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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゴーレムの街エグジニス
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2799話

「リンディ……貴方、そこまで疲れ切ってるって、何があったの?」


 リビングにあるソファで横になり、そこからピクリともしない様子のリンディを見て、アンヌは呆れたように言う。

 本来ならアンヌも筋肉痛でそれなりに動きにくい筈なのだが、それでも今はまだ普通に動くことが可能だった。

 だからこそ、風雪のアジトで掃除をするといった真似が出来ていたのだが。

 そんなアンヌよりも、更に疲れ切った様子を見せているリンディ。

 冒険者として、自分よりも身体を鍛えている筈なのに何故? と、そうアンヌが思ってもおかしくはない。


「リンディ姉ちゃん、レイ兄ちゃんと模擬戦をしたんだってさ。羨ましいよな」


 カミラがその言葉通りに羨ましそうな様子でそう言う。

 レイとリンディが模擬戦をやっている時、カミラはぐっすりと眠っていた。

 おかげで模擬戦を見ることが出来なかったのが悔しいのだろう。

 あるいは、自分がレイと模擬戦をしたかったのか。


「リンディはアンヌ達を守ろうとして強くなりたかったんだ。その辺を考えてやってくれ」

「それは……」


 この状況で何をやっているのかとリンディを責めようとしたアンヌだったが、そんなアンヌもレイの言葉を聞けば迂闊に責められなくなる。

 リンディがここまで無茶をしたのは、あくまでも自分の為であると言われてしまえば、それに感謝こそすれ、説教をしようとは思わない。思わないが……


「でも、レイさん。模擬戦をやったくらいで一気に強くなるということはあるんですか?」


 疲れ切ったリンディを見ながら、そうレイに尋ねる。


「ないとは言えないな。可能性としては十分にある。勿論、それは強さの基礎となっている部分がしっかりとしていなければ意味はないが」


 地道に基礎能力を鍛えてはきても、それを上手く使いこなせない者もいる。

 そのような者達に対しては、それこそ実際に戦いの中で鍛えた能力を発露させ、蕾から花が咲くように、あるいは蛹から羽化するように、その鍛えた能力を使いこなせるようになるというのは珍しい話ではない。


(とはいえ、リンディがその類かと聞かれれば、素直に頷くような真似は出来ないんだが)


 レイが模擬戦を行った中で、リンディがその実力を伸ばしたのは間違いない。

 戦いの中で連撃の隙をなくし、そしてその連撃に上手い具合に突きを組み込むといったような真似もしている。

 それでも、いわゆる爆発的進化と呼ぶ程ではないのは間違いなかった。


「じゃあ、リンディは強くなったんですか?」

「強くなったのは間違いない。……明日はちょっと厳しいかもしれないけど」


 身体を動かし慣れている冒険者であっても、当然ながら限界以上に身体を動かせば筋肉痛になる。

 ドーラン工房からスラム街まで走ってくる程度のことであれば、リンディも筋肉痛になったりはしない。

 しかし、レイとの模擬戦を数時間に渡り行ったのだから、その疲労は相当なものになるのは当然だろう。

 アンヌやカミラを守る為に強くなりたかったのに、筋肉痛になってろくに動けないというのは……一種の皮肉としか言いようがない。

 レイにしてみれば、そんな状況はどうかと思わないでもなかったが。

 とはいえ、アンヌ達を守るのに絶対にリンディが動かなければならない訳でない。

 特にここは風雪のアジトである以上、風雪の構成員がレイとの契約通りにアンヌ達を匿い、守ってくれるだろう。

 そういう意味では、ここでリンディをしっかりと鍛えて、実力を伸ばすというのは悪い話ではなかった。

 今日のゴーレムの件のように突発的な事態があった場合は、リンディも足手纏いになってしまうが。


「ともあれ、夕食を用意して貰ったから食べましょう。……リンディの分はどうすればいいんです?」

「どう? ……いつの間にか眠ってるな」


 先程まではソファで横になって身動きするのも疲れ切ったといった様子だったリンディだったが、アンヌの言葉で視線を向けると、リンディは既に眠りに落ちていた。

 それも昼寝――もう夕方なので、夕寝という方が正しいのかもしれないが――といった様子ではなく、ぐっすりと熟睡している。


「取りあえず起こして食事は食べさせた方がいいと思うぞ。あるいは自然に起きた時に食事を食べられるようにしておいてもいいけど。その辺はリンディと親しいアンヌに任せる」

「じゃあ、起こしましょう」


 レイの言葉を聞いたアンヌは、あっさりと決断する。

 アンヌにしてみれば、このままリンディを眠らせておきたくはなかった。

 乙女の寝顔を他の者に見せるのが不味いというのもあるし、何より訓練が終わった後は軽く汗を拭いた程度でしかない。

 乙女として、汗臭いのはどうかと思うのは当然だろう。

 リビングの中にその辺を気にする者はそう多くはなかったが。

 アンヌがリンディを起こそうとしているのを横目に、レイ達は風雪が持ってきてくれた食事を楽しむ。

 そんな食事の匂いに誘われたのか、奥の部屋からもイルナラを始めとした何人かが姿を現す。

 イルナラを含めた者達の動きは、どこかぎこちない。

 今朝からの筋肉痛が、夕方の今となってもまだ治っていないのだろう。


(いっそポーションとか……あれ? ポーションとかで筋肉痛って治るのか? でも、ポーションは怪我を治す。そして筋肉痛は、筋肉が傷ついた状況から治る際のものだと考えれば、ポーションで筋肉痛が治ってもおかしくはない……と思う。けど、そうなった場合、走った意味がないかもしれないけど)


 筋肉痛をポーションで治した場合、痛みはなくなっても、本来なら筋肉を鍛えられる効果がどうなるのか。

 レイにはその辺は分からなかったが、錬金術師の中には身体を動かすのが難しい筋肉痛なら、いっそ筋肉が鍛えられなくてもいいからポーションで治したいと思う者がいても、おかしくはなかった。

 そんな風に考えている間に、イルナラ達も食事のある場所まで辿り着く。

 風雪が用意した食事は、それなりに上等なものだ。

 風雪としては、自分達に匿って欲しいと依頼してきた相手に貧相な食事を与える訳にはいかないのだろう。

 ましてや、レイは風雪に相応の報酬を支払っているのだから、尚更だった。

 孤児院で暮らしていたアンヌは、それこそ金に困っていた影響でそこまで満足出来るような食事を食べることは出来なかった。

 そういう意味では、寧ろ孤児院で働いてきた時よりも今の方が豪華な食事ですらある。

 それを示すかのように、カミラも必死になって食事を口に運んでいた。

 カミラの場合は、子供だというのも影響しているのかもしれないが。


「うん。美味い。この豆と肉のスープとか結構な味だ」


 レイもまた、そんな料理を食べながら感心したように呟く。

 実際、レイが感心しているスープはその辺の食堂でもなかなか食べられないだろう味なのは間違いない。

 一体誰がこの料理を作ったのか。

 暗殺者ギルドだけに、腕のいい料理人がいるというのはレイにとっても少し予想外だった。

 あるいは暗殺者ギルドだからこそ、摂取する栄養に気を使っている可能性も否定は出来ないが。

 レイの中では勝手なイメージではあったが、適当な干し肉や薬草の類で作った丸薬で食事をすませるという……あくまでもレイのイメージだったが、忍者らしいものという思いがあった。

 だが、風雪のアジトで匿われるようになってから出て来た料理は、どれも美味い。

 少なくても、レイが下手な料理を作るよりはよっぽど上だった。

 そもそもレイが自分で料理を作るといったことは滅多にない。

 レイが空腹になったら、自分で料理を作るといったような真似をしなくても、ミスティリングの中に出来たての料理が収納されているのだから。

 それもミスティリングに収納されている料理はただの料理ではなく、レイが食べて美味いと思った店の料理だ。

 ……そのおかげで、特にスープの類を購入する時には鍋ごと購入することになるのだが。

 当然のように普通に購入するよりも鍋の分だけ高額になるし、何よりも鍋が大量に余ってしまう。

 その為、スープを購入する時はミスティリングに収納されている空の鍋にスープを入れて貰うといったようなことをしたりもしてるのだが、その辺についてはどうしても料理店に無理を言ってるので、融通を利かせる必要があった。

 料理店にしてみれば、レイが鍋の分も料金を支払ってくれるのなら、新しい鍋を購入出来るという利点もある。

 中には先祖代々伝わっている鍋で、それをレイに渡すといったようなことを考えられないといった料理人もいるのだが。

 そんな料理人の話を聞けば、レイもウナギのタレや蕎麦の返しを代々使っているといったような、日本にいた時にTVや漫画で見たようなことを思い出したりもする。


「あー……美味い……ドーラン工房で働いていた時に食ってたのって、一体何だったんだろうな……」


 錬金術師の一人が、出された料理を食べながらしみじみと呟く。

 その顔には美味い料理を食べられて幸せといった表情が浮かんでいた。


「あれ、ドーラン工房なら結構な額を貰っていたんじゃないの? それなら、美味しい料理を食べられるんじゃない? 高級店にだって行けるでしょうし」

「主流派の錬金術師なら、そういうことも出来たでしょうね」


 幸せそうな表情を浮かべている錬金術師の隣で食事をしていた女の錬金術師が、そう言ってきた女……アンヌと一緒に捕まっていた違法奴隷だった女にそう言葉を返す。

 やはり女同士ということで、一緒に食事をしているのだろう。

 奴隷にされた女にしてみれば、錬金術師の女もドーラン工房に所属しているという点で若干思うところはある。

 しかし、自分達を違法奴隷にしたのはあくまでも現在のドーラン工房において主流派と呼ばれている錬金術師達であり、非主流派を恨む理由はない。

 それでも感情では納得出来ないようなところもあるのだが、今のような状況においてはいがみ合っている場合ではない。


「どういう意味?」

「私達非主流派は、主流派によって面倒な仕事を任されていたのよ」

「……ああ、なるほど」


 主流派にとって、面倒な仕事は非主流派に任せればいい。

 一度そう考えて実行すれば、それからは次々と面倒な仕事を非主流派に回すことになる。

 そのような真似をされても、イルナラを中心として非主流派はドーラン工房を辞めるということはない。

 もっとも、もしイルナラ達がドーラン工房を辞めると言っても、主流派の面々が素直にそれを受け入れるかどうかは、また別の話だったが。

 主流派にしてみれば、雑用を任せる相手がいなくなるのは面白くないだろう。


「分かって貰える? あの連中ったら、イルナラさんのことを目の敵にしてるんだから。次々に面倒な仕事を持ってくるのよ」


 名前を出されたイルナラは、筋肉痛の身体で何とか食事を取りつつも、その言葉に苦い笑みを浮かべるしかない。

 主流派が色々と無茶を言ってきたのは、イルナラがドーラン工房に憧れを抱いており、何をしても決して辞めることはないと、そう思っていたからだ。

 非主流派に次々と与えられる雑用が増えていったのは、その辺が大きな理由であるのも間違いない。

 自分についてきた者達にとっては、いい迷惑なのだろうとも思う。

 しかし、それでも辞める者は辞めていき、今でもイルナラと一緒に活動していたのは物好きな者達ばかりだ。


「ふーん。ドーラン工房であってもそういうのは変わらないんだな」


 離れた場所で話を聞いていたレイは、スープをパンに吸わせながらそう呟く。

 ドーラン工房にしてみれば、イルナラ達は雑用をさせるのに便利な相手だったのだろう。

 レイにしてみれば、ドーラン工房の主流派の錬金術師達は外道な真似をしている連中としか思えない。

 勿論、ネクロマンシーとゴーレムの製造を融合させるといったような真似は、相応に高い技術が必要なのは間違いないだろう。

 しかし、レイはそんな今のドーラン工房の主流派は、とてもではないが納得出来る相手ではない。


(ゴーレムってだけでも色々とあるのは間違いないか。何だかんだと、俺がエグジニスに来た影響で色々と問題が起きてるのは間違いないっぽいが……その辺に関しては、いずれ明らかになることだったとして、諦めて貰った方がいいな。イルナラ達も、ネクロマンシーの件は早いところ知りたかっただろうし)


 人の魂を素材にしてゴーレムの核を製造し、その失敗作を自分達に使わせていた。

 それは、イルナラ達非主流派にしてみれば痛恨の出来事だろう。

 出来れば知りたくなかったのかもしれないが、それでもいつか知るのなら少しでも早く知りたいと思うのは当然の話だった。

 結果として、レイがエグジニスに来た影響によって大きな変化が起きたのは、間違いのない事実。

 本人としては、ただゴーレムを買いにやって来ただけだったのだが。

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