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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国との戦争
283/3865

0283話

「うおおおおおっ、儂を、舐めるなあぁぁっ!」


 斬っ!

 身の丈程もあるグレートソード。長剣と呼ぶよりは大剣と呼んだ方がいいようなその巨大な剣を振り回し、初老の男は目の前に立ち塞がった猪の顔を持った相手を唐竹割りにしながら叫ぶ。

 一見するとオークにしか見えない相手だったが、似ているのはあくまでも顔だけだった。甲虫の殻のようなものが防具のごとく腕を覆っており、脇腹からは左右1本ずつ触手のようなものが生えている。そんな様子を見れば、とてもでは無いがオークとは呼べないような存在だった。

 更に、周囲にいるのはいずれも異形の存在であり、モンスターとの合いの子と呼ぶべき者達ばかりだ。たった今身体を左右に分けられて死んだ存在を眺めつ、初老の男は息を整える。


「ふぅ……まさか、本陣の後ろから奇襲を掛けてくるとはな。どのような手段を使って背後に回り込んだのだ? 偵察はしっかりと行わせていた筈だが」


 グレートソードへと体重を掛け、初老の男……ミレアーナ王国軍総大将のアリウス伯爵は息を整えながら愚痴るように呟く。


「このままでは手柄を全て持っていかれる。それならばと、無理を承知で戦場に向かっていたのだが……まさかこのようなことになるとはな」


 周囲を見回し、自分が連れてきた者達が異形の兵士達と戦っている光景を眺める。

 異形の兵は個としての戦力は非常に高いが、それぞれが全く違う姿を取っている為か、連携に関しては拙い者が多い。もしそのような欠点が無ければ、既に自分達はこの場で息絶えていただろうというのがアリウス伯爵の意見だった。


(……まさか、こうもあっさり儂を見捨てるとはな。余程儂は上に疎まれているらしい。いや、これまでの行為を考えれば無理も無いか)


 内心で呟き、敵に背後から奇襲されたと知るや否や、周囲へと散らばっていった国王派の貴族達のことを考えから閉め出す。戦力的には異形の兵はそれ程の数ではない。本隊である国王派が纏まって迎え撃っていれば、どうにか対応出来た可能性もあったのだ。だが、最初に異形の姿に驚いた数名の貴族が逃げだし、同時に異形の兵の強さをその目にした貴族達も逃げだし、結局残ったのは当初の6割程度の兵数のみだった。もう暫く待てば、前線に投入する為に先行させていた部隊が戻って来てどうにか対処も出来るだろうと考えていたアリウス伯爵だったが、すぐに頭を振る。

 今はそんな不確定な未来のことを考えているべき時ではなく、この場の窮地を何とか凌ぐことを考えなければいけないのだからと。

 そんな時……


「おや、アリウス伯爵。どうやらご健在のようで何よりです」


 余程の激戦を繰り広げたのだろう。刀身を血で染め、着ていた鎧にも大量の返り血を浴びた様子の男が1人、苦笑しながらアリウスへと近付いていく。


「シミナールか。どうやらそちらも無事だったようだな」


 厳めしい表情を浮かべたまま、同じ国王派に所属する相手へと視線を向ける。

 年齢でいえば自分の半分も生きていないような相手だが、アリウスとしてもその実力は認めていた。だからこそ、戦争への参加を認めたのだから。もっとも、その実力はあくまでも自分が手柄を立てる為に必要な実力であり、このような状況になるとは全く思っていなかったのだが。


「ええ。しかし、この者達……どう思います? 私としては、王都で噂に聞いていた魔獣兵という存在だと思うのですが」

「……だろうな。儂も噂程度しか聞いておらんが、噂通りの異形の者共よ」


 ギルムの街から流れてきた情報に関しては、当然国王派も掴んでいた。だが、実際に魔獣兵という存在を目にしたことがないだけに、話半分どころかラルクス辺境伯が己の失態を隠す為に出鱈目を流したと判断していたのだ。

 本来であればレイがギルムの街で捕らえた蟹のような甲殻をもったコルドと、身体から幾本もの触手を生やしているミナスという存在がいたのだが、どうしても警備に関してはより重要度の高いポストゲーラの方に重点が置かれ、結局魔獣兵の2人は隙を突かれてその命を絶たれていた。そして、命を絶たれた瞬間にまるで日の光に溶ける氷の如く溶けていき、最終的に魔獣兵という存在は闇に葬られることになってしまったのだ。もし死体が残っていれば、国王派も魔獣兵についてもっと真剣に考えていたのだろうが。


「ラルクス辺境伯からの情報を鵜呑みにするとは言わないまでも、もう少し重要視すべきでしたね」


 溜息と共に放たれたその言葉に、アリウスは地面に突き刺していたグレートソードを手に取り構える。

 自分を目当てにして向かって来る数人の魔獣兵の姿を見つけたからだ。


「今更そんなことを言っても始まらん。とにかく今はここを何とかして生き延びることだ。そうすれば重要な情報を儂に与えなかった馬鹿共や、手柄のお零れに預かりたくて付いてきた癖にさっさと逃げ出した者共に、相応の報いをくれてやるわ」

「……今回の戦争で、そんな者達ばかり集めたのはアリウス伯爵自身でしょうに」


 シミナールもまた、持っていた長剣を構えて自分達に向かって来る魔獣兵を待ち受ける。

 周囲を見る限りでは、戦力的に押されている状態であるのは間違い無い。だが、自分の横にいるのはミレアーナ王国軍の総司令官である。つまり戦争に関しては有能だが野心家であるこの人物が討ち取られれば、兵士達はもちろん貴族や騎士達も雪崩を打ったように逃げ散ることになるだろう。そうなればこの戦争でミレアーナ王国軍の負けが決定づけられ、ミレアーナ王国本土にベスティア帝国軍の手が伸びることになる。


「全く、幾ら何でも予想外の展開としか言えないな!」


 頭から毒々しい花を生やしている女の魔獣兵に向け、袈裟懸けに振り下ろされるシミナールの剣。

 だが植物型の魔獣兵は、身体を動かさずに下半身から生えている根で位置をずらして回避する。そして振るわれた右手は、鋭利な棘が幾つも生えている蔦。既に鞭と呼ぶのが正しいだろうその腕が振るわれ、シミナールの持っている剣の刀身へと巻き付いて動きを止める。

 両手で剣を持っていたシミナールはこれで攻撃の手段を失い、そして相手は左手に右手同様の茨の鞭を生やしていた。


「あら、いい男ね」

「褒めてくれてありがとうと言いたいところだが、こんな場所じゃな」

「そう? この戦場だからこそ、普段見せられないお互いの素顔を見せることが出来るでしょう? さぁ、私の抱擁を受けてちょうだい。そうしたら、ゆっくりと天にも昇る心地よさを味あわせてあげる」

「悪いが、お前は俺の趣味じゃないんでな。断らせてもらおう」

「あらあら、女に恥を掻かせるものじゃ無い……わよっ!」


 その叫びと共に、左手から生えている茨の鞭が伸び……シミナールは、握っていた剣から手を離して咄嗟に後方へと跳び退る。


「うふふ、焦らすのが上手ね。ほら、次がいくからきちんと避けてね?」

「くっ!」


 咄嗟に腰から短剣を引き抜き、何とか振るわれる鞭を打ち払うシミナール。だがさすがに無傷で済む筈も無く、鎧に覆われていない場所のアンダーウェアが破れ、徐々に茨によって傷を付けられていく。

 それでも致命傷にはほど遠いと、茨の鞭を払いのけながら視線をアリウスの方へと向けるが、そこではグレートソードが蟻のような顔をした魔獣兵を一撃の下に葬り去っていた。


(強い)


 それだけがシミナールの胸中に浮かんできた感想だった。


「あらあら、私を見ないで他の人に目を向けるなんて。女に恥を掻かせないでちょうだいな。そんなことだから……ほら、そろそろ私の魅力にやられて動けなくなってきたんじゃない?」

「……何?」


 魔獣兵の女の言葉に、ようやく自分の現在の状況に気が付くシミナール。腕が、足が、身体が……四肢の全ての動きが鈍くなっているのだ。


「これは……一体、何をした……?」


 口すらも動きが鈍くなっており、流暢に言葉を話すことが出来ない。

 そんなシミナールにニタリとした笑みを浮かべつつ、ゆっくりと女の魔獣兵は下半身に生えている木の根を動かしながら近付いていく。まるで焦らすようなその行為は、当然女の移動速度が遅いという訳では無い。ただ、シミナールをなぶる為だけの行為だ。


「私の魅力がその身に刻み込まれたのよ」

「っ!?」


 女の言葉に、咄嗟にまだ何とか動く首を振って自らの身体へと視線を向ける。鎧に包まれていないアンダーウェアが茨の鞭により破け、僅かではあるが血が流れ出ていた。


「まさか……」

「あら、分かった? そう。この両腕は私の魅力を十分に染みこませる能力を持っているのよ」

「毒」

「あらあら、いけない子ね。私の魅力だって言ってるでしょ? そんないけない子にはお仕置きしてあげなきゃ……ね」


 嗜虐的な笑みを浮かべ、再び鞭となっている両腕を大きく振り上げる。


「いい声で鳴いて……ねっ!」


 その言葉に共にシミナールへと鞭が振り下ろされ……

 斬っ!


「……え?」


 唖然とした声。その声を上げたのは女の両腕から伸びている鞭を叩きつけられたシミナールでは無く、その鞭の持ち主だった。


「奇襲を受けたと聞いて来てみれば、まさかこのような状況になっているとはな」


 呟き、振り抜いた武器へと魔力を流して1本の長剣へと戻す。

 日の光に煌めく豪奢な金髪に、意志の強さを感じさせる鋭い美貌。その人物が誰なのか、地面に倒れて身動き出来ないシミナールは当然知っている。


「ひ、姫将軍」

「シミナール殿か、どうやら間一髪……とは言えなかったようだな」


 一瞬だけ視線を向け、そう告げるエレーナ。

 すぐに女の魔獣兵へと視線を向けたエレーナだったが、その凛とした美しさは強くシミナールの心へと刻み込まれる。

 もちろんエレーナが美しいというのは知っていた。同時に、その美しさと名声、そして戦の功績で貴族派の象徴である人物だと。だが、こうして戦場で姫将軍と呼ばれているエレーナを実際に見るのは初めてだった。


(これは……確かに兵士達に信望されるのも分かるな)


 自らの命の危機だというのに、目の前に立っている人物の圧倒的な美貌とカリスマに意識を奪われる。


(いや、命の危機だからこそ自らの全てを託せる相手に惹かれるのか)


 シミナールが内心でそんな風に考えている間にも、女の魔獣兵とエレーナの戦いは始まろうとしていた。


「その男は私が先に目を付けたのよ。それなのに横から掠め取ろうなんざ、どこの泥棒猫かしら?」

「泥棒猫かどうかは分からないが、このままこの者を殺させる訳にはいかんのでな。……大人しく退くのなら見逃すが?」


 連接剣を構えつつ、そう告げるエレーナ。だが、女の魔獣兵はその様子を鼻で笑って両手の鞭で地面を叩く。


「はっ、冗談もそこまで言えるなら十分よ。あんたの容姿を見る限り、噂の姫将軍って奴でしょう? そんなお偉いさんが1人でここにいるんだから、私にとっては、幸運としか言えないわね」

「確かに今ここにいるのは、私1人だ。だが……この戦場にいるのが私1人であると言った覚えは無いぞ?」

「……何ですって?」


 目の前にいる相手の言葉に、慌てて周囲を見回す女。その時真っ先に視界へと入ったのは、亀の甲羅を持つ魔獣兵がその甲羅へと巨大なバトルアックスの刃を叩き込まれて砕かれている光景だった。


「そんな!? あいつは攻撃力はともかく、防御力は高い筈よ。それなのに、一撃で倒されるっていうの!?」

「うちのアーラはパワー・アクスを手に入れた今、純粋な一撃に限って言えば恐らくミレアーナ王国の中でも高位に位置するからな。それにもちろん私の部下はそれぞれが有能極まりないぞ?」


 その言葉通り、この戦場ではエレーナの護衛騎士団が散らばってアリウスの部下を含む国王派の兵士達の救援に駆け付けていた。

 エレーナの護衛を任されているだけあり、個人としての能力は勿論、集団戦に関しても全く問題無くこなしている。魔獣兵1人に対して多数で戦いを挑んでおり、どうにか互角に渡り合っていた。

 この時、幸運だったのは魔獣兵達が周辺一帯に散らばっていたことだろう。そもそも転移して奇襲に参加した魔獣兵の総勢が500人程であり、その500人にしてもミレアーナ王国軍の総大将でもあるアリウスの姿を探して散っている。奇襲を受けて魔獣兵達の強さをその目で見た貴族達が散らばっていったのが偶然にも囮として働いており、その後を大半の魔獣兵が追って行った為に自然と殿のような状態になったアリウスと戦っていた魔獣兵の数は50人前後となっていたのだ。

 シミナールを含む極少数の国王派貴族と、その配下。そして応援に駆け付けたエレーナ自身の戦力と、護衛騎士団の戦力。それらを総合的に考えると、この戦場限定だけとはいってもどうにか戦力的に互角となっていた。


「確かに有能と言ってもいいのでしょうね。けど、要の姫将軍がいなくなったらどうなるのかしら!」


 女が叫び、両腕の鞭を振るう。

 その先端は容易く音速を超え、衝撃波すら伴いエレーナへと襲い掛かる。だが……


「甘いっ!」


 その叫びと共に振るわれた、魔力の込められた連接剣の一閃があっさりと鞭の先端を斬り飛ばす。それも2本同時にだ。


「え?」


 さすがにその光景は予想外だったのだろう。唖然とした表情を浮かべる女を見据え、エレーナは鋭く叫ぶ。


「射程内から退避!」


 その言葉だけでエレーナが何をしたいのか理解したのだろう。エレーナの護衛騎士団は、近くにいた国王派の兵士達を強引に引っ張って一端距離を取る。

 いきなりのその行動に、魔獣兵達が一瞬呆気に取られたその瞬間……


『古代の竜の魔力よ、顕現せよ!』


 短く唱えられたその呪文で、エレーナの身体から爆発的な魔力が吹き上がり、後方に直径5mはあろうかという竜の顔の幻影が浮かび上がる。


「ひぃっ!」


 幻影とはいっても、そこから感じられる圧倒的と言っても過言では無い迫力に、一瞬にして腰を抜かす魔獣兵達。それはつい先程までエレーナと敵対していた女の魔獣兵も同様であり、身動きすら出来ない状態に陥っていた。


『レーザーブレス!』


 そしてエレーナの口から絶望の言葉が放たれ、幻影の竜の口から光のブレスが吐き出され……次の瞬間、射線上にいた魔獣兵20匹以上が一瞬にして消滅するのだった。


「はぁっ、はぁっ、はぁ……さすがに厳しいな」


 知恵ある竜のみが使える竜言語魔法。その力の一端がここに示されたのだ。

 それを見ていたミレアーナ王国軍の兵士は、まるで神話に出て来る女神でも見るような目で憧れと畏怖の混ざった視線をエレーナへと向ける。

 そんな光景が起こった場所から10m程離れた位置では、虎の顔と猿の尾を持つ魔獣兵をグレートソードで一刀両断にしたアリウスが、荒い息を整えつつ微かに眉を顰めてエレーナへと視線を向けているのだった。

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