2815話
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扉がノックされる音がした瞬間、部屋の中にいた者達……レイ以外の全員の顔が強張る。
先程まで、もしかしたらまだ侵入者がいるかもしれないという話をしていただけに、もしかしたらという思いを抱いた者が多かったのだろう。
だからこそ、部屋の中にいる者達の視線がレイに向けられる。
レイの実力はこの場にいる全員がよく知っている。
特に錬金術師達は、自分達が作った自慢のゴーレムを一掃されているだけにレイの実力を直接体験していた。
「レイ、お願い出来る?」
この中にいる者の中では恐らく一番レイの実力を知っているのはリンディだろう。
レイと一緒に活動しているだけに、リンディは一番間近でそれを見てきた。
また、リンディがレイに頼んだのは現在は筋肉痛でろくに動けないというのも大きい。
「分かった」
レイにしてみれば、この状況で自分が何をするベきなのかは理解出来ている。
この状況でやって来たのが侵入者の生き残りであった場合、それに対処するのは自分であると。
(とはいえ、敵がいるとは思えないけどな)
扉の向こうから殺気や敵意の類がないのを把握し、レイはやって来たのが取り残された侵入者ではなく、恐らくクロウなのだろうと判断する。
それでも万が一にも扉の外にいるのが敵であり、殺気や敵意の類を消している可能性を考え、扉を開けた時に相手がどのような行動をしても対処出来るように準備してから扉を開ける。
「待たせたな」
そこにいた人物がクロウであったことに、レイはやはりと理解してから口を開く。
「予想していたよりも早かったな」
「そうか? 俺も色々とやるべきことがあったから、ちょっと遅くなったかもしれないと思っていたんだが」
クロウはレイの言葉に意外そうな様子を見せる。
その言葉通り、今回の一件で色々と行動の中心だったレイと一緒に行動していたので、クロウは上への報告をしたり、レイに渡すポーションを用意したり、治療の準備をするように要請したり……といったようにしてから、ここに戻ってきたのだ。
だからこそ、クロウにしてみればレイから戻ってくるのが早かったと言われ、意外に思う。
寧ろ遅いと言われてもおかしくはないと思っていたのだから。
もっとも、戻るのが遅くなってもレイがいる以上、ここにいる者達の安全は約束されたも同然だ。
遅くなって困るのは、部屋のソファで寝ている怪我人の二人だろう。
ポーションで血止めをしたとはいえ、本格的な治療はまだ行われていないのだから。
「色々と手続きが必要だったんだろ? なら、もう少し遅くなってもおかしくはないと思うぞ。その辺を考えた上でも、今回の一件は十分に早かったと思う」
「それは……すまない」
レイの言葉を聞き、クロウは素直に頭を下げる。
だが、その状態からすぐに頭を上げると、レイに向かって口を開く。
「とにかく怪我人を引き取りたい。運ぶ奴は連れてきたから、すぐに運び出す。それと、ソファも代わりの物を持ってきた」
「ソファを? ……ああ、なるほど。助かる」
血を流している男二人をそれぞれソファの上に寝かせたのだから、当然ながらソファは血で汚れている。
自分達を守る為に怪我をしたのはリンディ達も感謝しているが、だからといって大量の血が染みついたソファを使いたいかと言われれば、当然のように首を横に振るだろう。
特にレイはソファをベッド代わりに使っているので、血の染みついたソファで寝るのは遠慮したい。
ソファは幾つもあるので、他のソファを使えばいいだけなのだが。
それでもレイはクロウの気遣いに感謝する。
「感謝するのはこっちだろ。……まずはソファごと運び出してくれ」
クロウの言葉に、外にいた四人の男達が自分達の持っていたソファをその場に置き、部屋の中に入る。
部屋の中には大勢がいたが、レイとクロウの会話から話の流れを予想していたリンディ達は、特に男を怖がったりはしない。
クロウの配慮によって、人当たりの良さそうな者達を連れて来たのも関係してるのだろう。
「こいつらを治療してくれて、ありがとうございました」
四人の代表として、一人がリンディ達に頭を下げる。
「いえ、私達を助ける為に戦ってくれたんですから、当然です」
短い言葉のやり取りを終えると、すぐに四人の男達は一つのソファにつき二人で持ち上げ、眠っている男達を運んでいく。
そして男達の眠っているソファが部屋の外に出されると、新しいソファが運び込まれた。
クロウの……あるいは風雪の感謝も込められているのか、新しいソファは明らかに以前使っていたソファよりも高級品だ。
その辺についてはあまり詳しくないレイですら、このソファは高いと理解出来たのだから。
「それと、こっちはポーションだ」
ソファを見て驚いていたレイに、クロウはポーションを十本渡す。
レイが使ったポーションは二本だけだったことを考えると、五倍だ。
数が多いだけではなく、ポーションの質もレイが使った物と同等、あるいはそれ以上なのは間違いないだろう。
「いいのか?」
そのポーションを受け取り、レイは尋ねる。
だが、クロウはそんなレイの言葉に対し、全く問題はないと頷く。
「ああ、問題ない。貰ってくれ」
その言葉が冗談でも何でもないのを確認すると、レイは素直に頷いてポーションを受け取り、ミスティリングに収納する。
「これで貸し借りなしだな」
「レイにそう言って貰えてよかったよ。個人的にはまだ風雪が随分と借りてるような気もするが」
「そうか? 随分とお人好しだな。それはそれとして、風雪の受けた被害は結局どのくらいになったんだ? 色々と上に報告してきたということは、その辺についてもある程度は分かったんだろう?」
レイがそう聞いたのは、興味本位というのもあるが、それ以上に風雪の受けた被害によってはここにいる者達も安全とは言えないからだ。
レイが見た限り、風雪の受けた被害はそれ程大きなものではない。
ただし、それはあくまでもレイが見た限り……つまり、レイが行動していた時の話に限ってだ。
そのような場所では当然のようにレイが活躍し、それによって侵入者達の方が大きな被害を受けている。
だからこそ、レイは実際にはどのような状況だったのかというのが気になり、尋ねたのだ。
「それなりといったところか」
しかし、クロウの口から出たのはそんな言葉。
クロウにしてみれば、今回の一件でレイに感謝はしているし、好感を覚えてもいる。しかし、だからといって風雪の一員ではないレイに対し、具体的にどれだけの被害を受けたのかといったようなことを正確に話す訳にもいかない。
レイもクロウの様子からある程度の事情を察したのか、それ以上突っ込むような真似はしなかった
「そうか、大変だな。……一応聞いておくけど、俺はともかく他の連中の護衛については大丈夫なんだよな?」
「それは問題ない」
「ならいい」
クロウの言葉が事実なのかどうかは、正直なところレイにも分からない。
あるいはレイの知らない場所で風雪は大きな被害を受けて、それを隠しているという可能性も否定は出来ないのだから。
風雪はエグジニスにおける最大の暗殺者ギルドであるのは間違いないものの、今回襲ってきたのもまたエグジニスの中ではある程度の大きさを持つギルド、それも複数なのだから。
そのような相手に奇襲を受けたと考えると、風雪側の被害は相応のものになっていてもおかしくはない。
「ああ、それと……どうやら俺達がいなくなってから地上にも敵が現れたみたいでな。セトだったか? レイの従魔がその敵を倒したらしい」
「さすがセト」
クロウの口から出て来たのは予想外の言葉だったが、同時にレイを納得させるには十分なものがあったのも事実。
レイはセトが活躍したことに喜びを覚える。
セトのことだから、怪我をしたといったような心配はない。
ただ、セトが活躍したことを喜ぶのみだ。
レイとクロウの話を聞いていた者達も、セトが活躍したのを知って喜んでいる者が多い。
ドーラン工房から逃げ出してくる時、セトによって助けられたことが関係しているのだろう。
「ちなみに、セトが活躍したのは嬉しいけど、セトと一緒にいた二人はどうなったんだ?」
風雪の門番とも呼ぶべき二人。
その二人がどうなったのかが気になって尋ねるレイに、クロウは笑みを浮かべる。
「心配するな。あの二人も風雪の中ではそれなりに実力者だ。それにセトがいたこともあって、怪我らしい怪我はしていないよ」
「そうか。ならよかった」
門番の二人に対して、レイは特にこれといって思うところがある訳ではない。
それでもセトと一緒にいた人物だけに、セトとの戦いに巻き込まれるといったようなことがなかったのは嬉しい限りだ。
「レイがそこまで心配するのは少し意外だったな」
「そうか? セトと一緒にいたんだ。心配するのは当然だと思うが」
クロウはレイの言葉をどこまで信じていいのか少し迷った様子を見せていたものの、取りあえずそういうことならと納得した様子を見せる。
「じゃあ、俺は用事もすんだし、そろそろ行くよ。レイ達は……もう大丈夫だとは思うけど、一応警戒して休んでくれ。寝坊しても仕方がないだろうけどな」
「それはそうだろうな」
今回の騒動が始まったのが、そもそも真夜中と呼ぶ時間帯だった。
レイ達のいる場所は地下なので、現在の時刻が具体的に何時くらいのか分からず、レイはミスティリングから懐中時計を取り出して確認すると……既に午前四時すぎ。
(うわ、もう早朝か)
日本にいた時は午前四時というのは寝ている者の方が多い時間帯だ。
それこそ新聞配達であったり、漁師であったり、パン屋であったり、収穫期の農家であったりであれば、その時間帯に起きることも珍しくはない。
しかし、明かりが貴重なこの世界においては基本的に夜遅くまで起きている者はそう多くはない。
そのような者達の中には、午前四時は普通に起きる時間という者も少なくなかった。
違法奴隷だった者達の中にも、そのような生活をしていた者は多いだろう。
言ってみれば、完全に徹夜したかのような感じだった。
「レイ?」
懐中時計を見て驚いていたレイに対して不思議そうにクロウが尋ね、それでレイは我に返る。
「いや、何でもない。もう朝方だと思っただけだよ。じゃあ、後処理の方は頑張ってくれ」
レイ達はもうこれ以上は何もせずに眠ることが出来るものの、風雪に所属するクロウはこれからが忙しくなる。
侵入者がまだどこかに隠れていないのかをしっかりと把握するだけでも、かなりの時間が必要となるのは間違いないし、風雪の受けた被害がどれだけのものだったのかを確認する必要もあった。
そういう意味では、レイ達の方がまだ恵まれている方だろう。
「任せろ。ああ、それとさっきもちょっと出たこの部屋の護衛の件だが、さっきソファを運んでいった四人が二人ずつ交代で担当することになると思う。それなりに腕も立つから、護衛には十分だろ」
「分かった。あの四人なら問題ないと思う」
リンディ達に挨拶をした光景を見た限り、問題を起こすとは思えない。
風雪側でもレイや保護しているリンディ達と問題を起こさないような人選をしたのだろうから、それは当然かもしれないが。
「そうね。あの人達なら護衛を任せても大丈夫だと思うわ」
レイとクロウの話を聞いていたリンディが、そう同意してくる。
レイは色々と出歩くことも多いので、実際にここにいる者達を護衛するのはリンディの主な役割となる。
そういう意味では、リンディが受け入れやすい相手であるのは大きかった。
それ以外にも、実際に自分達を守る為に怪我をしたのを見ているだけに、風雪を信頼出来ると思ったのだろう。
実際にはこの部屋の中にアンヌやイルナラ達がいるというのを知っていたとは限らなかったのだが。
そうして話が纏まると、クロウは部屋から出ていく。
そんなクロウを見送っていたレイだったが、不意にパンパンという音がするとそちらに視線を向ける。
そこには手を叩いているアンヌの姿。
突然の行為にアンヌの方を見たのは、レイだけではない。
他の多くの者達も、一体どうしたのかといった視線をアンヌに向けていた。
この場にいる全員の視線を向けられたアンヌは、さすがにもう朝方だということもあってか若干の疲れを顔に浮かべながらも口を開く。
「そろそろ寝ましょう。明日……いえ、今日でしょうけど、また色々と忙しくなるのは間違いないわ。なら、今は少しでも眠って体力を回復させておいた方がいいでしょう?」
そう告げるアンヌの言葉にはこれ以上ない程の説得力があり……レイも含めて、皆が素直にその言葉に頷くのだった。




