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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゴーレムの街エグジニス
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2798話

 唐突に行われることになった、レイとリンディの模擬戦。

 その模擬戦は、始まってから二十分程が経過した今でもまだ続いていた。

 二十分と聞けば短いと思う者もいるだろうが、全身運動としての二十分だ。

 それがどれだけ体力的に消耗するのかというのは、壊れかけの槍でリンディの放つ長剣の一撃を受け流すレイもよく知っていた。

 レイが思い浮かべたのは、日本にいる時にTVで見たボクシング。

 一ラウンドが三分という時間しかないのだが、それが五ラウンド、六ラウンド……そして九ラウンドまでいくと、ボクサーは全身が疲れ切っていた。

 九ラウンド……つまり二十七分。

 それも三分ごとに休憩を挟める状況でも、そこまで疲れるのだ。

 そんな中でリンディがまだこれだけ動けているのは、リンディがこれまでしっかりと鍛えてきた証拠だろう。

 日本にいる者と、この世界にいる者の鍛え方の差。もしくは今までずっとモンスターと戦いながら生きてきたからこその進化というのもあるかもしれない。

 勿論、アンヌやカミラを守る為、ゴライアスを見つける為に力を欲しているからこその気迫や根性というのもあるのかもしれないが。


「やるな」

「ああ」


 そんな二人の模擬戦を見ていた暗殺者のうちの二人が、そう言葉を交わす。

 最初はレイの実力を自分の目で見るつもりだったのだが、リンディの予想外の奮闘に感心した様子を見せていた。

 また、模擬戦を見ている見学者の数は当初よりも増えている。

 レイが模擬戦をやっていると聞きつけ、興味を持った者達が集まってきたのだろう。

 暗殺者達にしてみれば、レイの実力は是非とも知りたいと思うのは当然の話だ。

 ここが風雪のアジトであるだけに、レイが模擬戦をしているという情報が広がるのが早いのは当然のことだった。

 リンディの長剣による攻撃を受け流しているレイも、当然だがそのことについて気が付いてはいた。

 しかし、それがどうした? というのがレイにとっての正直なところだ。

 レイにしてみれば、この模擬戦を見られてもどうということはない。

 少し動きを見られたところで問題はないと判断したのだ。

 それこそ、リンディが言ったように今は手を組んでいる仲間だというのも多少なりともあったが。


「ほら、次の攻撃に移る際に隙がある。多少腕の立つ奴なら、あっさりとそこを狙ってくるぞ?」


 連撃の隙を突くかのように放たれる一撃がリンディの右肩に当たる。

 ただし、リンディのように全力で攻撃をしたのではなく、軽く右肩に触れるだけといった程度の威力だったが。

 その程度の威力なので、当然ダメージはない。

 ダメージはないものの、それでもリンディにしてみれば右肩に触れられたのは当然分かるし、それが自分の未熟さの裏返しであると理解出来た。


「くっ!」


 しかし、それを理解したからといって模擬戦を止めはしない。

 リンディにしてみれば、自分とレイの間にある実力差はきちんと理解している。

 そうである以上、この程度の攻撃で毎回模擬戦を一時中断するといったような真似をしていれば、それこそ意味がない。

 やるのは、戦いの中で少しでも攻撃の隙がないように身体を動かすこと。

 戦いの中……それもレイのような強者を相手にしているからこそ、戦いの中で成長するように身体を動かしていくことが出来る。

 なお、リンディ本人は気が付いていないが、そのようなことが出来るのも一つの才能ではあった。

 それを証明するかのように、この戦いの中でリンディの技量は確実に上がっていく。

 誰もが見て分かる程に急激に上昇しているといった訳ではないのだが、それでも戦っているレイには十分に理解出来る程に攻撃と攻撃の間にあった隙は少なくなっていく。

 これでリンディにもっと明確な才能があった場合、隙が少なくなるのではなく、隙そのものがなくなるといったことになったのだが……生憎と、そこまでの才能はリンディにはない。


「ほう、あの女……戦っているうちに成長していくのか」

「そこまで言う程、珍しいって訳じゃないだろ? 戦いの中で成長するのは普通だ、普通」

「言いたいことは分かるが、それでも相応の珍しさではあると思うぞ? ……あの様子からすると、本人に自覚があるかどうか分からないけど」

「あ、馬鹿。攻撃するのに集中しすぎだ!」


 見物していた暗殺者の一人が言うのと同時に、レイの槍の石突きがリンディの足を払う。


「きゃあっ!」


 今までは攻撃する場所に槍を軽く当てるだけだったのだが、今回に限ってはリンディの足首を掬い上げ、そのまま転ばせる。


「攻撃に集中しすぎだ。また、意識が一番行きにくい足下には常に注意しておけ」

「う……分かったわ」


 リンディを転ばせはしたものの、それでもレイは怪我をさせないよう、しっかりと配慮していた。

 事実、転んだものの足首を捻ったり、動けない程の打ち身だったりといったような傷はなく、少し痛いが普通に立ち上がることが出来る。

 レイのアドバイスを聞きながら、リンディは再び長剣を構える。

 今までの戦いで荒れた呼吸は深呼吸して整え……そして再びリンディは長剣を手にレイに向かって攻撃を仕掛けた。

 長剣で斬るといったような攻撃は、その全てがレイの持つ槍によって受け流されてしまう。

 そうである以上、次にリンディが選ぶ攻撃手段は……最も速度があり、点の攻撃であるが故にそう簡単に受け流されない、突き。

 レイの身体を貫かんと放たれた突きだったが……


「判断はいいが、攻撃速度そのものが遅い」


 そんな言葉と共に、レイの持つ槍によってあっさりと突きまでもが受け流される。

 正直なところ、リンディはまさか自分の突きが受け流されるとは思っていなかった。

 レイがやったことは分かる。

 分かるのだが、実際にそれを自分でやれと言われれば、絶対に無理だと断言するだろう。

 それだけ、レイのやったことはリンディにとって神業とでも呼ぶべきものだった。


「ほら、突きを受け流されたからといって、驚きで身体を止めるな」


 リンディの突きを受け流した槍は、そのまま手首の動きだけで方向を変え、リンディの身体に触れる。

 長剣を持った右腕に触れたその槍を見て悔しそうな表情を浮かべたリンディだったが、そのまま後方に跳躍して再び長剣を構えた。


(まだ折れないか)


 その瞳には、この程度では折れないといった強い意志を感じる。

 アンヌを守り、ゴライアスを捜す為には、もっと力が必要なのだと。

 そのように態度で示してくるリンディに対し、レイは表情にこそ出さないものの、感心する。

 今の状況において、まだ折れないという心の強さは、リンディの大きな才能の一つだろう。


「どうやらまだ問題ないようだな。なら……次はこっちから動くぞ」


 呟くと同時に、床を蹴るレイ。

 その速度は、それこそ遠くから見ていた暗殺者達ですら一瞬にして移動したかのように見えた。

 当然ながら、間近でそれを見たリンディはろくに反応も出来ずに槍の穂先を胴体に当てられる。


「くっ」


 そんな一撃を受け、悔しそうに呟くリンディ。

 リンディにしてみれば、まさかこうもあっさりと攻撃を命中させられるとは思っていなかったのだろう。

 レイとの実力差は分かっているが、リンディも今までの攻防から自分がそれなりに……あるいはそれなり以上に強くなっているのは、理解しているつもりだった。

 それだけに、まさかこうもあっさりと槍の穂先を当てられるとは思っていなかったし、それが面白くなかったのだろう。

 あるいは、単純に屈辱であると認識したのか。

 その辺りはレイには分からなかったものの、ともあれ今の一撃でリンディがやる気になったのは間違いのない事実。

 模擬戦をやる上で、ここまで実力の差を見せつけられ、それでも戦いを挑んでくるというのは、レイにとっても喜ぶべきことだ。


(とはいえ、それでも実力不足ではあるんだけどな)


 そう考えるレイだったが、実際にそのように思われているリンディにしてみれば面白くないのは間違いないだろう。

 レイの求めている協力者としての実力が高すぎるのが問題なのだが。

 とはいえ、ドーラン工房のゴーレムを相手にしたり、あるいはドーラン工房に雇われている冒険者達を複数相手にしたりといったことを考えれば、当然ながらレイが仲間に求める基準は厳しくなる。

 レイがその辺りの事情について説明でもしていれば、また話は別だったのだろうが。


「まだまだよ! この程度で終わるとは思わないでちょうだい!」


 悔しさをも精神的な原動力として使い、リンディはレイに向かって突進する。

 とはいえ、先程最速の攻撃である突きはレイによってあっさりといなされた。

 そうである以上、今のリンディに出せる攻撃方法は突きのように一撃の威力に期待してのものではなく、連撃と突きを組み合わせてレイに攻撃が命中するように準備をする必要があった。

 とはいえ、実際にはそんなリンディの攻撃はあっさりとレイに見極められていたのだが。


「いいぞ、その調子だ。さっきと比べても、明らかに一撃の威力が強くなっている。その感覚を忘れるな。お前のその攻撃は、格上を相手にしても十分に通じる連撃だ」


 突きを連撃に組み入れるという単純なことではあったが、それによって斬撃だけしかなかった攻撃方法が、今までよりも多彩になっている。

 次々に行われる攻撃は、その全てがレイによって受け流され、回避されている。

 攻撃の合間を縫うように、レイの槍の穂先はリンディの身体に触れ、そこに隙があると思い知らせるには十分だった。

 そうして模擬戦は暫く続き……





「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……もう駄目……」


 一体どれくらいの間、戦いを続けていたのか。

 リンディはこれ以上動けないといった様子で、床に倒れ込む。

 その顔には玉のような汗が流れており、呼吸も息を整えるのが難しい程に荒い。

 もう一歩も動けないと、その態度で示していた。

 そんなリンディとは裏腹に、レイは特に疲れた様子もなく……それこそ、全く息を荒くしている様子もないまま、リンディの様子を見ていた。


「どうやらもう限界みたいだな」

「そ……そうね……」


 息も絶え絶えといった様子で告げてくるリンディ。

 そんなリンディに向かって、早く立ち上がれと言おうかと思ったレイだったが、この状況で根性論を言ってもあまり意味はないだろうと判断して黙り込む。

 とはいえ、レイは根性論そのものを完全に否定している訳ではない。

 特に戦いの中……本当に命懸けで戦う必要がある場合、根性論というのは決して侮ることが出来ないような代物なのだから。


「取りあえず、リンディは動けるようになるまで休んでいろ。俺はもう少し訓練をしておく」

「……化け物ね……」


 驚きというよりは呆れの色が濃い様子で、リンディはそう呟く。

 リンディも冒険者の中では突出して弱い訳ではない。

 だが、そんなリンディの相手をして、リンディはここまで息が荒くなっているのに、レイは全く疲れた様子がない。

 それどころか、デスサイズや黄昏の槍を使って想像した敵を相手に戦ってすらいた。

 この状況を見れば、自分とレイの間にある差を改めて見せつけられたかのような思いを抱く。

 とはいえ、レイの強さについては元々知っていて、今回のように模擬戦を挑んだのだ。

 それを思えば、今回の一件はある意味で当然の結果ではある。

 そんなリンディの言葉を聞いたレイは、動きを一旦止め、口を開く。


「ギルムで冒険者をやってれば、このくらいには自然と鍛えられる。……何ならギルムに行ってみるか? 以前までは、ギルムには腕利きの冒険者が集まっているような場所だったけど、現在は増築工事中で多くの人員を必要としている。勿論辺境だから、場合によっては凶悪なモンスターと遭遇したりといった可能性も否定は出来ないが」

「止めておくわ」


 考える様子もなく、リンディはレイの言葉を断る。

 まさかこうもあっさり断られると思っていなかったレイとしては、少しだけ驚く。


「私はここで冒険者をやってるのがいいのよ。ゴライアスさんを見つけるという目的もあるし、孤児院にここからならすぐに戻れるし」


 この場合のすぐというのは、レイが考えるすぐ……具体的には空を飛ぶセトに乗って移動してのすぐという訳ではなく、歩いて、もしくは馬車や馬に乗ってすぐということだろう。

 その辺を理解したレイは、リンディがそのつもりならこれ以上は何も言えないだろうと、そう判断する。

 リンディの性格を考えれば、ここで無理にギルムに来るように言っても、それは恐らく意味がない。

 そうである以上、リンディがエグジニスから出るつもりはまずないのだろうと。


「分かった。これ以上はギルムに誘うような真似はしない。リンディはエグジニスで好きに活動して、それで自分の思い通りに動けばいい。そうすれば、いずれ道が開けるかもしれないしな」


 そんなレイの言葉に、リンディは疲れ切った様子ではあったが笑みを浮かべるのだった。

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