2823話
レイはセトに乗ってクロウと共に進む。
レイと友好的な関係を作っているのがギガラーナに見られた為か、あるいは上からの指示によるものかは不明だが、クロウはレイの担当ということになったらしい。
レイにしてみれば、それなりに親しい相手が一緒に行動してくれるのだから、悪い話ではなかったが。
クロウと共に行動しているからこそ、レイはセトと共に空を飛ぶのではなく地上を歩いて移動していたのだ。
……襲撃する予定のダイラスの屋敷の場所が分からないというのも、レイがクロウと一緒に行動している理由だったが。
「ダイラスの屋敷はやっぱり防御を固めていると思うか?」
暗殺者達は数人ずつに分かれて行動している筈だったが、レイの場合はセトが目立つ……目立ちすぎるということで、レイとクロウとセトという二人と一匹のみでの移動となる。
そんな中で話し掛けられたクロウは、少し考えてから口を開く。
「俺達の行動をどこまで読んでいるのか、だろうな」
そう言うクロウは、既にダイラスという自分の恩人と戦うことについて悩んでいる様子はない。
本当に吹っ切れたのか、あるいはそれを表情に出さないようにしているだけなのかはレイにも分からなかったが。
レイにしてみれば、そこまで簡単に恩人だというのを割り切れるのか? と思うと同時に、暗殺者であるのならそうして割り切ることも簡単なのかもしれないとも思う。
「俺達の行動をどこまで読んでいるのか、か。普通に考えれば風雪のアジトを見張っていて、何かあったら即座に連絡がいく……なんてことくらいはやっていてもおかしくはないと思うけど」
風雪のアジトの近くには、そのような人物はいなかった。
だが、風雪の動きを見張るだけなら、別に近くにいなくても遠くから相手の動きを確認出来る。
また、相手はドーラン工房を抱き込んでいる以上、ゴーレムという手札も存在するのだ。
観測用のゴーレムというのが存在するのかどうかはレイにも分からないが、人間の魂を使って作った核を組み込まれたゴーレムが人間的な反応をするのは知っている。
そうである以上、自律的に判断をするようなゴーレムが存在してもおかしくはないだろうと思えた。
(それにゴーレムじゃなくてマジックアイテムって手段もあるし。……マジックアイテムなら人の魂を使った核とか関係ないだろうし、上手くいけばそれを奪えるかもしれないのか)
そんな風に思うが、結局のところ本当にマジックアイテムやゴーレムが使われているのかどうかは分からない。
使われているのかも? というのは、あくまでもレイの予想でしかないのだから。
「それにしても、随分と人通りの少ない道を通るんだな」
クロウの案内に従って街中を歩くレイだったが、通る道は大通りに比べるとかなり狭い。
それでもセトが通ることが出来るので、相応の広さはあるのだが。
「当然だ。レイは自覚がないかもしれないが、警備兵達に見つかれば捕まる可能性もあるぞ。……実際に警備兵と遭遇しても、レイを捕らえるといったようなことをするかどうかは分からないが」
警備兵の中にはドーラン工房やダイラスに買収されている者も多いが、買収されていない者もいる。
そういう意味では、警備兵と接触したからといって必ずしも騒動になるとは限らない。
「とはいえ、実際にもしレイと警備兵が遭遇しても、警備兵は何も出来ない可能性が高いけどな」
「そうなのか? ドーラン工房やダイラスに買収されてる奴なら、こっちにちょっかいを出してもおかしくないと思うが」
「大勢いるのならそういう行動をとってもおかしくないと思うが、この時間だぞ? もし警備兵が見回りをしていても、二人か三人といった筈だ。そんな人数でレイをどうにか出来ると思うか?」
そう言われると、レイもクロウの言葉に納得する。
もし二人か三人で自分にちょっかいを出そうとしても、それこそセトがちょっと喉を鳴らせば逃げ出してもおかしくはない。
最近では愛玩動物として認知されることも多いセトだが、実際には高ランクモンスターのグリフォンなのだから。
そんなセトがいつものように人に懐いているように喉を鳴らすのではなく、敵意を込めて喉を鳴らすようなことになった場合、それに立ち向かえる者が一体どれだけいるのか。
「なるほど。……なら、別にこういう細い道を通らなくても、堂々と大通りを進んでもいいんじゃないか?」
「あのな、別にわざわざ自分から進んで騒動を起こさなくてもいいだろ。警備兵に遭遇しないのなら、遭遇しない方がいいと思わないのか?」
「場合によるな。……とはいえ、大通りを通っていればああいう騒動には巻き込まれないですんだと思うけど」
進んでいる先から聞こえてくる怒鳴り声と、肉を殴る音。
それを聞けば、一体何が起きてるのかレイにはすぐに分かった。
最初はレイが何を言ってるのか分からない様子のクロウだったが、少し進むとクロウもまたレイと同じものを感じたのだろう。面倒なことになったといった表情を浮かべ……
「ちょっと待った! ここを通りたかったら通行料は……いらないですね。どうぞ、通って下さい」
月明かりしかない道にいきなり一人の男が姿を現し、短剣を手に何かを言おうとしたものの、すぐにその言葉は小さくなる。
とはいえ、最後まで聞かなくても途中までで男が何を言おうとしたのかはレイにも容易に理解出来た。
月明かりのせいで最初はレイとクロウの二人しか見えず、レイの後ろにいるセトについては気が付かなかったのだろう。
大通りであれば、夜になってもまだやっている店が明かりのマジックアイテムを使っているが、ここは大通りではない。空から降り注ぐ月明かりだけが光源となる。
それだけに男の目からはセトの姿は見えなかったのだ。
これで男が相応の技量の持ち主ならセトの存在を察知出来たかもしれないし、自分とレイやクロウとの間にある実力差を理解出来たかもしれない。
だが、男は冒険者でも何でもないチンピラでしかなかった。
そんな男から少し離れた場所では、未だに肉を殴る音が聞こえている。
(通行料とやらを払わなかったか、あるいはもっと別の理由で殴られる羽目になったんだろうな)
正義感からか、あるいは金が足りなかったか。
その理由は分からずとも、レイは男に向かって笑みを浮かべて口を開く。
「通行料か。俺達がここを通ってくれることに感謝して、通行料を支払ってくれるってのは嬉しいな。幾らだ? 個人的には金貨とはいかなくても、銀貨くらいはほしいんだけど」
「え……?」
当然ながら、男はレイやクロウから通行料として恐喝しようとしてたのであって、レイが言うようにこの道を通ることに感謝して自分が通行料を支払うといったことは考えていなかった。
いなかったのだが……だからといって今の状況でレイとクロウ、何よりもセトを相手にして否と言うような真似は出来ない。
「どうした? 通行料を支払ってくれるんだろう? 俺達は急いでるんだから、ここで無駄な時間を使わせられると、余計に通行料が高くなるぞ」
「ぐ……わ、分かりました……どうぞ」
渋々、本当に渋々ではあるが男はレイに銀貨を三枚渡してきた。
盗賊狩りを趣味にしているレイにしてみれば、銀貨三枚というのは大した金額ではない。
しかしこうして恐喝している男にとってはそれなりの金額なのだろう。
「ん? これだけか? そっちにいるお前の仲間からは、まだ通行料を貰ってないが?」
「ちょっ、ちょっと待ってて下さい! すぐに貰ってきますから!」
そう言い、チンピラの男はレイの前から走り去る。
向かったのは、当然ながら仲間達の場所。
だが、その男達はレイの前に来るのではなく、数人が急いでこの場から走り去る足音が聞こえてくる。
「ちょっとやりすぎだぞ。というか、騒動を避ける為にこういう場所を移動してるのに、自分から騒動に首を突っ込んでどうする」
「俺から騒動に首を突っ込んだ訳じゃなくて、今のは向こうから来たんだろ?」
注意をするクロウにレイはそう言い返す。
向こうから騒動が来たというのはクロウも否定出来ない事実だ。だが……
「通行料を取るような真似をしたのを向こうが気にくわなかったら、どうするつもりだったんだ?」
チンピラにとって、自分が恐喝しようとした相手から逆に恐喝されるというのは屈辱だろう。
それこそ場合によっては勝ち目がないと理解していても、攻撃をしてくるくらいには。
スラム街出身のクロウは、あのような者達は自分の面子を潰されるのを何よりも嫌うと知っている。
それだけに、先程のような状況では実力差も理解せずに攻撃してきてもおかしくはなかった。
勿論、レイがあのような者達の攻撃にどうにかされるようなことがないのは理解していたが。
それでも万が一があるし、それで無駄に時間をとっても意味はない。
「そうなったらそうなったで何か考えたよ。……それよりそろそろ行くぞ。ここで無駄に時間を潰しても意味はないし」
殴られていた相手を気にした風もなく、レイはそう告げる。
もしレイが正義の味方であれば……あるいはそこまでいかなくても正義感が強ければ、殴られていた相手を治療したりといった真似もしただろう。
だが生憎とレイはそこまで正義感は強くない。
あるいは殴られていた相手がまだ小さな子供であったり、見るからに弱そうな相手であればその辺に対処したかもしれないが……少し見た感じでは、先程レイ達から通行料を取ろうとした男達と同じような種類の男だった。
恐らくチンピラ同士で揉めたのだろうと判断したレイとしては、そのような相手に構うつもりはない。
同類同士の喧嘩なら、好きにやってくれというのが正直なところだった。
セトもレイと同様に相手が子供であったりすれば心配したかもしれないが、今の状況では特に何か行動するつもりもないらしい。
クロウは当然ながら、そんな相手に構うようなつもりはない。
そうしてレイ達はチンピラ達に殴られて倒れていた相手は全く気にした様子もなく道を進む。
「それで、その銀貨はどうするんだ?」
ダイラスの屋敷に向かってる中、不意にクロウがレイに向かってそんな風に尋ねてくる。
沈黙に耐えられなくなったというよりは、何となく聞いてみたくなったのだろう。
「どうするって言われてもな。普通に使うつもりだぞ。別にこの銀貨が悪い訳じゃないし」
人によっては悪いことをして手に入れた金は汚い金だと言う者もいるだろう。
だが、レイにしてみれば金は金だ。
ましてや、今回の件は盗賊狩りといった規模ではないにしろ、自分から恐喝しようとした相手から奪ったものだ。
あるいはこれがレイが何の罪もない相手に力を使って金を出すように言ったのなら、それは悪事と言ってもいいのかもしれないが。
ともあれ、こうして入手した金はレイにとって全く問題なく普通に使える金といった認識だった。
「そうか。レイならそう言うと思ったけどな」
クロウも何だかんだとレイとの付き合いは長い……訳ではないが、それでもこの短時間である程度はレイの性格を掴んでいる。
そうである以上、レイがこのような時にどのような反応をするのかは、考えるまでもなく明らかだった。
「銀貨三枚があれば、屋台でちょっとお高い料理を買うには十分だろ。どこか美味い屋台……もしくは安くても美味い店を知っていたら教えてくれないか?」
「俺にそういうのを聞くな」
クロウはレイの問いに視線を逸らしながら告げる。
クロウはレイのように、美味い料理を追及するといった趣味はない。
スラム街で育った影響もあってか、食べられればそれでいいという思いがあるのも大きいだろう。
クロウと同様にスラム街で育った者の中には、飢えた経験から食事に固執し、何らかの理由で成功した場合は美食に目覚める者も少なくない。
だが、生憎とクロウはその手のタイプではなく、食事は食べられればいいといった認識だ。
栄養は? とレイは思わないでもないが、本人がその様子であるのなら自分がわざわざ聞く必要もないだろうと判断する。
「そうか。なら、今回の一件が終わったら一緒にどっか美味い店でも探しにいかないか?」
「は? 俺がか?」
「そうだ。たまにはそういう日があってもいいだろう? クロウも美味い食事をすればやる気に満ちてくると思うし」
「いや、別にやる気がない訳じゃないんだがな。……そんな風に見えるのか?」
「見えるというか、何となくそんな風に感じただけだ。それにお楽しみがあった方が頑張る気にはなれるだろ?」
そう告げるレイに、クロウは困った様子を見せつつもやがて頷くのだった。