2804話
どうやって門番達のいる場所を通らずに風雪のアジトに侵入したのか。
そう言われて、レイが思い浮かべるようなことは幾つかある。
取りあえずこのまま地上にいても意味はないので、レイはセトに地上を守るように頼むとクロウと共に再びアジトに戻り、通路を進みながら言葉を交わす。
「クロウ、ここが風雪……暗殺者ギルドのアジトである以上、ここ以外にどこか抜け道とか、そういうのがあるんじゃないか? そこから侵入してきた可能性は?」
「それは……抜け道がある可能性は否定しないが、そもそもどこに抜け道があるのか分からないぞ。風雪に所属している俺でも分からないのに、他の暗殺者ギルドの暗殺者がそれを分かるか?」
「可能性としては裏切り者がいることだな。それも隠し通路を知ってるような上層部に」
「ぐ……」
レイの言葉に何かを言い返そうとするクロウだったが、実際にその可能性が高いことは反論出来ない事実だ。
「次にドーラン工房が今回の一件を仕組んでいるのなら……いやまぁ、ここまで来て言葉を濁す必要はないか。間違いなくドーラン工房が裏で糸を引いてるんだ。とにかくドーラン工房がいるのなら、それこそ地中を掘るゴーレムを用意することも出来るんじゃないか?」
そもそも、風雪のアジトを作る際に地中を掘るゴーレムを使って作ったとレイは聞いていた。
具体的にはいつ風雪のアジトが作られたのかは分からないが、それでも数年といったところではないだろう。
数年の時間があればゴーレムの技術もそれなりに上がるのは当然で、地中を掘るゴーレムもまた、風雪のアジトを作る時に使った物よりも性能が上がっていてもおかしくはない。
もっともレイが聞いた話では、ドーラン工房が出るまで数年程の間、ゴーレムの技術は停滞していたらしいと聞いていたが。
「なるほど。可能性としては十分にあるな」
クロウとしては、裏切り者がいるよりは、まだ新しいゴーレムによって地中に穴を掘り、侵入してきたという話の方が分かりやすいし納得しやすい。
(その場合は最悪地中を徹底的に掘ってアジトの崩壊といった攻撃をされる可能性もあるってことなんだが。俺がアジトにいる可能性がある今はその心配はないだろうけど)
ドーラン工房にとって最重要なのは、レイがミスティリングに収納している祭壇の筈だった。
そのレイが地中深くで押し潰されて死ぬといったようなことがあれば、その死体を……正確にはその右腕にあるミスティリングを手に入れるのはかなり難しくなる。
それでは本末転倒でしかないだろう。
「他には……可能性は一番低いが、ベスティア帝国の錬金術師が転移石というマジックアイテムを開発したから、どうにかしてそれを入手した可能性だな。とはいえ、転移石はそんなに離れた場所に転移出来なかったり、転移する場所に魔法陣を用意したりと下準備が必要だが」
「それはつまり、アジトの中に魔法陣を設置したということで……風雪の誰かが裏切ったと?」
「そういう意味では最初の抜け道の情報を流したという点と同じだな。ただし、抜け道の場合は上層部でなければ知らないことだが、魔法陣は誰でも出来るから、上層部の者でなくても問題ない」
そう言うレイだったが、やはりクロウは面白くなさそうだ。
クロウにしてみれば、上層部であろうとなかろうと仲間が裏切ったということに他ならないのだから。
それでも実際に不満を口にしなかったのは、現在の状況において最善の状況がどのようなものなのかをしっかり考えているからだろう。
「それで、一番可能性が高いのはどれだと思う?」
「安心しろ……ってのはどうかと思うけど、俺が一番可能性が高いと思うのは地面を掘るゴーレムを使って強制的に新しい出入り口を作ったことだと思う」
レイのその言葉に、クロウは微かに安堵した様子を見せる。
上層部にしろ自分の同僚にしろ、風雪の仲間が裏切っていなかったというのはクロウにとって悪くない話だったのだろう。
「そうか。……そうか」
レイの言葉から恐らく裏切り者がいる可能性が高いと思っていただけに、違うと言われると安堵した様子を見せるのは当然の話だった。
「嬉しそうなところ悪いが、問題はまだ解決してないぞ。……この状況で風雪のアジトに無理矢理他の場所から出入り口を作られたという俺の予想が正しい場合、まずはどこにその出入り口があるのかを確認する必要がある」
地中に広がっている風雪のアジトは、かなりの広さを持つ。
それこそ、レイには全ての場所を把握出来ないくらいには。
それだけに、アジトから外に繋がっている場所を見つけるのはかなり難しくなっていた。
レイの言葉の意味は当然ながらクロウにも理解出来たのだろう。
仲間に裏切り者がいないという話で喜んでいた表情は一変し、その表情には苦い色がある。
地中に広がっている風雪のアジトがどれくらい広いのかは、ここに来たばかりのレイよりもクロウの方が理解している。
ましてや、地中に広がっているアジトの中にはクロウも立ち入りを禁止されているような場所もあり、もしそのような場所から敵が侵入している場合、それを見つけ出すのは至難の業だろう。
それでも今のクロウがやるべきことは明らかだ。
「とにかく、アジトの中を見て回る。そして侵入者を発見したら、そんな連中が集まっている場所に進んでいく」
それはクロウにとって半ば納得出来ない選択でもあった。
何故なら、クロウが口にしたのはレイという強力な戦力があってこその作戦なのだから。
……いや、これを作戦と呼んでもいいのかどうかとすらクロウには思えてしまう。
しかし、それが一番早く確実なのは間違いない。
自分のプライドが傷つくのと、少しでも早く風雪のアジトに侵入してきた者達を排除すること。
そのどちらが重要なのかと言われれば、当然ながらクロウは後者を選ぶ。
その為には風雪のメンバーとしてのプライドはどうなってもいいとすら思う。
クロウの覚悟を察したのか、レイはその提案に特に異論は見せずに頷く。
「分かった。なら、それで行こう。そうなると、まずは最初にどの方向に敵がいるのかを確認する必要があるな」
「そうだな。出来れば風雪の仲間と合流出来れば、情報を共有出来るんだが……それは少し難しいか」
残念そうな様子で呟くクロウ。
風雪のメンバーはかなりいるし、その大半がアジトの中で暮らしているものの、そう簡単にその姿を見つけるような真似は出来ない。
現在レイとクロウがいるのは、侵入者達と戦っているだろう主戦場から大きく離れた場所なのだから、それも当然だろう。
まずはその主戦場を見つける必要があるのは間違いなかった。
「接触するのが難しいのなら、少しでも早く接触出来るようにした方がいい。そうなると、どこに向かえばいい? クロウならその辺を何となく分かるんじゃないか?」
「そう言われても……いや、ここについてあまり知らないレイよりも俺が動いた方がいいのは間違いないか。なら、少し速度を上げるぞ。こっちだ」
そう言い、クロウは今までよりも更に速度を上げ、レイを先導するように走り走り始める。
その速度はレイがついてくるといったことを全く考えていない。
レイがついてこられないのなら、それはそれで問題ないといったような速度。
仲間のことが心配なので一刻も早く敵がどこから入ってきているのか見つけたいというのもあるが、それよりもリンディとの模擬戦においてレイの実力の一端を見たことにより、この程度の速度でレイがついてこられないなどといったことはないと、そう思っていたのだろう。
事実、クロウの走る速度にレイは全く離されることなく走り続けている。
(ちっ、これでも速度には自信があったんだけどな)
クロウは風雪の中でも自分の走る速度は上位に位置するだろうと判断していた。
風雪の中でも最速とまでは思わないが、それでも並大抵の相手なら自分が本気で走る速度についてくるのは不可能だと、そう思っていたのだ。
だというのに、レイはあっさりとついてきている。
現在の自分の不甲斐なさに思うところがあるのは間違いなかった。
とはいえ、レイという存在は戦力として非常に期待出来るのも間違いない。
そういう意味ではそこまで落ち込む必要はない。
走りながら少しだけ自分の後ろを気にするクロウだったが、レイはすぐにそんなクロウの様子に気が付く。
「どうかしたか?」
「何でもない。……いや、何でもあったな。前方で戦いの気配だ」
何でもないと誤魔化そうとしたクロウだったが、自分の進んでいる先で戦いの気配を察し、そう告げる。
「どうやらそのようだな」
クロウが感じた戦闘の気配は、当然ながらクロウのすぐ後ろを走っていたレイにも感じられた。
クロウに言葉を返しながら、レイはミスティリングの中から黄昏の槍を取り出す。
大鎌や槍といった長柄の武器を使うレイにとって、現在いるような狭い場所は戦いにくいという点で非常に厄介な場所だ。
とはいえ、厄介な場所であればそれなりの戦い方をすればいい。
長柄の武器を自由に振り回す空間的な余裕がないということは、敵もまたその狭さの中で戦わなければならないということを意味している。
それはつまり、レイの放つ槍の突きを回避する空間的な余裕がないということを意味してもいた。
実際にはある程度の空間的な余裕もあるので、絶対に回避出来ないといった訳ではない。
相応の腕利きなら十分戦闘が出来る広さがある通路ではある。
暗殺者と冒険者では、同じ戦うという行為であっても実際には全く違う戦い方をしてるからこその違いという点もあるのだろうが。
「見えた!」
先を進むクロウの叫ぶ声がレイの耳に入ってきた。
それを聞き、レイもまたクロウの視線の先を見る…三人と二人の暗殺者と思しき相手が戦っているのが見える。
この場合、問題だったのはレイから見てどちらが味方なのかが分からないということだろう。
もしこの場にいるのが自分だけであった場合、レイはどちらに攻撃するべきか完全に迷っていた。
そういう意味では、レイがクロウと一緒に行動していたのは正しい選択だったのは間違いない。
「クロウ、二人と三人のどっちが敵だ!?」
「三人の方だ!」
レイの言葉に迷う様子もなく二人の方が味方で三人の方が敵だと叫ぶクロウ。
お互いに顔を隠すように覆面を被っている状況で、一体どうやって敵味方を見分けたのか。
そのことを疑問に思うレイだったが、クロウが明確に敵味方を判断した以上、ここで手を緩めるといった選択肢はない。
敵がどちらなのか分かったのだから、今はまず敵を倒すのを優先させる必要がある。
「なっ!? ちぃ、新手だ!」
「何!? なら……って、あれはレイだ! 標的だぞ!」
「よし、報奨金は俺達が貰ったぁっ!」
そんな会話をし、三人組は風雪の二人を半ば無理矢理の一撃で吹き飛ばすとレイ達の……いや、レイのいる方に向かって走り出す。
相手が何を考えてそのような真似をしたのかは、鋭い聴覚によって三人組の話を聞いていたレイにはすぐに分かった。
(報奨金か。やっぱりドーラン工房で間違いないみたいだな)
自分を恨んでいる相手がドーラン工房だけとは、レイも思わない。
それこそこのエグジニスにおいてだけでも、血の刃の残党であったり、グリフォンのセトを欲している者であったり、レイの持つマジックアイテムを欲している者であったり……あるいはレイには全く想像出来ないような何かでレイを狙っている者がいてもおかしくはない。
しかし、やはり一番レイを狙う理由があるのはドーラン工房だ。
「俺を倒せば報奨金か? けど、そう簡単に報奨金を入手出来ると思ったら、大間違いだぞ!」
床を蹴り、瞬時に速度自慢のクロウの横を追い抜く。
レイに迫っていた三人組のうち、先頭を走っていた者はいきなりレイとの距離が近付いたために一瞬動揺する。
それでも動揺が一瞬ですんだのは、風雪のアジトに潜入するメンバーに選ばれるだけの実力の持ち主だからか。
しかし……レイを前にして、一瞬であろうとも動揺したのは不味かった。
その一瞬でレイは更に男との間合いを詰め、黄昏の槍を使った突きが放たれたのだから。
腕利きの暗殺者であっても、一瞬の閃光としか認識できないような鋭い突き。
その突きは、あっさりと男の右腕を肩から切断し……それだけではなく、次の瞬間には左足を膝から失い、床に倒れ込む。
「な!?」
「次!」
いきなり倒れた先頭の男に、後方にいた者達は何が起きたのか理解出来ず……結局そのままレイの放つ槍によって手足を失い、床に転がるのだった。