2793話
スラム街から撤退するゴーレムを見て、レイはどうするか迷った。
迷ったが、ここでゴーレムを一匹でも多く倒せば、それによって最終的にはドーラン工房の戦力が減るのだから、今は少しでもゴーレムの数を削った方がいいと判断する。
あるいはゴーレムを倒していれば、それを嫌ってドーラン工房の錬金術師がやって来る可能性もあるので、その錬金術師を倒すなり、あるいは確保するなりといった真似が出来るかもしれない。
「パワースラッシュ!」
デスサイズの一撃によりゴーレムが吹き飛ぶ。
このゴーレムもまた、レイが今まで倒してきたのと同じような人型のゴーレムだった。
(やっぱり、水とかそういう不定形のゴーレムはいないっぽいな)
既に撤退を始めたゴーレムを倒すのはこれが二匹目。
撤退前に倒したのと合わせれば、これで合計四匹のゴーレムを倒していることになる。
セトにもゴーレムを倒すように頼んだので、そちらでも間違いなくゴーレムは倒している筈だった。
つまり、スラム街から逃げ出そうとしていたゴーレムのうち、既に大半がレイとセトによって倒されたことになる。
あるいは、それ以外の者……可能性は低いものの、スラム街にいる者達がどうにかゴーレムを倒したという可能性もあった。
(具体的にどのくらいのゴーレムがスラム街に入り込んだのかは分からないけどな)
セトに乗って空から見た時、周囲の建物よりも大きなゴーレムの姿が十匹程度だったのはレイも確認出来ている。
しかし、建物の陰になって見えないくらいの大きさのゴーレムといった存在がいた場合は、レイにもそんな相手を確認するような真似は出来ない。
だからこそ、レイはそのようなゴーレムがいた場合は見つけることが出来ず、戦えない。
「ともあれ……もう大分少なくなったのは間違いないな。セトが一体何匹くらい倒したのかは分からないけど。ああ、でも出来ればゴーレムは収納したいって言っておいたし、それを考えればセトもそこまで倒してないのか?」
自由に空を飛べるセトなら、小型のゴーレムがいても見つけられるだろう。
しかし、もし多数見つけたとしてもレイの頼みが邪魔をするという可能性は十分にあった。
「出来ればセトと合流したいんだけどな。もしかしたらドーラン工房の錬金術師がこの辺にいるかもしれないし」
ゴーレムがレイやセトによって倒されると、ゴーレムは逃げ出した。
最初からそのように命令されていた可能性もあるが、レイとしては出来れば錬金術師がいた方がいいので、希望的な観測であるとは予想しつつも、周囲の様子を確認する為にスレイプニルの靴を使って空中を駆け上がっていく。
そうしてある程度の高さ……約十mくらいの高さまで上がったところで、改めて周囲の様子を確認する。
とはいえ、スレイプニルの靴は空中を蹴るといったような真似は出来るが、空中に立ち続けるといったような真似は出来ない。
これがセトの背の上なら、落下の心配をしなくても空中にいられるのだが。
「いないな」
周囲の様子を見るが、当然ながらそう簡単に見つかる筈もない。
地上に向かって落下し始めたレイは、再び何度かスレイプニルの靴を使って速度を殺し、地上に着地する。
「うーん、俺達が来てゴーレムが倒されたのを確認してからゴーレムが逃げ出したんだから、てっきりどこかから様子を見てるんだと思ったんだが。あるいは、対のオーブのようなマジックアイテムを使ってこっちの様子を確認してるとか? ……まさかな」
対のオーブがどれだけ貴重な物なのかは、実際にそれを入手する為に迷宮都市に行ったレイには十分理解出来た。
そうである以上、ドーラン工房であろうともそう簡単に入手は出来ないだろうし、もし万が一入手しても、それを自由に使えるとは思えなかった。
「錬金術師なんだし、対のオーブ……とまではいかないまでも、劣化品を作ったりしたのか?」
レイの持つミスティリング……アイテムボックスも、収納出来る容量に制限のある簡易版が存在している。
とはいえ、簡易版であってもかなり高額で、高ランク冒険者であってもそう気安く購入出来るような物ではないのだが。
現在世界に数個しか存在しないアイテムボックスですらそうなのだから、入手するのが難しいとはいえ、それなりの数がある対のオーブの簡易版が出来ていてもおかしくはない。
あるいは……と考えていたレイは、嫌そうな表情を浮かべる。
(ネクロマンシーを使ってゴーレムの核を作っていたんだ。同じように魂を使ってその辺をどうにかしているといった可能性も否定は出来ないか)
あまり想像したくないことだったが、例えばネクロマンシーを使って人の魂をアンデッド……ゴーストの類にして使い魔のように使うといったような真似をしても、レイは驚かない。
人の魂をゴーレムの核の素材として使っているのだから。
そんな風に考えていると、不意にセトが空を飛んでレイの方までやって来た。
「グルルルルゥ!」
レイを見つけると嬉しそうに喉を慣らしなら降下し、褒めて褒めてとレイに向かって顔を擦りつけてくる。
そんなセトの様子にレイは笑みを浮かべ、頭を撫でる。
「俺の場所に来たという事は、ゴーレムを倒し終わったのか?」
「グルゥ!」
その通り、と鳴き声を上げるセト。
そんなセトの様子にレイは笑みを浮かべるも、すぐに現在の状況を思い出す。
「もう少しセトと一緒に遊んでいたいところだけど、今の状況ではそんなことをしている余裕はないんだ。もしかしたらこの周辺にドーラン工房の錬金術師が隠れているかもしれないから、それを見つけたい」
「グルルゥ? グルゥ、グルルルルルゥ?」
レイの言葉に、自分が倒したゴーレムの残骸はそのままでいいの? と喉を鳴らして尋ねるセト。
レイから頼まれて自分が倒したゴーレムの残骸を集めていたセトにしてみれば、錬金術を捜すよりもまずはゴーレムの残骸をどうにかした方がいいのでは? と思ったのだろう。
その言葉は、実際それ程間違っている訳ではない。
ゴーレムとセトの戦闘に巻き込まれたくないと考え、その場から逃げ出しただろうスラム街の住人達だが、その戦いが終わって勝者のセトがいなくなり、そこに残ったのはゴーレムの残骸だけ。
そうなれば、当然のようにスラム街の住人はセトが倒したゴーレムの残骸を自分の物にしようとするだろう。
セトは別にそうなっても構わない。
これでゴーレムが普通のモンスター……食べられる肉を持つモンスターであれば話は別だったかもしれないが、倒したのは所詮ゴーレムでしかない。
セトにしてみれば、ゴーレムというのは大きな価値は持っていない、それこそ倒すだけのモンスターなのだ。
そうである以上、スラム街の住人がゴーレムの部品を奪うといったような真似をしても構わなかった。
それでもこうしてレイに向かって尋ねるのは、レイがその辺について気にしていた様子を見せていたからだろう。
「セトの気持ちも分かるが、やっぱり今はまず空から周囲を確認して錬金術師の姿を捜す。恐らくそこまで時間は掛からないだろうから、すぐにゴーレムの残骸を集めてくれた場所に行けると思う」
そうレイが言うと、セトは納得した……というよりは、レイが言うのならそれで問題はないのだろうと判断し、レイを背中に乗せる体勢をとる。
「ありがとな」
レイは自分がゴーレムを破壊したらその残骸をミスティリングに収納するから集めて欲しいと言ったにも関わらず、すぐに前言を撤回してまずは錬金術師を捜すという自分の頼みを聞いてくれたセトに感謝の言葉を口にする。
そんなレイに、セトは喉を鳴らして嬉しそうにしていた。
セトの背にレイは跨がり、セトは数歩の助走で空中を駆け上がっていく。
空高く駆け上がっていったセトだったが、レイはそんなセトの背の上で特に驚いた様子もなく周囲の状況を確認する。
レイにしてみれば、セトの背に乗って空を飛ぶというのはいつものことだ。
そうである以上、今はまず目当ての人物を……ドーラン工房の錬金術師と思しき相手を見つける必要があった。しかし……
「やっぱりそう簡単に見つかる筈はないか」
空からスラム街全体を見渡しながら、レイは残念そうに呟く。
ドーラン工房の錬金術師にしてみれば、レイはセトに乗って空を飛ぶといったことを十分に理解しているのだ。
そうである以上、空から見える場所……具体的にはどこか建物の屋上といったような目立つ場所にいるのは、それこそレイに見つけて下さいといったようなものだろう。
だからこそ、空から見てもドーラン工房の錬金術師を見つけるのはかなり難しいことだった。
「グルルルゥ?」
そんなレイの様子を見て、セトはどうするの? と喉を鳴らす。
セトの様子に、レイはどうするべきか迷う。
レイも、そう簡単にドーラン工房の錬金術師を見つけられるとは思っていなかった。
しかし、それでも今の状況を思えばあるいは……と、そんな風に期待していたのだ。
だが、こうして空を飛んでいる限りでは、そんな相手を見つけられるといった可能性はかなり低い。
そうである以上、このままここでまだ錬金術師を捜すか、あるいはセトが倒したゴーレムの残骸を処分するか、もしくは風雪のアジトの様子を見てくるか。
現在の自分の状況を思えば色々とやるべきことは多い。
多いのだが、だからといってその全てをレイだけでどうこう出来る筈もない。
(どうする? 取りあえず、ゴーレムの残骸か? セトが一ヶ所に集めてくれたのなら、ミスティリングに収納するのにそこまで時間は掛からないだろうし。けど……その隙にドーラン工房の錬金術師が逃げる可能性も否定は出来ない。あー、くそ。何かを頼めるような奴がいればな)
もしここに、エレーナやマリーナ、ヴィヘラといった信頼出来る仲間達がいれば、今の状況では色々と大変なことを頼むといったような真似も出来るだろう。
だが、エレーナ達はギルムにいて、当然ながらエグジニスにはいない。
現在このエグジニスにおいてレイが頼れるとすれば……それこそリンディくらいだろう。
そのリンディも、冒険者として見た場合は平均より若干上といった程度の実力しかなく、とてもではないがレイが何かを頼むには頼りない相手となる。
何よりもリンディは、アンヌを始めとして奴隷だった者達の護衛という仕事があった。
そちらを放り出してまで自分を手伝ってくれとは、レイもちょっと言えない。
戦力としては頼りなく、その上で現在やっている仕事があって、現在はそちらに集中しているのだ。
そうである以上、無理に自分の方を手伝えと言える筈もない。
(となると、ニッキー? いや、こっちも駄目か。マルカの護衛が最優先だろうし)
マルカの護衛のニッキーは、純粋に実力という点では間違いなく現在レイが頼れる中では一番高いと思うが、だからといってマルカの護衛を放っておいてレイを助けるかと言えば……それもまた難しい。
あるいはレイを兄貴と慕っているニッキーだけに、本気で頼めばもしかしたらマルカの護衛よりもレイの手伝いを優先するかもしれないが、そうなった場合ニッキーがエグジニスでの用件が終わった後でどんな罰を受けるか分かったものではない。
ニッキー本人はそれでいいと言うかもしれないが、レイとしては自分を慕ってくれる相手がそんな目に遭うのは到底許容出来なかった。
もっとも、ニッキーよりも年下で背も小さい自分が兄貴と呼ばれるのは正直どうかと思わないでもなかったが。
「そうなると、やっぱりまずはやれることからやっていくべきだな。……セト、ゴーレムの残骸のある方に向かってくれ。スラム街の住人に奪われるよりも、こっちで確保しておきたい。……無理を言って悪かったな」
「グルルルゥ、グルルルルルゥ」
レイの言葉に、問題ないよと鳴き声を発するセト。
そんなセトの様子に、レイは感謝を込めて目の前にあるセトの首を撫でる。
撫でられたのが嬉しかったのか、セトは嬉しそうに鳴き声を上げつつ翼を羽ばたかせて地上に……セトが倒したゴーレムの残骸のある場所に向かう。
セトの空を飛ぶ速度を考えれば、十秒も経たずに目的の場所に到着する。
そこにはセトの攻撃によって大きくダメージを受けて倒されたのだろうゴーレムの残骸がある程度の場所に纏められており……
「やっぱりな」
セトがいなくなった為だろう。
ゴーレムの残骸には多くのスラム街の住人達が集まっていた。
「手を出すな! そのゴーレムの所有権は俺にある!」
ゴーレムの残骸に集まっていたスラム街の住人達は、レイのそんな言葉を聞いた瞬間、危険を感じたのかその場から走り去るのだった。