2834話
結局レイが遭遇した風雪の集団は、何人かが不満そうでまだ完全に納得した様子を見せた訳ではなかったものの、レイと一緒に行動することにした。
風雪の者達にしてみれば、レイという圧倒的な戦力と一緒に行動するのは自分達にとって有利になると、そう思ったのだろう。
実際、レイに不満を持っている者達もレイの実力に関しては認めているのだ。
もし自分達が正面からレイと戦った場合、勝ち目はまずないと思うくらいには。
それでもレイが気に入らないと思う気持ちは消せる筈もなかった。
また、そのような相手もいる集団が合流したいと言ってきたのをレイが受け入れたのも、風雪の者達と一緒に行動するのはレイにとって決して悪い話ではないからだ。
ギガラーナがどこにいるのか分からないというのが大きいし、またこの集団のようにレイが偶然遭遇した相手が風雪の者達かどうか分からない時に判断してもらうという意味もある。
そんな訳で、早速レイ達は動き始める。
「ギガラーナさんのいる場所ですよね? ……そうですね、多分大丈夫だと思いますから、任せて下さい」
レイと交渉をしていた人物が、真っ先にそう言ってくる。
その様子から、恐らくギガラーナのいる場所をある程度ではあるが理解しているのだろうとレイにも予想出来た。
「そうか、任せる。ただ、クロウ達がもしかしたら援軍に来た冒険者達と遭遇して戦闘になってるかもしれないから、出来ればそっちとも早く接触したい」
「分かりました。ただ、クロウさんがいるのなら心配はいらないと思いますけどね」
風雪の中でもクロウは相応の実力者として知られている。
それだけに、その辺の相手と遭遇しても特に問題なく倒すことが出来る……と、そう思っているのだろう。
実際、その意見はレイも納得出来るものだ。
それでも心配だったのは、万が一を考えてのことが大きい。
「それでもだ。ダイラスの用心深さを考えれば、まだ他に何らかの隠し球があってもおかしくはない。その隠し球と遭遇したりしたら不味いだろ」
レイの言葉を、大袈裟だと言って笑うことは出来ない。
それはレイと話していた男だけではなく、レイの存在を気にくわないと思っている者も同様だった。
ここまで徹底的に自分の裏の顔を隠してきたダイラスだ。
万が一のことを考えて、何らかの隠し球を……それも奥の手とも呼ぶべき何かがあっても、不思議ではない。
「行きましょう。今は少しでも早くクロウさんやギガラーナさん達と合流した方がいいと思いますから」
その言葉に、レイ達はその場から走り出す。
暗殺者達の一人が、レイを先導する為に先を進む。
レイは周囲の警戒をしながら、案内された道を走る。
こうして走っている間も、遠くから……あるいは少し離れた場所から戦いの音が聞こえてくるものの、レイを案内している者達はそれらは無視して進む。
(戦いの喧噪が聞こえてくるってことは、風雪の暗殺者が戦ってるんだよな? なのに、それを無視してもいいのか?)
そんな疑問を感じるものの、暗殺者ギルドである以上、その辺はある意味で自分達で何とかするように考えているのだろうと判断する。
「次の道は右です。ちぃっ!」
案内している人物の口から出る舌打ち。
それを考えれば、やって来たのは援軍の冒険者だろうと思っていたのだが……
「何だ、仲間か」
曲がり角からやって来た者達の中に見覚えのある人物の姿を確認したレイは、そう安堵する。
向こうもまた、レイ達の姿を確認して安堵した様子を浮かべていた。
「お前達も脱出する予定か?」
「ええ、そちらもですか?」
「ああ、クロウ達から話を聞いてな。けど、ギガラーナさんがいないんだよ」
「……ギガラーナさんなら、何かあっても心配するようなことはないと思いますけど」
二つの集団は足を止め、それぞれ情報交換を行う。
そのような真似をしながらも、当然のように周囲の様子を警戒している者達もいる。
この辺りの判断は、それこそ言葉を交わさずとも阿吽の呼吸で行われていた。
なお、そのような阿吽の呼吸が出来るのはあくまでも風雪の面々のみで、風雪のメンバーではないレイは情報交換しているのを黙って聞く側に回っていた。
レイがダイラスの悪事の証拠が入っている金庫を持っているのだから、情報交換側に回るのは当然だろう。
「援軍としてやって来た冒険者達は、ジャーリス工房を襲った連中だ。全員が確実にそうだという訳ではないだろうけど、ジャーリス工房で見た顔が幾つかあった」
「そうなると、やっぱり援軍を送ってきたのはドーラン工房か」
レイの言葉に、合流したばかりの集団の男がそう告げる。
ドーラン工房とダイラスが敵だというのは、ほぼ確定していた。
そうである以上、ドーラン工房がこの状況で戦力を送ってくるのは、十分に予想出来たことだった。
(とはいえ、まさかダイラスの屋敷に繋がる隠し通路を使ってくるというのは、完全に予想外だったけどな。……いや、あるいはダイラスとドーラン工房の関係者が打ち合わせをする時はその隠し通路を使って移動していたとか? 十分に有り得るな)
有り得ることではあったが、今はそれを考えているような余裕はない。
実際には、援軍の冒険者達も最初は堂々と表からやって来ようとしたのだ。
だが、最初にダイラスの屋敷の敷地に入った数人が問答無用でセトに攻撃され、気絶してしまった。
その為に地上を通ってダイラスの屋敷に入ることは不可能になり、だからこそ地下通路を使っての移動になったのだが……レイはその辺りの事情については分からない。
「何が厄介って、あの冒険者達はかなりの数がいるのが厄介だな」
レイと同じく冒険者と戦ったのだろう男の一人が、嫌そうに言う。
暗殺をするなら本職だが、冒険者を相手に正面から戦うのは出来れば避けたいのだろう。
話を聞いていた他の暗殺者達もその意見には同意するように頷いていた。
「冒険者達は屋敷の中にしかいないから、屋敷から出れば取りあえず冒険者達と戦わなくてもすむだろうな。勿論、それはあくまでも最初のうちだけで、下手に時間を使ったりすれば冒険者達も屋敷の外に出て来ると思うが」
「レイさんの言う通りですね。冒険者と戦いたくないのなら、さっさと屋敷から出た方がいいです。……ギガラーナさんと合流するまで屋敷で行動するか、それともギガラーナさんなら大丈夫だと考えて今からすぐに脱出するか。どっちがいいと思います?」
その質問は答えるのが非常に難しかった。
暗殺者達は、風雪最強と言われているギガラーナの実力は信じてる。
それこそ大抵の相手は容易に倒せるだろうと。
だが同時に、ギガラーナもあくまでも暗殺者でしかないのは間違いのない事実。
このような状況でギガラーナをどうにかなるとは思っていないが、それでも正面から多数の冒険者と戦った時にどうなるかは分からない。
あるいはギガラーナがレイのように圧倒的な強さを持っていれば、安心して任せることも出来たのだろうが。
しかしギガラーナは風雪では最強であっても、レイのように人外の域には達していない。
そういう意味では、暗殺者の実力を最大限発揮出来る訳ではないこのような場所で、ギガラーナに全てを任せるといったような真似は出来なかった。
「なら、まずはギガラーナに合流した方がいいか」
ギガラーナが風雪に所属している暗殺者達の拠りどころとなっているのなら、やはり脱出するよりも前に合流した方がいい。
そう言うレイの言葉に、他の者達も同意する。
レイの存在を面白く思っていない者達ですらレイの意見には素直に賛成したのだから、ギガラーナがどれだけ皆の中心的な存在であるのかが明らかだった。
(とはいえ、ギガラーナの実力なら普通に正面から冒険者達と戦っても、ある程度どうにかなると思うけどな)
レイが見たギガラーナの実力を思えば、心配しすぎでは? と思うレイだったが、その件については特に口にしない。
今ここでそのようなことを口にすれば、色々と面倒なことになるというのは分かっていたからだ。
「そうなると、やっぱり問題になるのはギガラーナがどこにいるか、だよな。……その辺が分からないと、それこそこの屋敷で騒動になってる場所を全部見て回る必要が出て来る。さすがにそんなことをしているような余裕はないしな」
もしそのようなことをする場合、それこそ屋敷にいる冒険者や警備兵を全て倒してから、見て回った方が手っ取り早い。
……そこまでして、それでいながら実はもうギガラーナも屋敷の外に出ていたといったようなことになった場合、目も当てられないが。
「なら、とにかく……」
「誰か来る!」
情報交換をしていた中の一人が何かを言おうとしたところで、見張りをしていた男が鋭く叫ぶ。
すると、すぐに皆がすぐ何があってもいいように準備を整えるのが……
「レイ!? 何でこんな所でそんな人数になってるんだ!?」
姿を現したのは、クロウ達。
向こうもここにある程度の人数がいると把握していたのか、冒険者が相手なら即座に攻撃出来るようにしていたものの、そこにいたのがレイ達であると知り、その動きを止める。
また、クロウ達が姿を現したことで驚いたのはレイ達も同じだった。
「無事だったか、クロウ。てっきり冒険者達に待ち伏せされているのかと思ったけど」
「ああ、待ち伏せはされていた。けど、そこまで強い連中じゃなかったからな。対処するのは難しくなかったんだよ。それよりそっちも無事なようで何よりだ」
そう言い、笑みを浮かべるクロウ。
クロウにとっても、あの場に一人だけ残ったレイが無事だったのが嬉しかったのだろう。
「俺があの程度の相手にやられる訳がないだろ? ……それよりもだ。お前達は先にこの屋敷を脱出するってことになっていたと思うんだが、何でまだ屋敷の中にいるんだ?」
「ギガラーナさんに会ってな」
クロウの口から出た言葉に、何人かが大きく反応する。
当然だろう。今までどうやってギガラーナと合流するのかといったようなことを相談していたのだから。
そうである以上、まさかここでクロウの口からギガラーナに会ったという言葉を聞けば、それに反応するなという方が無理だった。
「それで、ギガラーナさんは何でクロウと一緒にいないんだ!?」
レイの側にいた暗殺者の一人が、ギガラーナに会ったというクロウの言葉を聞いて半ば反射的に叫ぶ。
ギガラーナと会ったのなら、一緒に行動していてもおかしくはないだろうと……いや、一緒に行動していないとおかしいだろうと、そのように思っての発言だろう。
だが、そんな言葉を投げ掛けられたクロウは、首を横に振る。
「俺もギガラーナさんに一緒に行動した方がいいと言った。けど、ギガラーナさんはもう役目を果たしたのなら、現在屋敷に残ってる風雪の者達に脱出するように指示を出すと言ってな」
「それはまた……俺が言うのも何だが、上に立つ者としてはちょっと問題があるんじゃないか?」
レイの言葉に、何人かがギガラーナを馬鹿にしたと思ったのだろう。厳しい視線を向けてくる。
しかし、レイのように個人で動いている者であればまだしも、現地で指揮を執っている人物がそのような真似をするのはどうかと思うのは、レイにしてみれば当然の話だった。
指揮を執る人物である以上、自分が直接動くというのは……そのような選択肢もあるかもしれないが、だからといって今の状況でそのような真似をする必要があるとは、レイには思えなかった。
レイは現在のギガラーナの状態を知らないので、もしかしたらレイには分からない何かがあった可能性は否定は出来なかったが。
「とにかくだ。ギガラーナから脱出するようにと指示が出てるのなら、俺達が別にギガラーナに合流する必要はないだろう? なら、とっととここを脱出した方がいい。……全く無関係の奴を戦いに巻き込んでしまいかねないし」
そう言ったレイが思い浮かべたのは、先程遭遇したメイドだ。
ダイラスのことを善人であると信じている人物。
他にもそのような者達がいれば、色々と面倒なことになりかねない。
そのような者達との面倒は、レイにとって決して許容出来ることではなかった。
そうである以上、やはりここは出来るだけ早くこの屋敷を出た方がいいというのが、レイの考えだった。
クロウを始めとした他の面々も、無関係の相手を巻き込むのは許容出来ないと考え……最終的に、レイの意見に頷くことになる。
中にはレイの言うことだからと、反対したい者も何人かいたものの、クロウの視線によって黙らせられるのだった。