2792話
「やっぱりか」
ジャーリス工房から移動すること、一分少々。
準都市と呼べる規模を持っているとはいえ、それでも同じ街中であるということもあって、セトの飛行速度を考えればあっという間にスラム街に到着していた。
そうしてスラム街に戻ってきたレイが見たのは、スラム街を破壊しながら進んでいるゴーレム。
その数、十以上。
十匹のゴーレムとなれば、レイにしてみればそこまで脅威という訳ではない。
だが、それはあくまでもレイにしてみればの話だ。
スラム街に住む大半の者達にしてみれば、そんなゴーレムの群れというのはどうしようもない相手だろう。
スラム街の中には以前は冒険者として活動していたような者もいるので、戦力が全くない訳ではない。
また、元冒険者ではなくても他人を襲って日々の糧を手に入れているような者もいるのだ。
そのような者達にとって、ゴーレムというのはそう簡単に勝てる相手ではない。
元冒険者は、何らかの理由……具体的には実力が足りずという者や、依頼の最中に手足が使い物にならなくなったといったような者達で、戦力として期待するのは難しい。
人を襲っている者にしたところで、例えば相手がゴブリンのような人型のモンスターであればともかく、ゴーレム……それもただのゴーレムではなく、現在エグジニスにおいて最高の性能を持つドーラン工房製のゴーレムだ。
大きさもそれぞれ違うが、全高三m程のものから五mほどと、人間と比べても明らかに大きい。
とはいえ、レイが確認出来たのはあくまでも周囲の建物よりも大きかったり、道を歩いてるようなゴーレムだ。
例えばゴブリン程度の大きさのゴーレムがいたりした場合は、その存在に気が付くのは難しいだろう。
(厄介なのは、ゴーレムってことなんだよな)
これが普通のモンスターや動物の類であれば、気配を察知するといったような真似も出来ないことはない。
しかし、ゴーレムは無機質である以上、気配の類を察知するのは難しい。
(人の魂を使ってゴーレムの核を作ってる以上、多少は気配くらいあってもいいのにな)
そんな不満を抱きつつも、ゴーレムの上を通った瞬間にレイはセトの背から飛び降りる。
落下していくその先には、当然のようにゴーレムの姿。
巨大化した騎士といったような姿で、全身を金属の鎧で身に包んでいた。
(ドーラン工房のゴーレムなんだろうから、あの鎧も普通の金属の鎧とかじゃなくて、何らかの魔法金属の鎧なんだろうな)
近付いてくるゴーレムを見ながら分析しつつ、ミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出す。
そして落下した速度のまま、ゴーレムの頭頂部目掛けてデスサイズを振るう。
レイの攻撃を察して巨大な剣を真上に上げたのは、ゴーレムとして考えた場合、素早い判断だったのは間違いない。
間違いないが、それでもデスサイズの一撃を止めるには武器の質が悪かった。
いや、魔法金属と思しき鎧を装備している以上、持っている剣も当然ながら普通の金属といった訳ではなく、こちらもまた魔法金属である可能性が高い。
しかし、ゴーレムが使っている魔法金属程度でレイの持つ莫大な……それこそ人外と呼ぶべき魔力によって生み出されたデスサイズの一撃を防げる筈もなく、長剣の刀身はあっさりと切断され、そして次に頭部から股間まで何の抵抗もなく切断し、ゴーレムを左右真っ二つにする。
どしん、と。
そんな音を立てて地面に崩れ落ちるゴーレムの二つの半身。
それを素早くミスティリングに収納しながら、ふと思う。
(あ、そう言えばゴーレムはそのまま収納出来たんだし、それを考えれば別に倒す必要はなかったのか? 普通に触ってそのままミスティリングに収納すれば……いや、駄目か。それだとミスティリングから取り出した時、どんな反応をするのか分からないし)
自由に動ける状態でゴーレムをミスティリングに収納し、それを取り出した時にそのゴーレムがどのような反応をするか。
それが分からない以上、やはりゴーレムは破壊してからミスティリングに収納するのがいいだろうというのがレイの判断だった。
あるいはもっと単純に、次々とゴーレムを収納していき、街の外でゴーレムを出して暴れたら破壊するといった手段もあるが……
(ゴーレムの核の素材として材料になってしまった連中のことを考えると、やっぱりゴーレムは生け捕りじゃなくて破壊した方がいいよな)
ゴーレムに対して生け捕りという表現が思わず出て来たことに笑みを浮かべつつ、次の獲物となるゴーレムを探す。
空を飛んでいるセトの背の上から見た限りでは、それなりの数のゴーレムがいた。
だからこそ、他のゴーレムもすぐに見つけることが出来るだろうと判断し……そして実際、レイはすぐに他のゴーレムを見つけることに成功する。
正確には、建物を破壊しているゴーレムの姿があったのだ。
最初は何故建物の破壊を? と疑問に思ったものの、ゴーレムの目当てはレイによって連れ去られたアンヌ達や、あるいはドーラン工房の非主流派の錬金術師であるイルナラ達だ。
捜している者達が具体的にどこにいるのか分からない以上、ゴーレムにしてみれば建物を破壊してそこから逃げ出す中に捜している者達がいないかどうか確認するのは当然なのだろう。
もしゴーレムに自我があれば、その場合はそれこそスラム街にある建物の全てをそのように破壊する必要があるのかと、うんざりしてもおかしくはない。
しかし、ゴーレムには当然のように自我はない。
あるいは人の魂を素材としてゴーレムの核が作られているのを考えれば、もしかしたらゴーレムにも自我があるのでは? とレイも若干思わないでもなかったが、建物を破壊しているゴーレムを見る限り、そんな様子はない。
(ああ、でもやってることはかなり高度な判断力がないと出来ないようなことなのか。そう考えれば、この辺りはさすがドーラン工房のゴーレムってところだな。……人の魂を使ってるからこそだろうが)
勿論、それ以外にもドーラン工房の主流派が高い技術を持っているのは間違いないだろうが、それでも今の状況を思えば、人の魂を使っているという衝撃の方が大きいので、技術よりもそちらが関係していると認識してもおかしくはない、
「とにかく、次はあのゴーレムだな」
たった今レイが倒したゴーレムは騎士型のゴーレムだったが、次にレイが狙いを付けたのは、特に装備品らしい物を身につけていない……その分だけ身軽なように思えるゴーレムだった。
一つ言えるのは、以前何度か見たことがあるような、砂や泥、水といった物で作られたようなゴーレムではなく、どれもがきちんと人型となっており、巨大な人形に近い形をしているゴーレムだということだろう。
(人の魂を使ってる影響か?)
レイはそんな疑問を抱く。
ゴーレムの核とされた人の魂には、当然のようにもう自我は残っていないだろう。
だが、それでも人の魂を使ってゴーレムを動かしている以上、そこに人型の必然性があるのではないかと、そう考えたのだ。
その割には、レイがドーラン工房に侵入した時に戦った非主流派のイルナラ達が作ったゴーレムの中には水で出来たウォーターゴーレムといった存在もいたのだが。
(いや、でもイルナラ達は自分達が使っているゴーレムの核が人の魂を使っているとは思っていなかった。それに主流派も自分達と対立しているイルナラ達にそのゴーレムの核をどう使えば高性能なゴーレムになると、教える筈がないしな)
近付いて来るゴーレムの姿を見ながら、レイは考え……そしてまずは考えるよりも敵を倒すことの方が最優先だろうと判断し、ゴーレムに向かって黄昏の槍を投擲する。
レイの魔力を宿した黄昏の槍は、一瞬にしてゴーレムの身体を貫く。
ゴーレムはそんな黄昏の槍の投擲に反応出来ず、胸を貫かれると地面に倒れ込む。
……その際に、近くにあった建物の残骸とでも呼ぶべき場所に倒れ込み、その残骸が完全に破壊されることになったのだが、幸いなことにそこには誰も隠れていなかったらしい。
地面に倒れたゴーレムに素早く近寄り、その巨体をミスティリングに収納する。
「これで二匹目。後は……」
本来なら、ゴーレムはかなり金になる。
ましてや、このゴーレムがドーラン工房のゴーレムである以上、売ろうと思えば高値で売れるだろう。
ただし、それはあくまでもそのようなコネがある場合だ。
そのようなコネがない者がこのゴーレムを売ろうとすれば、奪われるだけならまだいい方で、最悪の場合は捕まって魂をゴーレムの核の素材とされる可能性もある。
もっとも、ネクロマンシーに使う祭壇はレイのミスティリングに収納されているので、魂を素材にするといった真似は出来ないだろうが。
スラム街の住人がそんなことになったら、レイとしても後味が悪い。
そうならない為にも、レイは可能な限りドーラン工房のゴーレムは回収するつもりだった。
とはいえ、レイも全てが善意からという訳ではなく、ドーラン工房のゴーレムであれば後で何かに使えるかもしれないという思いもあるし、またゴーレムの核は出来るだけ早く破壊したいという思いもあったのだが。
「次は……少し離れてるか」
上空から見た感じでは、スラム街にいるゴーレムがそこまで離れているとは思えなかった。
だが、それはあくまでも上空から見た場合の話であって、地上に降りてきてその姿を確認するといったようなことをすると、ゴーレム同士は相応に離れている。
当然だろう。
ドーラン工房にしてみれば、出来るだけ早くアンヌやイルナラといった面々を捕らえる必要があり、それだけにゴーレムを一ヶ所に集めて運用する必要はないのだから。
ゴーレムを一定間隔で配置してアンヌ達を捜した方が効率的なのは間違いない。
レイもそれは分かっているので、今の状況ではとにかく急いで移動してゴーレムを倒す必要があった。
「セト! スラム街で暴れているゴーレムを倒してくれ! 倒したら、その身体は出来るだけ確保して欲しい!」
「グルルルルルゥ!」
空を飛ぶセトが、レイの指示を聞いて分かったと鳴き声を上げる。
そんなセトの声に頼もしいものを感じつつ、レイはある程度離れた場所にいるゴーレムに向かって走り始めた。
スラム街だけあって、その道は悪い。
建物の破片であったり、ゴミであったり、場合によっては錆びて折れた長剣といったような武器が普通に地面の上に転がっていた。
そんな足場の悪さに嫌がりながらも、レイは現在いる場所から一番近くにいるゴーレムに向かって走る。
この場合、建物よりも大きなゴーレムが見つけやすいので、非常にありがたかった。
……襲われている方にしてみれば、そんなゴーレムの襲撃は洒落にならないといった風に感じているのだろうが。
地面を走り、時には邪魔な障害物を回避する為にスレイプニルの靴を使って空中を移動していたレイだったが……ふと、気が付く。
「あれ?」
呟くと同時に、一旦足を止める。
その視線が向けられているのは、遠くに見えているゴーレム。
それだけなら特に問題もないのだろうが、ゴーレムのいる場所が次第に遠ざかっているように思えた。
最初はそれを気のせいか? と思ったのだが、半ば崩れた建物の屋根の上に移動してみると、レイの予想が間違っていなかったことがはっきりとした。
何故なら、ゴーレムがスラム街から出るようにして移動を始めていたのだ。
「どうなっている? いや、考えるまでもないか。俺が戻ってくるのが早すぎたといったところか?」
ジャーリス工房の襲撃がレイの足止めを、もしくは最大限に上手くいけばレイを捕らえるというのが目的だったとした場合、今回の一件を仕組んだ者にしてみればこんなに早くレイがスラム街に戻ってくるというのは予想外だったのだろう。
そしてドーラン工房のゴーレムというのは、非常に高価だ。
本来なら、ドーラン工房としては自分達で作ったゴーレムをこのようなことに使いたくなかったのだろう。
だが、レイが奪った祭壇を取り戻すには、やはりアンヌやイルナラを人質にするしかない。
それを確保する為に、今回ゴーレムを出してきたのだろう。
冒険者も何度かスラム街に送られてはいたものの、それこそレイにあっさりと返り討ちにされたり、あるいはスラム街の住人に襲撃されたりして、役に立たないと思ったのかもしれない。
それでなくても、最悪異名持ちのレイと戦うことになるかもしれないと言われれば、依頼を引き受ける者も少なかったのだろうが。
そのような訳でゴーレムを放ったのだが、そんなゴーレムが瞬く間に二匹も倒され、それをどこからか見ていた、もしくは何らかの手段で感知した錬金術師が、撤退させたのだろう。
あくまでも予想ではあったが、レイにしてみればそう間違っているようには思えなかった。