2811話
レイの前には暗殺者達の死体が転がっている。
中には重傷を負っただけで生きている者もいたが、そのような者は取りあえず放っておくことにした。
後で面倒がないようにするのなら、ここで殺してしまった方がいいのだろう。
だが、風雪としては自分達のアジトに入り込んできた者を情報源として確保したい筈だ。
腕利きの暗殺者からそう簡単に情報を聞き出すような真似が出来るのかどうかはレイにも分からなかったものの、クロウとの会話から考えると情報源となるべき相手は多ければ多い方がいいという感じだった。
もっとも今の状況で既に重傷である以上、このまま放っておいて風雪の人員が確保しに来た時にまだ生きているのかどうかはレイにも分からない。
そのような相手にポーションを使ってやるつもりもない。
(この連中がポーションを隠し持っている可能性もあるけど……今の状況で回収してる暇はないしな)
レイはまだ生きている暗殺者を一瞥すると、すぐにロアビー達の向かった方に移動を開始する。
本来なら、死んだ暗殺者達から武器やポーションの類のように使える物は奪っておきたい。
しかしロアビー達とクロウが自分と別行動をしている以上、まずはそちらと合流する必要があった。
クロウもロアビーも、風雪に所属するだけあって相応の腕利きではある。
それでも、多数の暗殺者を相手にした場合にどうにか出来るだけの圧倒的な実力がある訳でない。
いや、あるいは敵が雑魚だけならそのような真似も出来るかもしれないが、風雪のアジトに侵入するような真似をしている以上、当然侵入者達は相応の技量の持ち主である可能性が高い。
だからこそ、レイも出来るだけ早くロアビーやクロウ達に追い付く必要があった。
(俺の足止めとして残った奴は片付けたけど、それなりの人数がロアビー達を追っていった。……死ぬなよ)
ロアビーが自分に対して決して好意的でないのは、レイにも理解出来る。
しかし、だからといってロアビーを見捨てるなどといったような真似が出来る筈もない。
ロアビー達を追って走り出したレイは、途中の通路に何人かの死体が転がっているのに気が付く。
ロアビーやクロウ達と戦ってやられたのだろう。
……ただ、当然全てが敵の死体という訳ではない。
死体の中には、ロアビーの仲間の一人の姿もあった。
「じゃあな」
走っている足を止めないまま一言だけ告げると、レイはそのまま死体の側を通りすぎる。
そうして通路を進み……やがてレイの耳に金属音が聞こえてきた。
この状況で聞こえてくる金属音なのだから、当然のように鍛冶師が鍛冶をしているような音ではなく、武器がぶつかり合う戦闘音だろう。
(場所は……そう離れていないか?)
ゼパイル一門の技術によって生み出されたレイの身体は、常人よりも鋭い五感を持つ。
そんなレイだったが、地下通路の先から聞こえてきた金属音は反響し、正確な方向は分からない。
道が一本だけならまだしも、十字路や分かれ道といったようになっている。
それでもレイが足を止めなかったのは、地面に倒れている死体を目印代わりにしているからだ。
これ以上ない程に明確な道標を頼りに走り続け……
「見つけた!」
視線の先で多数の相手と戦っているクロウやロアビー達を見つけると、レイの走る速度は一段と増す。
当然ながら、デスサイズと黄昏の槍を持って急速に近付いて来るレイの姿は、クロウ達と戦っていた暗殺者達もすぐに気が付く。
「な……レイだ! 深紅のレイが来たぞ!」
真っ先にレイの姿に気が付いた男が叫び、それを聞いた者達は即座に迎撃準備に入る。
先程レイが戦っていた場所程ではないにしろ、十分な広さを持つその場所にレイが踏み入れた瞬間、攻撃準備をしていた者達が一斉にレイに向かって攻撃した。
短剣や長針といった武器がレイに向かって一斉に投擲されるものの……
「マジックシールド!」
デスサイズの持つ、相手の攻撃を一度だけだが防ぐことが出来る光の盾が二枚生み出される。
防御手段としてはかなり強力なマジックシールドだったが、今のように一度に多数の武器を投擲されるといったような攻撃を防ぐには向いていない。
一度攻撃を防げば光の盾は消滅するのだから当然だろう。
それでもレイがマジックシールドを発動したのは、あくまでも念の為だ。
自分に向かって飛んでくる短剣や長針をデスサイズと黄昏の槍を振るって弾き、あるいは回避しながらも前に進む足は止まらない。
全ての攻撃を防ぐ光の盾は、そもそもその効果を発揮するようなこともなかった。
「レイ!? よし、レイが来たら後はこっちが持ち堪えるだけだ! そうすれば、俺達の勝利は間違いないぞ!」
レイの姿を見たクロウが、自分の周囲にいるロアビー達に向かって叫ぶ。
周囲を多数の暗殺者に囲まれ、このままでは全員が死んでしまうと思っていただけに、ここでレイが助けに来てくれたのはクロウ達にとって非常に幸運でもあった。
とはいえ、レイの実力を考えればロアビー達を追わずに足止めとして残っていた暗殺者達を倒して自分達を追ってくるとは予想していたのだが。
今の状況はある意味で約束されたものだった。
それでも命の危機だった以上、ここで助かったのは非常に大きかったのは間違いないが。
「畜生、やってくれる! いいか、持ち堪えるぞ!」
レイに好意的ではないロアビーも、ここでレイが自分達を助けに現れたということに激しい感情を抱く。
まだ生き残っている仲間に声を掛け、必死になって士気を上げる。
クロウやロアビー達にとって幸いなことに、その場にいた敵の暗殺者達はまさかここまで早くレイがやってくるとは思っていなかったのか、姿を現したレイを見て動揺している者も多い。
レイの実力を知らない者であっても、レイが現在戦っている光景を見れば自分達ではどうしようもないと、そう判断するのは当然の話だろう。
(ここはもう一押し)
クロウは周囲の状況を確認しつつ、今よりも更にこちらが有利になる為に自分達がここに来た最大の理由をレイに向かって叫ぶ。
「レイ! 向こうだ! 向こうにゴーレムか何かで掘って作ったと思われる侵入口がある! それを潰せば、これ以上援軍がやって来ることはない!」
クロウの口から出た言葉に、暗殺者達の何人かがビクリとした様子を見せる。
もしここで侵入口を潰されるようなことがあれば、それは敵の……それも風雪というエグジニスの中でも最大手の暗殺者ギルドのアジトの中に取り残されるということを意味していた。
今回の作戦に参加した以上、誰もが自分の技量には相応の自信を持っている。
中には何の根拠もなく自分なら大丈夫と思っているような者もいるが。
とにかくそのような状況ではあっても、そこにはあくまでもいざとなったら侵入口から逃げ出すことが出来るという前提条件があってのものだった。
もしその前提条件がなくなった場合、それこそどうしようもなくなる可能性は高かった。
事実、そこに思い至った何人かがすぐにでも侵入口から脱出しようかと視線を向ける。
暗殺者達の中に広まった動揺を、レイが見逃す筈もない。
即座に自分の前にいる暗殺者達をデスサイズで切断し、その直後に黄昏の槍を投擲して何人もの暗殺者の身体を貫く。
「お前達が逃げ出す場所は、俺が潰す! それが嫌なら、さっさと逃げ出すんだな!」
その場にいる全員に聞こえるように叫ぶレイ。
もしそのように叫んだのがレイでなければ……あるいはそこまで実力のある者でなければ、それは暗殺者達にとって呆れの視線を向けられていただろう。あるいは軽蔑の視線を向けられていたか。
しかし、今の状況で……レイ一人の為に暗殺者達に大きな被害が出ている現状において、その言葉は大きな意味を持つ。
レイもそれを理解しているからこそ、ここでそのように叫んだのだが。
そんなレイの叫びは暗殺者達を動揺させるのに十分な効果を持っていた。
レイにしてみれば、ただでさえ相手との実力差は圧倒的だったのだ。
そんな中で更に相手が動揺すれば、ここで一気呵成の攻勢に出ないという選択肢は存在しない。
「パワースラッシュ!」
放たれたスキルにより、暗殺者の何人かが肉片となってその場で命を落とす。
幸いにも死ななくても、身体の一部が欠損した者も多い。
先程レイの足止めをしていた者達の生き残りがここにいれば、レイのパワースラッシュを見てもそこまで動じることはなかっただろう。
だが、足止めをした者達は大半が死ぬか、重傷で動けない状況になっていた。
あるいはロアビー達を追ってきた者の生き残りもいれば、あるいは何とか対処出来たかかもしれないが……生憎とここまでの戦いで既に死んでおり、そちらも意味はない。
「ばっ! ふざけるな! 何なんだあの一撃は!?」
この場に残っていた暗殺者の一人が、ふざけるなといった様子で叫ぶ。
暗殺者として活動しているだけに、人の死には慣れている。
慣れているものの、それでも今のような圧倒的なまでの死というのは、信じられるものではない。
世の中には腕の立つ者は多数おり、その中にはレイが今やったような攻撃を行える者も多いのだが、エグジニスという狭い場所しか知らない者にしてみれば、今のレイの攻撃は信じられないものだったのだろう。
(ゴーレムの中にはこういう攻撃をする奴がいてもおかしくないし、貴族の護衛の中にはそんな能力を持つ奴がいてもおかしくないけどな)
パワースラッシュを振るい、すぐにまたデスサイズや黄昏の槍で攻撃をしていたレイは、暗殺者の叫びを聞きながらそんな風に思う。
勿論、そのような強力な護衛のついている標的を狙うといったことそのものが少ないので、それを経験した者は少ないのかもしれないが。
「多連斬!」
振るわれたデスサイズによって、多数の斬撃が放たれる。
デスサイズを大きく振るって放たれる強力な一撃のパワースラッシュと比べると、多連斬の効果範囲そのものはそう大きくない。
大きくはないものの、その代わりに効果範囲内における一撃の威力はかなり強力なのは間違いなかった。
何しろパワースラッシュの場合と違い、斬撃そのものが増えるのだから。
その斬撃に斬り刻まれ、あっさりと身体を切断され、あるいは手足を切断され……運が悪い者は首を切断されてしまう。
当然ながら身体や首を切断されたような者は即死となる。
そんな敵の様子は気にしたこともなく、レイは前へ、前へ、ただ前へと進んでいく。
レイにしてみれば、ここで暗殺者達と戦うよりはまず先程クロウが叫んだ侵入口を潰すのが最優先だ。
そこを潰してしまえば……正確にはその侵入口を作ったのだろう地中を掘るゴーレムを倒してしまえば、これ以上の暗殺者が援軍として来ることは出来なくなる。
また、地中を掘ることが出来るゴーレムは、その特殊性故に高価だという話をイルナラ達から聞いているので、そういう意味ではそのゴーレムを破壊することが出来ればドーラン工房に与える被害は大きくなる。
(何より、侵入口がなくなれば侵入してきた暗殺者達の士気も落ちる……よな? それこそ逃げる場所がなくなったからって、死に物狂いで暴れたりしないか?)
ふとそんな疑問を抱くが、どのみち侵入口を潰されなければ次々に援軍が送られてくるのだ。
勿論、送ってくる援軍がなくなるという可能性があるものの、だからといってそこまで延々と戦いを続けるつもりはレイにはない。
ドーラン工房のやり方を考えると、それこそ暗殺者の残りが少なくなれば冒険者を送るといったような真似すらしかねない一面がある。
そうである以上、レイとしてはやはりここで侵入口を破壊して、穴を掘ることが可能なゴーレムも破壊しようと考えるのは当然だった。
「くそっ、誰かそいつを止めろ! 侵入口を壊されれば、俺達はここに取り残されるぞ!」
必死になって叫ぶ暗殺者。
しかし、叫んだ方も叫ばれた方も必死になってレイを止めようとしているのだ。
この状況でそのようなことを叫んでも、だからといって何らかの奥の手がある訳でもない。
そして……そんな暗殺者達を更に絶望させる出来事が起こってしまう。
「援軍だ、敵の援軍が来たぞ!」
そう叫んだのは、侵入してきた暗殺者のうちの一人。
クロウやロアビーが敵の援軍だと言ったのではなく、侵入してきた相手が敵の援軍だと叫んだのだ。
つまりそれは、侵入してきた暗殺者達の援軍ではなく風雪の援軍。
考えてみれば当然だが、風雪側で動いていたのはレイ達だけではない。
暗殺者の戦い方は全く気にした様子もなく戦うレイである以上、どうしてもレイ達が目立っていたのも間違いはない。
しかし、そんなレイ達とは別に風雪もきちんと動いており……その援軍が、ここに到着したのだった。