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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゴーレムの街エグジニス
2832/3865

2832話

 自分に向かって突っ込んできたレイに向かい、冒険者の男は反射的に長剣を振るおうとする。

 だが、ちょうど自分の前にやって来たレイの頭部に長剣を振り下ろすといったタイミングだったにも関わらず、長剣がまだ途中の位置にあるのに既にレイは男の前にいた。

 男にとって、レイの移動速度は完全に予想外のものだったのだろう。

 失敗した。

 男の顔にはそんな表情が一瞬浮かぶも、レイはそれを全く気にした様子もなく拳を振るう。

 レザーアーマーは金属の鎧より柔らかいものの、それでも防具……鎧である以上、素手で殴るといった真似をすれば怪我をしてもおかしくはない。

 にも関わらず、レイのその一撃はレザーアーマーの上からでも十分な威力を発揮し、男の肋骨をへし折るだけの威力を発揮した。


「ぐぼぁ」


 激痛に叫びながら、吹き飛ぶ男。

 運が悪かったのは、そんな男の吹き飛んだ先にいた別の男だろう。

 大人が真っ直ぐ自分に向かって吹き飛んでくるのだ。

 その攻撃を回避する必要がある以上、男は動こうとする。

 だが、咄嗟のことだったこともあり、近くにいた仲間の身体にぶつかってしまう。

 せめてもの救いは、ぶつかった男が敵との戦闘中ではなかったということか。

 今はまだ冒険者達の方が多いので、敵一人に対して複数人で当たることが出来ていた。

 その人数的な有利さも、レイ達が戦いに参加した事によってあっさりと覆されてしまったが。

 最終的に、男は成人男性……装備品も含めれば、百kg程はあるだろう肉の塊に押し潰されることになり、倒れ込んだ時に床に頭をぶつけた衝撃で完全に意識を失う。

 頭蓋骨や首の骨が折れている可能性もあるが、レイもその辺は特に気にしない。


「さて、戦況は逆転した。この状態でまだ俺と戦おうという奴がいるのなら、さっさと出て来い!」


 叫ぶレイの声に、冒険者達は動けなくなる。

 レイの叫びを聞いて、そこに自分達との実力差を感じてしまったのだろう。

 動きを止めた冒険者達を見て、もしかしたらこれで戦闘を行わなくてもいいのか? と少し期待する。

 そして……不意に冒険者の中の何人かが、武器を手にその場から逃げ出す。


「じょっ、冗談じゃねえ! こんな化け物を相手に戦ってられるか!」

「そもそも、こいつ深紅のレイだぞ!? 何でこんな場所にこんな化け物がいやがる!」


 叫びながら背中を向けた冒険者達だったが、レイは勿論のこと、クロウ達もそんな冒険者に向かって追撃するような真似はしない。

 もしここでそのような真似をしたら、敵は逃げ出すような真似はせず、死に物狂いで自分に向かってくると理解していたからだ。

 敵が多くて厄介だというのに、自分から逃げて数を減らしてくれる相手を攻撃するような真似はしない。


(それでも残る奴はいるか。厄介だな)


 レイにしてみれば、出来るのなら全員がこのまま逃げて欲しいと思っていた。

 しかし、実際に逃げたのは半分くらい。

 残り半分は、一体どういう理由があるのかここに残っており……当然ながら、レイやクロウ達に向けて武器を構えていた。

 この状況であっても、全く退く気はないらしい。


(何でそこまでやる気に満ちてるんだ? 冒険者なら依頼を途中で投げ出さないって意味では、悪くはないのかもしれないが……いや、ちょっと待て。依頼? だとすれば……)


 依頼という言葉で、レイはもしかしてと思うものがあった。

 それが正しいのかどうかを確認する為にも、レイは口を開く。


「お前達。もしかしてジャーリス工房を襲撃した冒険者か?」


 レイの言葉に、その場に残っていた冒険者の何人かが反応した。

 そこまで露骨な反応という訳ではなかったが、それでもその反応だけでレイにとっては十分に理解出来た。


「当たりか。一体何を考えてこういう状況になってるのかは、分からない。分からないが、それでもジャーリス工房に続いて俺とやり合うのなら、覚悟しろよ。今回の相手は俺だけじゃないんだしな」


 レイが話している間、クロウ達が敵に攻撃を仕掛ける様子はない。

 このような状況だけに、戦えば勝つのは間違いないだろう。

 これからのことを考えれば、出来れば戦って自分達が消耗するよりも戦わず敵に退いて欲しいと思うのは当然だった。

 ここであまり時間を無駄にするような真似も出来ないのだから。

 ここでの戦いが終わってからギガラーナに合流する必要があるのを考えれば当然の考えだろう。

 また、合流してからも素直に脱出が出来るとは限らない。

 この部屋を占拠されていたということをダイラスが知れば、当然のように隠し扉の向こうにある隠し部屋の金庫がなくなっていることにも気が付く筈だった。

 それを知れば、ダイラスもレイ達を自由に撤退させるといった真似はさせないだろう。……あくまでも金庫の中に証拠が入っていればの話だが。

 また、自分の屋敷を襲撃されたと考えれば、ダイラスの面子の問題もある。

 そのような諸々……あるいはレイが思いつかないような何らかの理由によって、脱出する時に激しい戦いとなるのは間違いのないことだった。

 そうなった時の為に戦力を温存しておきたいと思うのは当然だろう。

 だが、レイやクロウのそんな思いとは裏腹に、この場に残った冒険者達が撤退する様子はない。

 それどころか武器を握る手により力を込める。

 絶対にここでレイ達を倒すと、そう決意しているかのような態度。

 それを見たレイは、これ以上脅しても撤退するようなことはないだろうと判断し、ミスティリングの中からデスサイズと黄昏の槍を取り出して一歩前に出る。


「この連中は俺が倒す。お前達は先に行け」

「いや、だが……」

「この場所の広さを考えろ。俺が武器を手に戦ったら、場合によってはお前達を巻き込む可能性もある」


 暗にお前達がいると思う存分戦えないと言うレイ。

 何人かの暗殺者はそんなレイの態度に不満を感じて視線を険しくしたものの、レイはそれを無視して言葉を続ける。


「お前達がやるべきことは、この連中と戦うことか? 違うだろう? なら、さっさと自分のやるべきことをやれ」


 その言葉を聞いたクロウは、お前が言うなと言いそうになる。

 ダイラスの悪事の証拠が入っていると思しき金庫を持っているのは、レイなのだ。

 そうである以上、レイが言うように自分のやるべきことをやれというのは、本来なら金庫を持っているレイが真っ先に屋敷を脱出する必要がある筈だった。

 それをこの場で言えば、それこそレイが集中攻撃されると思っていたので、実際には口にしなかったが。


「分かった」


 代わりに口にしたのは、その短い一言のみ。

 ここでの戦いはレイに任せ、自分はこの場からすぐに移動した方が効率的だと判断したのだろう。

 その判断に何人かの暗殺者は不満そうな視線を向けるものの、クロウはそれを無視してその場から走り去る。

 他の暗殺者達も、そのような真似をされればクロウを放っておく訳にはいかないと判断したのだろう。慌てて追い始め……そうなると、この場に残った冒険者達もそんなクロウ達を自由に行動させる訳にはいかない。


「追え!」

「させると思うか?」


 冒険者の一人が叫んだその瞬間、レイは床を蹴ってクロウ達と冒険者達の間に割り込む。

 一瞬の移動だけに、冒険者達は一体どうやってレイが自分達の前に回り込んだのかが分からなかった。

 分からなかったものの、それでも自分達がクロウ達を追撃しようと思えばレイをどうにかしなければならないというのは分かったのだろう。

 冒険者の先頭にいた人物が、苛立ち混じりに叫んで手にした槍を突き出す。


「邪魔だ、どけぇっ!」


 気合いを込めた全力の突き。

 男にとっては最強の一撃と呼ぶのに相応しい一撃ではあったが……


「甘い」


 渾身の一撃は、デスサイズによってあっさりと槍の穂先を切断されることで防がれてしまう。

 その上で、黄昏の槍を横薙ぎに振るって柄で男の頭部を叩いて意識を絶つ。


「さて、この状況になっても逃げない以上、お前達は俺と戦うという選択をした。そう思ってもいいんだな?」

「いや、それは……」


 先頭にいた男があっさりと倒されたのを見て怯えたのだろう。

 レイの言葉を聞いた一人が咄嗟に何かを言い掛けるも、それを聞くよりも前にレイは前に出ていた。


「機会は与えた!」


 その一言と共に振るわれるデスサイズ。

 先程何かを言い掛けた男は、半ば反射的にデスサイズを防ぐべく長剣を盾にする。

 冒険者としての経験からの動きではあっただろうが、その動きは迂闊だった。

 長剣の刃とデスサイズと柄がぶつかり……だが、男はその一撃を防ぐといったような真似は出来ず、あっさりと刀身が半ばで折れてしまい、その身体でデスサイズの一撃を受けると吹き飛ぶ。

 百kgの重量を持つデスサイズの一撃を、レイの力で振るわれたのだ。

 長剣で多少は威力を減じたものの、それでも男に重傷を負わせるには十分な一撃。

 骨を折りつつ吹き飛ぶ男。

 仲間に向かって吹き飛ばされたのではなく、思い切り壁に叩きつけられ……結果として、その身体はただレイに吹き飛ばされた以上のダメージを受けることになる。


「さて、次だ。言っておくが、この状況でも退かない以上、こっちもそのつもりでやらせて貰うからな」


 そう言うレイに何を見たのか、その場に残っていた者達の何人かは半ば反射的に後退る。

 しかし、今のレイを前にしてそれは致命的とも言える隙だった。

 相手が退いたと判断した瞬間、レイは一気に前に出たのだ。



 冒険者達はそんなレイに向かってほぼ条件反射でそれぞれの武器を振るうものの……


「甘いんだよ!」


 そんな一言と共に振るわれた一撃は、それこそレイに向かって振るわれた武器の大半を纏めて切断し、もしくは吹き飛ばすことに成功する。


「ぐっ!」


 冒険者の一人が、自分にとっては完全に予想外だった一撃に呻き声を漏らす。

 手にしていた長剣をデスサイズの一撃で吹き飛ばされ、それによって手が痺れたのだ。

 それこそ、今の痺れた状態では何も持てないだろうと、そんな風に思ってしまうくらいの強烈な一撃。

 しかし、今の一撃を見ても冒険者達が引き下がる様子はない。


(どうなっている? ここまで実力差を見せつけたんだから、とっくに退いてもおかしくないだろうに)


 レイが知ってる限りでは、目の前の冒険者達はジャーリス工房を襲撃した者達の筈だった。

 そうである以上、レイの実力については向こうも十分に理解している筈だ。

 あるいはジャーリス工房の一件で理解出来ていない者がいたとしても、ここで見せつけられたレイの実力は、ここにいる冒険者達だけでどうにか出来るものではないと分かっているだろう。


(なのに、逃げない? ジャーリス工房の時は即座に逃げたのに? 一体その違いは何だ? もしかして……)


 レイが思いついたのは、もしかしらここにいる冒険者達以外にも援軍がおり、それがクロウ達の方に回っている……つまり、ここにいるのは時間稼ぎの要員なのではないか、ということだった。

 普通に考えれば、そのような可能性はないだろう。

 何しろここでこうして戦っているのは、最初から予定されていたようなことではなく、あくまでも成り行きという一面が強いのだから。

 そうである以上、敵の増援がクロウ達と遭遇するという可能性は決して多くはない。


(もしかして、最初に逃げ出した奴の中にその辺を考えられる奴がいたのか? そうだとすると……不味いな)


 勿論、レイはクロウ達の実力を信用していない訳ではない。

 風雪に所属する暗殺者というだけあって、その実力は間違いなく一級品なのだから。

 それは昨夜の一件でしっかりと確認している。

 しかし、暗殺者というのはあくまでも暗殺……相手の不意を突いて攻撃するのを得意としているのであって、正面から戦うのが得意な訳ではない。

 相手が戦いの経験がない素人……もしくは中途半端に戦いの技術を持ってる程度の相手なら、正面から戦っても問題なく倒せるだろう。

 だが、相応の技術を持つ冒険者が相手となれば話は違う。

 ましてや、その人数が多ければ余計にクロウ達が不利だろう。


(少し早まったな。とはいえ、これからどう行動するにしても、まずはこの連中を片付けないとどうにもならないのは間違いない。なら、俺のやるべきことは変わらないか)


 デスサイズと黄昏の槍をしっかりと握り締め、レイは自分の前に立つ者達を出来るだけ早く倒してからクロウ達を追うべきだと判断する。


「悪いが、ここからは少し荒っぽくなる。そのせいで死んでも俺を恨むなよ」


 レイの言葉に本気を感じたのか、冒険者達は一瞬怯み……そこに向かって、レイは真っ直ぐに突っ込んでいくのだった。

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