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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国との戦争
279/3865

0279話

 地上では焼死、斬死、あるいはパニックを起こした者同士の混乱で同士討ちとも言える多数の死傷者を出している中、レイとセトは火災旋風の影響が存在しない程の上空へと辿り着いていた。

 地上の様子は見えるものの、人の顔どころか人そのものすらも判別出来ない程の高度まで上がったレイは、セトの背を撫でながらミスティリングのリストを脳裏へと展開して目的の物を取り出す。

 外見から見ると樽のようにしか見えない存在。だが、その中には鍛冶屋で既に用済みとなったゴミが大量に詰め込まれていた。刀身の半ば程で折れた剣、あるいは剣の切っ先、穂先の欠けた槍、刃の半分程しか存在しないバトルアックス。中には錆びた包丁のような物もあり、更には屑鉱石と呼ばれる多数の鉄鉱石の欠片や、鍛冶師が使えずに廃棄するしかないと判断したゴミも中に入っている。ゴミとは言っても、鍛冶師が捨てるゴミだけあって、その中に詰まっているのは間違い無く危険物だった。直径1m程の大きさの、しかもこれでもかとばかりに中身の詰まった樽を片手で保持したまま地上へと視線を向けるレイ。

 そこでは未だに火災旋風がその猛威を振るっており、ベスティア帝国軍の命を奪い続けていた。


「さて、仕上げだ」


 地上の様子を眺めつつ、レイは手に持っていた樽から手を離し……当然、樽はそのまま地上へと落下していく。そして樽から手を離した次の瞬間、再びミスティリングから樽を取り出しては地上へと落とすという行為を繰り返す。

 そんな行為を5度程行い、地上へと落下していった樽のうち半数以上が火災旋風に巻き込まれて破壊され、内部に詰め込んでいた刃の群れが火災旋風に飲み込まれ、その刃を竜巻の中で踊らせる。その様子を確認したレイはセトの首筋を軽く叩いて合図を送り、樽を落とした結果を確認もせずにミレアーナ王国軍の先陣へと戻っていく。

 その頃、ベスティア帝国軍の先陣はレイが上空から落とした危険物の詰まった樽により、更にその被害を増していた。

 火災旋風の中に無数の刃、あるいは鉱石の欠片が混ざっているのだ。たまたま火災旋風の外側に弾き出されたそれらは、まさに銃弾の如く放たれては火災旋風から距離を取っていた者達を貫き、斬り裂き、破壊し、命を奪い取っていく。

 外側でそんな状態なのだから、火災旋風の中に飲み込まれた者は一溜まりもなかった。

 最初に火災旋風が作り出された時に内部に引き込まれはしたものの、結界を作りあげてなんとか凌いでいた魔法使い、あるいは防御力を高めるマジックアイテムや、結界を作り出すマジックアイテムを持っている者達も存在していたが、秒速数百mの火災旋風の内部で無数の弾丸ともいえる刃の破片や鉱石の欠片を防ぎ続けることが出来る筈もなく、自らの目前で結界や防具が削り取られていくのを目にしながら、それでも身動きが出来ないままどうしようもなく息絶えていく。

 火災旋風自体は動かず1ヶ所に留まっているので、中へと投げ込まれた樽による被害は限定的ではあった。それでも、放たれた弾丸の如き刃や鉱石の欠片が自分の側にいる者を貫いて命を奪う光景を見て、平気でいられる訳がない。更には1000℃を越える温度で溶けた金属が液状になって降り注ぎ、怪我をして歩けずに地面で倒れ込んでいる者達の肌へとへばり付き、本来ならば殆ど身動きすらも出来ない者達から更なる苦痛の悲鳴が上げられる。

 あるいは、火災旋風の中から吹き飛ばされた影響で急速に温度が冷めて固体となり、レザーアーマーのように金属製以外の鎧を着ている者の体内を抉り、貫通する。金属の鎧を着ている者は何とか致命傷を防いではいたが、それでも鎧にぶつかる衝撃は殺せず、鎧に覆われている場所以外へと当たれば容易に身体を貫く。

 高さ100mを越える巨大な火災旋風。そのもたらす被害は、間違い無く防ぐことの出来ない災厄と表現しても過言では無かった。






 戦端が開かれ、今からぶつかろうとしていたミレアーナ王国軍とベスティア帝国軍。しかしその戦端が開かれた直後、突如ベスティア帝国軍の先陣の中央部分に現れた火災旋風がもたらした被害により、ベスティア帝国軍側はその対応に大わらわとなっていた。そして当然の如く真っ先にこの異常事態に混乱したのは一般の兵士達である。冒険者達は多かれ少なかれ危険を乗り越えた経験があり、魔法がどのような効果をもたらすのかを実感として知っているし、騎士達は常日頃から戦闘訓練を行っている。その為、目の前の様子に驚愕はしてもパニックに陥らない程度の冷静さは保たれていた。だが、兵士達は違う。正確には志願兵や徴兵された兵士は違うと表現するべきか。兵士達の中でも、仕事として戦闘訓練を行っている兵士達は、火災旋風の存在に当初混乱しつつもすぐに立ち直ることに成功する。だが、軍隊の中で最も数が多いのは徴兵された者を含む志願兵達だ。もちろんこの戦争に際して多少の戦闘訓練は受けさせられていたが、それはあくまでも最低限のものでしかなく、同時に人を相手にする為のものでしかない。断じて目の前に広がっている自然災害のような現象に対処する為のものではないのだ。

 その為、志願兵や徴兵された者達は炎をその身に宿す火災旋風という異様さに脅え、混乱する。その結果、ベスティア帝国軍は騒ぎを収めるのに余計な時間を取られることになり、被害は更に広がっていた。

 それを考えればミレアーナ王国軍は遥かに混乱は少ない。何しろ火災旋風が起きたのは自軍ではなく敵軍なのだから。それでも先陣として敵に攻め込もうとしていた者達の足を止めるには十分以上の衝撃であり、中には目の前に広がる光景に怖じ気づき、腰を抜かしている者も存在している。


「おいおいおいおい、何だよありゃ。レイの奴、あんな馬鹿げた真似まで出来たのかよ」


 そんな先陣部隊の中でも、更に先頭にいる者達のうちの1人が唖然として呟く。

 その手に持たれているのは巨大なバトルアックスであり、男のパーティ名となっている程のマジックアイテムだ。

 

「エルクさんっ! あれって……」


 歩みを止めた者達を掻き分けるようにして3人が姿を現し、エルクへと声を掛けてくる。

 自分に声を掛けて来た人物が、目の前に広がる現象を起こした者と縁の深い者であると見て取ったエルクは小さく頷く。


「ああ、ミレイヌの言う通り恐らくレイの仕業だろうな。……ミンからレイが強大な魔力の持ち主だとは聞いていたが、まさかここまでとはな」

「やっぱりレイが……」

「ああ。国王派の下らない策謀をどうにかする為に、こっちになるべく被害が出ないように先制攻撃を仕掛けると言っていたが……」

「そうですね。えっと、それで……私達ってここでこうして見ているだけでいいんでしょうか?」


 ミレイヌの言葉に、すぐ側にいたパーティメンバーである弓術士のエクリルと、魔法使いのスルニンが頷く。

 いや、それだけはなくエルクの周囲にいた者達も同様に頷き、この場で最も腕の立つエルクへと視線を向けてくる。

 だがそんな視線を向けられたエルクは、難しい顔をしつつ眉を顰めた。


「って言ってもな。あの炎の竜巻に突っ込んでいきたいか?」

「遠慮します」


 エルクの言葉に、殆ど反射的に答えるミレイヌ。また、周囲にいた者達も同様に頷いている。

 何しろ、ベスティア帝国軍との距離はまだ余裕で1km以上離れているというのに、数℃程温度が上がっているのが肌で感じ取れるのだ。それはつまり、火災旋風の起きている場所は真夏の温度が涼しいくらいに感じられる程の灼熱地獄だということになる。そんな場所に突っ込んでいっても、無駄に被害が広がるだけ。それが最前線にいるエルクを含めた者達の正直な気持ちだった。

 そんな中で、空を飛んでいる存在に一番最初に気付いたのがミレイヌだったというのは、セトに対する愛情を考えれば当然と言うべきなのだろう。翼を羽ばたかせてベスティア帝国軍の方からミレアーナ王国軍の方へと近付いてくる影を見て、叫ぶ。


「セトちゃんっ!」


 ミレイヌの叫びを聞き、同時に周囲にいた者達は視線の向きを追うと、確かにその先には空を飛んでいるグリフォンの姿があった。背に跨がっている人影はローブを纏っており、巨大な鎌を携えている。知っている者が見れば一目瞭然なのはセトとレイ。ギルムの街では知らない者がいない程に有名になったコンビだった。


「良かった、セトちゃん無事だった……ん……だ。……え? あれ? 何で?」


 セトの姿を見て安堵の息を吐きながらも、空を飛んでいるセトへと近付いてくる3騎の竜騎士を見て思わず不思議そうに呟くミレイヌ。

 それでも幸いだったのは、竜騎士がセトに対して槍を突きつけるといったような敵対的な行動を取っていなかったことか。その為、地上から見上げているミレイヌやエルクの視線の先でセトは大人しく竜騎士達と共に先陣の中央部隊、中立派や貴族派の首脳陣のいる場所へと向かって行く。


「エルクさん、どういうことかな?」


 まるで連行されるかのように周囲を囲まれているセトを見ながら、思わず隣にいるエルクへと尋ねるミレイヌ。

 色々な意味で経験豊富なエルクなら何が起こったのか分かるのではないか。そんな思いを込めて口にした質問だったが、エルクは難しい顔で首を傾げている。


「恐らくはあれの説明を聞く為に呼ばれたんだと思うが……」


 チラリ、とベスティア帝国軍の先陣の中央部分で未だに猛威を振るっている火災旋風へと視線を向けるエルク。

 かなりの距離がある上に、ベスティア帝国軍の兵が壁になっていて詳細は分からないが、それでも未だに炎の竜巻が存在している以上は被害が出続けているのだろうというのは理解出来る。

 エルクのそんな説明に納得の表情をして頷き、さてこれからどうするべきかと相談していると、背後から大声を上げながら兵士が近づいて来た。


「全軍、進撃! 現在ベスティア帝国軍はあの炎の竜巻によって混乱に陥っている。今のうちに少しでも敵の数を減らして戦力差を縮める! ただし、あの炎の竜巻の周辺には近付かずに横から回り込んで攻撃するように! 中立派は敵左翼へ、貴族派は敵右翼へ攻撃せよ! 繰り返す、全軍進撃せよ!」


 兵士の命令を聞き、戸惑っていた先陣部隊もすぐに行動へと移る。

 それぞれの部隊やパーティ、あるいはソロの冒険者は個人で動き、ベスティア帝国軍の横腹を突くかのように大きく迂回しつつ進軍していく。

 もちろんベスティア帝国軍側もこれを黙って見ていた訳ではない。無事だった指揮官は近くにいる者達を纏め上げ、ミレアーナ王国軍に対抗出来るように行動へと移そうとしていた。だが、ここでもまた志願兵達の混乱が足を引っ張り、部隊を纏め上げるのに四苦八苦する。

 そして、そんな混乱しているベスティア帝国軍へとミレアーナ王国軍は襲い掛かるのだった。






 時は少し戻り、レイとセトが火災旋風を作りあげてベスティア帝国軍の陣地を後にし、ミレアーナ王国軍へと戻って来た時。エルク達と合流しようとしていた1人と1匹は、空を飛んで自分達に近付いてくる3騎の竜騎士に気が付く。


「……味方、だよな?」


 ミレアーナ王国軍側から来たのだから、味方だというのは明らかだろう。だが近付いてくる竜騎士達はどこか緊張した表情を浮かべており、思わず尋ねるレイ。もしその手に持っている槍の穂先が向けられていたら、その警戒心から敵だと判断してもおかしくないような態度だった。


「は、はい! ケレベル公爵騎士団、竜騎士部隊の者です! 騎士団長とダスカー様が至急お話を伺いたいとのことで派遣されました。出来れば一緒に来て欲しいのですが、お願い出来ますでしょうか!?」


 セトの両隣と、先導するように前方へ位置した竜騎士が多少上擦った声で叫ぶ。端から見ると、その様子は味方を案内するというよりは敵を囲んでいるようにも見えただろう。


「分かった、なら案内を頼む。折角相手を混乱に陥れたんだから、早めに勝負を掛けたいしな」

「分かりました、こちらです!」


 その言葉通りに、竜騎士3騎は先陣部隊の司令部付近まで先導するのだった。






「ダスカー様、お約束通り敵に対して広範囲殲滅魔法を使用しました。今ならベスティア軍は混乱しているので、圧倒的に有利です。進軍の再開を」


 司令部へと到着するや否や、中立派や貴族派の貴族達に対してそう告げるレイ。

 だが、それを受け取るダスカーは苦笑を浮かべながら周囲を見回してみろとばかりに視線を向けてくる。

 その視線に従うように周囲を見ると、殆どの貴族が未だにベスティア帝国軍の陣地内に存在している火災旋風を唖然とした表情で見上げていた。


「ご覧の通り、刺激が強すぎたようでな。お前もちょっとやり過ぎた」

「いや、そうでもないだろう。この者は立派に役割を果たしたのだ。褒められこそすれ、叱責される謂われは無い」


 そんなダスカーの言葉に、こちらもまた苦笑を浮かべつつケレベル公爵騎士団の騎士団長のフィルマが告げる。

 貴族派、中立派の中でもこの場ではトップである2人の言葉に、ようやく我に返ったのだろう。他の貴族達もまだ多少の驚きを顔に浮かべつつも口々に興奮してお互いに語り合う。


「……それで、ダスカー様。進軍の再開をお願い出来ますか?」

「ああ、そうだな。確かに敵が混乱しているこのチャンスを見逃すのは勿体ない。……フィルマ殿?」

「こちらとしても問題無い。むしろこんな好機を見逃すのは馬鹿のやることだ」


 この場にいる2人の責任者の言葉に、急激に士気が上がってくる。その士気は伝染し、先陣部隊全体へと広がって行く。


「前線に伝令を出せ! 進撃を再開する!」


 先陣の司令部へと、ダスカーのそんな叫び声が響くのだった。

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