけど問題ないよな?」
「グルルルゥ!」
任せて、と喉を鳴らすセト。
身を屈めたセトの背にレイが乗ると、セトは数歩の助走……ではなく、その場から移動する。
結構な人数が地面に倒れているこの場所で、数歩であっても助走をすれば間違いなく誰かを踏んでしまう。
それを恐れての行動だろう。
そんなセトが最終的に移動したのは、正門から少し離れた場所。
当然ながら、そのような場所に移動すれば正門前にいた者達にもレイやセトの姿はしっかりと見られてしまう。
セトに乗っているレイを見た者達の中には、それでようやく先程自分達の前を通ったのが誰なのかを理解した者もいた。
「深紅のレイ!?」
ざわり、と。
いきなり出て来た名前に、正門前にいた者の多くはざわめく。
グリフォンのセトがここにいたのだから、当然のようにその主のレイもここにいなければおかしかったのだが……それでも、レイをレイであるとは認識出来ていなかったのだろう。
レイとセトはそんな周囲の様子を気にした様子もない。
結局ダイラスの屋敷の前にいる者達が出来たのは、ただレイを乗せたセトが飛んで行くのを黙って眺めているだけだった。
「よし、セト。後はスラム街にある風雪のアジトに向かうぞ。ただし、念の為に向こうに行く途中に敵がいないかどうかを確認していこう。もしかしたら……本当にもしかしたらだが、ドーラン工房やダイラスがこっちに戦力を向けているという可能性もあるからな」
そこまでやれるだけの戦力があるのか? と言われれば、レイも疑問に思うだろう。
ドーラン工房は冒険者の多くを倒され、ダイラスの屋敷に送られてきた者達も多くが倒されている。
ダイラスは、自分がここまで被害を受けるとは思っていなかっただろう。
しかし、自分が被害を受けないと考えていたからこそ、今夜再び風雪のアジトを襲撃するといった風に考えていないとも限らなかった。
(そのつもりであっても、ダイラスの屋敷が襲撃されていると聞けば戦力を戻していたと思うけど)
つまり、レイがセトと共にスラム街の様子を警戒するのは、あくまでも念の為といった一面が強い。
そして事実、スラム街を飛んでいる状態で地上に怪しい人物がいないかどうかを確認しても、そこには誰の姿もないのだから。
……正確には、夜中でもスラム街で暴れていると思しき相手は幾つも存在するように見える。
しかしそれは今回の一件に関係なく、スラム街で日常的に起きている騒動でしかない。
「グルルゥ? グルルゥ、グルルルルルゥ」
レイに向かって戸惑ったように喉を鳴らすセト。
レイが地上を見ても見つからないのと同様、セトが地上を見ても特にそれらしい存在を見つけることが出来ないらしい。
「うん、そうだな。ごめん。正直なところ、これは俺のミスだった。今のこの状況で外を見ても意味はなさそうだな」
素直にセトにそう謝ると、レイは地上の様子を気にせずにアジトに戻るようにセトに頼む。
そう言われたセトは、すぐに翼を羽ばたかせて夜の空を飛ぶ。
この時、セトは喉を鳴らしていたものの、王の威圧を使う時のように周囲一帯に響き渡るように鳴いた訳でもない。
そんな中でも、スラム街にいる者の何人かは空を見上げ、夜空を飛ぶセトの姿を月明かりの中で見ることが出来た。
当然ながらセトは自分がそのような視線を向けられているのは、全く気がついていなかったが。
そうしてスラム街を飛んでいると、セトの速度では瞬く間にアジトに到着する。
地上に向かって降下しながら翼を羽ばたかせて速度を殺し、地上に着地する。
当然だが、アジトの近くで警備している風雪の者達は突然のことに驚く。
昨夜の件があるので、もしかしたらまた襲撃かと素早く反応してしまうのも当然の話だろう。
即座に武器を構え……だが、視線の先にいるのがレイとセトであると判断すると、安堵した様子を見せる。
「レイか。……あまり驚かさないでくれ。それでこうして戻ってきたってことは、作戦は上手くいったと考えてもいいのか?」
レイが戻ってきたのを見て、即座に作戦が成功したのだろうと考えるのは、レイの実力を知ってるからだろう。
そして実際、レイはそんな相手の言葉に同意するように頷きを返すのだった。