2791話
カクヨムに投稿しているレジェンの投稿が一段落しました。
それに伴い、カクヨムの方で小説家になろうよりも5話先行投稿します。
気になる方は以下のURLからどうぞ。
https://kakuyomu.jp/works/16816452219415512391
嫌だ、と。
警備兵からの同行要請――実質的な逮捕――に対し、そう告げたレイ。
「な……」
レイと話していた警備兵は、まさかこうもあっさりとレイが自分の言葉に否と言うとは思っていなかったのだろう。
その言葉に対して、何も言えなくなる。
警備兵の権限というのは、それなりに大きい。
特にこのエグジニスは自治都市であり、商人や工房が街の運営を行っている。
それだけに、他の貴族が治めている街と比べても貴族直属の騎士団といった存在がいない分、このエグジニスにおいては警備兵の権限は貴族が治めている街よりも大きかった。
勿論それはあくまでもエグジニスだけで通じる常識でしかないのだが、レイと話していた警備兵はそんな自分の常識がレイにも通じると、そう思っていたのだろう。
だが、当然ながらレイがそんな警備兵の言葉に素直に従う筈がない。
あるいはジャーリス工房が襲われている時に警備兵がやって来ていて、ドーラン工房に雇われた冒険者と警備兵が戦ったのなら、事情を話すといったようなことくらいには付き合っただろう。
だが、この警備兵達はドーラン工房に雇われた冒険者がジャーリス工房を襲撃している時は全く姿を現さず、レイがセトに乗ってやって来ると、それを待っていたかのように――実際に待っていたのだろうとレイは予想していたが――姿を現した。
あからさまに、ドーラン工房にとって都合の悪い存在のレイを捕らえる、そこまでいかなくても何とか無力化したいといった狙いなのは明らかだった。
何らかの決定的な証拠がある訳ではない。
しかし、現在の状況が何よりの証拠であった。
(日本とかだと、状況証拠はそこまで強い証拠にはならないらしいけど、この世界だと違うしな。というか、これは別に裁判でも何でもないんだから、その辺を気にする必要はないと思うし)
そんな風に思いつつ、レイは警備兵に向かって笑みを浮かべる。
「それで? 俺は嫌だと言った訳だが、どうする? もし力ずくでくるのなら、こっちも相応の対処をするけど」
レイの言葉で我に返ったのだろう。
警備兵は、自分の思い通りにならない苛立ちに顔を赤くしながら叫ぶ。
「レイ! 貴様ぁ……警備兵に逆らってただですむと思ってるのか! ギルドを通して賞金首にしても構わないんだぞ!」
普通なら、そんな言葉を聞けば萎縮してもおかしくはない。
賞金を懸けられるということは、多くの村、街、都市といった場所が利用出来なくなるし、賞金首を専門に狙っている賞金稼ぎに狙われるということも意味しているのだから。
しかし……そんな状況にも関わらず、レイは呆れの視線を警備兵に向けて口を開く。
「賞金首? 出来るのならやってみろよ。だが俺を賞金首にするということは、当然ながら現在ドーラン工房で行われている諸々が公になるんだぞ?」
レイの前にいる警備兵は、所詮下っ端だ。
そうである以上、ドーラン工房で行われているネクロマンシーの類に関しては何も知らないだろう。
それを理由に賞金首に出来ないと言っても効果はないが……それ以外の内容であれば別だった。
この警備兵達がジャーリス工房という、何の罪もない――ロジャーがセトを襲った件があるが、それは既に和解している――ジャーリス工房が襲撃されるのを黙って見ていたというのは、警備兵としては致命的だ。
もしこの件が知られるようなことになった場合、間違いなく大きな騒動となるだろう。
その辺の名もない相手ならまだしも、レイは異名持ちのランクA冒険者にして、本人にあまり自覚はないが、中立派を率いるダスカーの懐刀と認識されている。
そのような重要人物だけに、当然ながら賞金首にするようにと働き掛けた場合、ここで一体何があったのかをきちんと調べられる筈だ。
そうされると困るのは、当然ながら警備兵達であり……その警備兵に命令をした人物だろう。
そこまでしてレイを賞金首にしたいのかと言われれば、とてもではないが頷けない。
ましてや、レイの場合はセトという相棒がいる。
もし賞金稼ぎが来ても、空を飛ぶセトに乗ればあっさりと逃げることも出来るのだ。
あるいは、そのまま他の国に向かったり、賞金首の情報がこないような田舎に住むといった手段もあるが。
「卑怯な真似をするな!」
レイの言葉に警備兵が叫ぶが、そんな警備兵の様子は当然ながらレイやジャーリス工房に雇われている冒険者だけではなく、離れた場所で様子を見ていた野次馬達にも聞こえており、叫んだ警備兵はそのような者達に揃って呆れの視線を向けられる。
当然だろう。今の状況でどちらが卑怯な真似をしてるのかと言われれば、明らかにドーラン工房からの命令に従っている警備兵達の方なのだから。
この状況で卑怯だなどといったようなことを言っても、それに対して素直に信じるような者はいない。
「どっちが卑怯なのやら。……まぁ、それはともかくとして。それでどうするつもりだ? さっきも言ったが、俺がセトに乗って空を飛んだから捕まえるというのなら相手になるぞ? こっちはドーラン工房の使いっ走りを相手に遠慮する必要はないからな」
レイの口から出たドーラン工房の使いっ走りという言葉を聞いた瞬間、レイと話していた警備兵の男は先程までとはまた違った理由で顔を赤くしてレイを睨み付ける。
上からの命令であるとはいえ、それがレイの言う通りドーラン工房の使いっ走りであるということを、本人も自覚していたのか。
あるいは自分でも自覚はしていなかったが、心の中には警備兵としてのプライドがあったのか。
その辺りはレイにも分からなかったが、今の状況を思えば色々と想像することは出来る。
出来るが……目の前の男の対処にその辺は関係ないだろうと考え、頭の中からその考えを消す。
「ぐ……貴様ぁっ!」
侮られたことが許せなかったのか、警備兵は怒声を上げながら武器を構える。
長剣を鞘から引き抜いたその姿に、周囲で様子を見ていた者達は驚く。
そんな中でも特に大きく驚いたのは、レイと話していた以外の警備兵だった。
レイと話していた者は、頭に血が上っていた。
それと比べると、他の警備兵はレイと直接話していなかった分、まだ幾らか余裕があった。
それだけに、自分達の仲間がまさかレイを前にして武器を抜くとは思わなかったのだろう。
自分達は警備兵として、エグジニスにおいてはそれなりに大きな権限を持っている。
だが、目の前にいるレイという存在は、そんな権限を持っていても容易にどうにか出来るような相手ではないのだ。
それこそ権限云々を抜きにして戦いになってしまったらどうなるか。
少なくても、警備兵達が正面から戦っても到底勝ち目がないのは明らかだった。
「ちょっ、おい! 何をやってるんだ!」
だからこそ、武器を抜いた警備兵の側にいた別の警備兵はそう叫ぶ。
武器を抜いた男を止めたのは、叫んだ者だけではない。
周囲にいた他の者達もまた、必死になって止める。
ここにいる警備兵は、ドーラン工房の手先となっているのは間違いない。
それを嫌がっている警備兵は、そもそもここに来ていないのだから。
だが……ドーラン工房の手先となっていると自分できちんと理解しつつも、その度合いはそれぞれ違う。
中には心の底からドーラン工房に従っている者もいるだろうし、またちょっとした小遣い稼ぎ程度の気持ちでドーラン工房に従っている者もいる。
そして前者と後者では、当然のように後者の方が圧倒的に多い。
その程度の気持ちなだけに、今ここでレイと戦いたいなどと思う者は殆どいなかった。
殆どということは、少数ならいるのだが……それでもこの状況でレイと敵対しようとした場合、他の警備兵によってあっさりと止められてしまうだろう。
その辺の事情を考えれば、レイと戦う気のある者も今は手出しが出来ない。
「なっ! おい、お前達、放せ! このまま引き下がるつもりか! そんなことをしたらどうなるか、分かってるだろうな!」
「はいはい、今は大人しく引き下がった方がいいから。でないと、色々と不味いことになるだろ? それに、俺達の実力でレイに勝てるとは思ってないだろ」
「ぐ……それは……」
武器を抜いた男は、レイではなく仲間から自分達ではレイに勝てないと言われてしまえば、そんな仲間の言葉に反論出来ない。
仲間の言葉だからこそ、多少なりとも冷静になることが出来たといったところか。
「どうした? やるなら早くやるぞ。俺はお前達みたいに暇じゃないんだ。折角武器を抜いたんだから、そのままにするって訳にはいかないだろう?」
レイの口から出た挑発の言葉に顔を赤くしながらも、武器を手にしていた警備兵は叫ぶ。
「撤退だ! 撤退するぞ!」
「へぇ」
撤退という男の言葉に、レイは意外そうな表情を浮かべる。
今の状況を考えれば、まさかここで本当に撤退するといった選択肢を選ぶとは思っていなかったのだ。
先程までの頭に血が上っていた状況から、今回のように素直に撤退を選択した辺り、レイと話していた男は外見程に単純ではなかったのだろう。
勿論、男にしてみればここまでレイに馬鹿にされ、侮られた状態で撤退するというのは面白くない。
それは分かっているのだろうが、それでも今の状況においてはそうするしかないというのは分かっており……そして、忌々しそうにレイを睨み付けてから、口を開く。
「覚えておけ!」
典型的な捨て台詞を口にすると、警備兵は他の仲間達と共に去っていく。
そんな様子を見ながら、レイはいっそもう少しここで挑発するか? と考えたものの、今の状況を思えばこれ以上ここで騒動は起こさない方がいいだろうと判断する。
ここにいるのが自分だけ、あるいは自分とセトだけであれば、そのような真似をした可能性もあるのだが、ここには自分だけではなくジャーリス工房の面々もいるのだ。
更に挑発して相手が妙な行動に出た場合、ジャーリス工房の者達にも被害が出る可能性がある。
もしくは施設に被害が出て、それによってロジャーの作っているゴーレムに悪影響を与えないとも限らない。
そう考えると、やはりここでこれ以上挑発するのは止めておいた方がいいのは間違いなかった。
そして、現在の自分の状況を考え……そしてスラム街にゴーレムを向けるといった話を思い出し……まさか、と、とある可能性について思い浮かべ、すぐにセトを呼ぶ。
レイが呼ぶと、空を飛んでいたセトはすぐに地上に向かって降りてくる。
「悪いけど、俺はもう戻る」
降りてきたセトの背に乗ったレイがそう言うと、当然ながらジャーリス工房の警備兵達は驚く。
自分達を助けてくれたのは嬉しいが、まさかいきなりこうも素早く戻ると言うとは思っていなかったのだろう。
「えっ、ちょ……何をそんなに急いでるんだよ!」
「スラム街の方がちょっと気になる」
それだけを言って、相手が理解したのかどうかも気にした様子もなく、再びレイはセトに乗ってスラム街に向かう。
レイがこうもスラム街に戻るのを急ぐのは、ジャーリス工房の襲撃が自分を捕らえるなりなんなりして無力化をさせ、もしくはそこまで出来なくてもある程度スラム街に自分がいない状況を作りだそうとしていたのではないかと、そう思ったのだ。
ドーラン工房にとって重要なのは、勿論レイだろう。
何よりも大きいのは、やはりネクロマンシーの儀式に使う祭壇をレイが奪っているということだ。
もし風雪に匿われているアンヌ達を取り戻すといったようなことが出来ても、その魂をゴーレムの核の素材とすることは出来なくなる。
(あるいは俺に対する人質にするとか? けど、そうなれば風雪と本格的に戦うことになると思うんだが。ああ、でもゴーレムの核を作れなくなると追い詰められていれば、そんな真似もするか?)
とはいえ、ドーラン工房のゴーレムは幾ら性能がよくても、それは結局のところ錬金術師ではなく、ゴーレムだけが強いのだ。
そういう意味では、錬金術師にとってゴーレムと正面から戦うような真似はせず、的確に錬金術師の命だけを狙ってくる暗殺者という存在は、天敵ですらあるだろう。
これで錬金術師が生身でも相応の実力を持っているのなら、暗殺者を相手にしても対処のしようはある。
だが、レイがエグジニスに来てから見てきた錬金術師達は、生身での戦いを得意そうにしている者は誰もいなかった。
エグジニスにいる全ての錬金術師達を知っている訳ではない以上、中にはもしかしたら冒険者として活動している錬金術師もいないとは限らなかったが。
そんな風に思いつつ、レイはセトに乗ってスラム街に向かうのだった。