2795話
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スラム街で行われていた戦いは、レイの……正確にはセトの介入によって強引に中断された。
そして大人達の集団が撤退していくと、残ったのはレイとセト、そして子供達が大部分を占める集団だった。
そのような集団の中から、一人の男……三十代程と思われる男が緊張した表情を浮かべながらレイのいる方に近付いて来る。
「助けてくれたことには感謝する。感謝するが、何だって異名持ちの冒険者がスラム街の戦いに介入するんだ?」
訝しげな様子でレイに尋ねる。
男にしてみれば、レイとセトのおかげで自分達が助かったのは間違いないが、何故そのような真似をしたのかと疑問に思うのは当然だろう。
とはいえ、もしレイが何らかの報酬を目当てに自分達を助けたとしても、払えるような報酬などないのだが。
それはレイも分かっている筈なのに、何故自分達を助けたのか。
分からないからこそ不安に思い、レイを警戒するのも当然だろう。
レイはただでさえ悪い噂……というよりも、過激な噂が多い。
盗賊狩りを趣味にしているとか、貴族が相手でも平気で暴力を振るうといった具合に。
……それは実際には噂ではなく事実なのだが。
そんな過激な噂の持ち主だけに、レイから何を言われるのかと思うのは当然だろう。
そんな男の態度は特に気にした様子もなく、レイは口を開く。
「別に何かこれといった理由がある訳じゃないぞ。セトはいつも子供と遊んでいるから、それでセトが介入したいと思っただけだ」
「子供と……?」
男にしてみれば、まさかここでレイの口からそのような言葉が出て来るとは思ってもいなかったのだろう。
見るからに驚いた様子で呟く。
(セトを何も知らない者にしてみれば、セトが子供と一緒に遊ぶというのは想像出来ないよな。これがギルムなら話は別だけど)
セトは体長三mオーバーの身体を持っており、ランクAモンスターのグリフォンだ。
そのような存在である以上、当然ながら普段のセトを知らない者にしてみれば、セトが優しい性格――敵に容赦しないという点ではレイと同じだが――をしているとは、思えない。
「それに、お前と一緒にいる子供達じゃないけど、今朝俺はこのスラム街で子供にちょっと協力して貰ったしな」
「子供というだけで一緒にするのはどうかと思うが……それでもそのおかげで助かったのは間違いない。感謝する」
今のやり取りでレイに何か裏の目的があった訳ではないと判断したのか、男はそう感謝の言葉を口にする。
とはいえ、レイを完全に信じたといった訳ではなく、まだ半分程は疑っている様子を見せていたが。
レイも男の態度からその辺りについては理解していたものの、それについてどうこうするつもりはない。
スラム街で生きている以上、他人をそう簡単に信じるといった真似が出来ないのは当然なのだから。
そのような真似をする者は、よほどの幸運か実力でもない限りスラム街で生きていくことは出来ない。
レイはそれが分かっているからこそ、男の様子に特に何も言わなかったのだ。
「気にするな。正直な話、セトの気紛れだからな。……分かってると思うけど、今日助けたのはあくまでも特別だ。また同じような戦いになった時、俺やセトが助けに入るかどうかは分からない」
そう言いながらも、セトの性格を考えればやはり同じ場面を見たら助けに入るだろうと、そんな予想はしていたのだが。
それでも確実ではないし、それを当てにして他の集団に戦いを挑むといったような真似をされては堪らないので、レイはそう忠告しておく。
そんなレイの言葉に、男は頷く。
「分かっている。そんな馬鹿な真似はしない」
男にとっても、今回の一件には色々と思うところがあったのだろう。
それでもレイやセトを頼りに他の集団に戦いを挑むといったような無謀な真似をしようとは到底思わなかったが。
男の態度から、これ以上は言う必要がないと判断したレイは頷く。
「なら、俺達はそろそろ行くよ。……ゴーレムが攻めて来てるのに、まさかそんな中で戦いをしてるとは思わなかったけど」
レイのその言葉に、男は何とも言えない表情になる。
実際、スラム街に住んでいる者達にしてみれば、ゴーレムの集団がいきなりやって来たのは寝耳に水とでも言うべき状況だった。
そのような状況を生み出したのだろう原因であるレイに、色々と言いたいことがあるのは間違いない。
だが同時に、そんなレイのおかげで今回助かったのも間違いのない事実ではあるのだ。
それを思えば、男としては何も言えない。
男の様子から何か思うところはあるのだろうと判断したレイだったが、今はそれよりも一度風雪の拠点に戻る方が先だと考える。
ドーラン工房の錬金術師を見つけることが出来なかった以上、アジトにいる面々が無事かどうかを確認した方がいいだろうと思った為だ。
今回のゴーレムの襲撃が囮で、実は風雪のアジトに腕利きの冒険者を送っている……といった可能性も否定は出来ないのだから。
勿論、風雪のアジトは腕利きの暗殺者達が守っている。
例えドーラン工房に雇われた冒険者であろうとも、そう簡単に突破するといったような真似は出来ない。
強引に突破しようと考えたりした場合、冒険者側には多大な被害が出るのは間違いなかった。
レイもそれは分かっているし、そういう点ではアジトにいれば安心だとは思う。
だが、それでも出来るのなら風雪側の被害は少ない方がいいのは間違いなく、そういう意味でも今は出来るだけ早く風雪のアジトに戻った方がいいのは事実。
「そうか、分かった。……改めて、今回の一件は感謝する」
そう言い、男がレイに向かって頭を下げる。
いや、男だけではない。他の者達……特に大人達は、男と共にレイに向かって頭を下げていた。
少し離れた場所にいたそのような者達だったが、レイと男の会話は聞こえていたのだろう。
そんな大人達の様子を見て、いつの間にかセトと遊んでいた子供達もレイに向かって頭を下げる。
戦いが終わってすぐにセトと遊ぶといったようなことが出来るのも、スラム街で生きる子供達の強さなのだろう。
「気にするな。……セト、行くぞ」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトが喉を鳴らし、子供達から離れて近付いてくる。
セトも子供達を助けることが出来たので、それで十分満足したのだろう。
そうしてレイとセトはその場から離れる。
そんな一人と一匹を見送った男は、仲間達に向かって口を開く。
「さて、まずは状況の確認だ。レイがいなくなったからといって、またすぐに敵が来るとは限らないが、それでもまたそう遠くないうちに襲撃をしてくる可能性が高い。そうならないように、しっかりと準備をしておく必要がある」
レイと話していた男の指示に従い、他の面々……子供達も含めて、周辺の状況の確認や、自分達が受けた被害がどれくらいなのかを確認していく。
幸いにも戦いで本格的に不利になる前にレイが介入してきてくれたので、そこまで悲惨な状況になっていないのが救いだろう。
もしレイが介入してこなかった場合、最悪の展開になっていた可能性は高い。
そうなれば向こうの集団に吸収……と言えば聞こえはいいものの、実質的にはいいように使われていただろう。
もっと最悪の場合は、それこそ違法奴隷として売られるといった可能性も否定は出来なかった。
そういう意味では、やはりレイに感謝をする思いはかなり強かったのだが。
ともあれ、今は出来るだけ早くこの状況をどうにかする必要があるという事で、感謝をしながら行動するのだった。
「お、見えてきた。やっぱり空を飛べるとすぐだな」
空を飛ぶセトに乗ったレイは、それこそ一分も経たずに風雪のアジトに戻ってくることが出来た。
レイを乗せたセトが地面を走って移動しても普通に歩いて移動するよりも早いが、それでも当然ながら空を飛んで移動した方が早い。
そうして見えてきた風雪のアジトは、幸いなことに特に襲撃された様子はない。
そのことに安堵しながら、レイはセトに乗ってアジトに近付いていく。
アジトの側に存在する門番……見張りは、レイとセトに存在に気が付くも、特に何かを言ったりはしない。
これでレイが見知らぬ人物であれば、風雪のアジトに近付いて来る相手を警戒したり、場合によっては排除したりするのだろうが、レイの存在は既に風雪の客人だ。
また、昨日からだけでも何度もここを出入りしている以上、この状況においてレイの存在を咎めるといったような真似をする筈もない。
……レイ云々よりも前に、セトがアジトの外で寝転がっている関係もあり、それを見れば二度とレイやセトの存在を忘れたりといったような真似は出来なかったが。
「じゃあ、セト。俺はちょっとアンヌ達の様子を見てくるから、ここで待っててくれ。もしゴーレムが来たら、さっきと同じように壊して一ヶ所に纏めておいてくれればいいからな」
ぎょっ、と。
レイの言葉を聞くではなしに聞いていた門番達が、半ば反射的に顔を上げる。
先程まで何か騒々しいとは思っていたものの、まさかゴーレムがスラム街に来ているとは思わなかったのだろう。
このアジトの前にいただけでは、建物よりも大きなゴーレムも距離がありすぎて見えなかったらしい。
そんな門番達の様子に気が付いたレイは、これは自分が教えてもいい情報なのか? と若干思いつつも、もし情報がない状態でゴーレムが襲撃してきた場合、セトがいるから命の心配はないものの、アジトの中に入られてしまうかもしれないと考え、口を開く。
「ドーラン工房がスラム街にゴーレムを派遣してきた。一応巨大なゴーレムは倒したし、残っていたのも撤退したみたいだが……大きくはないゴーレムがやって来る可能性があるから、気をつけた方がいい」
「わ、分かった」
何も情報を知らない状況でゴーレムに襲撃されれば、門番達も遅れを取る可能性がある。
しかし、ゴーレムが来ると分かっていれば、それに遅れを取るといったような真似はしないだろうというのがレイの予想だった。
風雪という、エグジニスにおける最大規模の暗殺者ギルドの門番を任されている技量は伊達ではないのだと、そう理解していた。
「じゃあ、頼むな。……セトは俺が戻ってくるまでゆっくりしていていいぞ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。
そうしてレイの言葉に従い、門番達からそれ程離れていない場所で寝転がる。
天気はそこまでよくないし、そもそもここは草原でも何でもなくスラム街だ。
とてもではないが昼寝をするのに決して向いている環境ではないのだが、真冬でも外で寝ても平気なセトにしてみれば、この程度はどうということもない。
門番達も、セトが近くで眠っていたり寝転がっているという光景を見ても、表情を動かさない。
内心でどう思っているのかは、また別の話だが。
そんなセトをその場に残し、レイは風雪の地下にあるアジトに進む。
今まで何度も通ったので、既にその動きは慣れたものだ。
(風雪のアジトが襲われるって予想は、どうやら外れたみたいだな。俺にとっては助かったけど)
地下にある、本当の意味での風雪のアジトを進みながら、レイはそんな風に思う。
今のこの状況において、このアジトが無事なのはレイにとって非常に助かるのは間違いない。
レイだけなら、ここが破壊されても特に問題はない。
それこそ、セトと共に野宿をすればいいのだから。
マジックテントを使って広いベッドの上で眠るのが本当に野宿と呼べるのかどうかは、また別の話として。
ともあれ、レイだけならそんな風に何の問題もない。
だが、リンディやアンヌ、イルナラ……それ以外にも他の面々と一緒にとなれば、その全員が安心して休める場所を確保するのは難しい。
エグジニスでそのような真似をするのなら、いっそセト籠で纏めてどこか別の場所に運んだ方がいいだろうと考えるくらいは。
だからこそ、このような場所があるのは助かる。
(そう考えると、風雪を取引相手に選んだのは悪くなかったよな。あのスラム街であった二人組には感謝だ。今頃、あの大量の斧を金に換えてギルムに向かってる……と、いいけどな)
風雪にしてみれば、レイと戦いたくないが為に血の刃を倒し、その上でレイとの取引を続けている。
そういう意味では風雪にとってレイは疫病神のように思えるかもしれないが……血の刃から得た毒を含めた薬の類であったり、今回の一件の取引でレイから得た報酬を考えれば、決して悪い話ではなかった。
また、レイとの間に繋がりが出来たというのも、風雪にしてみれば悪い話ではない。
一連の出来事は風雪にとって面倒なことではあるが、同時に大きな利益にもなっていたのは、不幸中の幸いなのか悪運が強いのか。
どちらでもいいだろうと、取りあえずレイはその件はそれ以上考えるのを止めるのだった。