2808話
ロアビーがレイやクロウ達と一緒に行動すると決まると、そこからの行動は早かった。
「それで、向こうの方に結構な数の暗殺者がいるって話だったが、具体的にはどのくらいの人数が集まっていた?」
「ざっと三十人以上はいたな。ただし、これはあくまでも俺が確認出来ただけだ。偵察した時に見えなかった場所にもっと暗殺者がいてもおかしくない。向こうは人数が多かったから、極力気配を消して見つからないようにしていたし、何よりもすぐにその場を離れたしな」
「それは賢い選択だったと思うぞ」
最低でも三十人程の暗殺者となれば、当然ながらそこには腕利きの暗殺者も何人か混ざっている筈であり、そういう意味ではロアビーが先走らなかったのは正解だった。
もしそこで欲を掻いた場合、最悪ロアビーやその仲間はそこで見つかって殺されていた可能性がある。
そうなった場合、レイ達は前もってその情報を得ることは出来なかったのだ。
「深紅に褒められて光栄だよ」
そう言うロアビーの言葉は、どこか皮肉げな色がある。
ロアビーはレイの指示に従うと約束はしたが、だからといってレイを好ましく思っている訳ではない。
そうである以上、このような態度でもおかしくないのだろう。
ロアビーの仲間達はそんな言葉遣いでレイが気分を悪くしないかと、少しだけ不安そうな視線を向けるが、レイは別に気にした様子はなく言葉を続ける。
「そうか、ならこれからもっと俺に褒められるのが光栄だと思うようにしてやるよ。……にしても、三十人か。そうなるといっそ魔法で倒した方が楽なんだが……」
「止めてくれ。通路は強化されているが、だからといって深紅の異名を持つレイの魔法を受けても無事とは限らない。一ヶ所が崩落すれば、それが他の場所にも影響する可能性がある」
「だろうな」
クロウの言葉に、レイは魔法を使うのを諦める。
レイが上手い具合に魔法をコントロールすれば、それによって地下通路に被害を与えないようには出来るのだが。
ただ、当然ながら今のレイは風雪の者達にそこまで信頼はされていないし、魔法をコントロールしても何らかの要素――魔法を受けた暗殺者が暴れるといったような――によって、通路に被害を与える可能性は十分にある。
「となると……三十人くらいもいたのなら、その場所は広いのか?」
「ああ。ちょっとした広場みたいになっている」
「なら、俺が暴れる余裕はあるな」
この場合の暴れるというのは、槍で突きだけを使うのではなく払うような一撃であったり、何よりもレイの象徴であるデスサイズを使った戦闘を行えるという意味だ。
この通路では難しいものの、広場のようになっている場所ならレイも十分に戦える。
「そうなると、早速……って、ちぃっ!」
喋っている途中で気配を感じたレイは、半ば反射的にネブラの瞳に魔力を通して鏃を生み出すと、手首の動きだけで投擲する。
「ぎゃっ!」
通路の先から姿を現した暗殺者の一人が、眼球に鏃が突き刺さった痛みで悲鳴を上げる。
続けて生み出した鏃を投擲し、何人かに悲鳴を上げさせることに成功するが……所詮、鏃は鏃だ。
眼球に突き刺さったのならまだしも、身体に命中しても皮を破り、肉を裂き、骨を砕くことには成功するものの、本物の暗殺者であればそのようなダメージで動けなくなるようなことはない。
……中には実力不足の暗殺者もおり、レイの一撃で床に転がって痛みに呻いている者もいたが。
そんな相手を見るでもなく、レイは走り始める。
「何人か逃がした! こっちの情報は向こうに漏れるぞ! こうなったら、先手必勝だ!」
「ちょっ、おい! こっちの情報が漏れたなら、一旦退いた方がよくないか!?」
レイの言葉にロアビーが叫ぶも、その声はレイの耳には届いていない。
あるいは届いていても無視しているだけなのかもしれないが。
この状況で敵に自分達の存在を気取られた。
そうなった時、攻勢に出るか、一旦退いて守りを固めるか。
レイがどちらなのかは、考えるまでもなく明らかだろう。
それを示すかのように、レイはネブラの瞳で生み出された鏃による攻撃でその場に倒れている者は放っておき、逃げ出した者達を追う。
このまま逃がせば、どのみち侵入してきた相手に自分達の存在は知られてしまう。
ここで躊躇するような真似をした場合、それこそ敵に先手を取らせてしまうことになりかねない以上、ここは機先を制する必要があった。
走り出したレイを即座にクロウが追い、ロアビー達はクロウから少し遅れて走り出す。
元々この一行はレイという圧倒的な戦力を中心に据えた存在だ。
だからこそ、ここでレイが動いてしまったらクロウやロアビー達もその後に続かない訳にはいかなかった。
「見えた!」
通路を走り始めてから、十秒と経たないうちにレイは逃げている暗殺者の姿を捉える。
ここが街中であれば、暗殺者もどこかに隠れたりして追っ手の眼を誤魔化す真似も出来るのだろう。
しかし、生憎とここは風雪のアジトたる地下通路だ。
そのような場所に暗殺者が隠れたりするようなところなどある筈もない。
(いや、風雪のアジトだからこそ、いざという時の場所はあったりするのか?)
暗殺者のアジトなのだから、いざという時の用意はしてあってもレイは驚かない。
レイがクロウに話した隠し通路の件を考えれば、その可能性は十分にある。
そんな風に考えつつ、レイは逃げている暗殺者の背中に向かって黄昏の槍を投擲する。
「はぁっ!」
短い気合いの声と共に放たれたその一撃は、空気を斬り裂くかのような速度で飛んでいき……逃げていた暗殺者のうち、最後尾にいた男の背中を貫く。
「が……」
当然ながら黄昏の槍は一人の男を貫いただけで止まる筈もなく、男の前を走っている者の背中を貫き、更にその前を走っている男の脇腹を貫いて、最後に壁に柄の半ば程まで突き刺さってようやく動きを止める。
逃げ出した暗殺者達の数は元々多くはなく、レイが放った今の一撃だけでかなりの被害を受けた。
しかし、それでも今の一撃で全ての暗殺者を倒すといったような真似は出来ず、何人かはまだ走っている。
仲間が黄昏の槍によって大きな被害を受けたにも関わらず、逃げる暗殺者の足が止まる様子はない。
レイにしてみれば、少しは仲間を心配しないのか? と若干疑問に思わないでもなかったが。
とはいえ、これが暗殺者であると思えば納得も出来る。
今回風雪のアジトに侵入してきた暗殺者の中には、それなりに大きな暗殺者ギルドに所属している者もいると聞いている。
そうである以上、仲間が死んだくらいで足を止めるような未熟な真似をするとは考えられない。
それこそ仲間が倒れ、それによって少しでも敵の……この場合はレイの足が止まるのなら、寧ろそれは望むところと考えてもおかしくはなかった。
仲間をあっさり見捨てる相手に若干の苛立ちを覚えつつも、レイの足は止まらない。
幾ら暗殺者……それも腕利きの暗殺者とはいえ、純粋な身体能力という一点においてはレイを上回ることは出来ない。
逃げる暗殺者とレイの距離は次第に近付いていき……
「このまま逃がすと思うか! 来い!」
通路に柄の半ばまで突き刺さっていた黄昏の槍が、マジックアイテムとしての能力によってレイの手元に瞬時に戻る。
それを握り、投擲しようとしたその瞬間……まるでそのタイミングを待っていたかのように逃げていた暗殺者のうち、最後尾にいた者がその場で反転してレイに向かって襲い掛かって来た。
それは味方を無事に逃がす為に自分が捨て駒となるという行動。
言葉で言うのは簡単だが、実際にそのような真似を咄嗟に判断出来るかと言われれば、難しいだろう。
それをあっさり行うところに、暗殺者達の練度が示されていた。
「けど、だからって……そっちの思い通りにさせる訳にはいかないんだよ!」
鋭く叫び、レイは黄昏の槍を手に殿として残った相手との間合いを詰める。
レイの足止めをしようとした相手も、自分がレイを倒せるとは思っていない。
ただ、自分が殺されるまでの間にレイが来たという情報を味方――多数の勢力が集まっているので、正確には味方と表現出来るかどうかは難しいが――に伝えることが出来れば、それでいいと思っての行動。
そんな男の様子を理解しつつも、当然ながらレイは手加減の類はしない。
レイに向かって真っ直ぐ進む暗殺者。
少しでも時間を稼ぐのなら、本来は防御に徹してもおかしくはないだろう。
だが、レイを相手に防御に徹するなどといったような真似をした場合、間違いなく攻撃を捌ききれなくなり、致命的なダメージを負ってしまう。
暗殺者もそれを理解しているからこそ、短剣を手に攻撃に出たのだ。
暗殺者にとって唯一の救いは、レイの持っているのが黄昏の槍である以上、突きでしか攻撃出来ないということだろう。
同時にそれは、ただでさえ格上のレイに武器の間合いですら負けていることを意味しているのだが、命を捨ててレイを足止めするという覚悟を決めた暗殺者にしてみれば、そのことに怖れる必要はない。
自分めがけて真っ直ぐに突き進んできた黄昏の槍の一撃を、それこそ命を捨てる覚悟をしているからこその極限の集中力で回避しようとし、それでも完全に回避は出来ずに左腕を半ばから貫かれ、千切られる。
(やれる!)
左腕を犠牲にして間合いを詰めた暗殺者は、痛みを感じるよりも前に短剣をレイに向かって振り下ろそうとし……その瞬間、意識が途切れた。
「な……」
そんな声を上げたのは、レイの後ろを走っていたロアビー。
離れた場所から見ていたロアビーだからこそ、レイが何をやったのか理解出来た。
やったことそのものは、そこまで複雑ではない。
暗殺者の左腕を貫いた槍を手元に戻し、再度突きを放つ。
いわゆる二段突きと呼ばれる技で、槍を使う者にしてみれば基本的な技の一つだろう。
そのような基本技であっても、高い身体能力と技術を持つレイが行えばまさしく一瞬で二度の突きを放つといったことになる。
ロアビーは離れていたからこそレイの二段突きを理解出来たものの、間近でそれを食らった暗殺者にしてみれば、一体自分が何をされたのかすら全く理解出来ないままに意識を絶たれる……頭部を貫かれただろう。
(ある意味、苦痛も何もなく死ねたんだから、幸運だったかもしれないな。それにしても……さすが深紅の異名を持つだけのことはあるか)
正直なところ、ロアビーはレイに対して決して好意を抱いてはいない。
それこそ好き嫌いのどちらを選ぶかと言われれば、躊躇なく嫌いを選ぶくらいには。
しかし、好悪の感情とは裏腹にレイの実力については十分に理解出来ていた。
「おい、ロアビー。何をぼうっとしてるんだ。もうレイは行ってしまったぞ」
クロウの言葉に、ロアビーはすぐにレイのいた場所を見て、そこに誰もいないことに気が付いて口を開く。
「分かった、行こう。少しでも早く侵入者を排除しないといけないしな」
ロアビーはそう言い、止まっていた足を再び動かし始める。
レイの放った二段突きに受けた衝撃を、今は忘れることにして。
「そうだな。それに、俺達が遅れればレイが暗殺者を全員倒してしまうぞ。それは避けたい」
この部隊……いや、集団はレイが戦力の中心となっているのは間違いない。
それはクロウもロアビーも承知の上ではあったが、だからといって戦力の全てをレイに頼るという訳にもいかない。
レイが頼りになるのは事実だが、クロウやロアビーにも風雪の暗殺者としての自負がある。
そうである以上、レイだけに戦わせるのではなく自分達もきちんと戦力として活動する必要があった。
そうして二人が走り出し、ロアビーの仲間達も少し遅れてそれに続く。
その際にレイの二段突きで頭部を失った暗殺者の存在が多少は気になったものの、幸か不幸かここにいる面々にとって死体は見慣れたものだ。
少しだけ哀れに思う者、自分達の住居に無断で侵入したのだから当然だと思う者といったように感じている者もいたが、基本的にはそこまで気にした様子もなく死体の側を通りすぎる。
今の自分達にとって重要なのは死体を見て色々と考えることでなく、アジトに侵入してきた敵を少しでも早く排除することなのだから。
そう考えれば、今は少しでも早く敵との接触し、レイ程ではないにしろ実力を発揮してどうにか敵を倒す必要があった。
「いいか、この先にいるのは三十人……いや、最低でも三十人の暗殺者だ。そして、ゴーレムによって作られた外に続く侵入口がある可能性もある。くれぐれも気をつけるようにな!」
そう叫ぶクロウの言葉に、ロアビーを含む他の面々も真剣な表情で頷くのだった。