2789話
ドーラン工房に雇われた冒険者達にしてみれば、今回の依頼はかなり特殊だった。
まず第一に、報酬が高い。
現在エグジニスにおいてトップの工房であるドーラン工房からの依頼だというのもあるのだろうが、その報酬は普通に商人や貴族の護衛をするよりも高額だった。
また、それだけではなく、ジャーリス工房から奪った物についても、ゴーレム関係の技術に関する何かであればドーラン工房で買い取ってくれるという話になっていたし、買い取ってくれなくても奪った者に所有権があるので、金目の物はそれだけで十分懐を潤す。
当然ながらジャーリス工房を襲撃するとなると、護衛が邪魔をする。
ドーラン工房にトップの座は奪われたとはいえ、それでもまだエグジニスにおいて最高峰の技術を持っている工房であるのは間違いのない事実なのだから。
そんなジャーリス工房だけに、警備として相応に腕利きの冒険者を雇ってもいる。
その戦いで相手を殺しても、責任は全てドーラン工房が持つということになっていた。
それでも冒険者にしてみれば、自分の同業者だ。
普通ならそのような相手と本気で……殺すつもりで戦うといったような真似は、そう簡単に出来るものではない。
それでも冒険者は自分の利益になるのなら、殺し合いをする者もいる。
現在ジャーリス工房の前で行われている戦いは、そのような冒険者達同士の戦いだった。
勿論、同じ冒険者と戦いたくないと考えている者もいる。
そのような者は今回の依頼を受けてはいない者が大半だし、あるいは依頼を受けても冒険者として戦わずにジャーリス工房に侵入しようと考えていたりする者達なのだが。
「うおおおおおっ! 食らえっ!」
雄叫びと同時に長剣が振るわれる。
しかしジャーリス工房を守っている警備兵は、そんな一撃を回避して反撃の一撃を放つ。
「はぁっ!」
鋭い呼気と共に放たれた一撃は、攻撃してきた相手のレザーアーマーの隙間を突くようにして、突き刺さる。
その一撃が思った以上の痛みだったのか、攻撃をしていた男は反射的に後ろに下がる。
当然ジャーリス工房を守っている警備兵がそれを見逃す筈もなく、追撃して倒そうとするが……
「させると思うか!?」
「ちぃっ!」
追撃しようとした隙を突かれ、別の相手から槍の一撃が放たれる。
そんな光景が、いたるところで行われていた。
個々の実力という点では、ジャーリス工房を守っている警備兵の方が上だろう。
これはジャーリス工房がエグジニスの中でもトップクラスの工房である以上、当然の話だった。
そしてドーラン工房に雇われた冒険者は、あくまでも今回に限っての臨時であり、質という点ではジャーリス工房の警備兵よりも劣っている。
だが、質ではなく量となると、ドーラン工房に雇われている冒険者の方が明らかに上だった。
これで質という点で圧倒的に有利なら、どうにかなったかもしれない。
しかし、質では勝っているとはいえ、それは決定的なものではない。
その上で量は襲撃側が勝っているのだから、今のジャーリス工房において警備兵側が圧倒的に不利なのは間違いなかった。
だが……ジャーリス工房も、このような状況になれば警備兵以外の戦力も出す。
「うっ、うわぁっ! ゴーレムだ、ゴーレムが出たぞ!」
ジャーリス工房の敷地内から姿を現したのは、全高三m程と、ゴーレムとしては比較的小柄な方に分類される存在だ。
しかし、当然ながらモンスターではなく冒険者を相手にする以上、その程度の戦力でも十分だった。
ましてや、ドーラン工房に追い抜かれたとはいえ、ジャーリス工房はエグジニスの中でも最高峰の技術を持つ。
そんな技術で作られたゴーレムを相手に、冒険者達はすぐに後方に待機する。
「おい、ジャーリス工房はゴーレムまで出してきたぞ? 警備兵はまだ来ないのか!?」
ジャーリス工房と、そこを襲撃している冒険者達の様子を少し離れた場所で見ている者達の一人が、そう呟く。
ジャーリス工房から離れた場所には、暢気な見物客が存在していた。
当然ながら、戦闘の巻き添えにならないようにかなり離れていたが、それでも結構な数の者達がそこにはいる。
普段ならこのような騒動が起きればすぐにでも警備兵が駆けつける筈なのだが、生憎と今のところそんな様子は全くない。
見物している者達も、何かがおかしいとは思っているのだろうが……それでも、取りあえず自分達に被害がないのなら問題はないと判断していた。
しかし、ゴーレムまでもが出て来るような騒動になっているのなら、話は変わってくる。
この場にいるのは危険だと判断した者の何人かがその場から離れるも、大半の者達はまだそこに残ったままだ。
普通ならこのような場合は逃げるのが正しいのだろう。
しかし、今のこの状況においては下手に自分達に被害が出ていないこともあり、何故か自分達は安全だと、そう思っていた。
「やっぱりジャーリス工房のゴーレムって性能が高いよな。見ろよ、冒険者達がもの凄い勢いで倒されてるぞ」
もしゴーレムが冒険者を殺すといったような真似をしていれば、それを見ていた者達も悲鳴を上げたりしていただろう。
だが、ゴーレムの武器は金属の棒。
先端に穂先がついている訳でもなく、ハンマーのように先端に金属の塊がついている訳でもない。
本当にただの金属の棒。
そんな金属の棒でも、ゴーレムの力で殴られれば骨折……当たり所が悪ければ死んでもおかしくはない。
だが、それでも刃のついた武器とは違って一目で死んでいるといったようなことは分からないので、見ている方としては勝手に気絶しているだけだろうと判断していた。
「ゴーレム、さすがに強いな」
「あ、でもほら。見ろよ」
戦いを見ている者の一人が、不意にとある方向を指さしてそう告げる。
その男が指さした方向を見た男は、大剣を使ってゴーレムを一刀両断している冒険者の存在に気が付く。
「うおっ、凄いな。ジャーリス工房のゴーレムをあんなにあっさりと倒せるのかよ。かなり強い冒険者だな。もしかして、ランクB冒険者だったりするのか?」
「どうだろうな。あれだけの攻撃力を持ってるんだから……あ、いや、駄目だ」
「え? あー……うん。そうだな」
ゴーレムを一刀両断した冒険者の男だったが、その攻撃で身体の動きは完全に止まっており、次の瞬間に放たれた別のゴーレムの攻撃を回避することは出来なかった。
横薙ぎに振るわれた金属の棒の一撃を、大剣を盾にして何とか直撃は防いだものの、それでも思い切り吹き飛ばされ、その衝撃で気絶したのか地面に倒れ込んで起き上がる様子はない。
「攻撃力に特化した存在なんだろうな。ああいう冒険者の場合は、本来なら防御を任されている奴とかいるんだが」
その言葉に見物していた者達が周囲の様子を確認するが、防御力の高そうな……盾を持っているような者はどこにもいない。
「そんな奴はいないぞ?」
一人がそう言うと、本来なら防御を任されている者がいると言った男が、不本意そうに口を開く。
「それを俺に言われても分かる訳がねえだろ? 何らかの理由で別行動をしてるのか、それとも他の場所で戦ってるのか」
そう言う男に、聞いていた者達もなるほどといった様子で頷く。
今ここにいるのは、偶然ここで行われている騒動を見に来たような者達だ。
別に戦っている者達についてそこまで詳しい訳がない。
そうして話している間にも戦いは進み、ジャーリス工房側が有利な状況となる。
あるいはこれでドーラン工房側もゴーレムを援軍として出していれば、戦局は変わっただろう。
ジャーリス工房とドーラン工房のゴーレムでは、どうしてもドーラン工房のゴーレムの方が性能が高いのだから。
だが、ドーラン工房にしてみれば、これはレイを誘き出す……あるいは誘き出せなくても、レイの仲間のロジャーを捕らえるか、最悪の場合は殺すといったようなことを狙ってのものだ。
結局のところ、現在戦っている冒険者達は捨て駒でしかない。
そうである以上、ドーラン工房もゴーレムを出すといったような真似をするつもりはなかった。
実際、ドーラン工房が直接雇っている冒険者はここにはいない。
この戦いが捨て駒の戦いである以上、ここでドーラン工房が直接雇っている腕利きの冒険者を出す必要はないと、そう判断したのだろう。
そんな中、見物客の一人がふと上を見る。
特に何か理由があってそうした訳ではなく、本当にただ何となくといった様子で。
だが……今回の場合、それが功を奏した。
「ちょっ、おい、あれ! あれ!」
空を見上げながら叫ぶ男の言葉に、周囲にいる者達もそちらに視線を向ける。
するとそこには空を飛んでいる何かがいた。
そしてその何かが正確には何なのか……それを分かった者の一人が叫ぶ。
「あれって……もしかして、深紅のレイじゃないか?」
「え? あ! そう言えばグリフォンを従魔にしてるって話だったな、俺の友達がエグジニスを歩いているグリフォンを見たって言ってたぞ」
そんなやり取りをしていると、空を飛んでいるのはレイだと皆が納得した様子を見せる。
だが、問題なのはこの状況で何をしにレイがやって来たのかといったことだろう。
正直なところ、レイ程の実力者だ。どちらかにつけば、その時点で戦いは決まってしまう。
ドーラン工房側につけば、幾らジャーリス工房がゴーレムを用意していても、レイを相手に対処するのは難しい。
ジャーリス工房側につけば、ただでさえゴーレムの存在でジャーリス工房側が有利になっているので、ドーラン工房側は即座に壊滅してもおかしくない。
つまり、レイの存在次第でこの戦いはどうにでもなってしまうのだ。
「レイみたいな強力な個人が来ると、これからの戦いはそこまで面白いものになりそうにないな」
見学をしていた者の一人が、不満そうに言う。
互角に戦っているからこそ、一進一退の戦いを見て喜ぶといったような真似が出来たのだ。
だというのに、そこに急に今回のように圧倒的な戦力がやって来たというのは、とてもではないが面白いとは思えなかった。
戦いを見物している他の者達も、そんな男の言葉に同意するように頷く。
だが、そんな中で少数の者達……圧倒的な強者によって一方を蹂躙する光景を望む者にしてみれば、レイの登場は決して悪いものではなかった。
「俺はここからレイがどういう風に行動するのか、ちょっと楽しみだけどな」
「えー……勝敗が分かっている戦いなんて、どこが面白いんだよ」
そんな風に言い争っている間にも、セトは近付いて来る。
遠くにいたのならともかく、ここまでジャーリス工房に近付けば、当然ながら離れた場所で見物していた者達ではなく、実際に戦っている者達もレイやセトの存在には気が付いた。
そして……喜びの表情を浮かべたのは、ジャーリス工房の者達。
それに対して、ドーラン工房に雇われている者達の何割かは絶望の表情を浮かべ、もう半分は戸惑った表情を浮かべる。
ジャーリス工房の方では、昨夜レイが来たという話が広まっているのだろう。
あるいは最初は知らなかった者でも、ドーラン工房に雇われた冒険者が来たことにより、その一件を噂か何かで聞いたり、あるいはレイがロジャーにゴーレムの製作を頼んだり、もしくは新種のモンスターの素材を渡したりと、友好的な関係であると知っていてもおかしくはない。
そしてドーラン工房側では、多少なりとも情報に聡い者なら、他の冒険者達がスラム街に行って誰を探しているのかといったことを知っていてもおかしくはない。
その辺の情報を全く理解出来ていない者が、何故ここにレイが来るのかといったように、戸惑った表情を浮かべているのだろう。
「よし、積極的に攻める必要はない! 今は防御に専念しろ! レイが来ればこっちは勝てる!」
ジャーリス工房の警備兵の指揮を執っている者が叫ぶ。
その叫びによって、このまま時間を掛ければ自分達の勝利となる。
それが分かってはいたが、改めてこうして言われると士気が上がる。
勝利が間違いなく手に入るというのを知っていれば、それで戦っている者達の士気が上がるのは当然の話だった。
「うおおおおおっ! 早く倒すぞ! レイが来る前に、何としても倒すんだ!」
そんなジャーリス工房側とは裏腹に、ドーラン工房側にしてみれば、レイとまともに戦いたいとは思わない。
つまり、レイが来るまでにジャーリス工房の警備兵やゴーレムを倒す必要があるのだが……
セトの飛行速度を考えれば、それは無謀な話だった。
叫んだ男の前に、空を飛ぶセトから飛び降りたレイが着地し……笑みを浮かべて口を開く。
「俺が来る前に倒すって話だったが、俺はもう来てしまったぞ? どうするんだ?」
デスサイズと黄昏の槍を手に、レイはそう告げるのだった。