2810話
ロアビーやその仲間達が動き出したのは、当然ながら暗殺者達と戦っているレイも視界の隅で捉えていた。
何をやろうとしているのかまでは分からなかったが、それでもこうして独自に動いているというのは何らかの狙いがあってそのような真似をしているのだろうと、声を掛けたりはしない。
そのような真似はせず、ロアビー達の行動を敵に気取られないよう注意を惹く為に口を開く。
「どうした、その程度の実力か? ここに俺がいるというのは分かって侵入してきたんだろ? なら、俺と戦う事になるのも予想していた筈だし、こんな状況になるのも分かっていた筈だろう!」
叫ぶレイだったが、それに反応する者は少ない。
血の気の多い者や気の短い者といった迂闊な者達は、それこそ真っ先にレイに攻撃して殺されている。
その結果、現在ここに残っているのはレイとの実力差をきちんと理解している者達が大半だ。
だからこそレイの挑発を聞いても迂闊に動く者はいない。
本来ならここから逃げたいと思っている者も多いだろうが、この場から逃げられる者は既に逃げてしまっている。
今この状況で逃げようものなら、それこそレイの手にある黄昏の槍が投擲されて、あっさりと殺されてしまうだろう。
事実、既に何人もが黄昏の槍の投擲によって殺されているのだから。
依頼によって他人を殺す暗殺者といえども、自分が死にたいとは思わない。
それは人として当然だろう。
暗殺者に狙われる者にしてみれば、ふざけるなと言いたくもなるだろうが。
「そっちが来ないなら……こっちから行くぞ!」
その言葉と共に、レイの左手から黄昏の槍が投擲される。
当然ながら投擲された方向はロアビー達のいない方向だ。
レイの力で投擲された黄昏の槍は、手練れの暗殺者達であってもそう簡単に回避出来るような速度ではない。
それでも遠距離から、それも今まで何度もレイが投擲するのを見てきたということもあり、レイが狙った胴体や胴部を貫かれるといった結果は避けられたが……
「ぐぁっ!」
「ぎゃあっっ!」
「ぬおおお!」
致命傷となる傷は防げたものの、片腕の肘から先を失ったり、脇腹を抉られたりといったような傷を負った者は何人も出た。……致命傷ではないが、重傷と呼ぶには相応しい怪我。
それでも黄昏の槍の投擲によってダメージを受けた者達は、一撃で命が奪われなかったということに安堵し……だが、次の瞬間には黄昏の槍を投擲してすぐに間合いを詰めていたレイがデスサイズを振るったことにより、胴体が上下に切断される。
暗殺者の中に突っ込んでデスサイズを振るいながら、何人も同時に仕留めていく。
そうしながら、先程投擲した黄昏の槍を手元に戻す。
暗殺者達にしてみれば、デスサイズによる広範囲の一撃も非常に厄介ではあったが、黄昏の槍の一撃もまた非常に厄介だ。
何しろレイが投擲した槍は即座にその手元に戻るのだから。
いつまた投擲するか、そして投擲してもまたすぐに手元に戻すか。
暗殺者達にしてみれば、レイはまさに理不尽の権化と呼んでもいい存在だった。
実際にはミスティリングの中には黄昏の槍以外にも槍のストックが大量にあるので、もし黄昏の槍が手元に戻ってくるといった能力がなくても、その結果は変わらなかったかもしれないが。
いや、黄昏の槍とレイが投擲用に用意している使い捨ての槍では質が違いすぎるので、そういう意味ではやはり黄昏の槍よりは使い捨ての槍の方がマシだったのは間違いない。
そうしてレイが暴れていると、当然ながら暗殺者達の注意はレイに向けられる。
しかし……そんな暗殺者達の中にも、目敏い者がいた。
「おい、レイだけに攻撃を集中させるな! 妙な行動をしている連中がいるぞ!」
ロアビー達の行動に気が付いた暗殺者の一人が鋭く叫ぶ。
その言葉は当然のように周囲の暗殺者達の耳にも届き、レイと戦っても死ぬだけだと判断した者達はこれ幸いとレイから離れてロアビー達のいる方に向かう。
「ちっ、クロウ、ロアビー達を援護してやれ!」
その言葉と共にデスサイズを振るって目の前にいる暗殺者を殺し、ロアビー達の方に向かおうとしていた暗殺者達に向かって黄昏の槍を投擲する。
暗殺者達もレイを警戒はしていたのだが、まさかこの状況で自分達に攻撃をしてくるとは思っていなかったのだろう。
数人の暗殺者が背中から黄昏の槍に貫かれ、地面に崩れ落ちる。
「ほら、どうした! 俺が狙いなんだろ! ロアビー達に構っている暇はないぞ!」
暗殺者達にしてみれば、それが自分達の注意を惹き付ける為の言葉だと理解はしている。
理解はしているのだが、だからといってレイの言葉を無視するような真似をすると、レイが背後から攻撃してくるのだから、そちらにも対処する必要がある。
「くそっ、レイの相手は俺達に任せて、お前達はあっちで妙な動きをしている奴に対処しろ!」
暗殺者の一人が切羽詰まった声で叫ぶ。
本来なら、ここに集まっている暗殺者達は色々な組織や場合によってはソロで活動している者も含まれる。
そうである以上、他の組織に所属する者の命令を聞くとようなことは基本的にない。
ましてや、レイを相手にすると勝手に決められた者達にしてみれば、自分を殺す気なのかと不満も露わに叫びたくなっても当然だろう。
だが……それでもここまで生き残った者達は有能な者が多く、ここでレイを足止めし、独自の動きをしているロアビー達に対処しなければならないというのは十分に理解出来た。
ロアビー達が向かっているのは、ゴーレムによって作られた侵入口なのだ。
そこを占拠……ならともかく、破壊されて使えなくなるようなことがあった場合、自分達は完全にここに閉じ込められるということになってしまう。
そうなれば脱出するのは不可能……とまではいかないが、かなり難しくなるのは間違いない。
だからこそ、組織の垣根を取り払って協力してでもロアビー達の動きは止める必要があった。
生き残っていた暗殺者の全員が全てそのような考えに及んだ訳ではない。
しかし、今の状況を思えばここでレイを足止めしなければどうしようもないというのは理解したのだろう。
そのような行動は、レイにとって一番厄介なものだった。
全員が自分に向かってくるのなら、それこそ敵を全て倒せばいいだけだ。
あるいは全員がレイから逃げるのなら、その背後から襲い掛かればいい。
だが、半分が決死の覚悟で自分の足止めをし、残りの半分がロアビー達の行動を阻止すべく動くというのは、対処するのが難しかった。
「随分と冷静な判断をしてくれる。けどなぁっ!」
その言葉と共に、レイは自分の足止めをするべく反転して向かってきた暗殺者達に向かってデスサイズを振るう。
「そもそも、暗殺者が正面から攻撃をしてくるって時点で、間違っているんだよ!」
その言葉と共に振るわれたデスサイズの一撃は、真っ先にレイを足止めするべきだと叫んだ暗殺者に向かって振るわれ、右から左脇腹に……いわゆる袈裟懸けに身体を切断する。
一応布の装備であっても特殊な布で出来ており、その辺の長剣の一撃程度なら防ぐことも出来る防刃性を持ってはいるのだが、デスサイズを相手にしては、それも効果を発揮出来なかった。
正確には効果を発揮しても、その防刃性がデスサイズの一撃に及ばなかったということを意味していたのだが。
斜めに斬り裂かれた身体が、その自重によって崩れ落ち、周囲に内臓を撒き散らかす。
その一人に続き、他の暗殺者にも襲い掛かるレイ。
デスサイズを振るい、黄昏の槍による突きを放つ。
そんなレイの攻撃には、暗殺者達もそう簡単に対処は出来ない。
時間稼ぎの為に命を捨てる覚悟をしている者も多いが、そんな者達であっても目の前で行われている一方的な蹂躙を見てしまえば、自分もそれに参加するといったような真似は出来ない。
そうした怯みを感じる者は決して一人や二人ではなく、その結果として本来なら命懸けでなければレイを足止め出来ないのに、命を惜しむ者が多数出てきてしまう。
そうした相手の動きを、当然ながらレイが見逃す筈もない。
すぐに怯んだ相手に向けて黄昏の槍を投擲する。
「が……く……」
まさか自分が攻撃されるとは思っていなかったのだろう。
黄昏の槍によって胴体が貫かれ、そこから内臓が零れ落ちる。
自分の貫かれた場所に手を当て、自分の内臓に触れながら、暗殺者はその場に崩れ落ちた。
「ほら、次!」
まるでおかわりを要求するかのように叫ぶレイだったが、だからといって暗殺者達がそんなレイの要求に応える訳にはいかない。
今は一応レイが足を止めているので、それを思えば足止めという当初の目的は達成しているのだ。
そうである以上、この状況で無理をしなくても……と、そう思っているのだろう。
相手が何を考えているのか大体理解出来たレイは、相手の考えの通りに動くといった真似をするつもりはない。
武器を手に、一気に相手との間合いを詰める。
「うわぁっ!」
この時に不幸だったのは、レイの標的となった暗殺者だろう。
一瞬にして近付いてきたレイの存在に驚き、半ば反射的に短剣を振るうものの、次の瞬間には短剣を握っていた腕がデスサイズによって切断され、回転しながら空中を飛ぶ。
その一撃を始めとして、そこから再びレイの蹂躙が始まる。
暗殺者達は必死に何とか対処しようとするものの、そもそもレイの一撃を防ぐといった真似が出来ず、回避することしか出来ないのが痛い。
鎧は当然ながら、短剣でデスサイズや黄昏の槍の攻撃を受け止めようとしても、武器が壊れるか、壊れなくてもそのまま武器諸共に吹き飛ばされるかといった具合になる。
そのようにならないようにするには、徹底的にレイの攻撃を回避するしかない。
とはいえ、言うは易し。
レイの放つ攻撃は一撃ずつの迫力があり、それ以外にも放つ一撃は鋭く素早い。
本来なら回避出来るだけの実力がある者であっても、そう易々と攻撃を回避は出来ないのだ。
それでも何とか回避している者がいるのは、腕利きの暗殺者が揃っている……もしくはここに残っている証なのだろう。
そのような者達だからこそ慎重に動き、被害を出しながらも何とかレイの足止めをすることに成功していた。
(ちょっとやばいか? こういう時にセトがいれば、ある程度何とか対処出来るんだろうけど。いや、ここでセトのことを考えても仕方がないか)
デスサイズを振りつつ、地上に残してきたセトのことを考えるレイ。
レイにしてみれば、セトは十分な強さを持ち、それでいて自分の信頼出来る相棒という非常に心強い存在だ。
そのような相手である以上、こういう時に頼りになる相手なのは間違いない。
とはいえ、今こうして自分の側にいない以上、ここでセトについて何かを考えても意味はない。
何よりもセトには風雪のアジトの正式な出入り口を守って貰う必要があるのだから。
今の自分が出来るのは、出来るだけ早く目の前にいる暗殺者達を殲滅することだ。
魔法を使えれば手っ取り早いのだが、地下でレイが魔法を使えば崩落するかもしれないと言われてしまい、レイもそれには納得することしか出来なかった。
「そっちが動かないようなら、こっちはこっちで好きなように動かせて貰うぞ。……お前達が何を考えて風雪のアジトに襲撃してきたのかは分からない。単純に風雪という存在が面白くないと思っただけなのか、あるいはそれ以外にも何か理由があるのか。けど、俺の邪魔をするなら、相応の対応をさせて貰う!」
その言葉と共にレイは前に出ると、一番近くにいた暗殺者に向かってデスサイズを振るう。
レイの攻撃を警戒していたので、暗殺者は即座に対処しようとする。
しかし防ぐという手段がない以上、回避するしかなく……デスサイズの攻撃を回避した瞬間、レイの左手に握られていた黄昏の槍によって頭部が砕かれた。
「くそっ! 一体何でこんなに強い奴がいるんだよ!」
再び始まったレイの攻撃に暗殺者の一人が理不尽だと叫ぶ。
しかしそんな叫びがレイの注意を惹いたのか、頭部を砕いた黄昏の槍が再び投擲され、叫んだ暗殺者の身体を貫く。
それでも一撃で死ぬような致命傷ではなかった辺り、叫んだ暗殺者は相応の実力の持ち主なのだろう。
身体を貫かれるという重傷を負った以上、もうこの戦闘で役に立つといったことはまずなかったが。
「残り三人! その程度の戦力で俺を本当にどうにか出来ると思ってるのか!? ロアビー達の方に向かった連中を追わないといけないから、少し本気で行くぞ!」
その言葉と共に、レイはデスサイズを振るうのだった。